Fate/pray voice   作:ふーおん

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プロローグ

 神様を信じたことなんて、19年生きてきて一度だってなかった。だって助けてくれないし、苦境を乗り越えたって、何も与えてくれないし。

 だからここに来ること予定なんて、生涯に渡ってないはずだったのに。

 深呼吸をして扉を叩く。そして、ほとんど間を置くことなく、扉はすぐに開き、中から男が現れる。

 「やあ! 来てくれると信じていたよ。さ、上がって。込み入った話は中でしよう!」

 すらっとした体形の、長身の男性。その軽薄な言葉使いも相まって、彼がカソックを着ていなければここが教会で、彼が神父であるということも忘れそうになる。

 中に入り、扉を閉める。明かりは燭台に灯された火の光だけであり、本来なら見えるはずの美しいステンドグラスや十字架は闇に包まれ隠されてしまっている。

 「……早く、話してくださいよ。あの手紙は、どういうことですか」

 「まあ待ってて。すぐにでも話してあげたいけど、その前に一つさ、俺の頼みを聞いてくれない?」

 彼は椅子に腰を掛け、足を組む。そして両手を大きく広げ、にやりと私に微笑みかける。その姿に神聖さはなく、むしろ邪悪さすら感じる。

 「っと、まずは自己紹介しようか。コミュニケーションの基本だもんな。俺は律。二葉律だ。気軽に律神父と呼んでほしい。君は確か、言成……あそうそう、言成結祈君だろ?」

 「……何で知ってるんですか」

 「何でって……教えてくれたんだよ。君の妹ちゃんがね。随分なシスコンだったね彼女。1時間で36回だぜ? そんなに言われたら興味なくても覚えるさ」

 「っ! 貴方は……」

 口から声が、漏れ出す。自分でも信じられないほど、冷たくて、なのに熱い、怒りに満ちた声。

 「貴方は何を知っているんですか!! 頼みとか、そんなのどうだっていいです! 今すぐ話してくれないのなら、ここで貴方を殺します!」

 律は深々とため息をつき、やれやれとでも言いたげに両手を振る。

 「そう激高しないでくれよ。まだ俺何も話してないぜ? 今の段階でこんなんじゃ、真実知ったら憤死しちゃうんじゃないか?」

 「うるさいです! 早く!」

 私は胸ぐらに掴みかかり、問い詰める。それでも、律の余裕は崩れない。

 「わかったよ。わかった。話すからちょっと離れてくれない? これじゃ話にくい」

 「…………」

 手を放し、数歩下がる。またいつでも掴みかかれるくらいの距離は保っている。

 「ったく、乱暴だな君は。本当はこの話は後にしたかったんだが、まあ仕方ない」

 律は襟を正し、困ったような表情を一瞬だけして、また笑った。いたずらっ子が、自分の悪事を自慢げに明かす時のような、そんな表情。何故だか背筋に冷たいものが走り、心底ぞっとする。

 「手紙に書いた通り、俺は君の妹の死の真相を知っている。……おっと、勘違いするなよ? もちろん俺が直接手にかけた訳じゃない。もっとも、死地に連れ込んだのは誰かと聞かれたら俺だけどな」

 「なっ!」

 あっけらかんと、悪びれる様子もなくそう言い切る。

 「俺が彼女をゲームに誘って、彼女がそのゲームに自分から参加して死んだ。べーつに俺は不利になるようなことは何もしてないぜ? 君の妹ちゃんは自分から参加して、自分の力不足で死んだ。俺なーんも悪くないだろ?」

 「ふざけるな!!」

 ついに怒りが抑えきれなくなり、再び律に掴みかかろうと両腕を伸ばす。けれどもその腕は見えない何かに弾かれ、私は勢いを殺しきれず後ろへと倒れこむ。

 「……は? え? なに、これ。なんで」

 「おいおいおい、まだ2分も経ってないぜ? 堪え性が無さすぎだろ君。ま、こうなるのは予想してたし、俺もマゾヒストじゃないからな。こうして壁を張っておいたわけよ。俺賢い」

 そっと、弾かれた場所に手を伸ばす。そして、触れる。確かにそこには、不可視の壁がある。

 「障壁、壁、バリア。まあ呼び方は何でもいい。感動してくれたかい? これが魔術ってやつさ。凄いだろ? 幼いころの夢は叶ったか?」

 魔術。胡散臭い男の放った、胡散臭い言葉。けれども確かに、何度怒りに満ちた拳を叩きつけても、私は一歩たりとも前に進めない。

 「おーこわ。動物園のライオンみてる気分。まーまーちょっと待て。何も俺も意地悪をするためだけに君を呼び出して煽ったわけじゃない。なあ言成君、もしも君の妹ちゃんを蘇らせる奇跡があるとしたら、どうする?」

 「え……」

 顔はほくそ笑んだまま、けれども声だけは数トーン落とした低音で、律は私に問いかける。思わず素っ頓狂な声が漏らす。

 「と、やっと喰いついてくれた。俺はな、君にもゲームに参加してほしいんだ。君の妹ちゃんが参加して、命を落としたゲーム。7人の人間がサーヴァントを呼び出し争わせ、勝者にはいかなる願いも叶える権利が与えられる、聖杯戦争ってゲームにさ」

 「サーヴァント……? 聖杯戦争……?」

 「そう、1個ずつ説明してやるよ」

 そういうと律はどこからかスケッチブックを取り出し、私に見せつける。そこには下手くそな絵で、14人の人が描かれている。

 「まずはサーヴァントについてだ。サーヴァントってのは、まあ超ざっくり言えば歴史とか神話の偉人を現世に復活させた幽霊みたいなもんだ。しかも超強い。やろうと思えばこの街を10分で更地にできるようなやつもゴロゴロいる。核兵器に意識を持たせて人型にしたやつって認識でもいいかもな」

 ページが捲られる。今度描かれていたのは2人の人間。1人は剣を持ち、1人は手を赤く輝かせている。

 「こっちの剣持ってんのがサーヴァントで、こっちの赤い手してんのがマスター。マスターってのは、サーヴァントを呼び出した君ら人間の参加者のことさ。やることは簡単。サーヴァントに指示を出し、戦わせる。サーヴァントってのはマスターが存在していないとこの世に留まれないから、マスターがやられちゃ駄目ってわけ。超強いサーヴァントを殺すよりも、非力なマスターを殺す方がずっと簡単だから、そりゃあ狙われる。君の妹ちゃんが殺されたのはこれが理由だよ」

 「………」

 「そうして最後の1人になるまで殺しあって、最後まで残った奴は晴れて聖杯を手に入れられるってわけだ。この聖杯ってのが優れモノでね。本当になんだって叶えられる。世界を壊したい、とかでもな」

 最後のページに書かれていたのは、黄金に輝く杯の絵。他の適当な絵とは違い、聖杯だけは精密に描かれ、宗教画のような美しさを纏っている。

 「さて、これで大分ざっくりではあるがルール説明は終わり。理解できたかい?」

 「……信じろって言うんですか? そんな突拍子もない話を」

 「ま、信じられないってのもわかるけどさ。俺はさっき見せてやったろ? 突拍子もない真実、魔術をさ。」

 律は再び椅子に座り、パチンと指を鳴らした。

 「さ、壁は消したよ。ここから先は君しだいだ。今の話を嘘だと割り切って俺を殺すか、真実だと信じてこの手を取るか」

 一歩近づく。確かに、壁は消えている。

 「どちらを選んでも君は後悔するだろうなあ。どっちの後悔のがましかな? 仇を信じて手を取り奇跡にすがるか、無視して殺して永遠の傷に苦しむか。さて、どうする?」

 目の前に手が差し出される。振り払うも、取るも、私の選択次第。

 信じきれない。妹が死んだあの日、奇跡なんて起きないと理解した。祈っても、願っても、空しいだけ。

 振り払い、首を絞め、殺す。きっとそれが一番正しくて、確実。

 ーーーーーーでも、

 「………………良かったよ。手を取ってくれて。俺まだ死にたくなかったし」

 「勘違いしないでくださいね。貴方は、叶っても、裏切られても、終わった後に殺します。順序が後になっただけです」

 「大いに結構」

 直後、手に痛みが走る。律に強く握られたというわけではない。もっと電気的で、鋭利な痛み。

 手の甲を見れば、赤い痣がついている。2つの記号が絡み合い、その周りを円が囲っているような、奇妙な痣だ。

 「それは令呪っていってね。どんな反抗的なサーヴァントであっても、それを使えば3回までは言うことを聞かせられる。いわばマスターの証さ。使いどころはよく考えた方がいい、下手に使い切っちゃうと自分のサーヴァントに殺されるかもしれないぜ?」

 律が再び、パチンと指を鳴らす。教会内に設置されている椅子が、音を立てて沈んでいく。平らになった地面を見れば、そこには魔法陣が描かれている。

 「サーヴァントってのは7種類いてね。剣の英霊、セイバー。弓の英霊、アーチャー。槍の英霊、ランサー。騎兵の英霊、ライダー。暗殺者の英霊、アサシン。魔術師の英霊、キャスター。狂戦士の英霊、バーサーカー……と色々いるわけだが、君は随分と運がいい。最後の参加者である君は残ったクラスの英霊を召喚するしかないが、残っているのは最優と名高い英霊である、セイバーだ」

 律は実に楽しそうだ。遊び相手を見つけたような、おもちゃを見つけた子供のような。とにかく、いい気持ちはしない。

 「どんな英霊が召喚されるんですか?」

 「よっぽど縁深い物を持っているなら話は別だが、基本的にはランダムだ。でも安心しな。相性がいい英霊が来るようにはなっている」

 「そうですか。で、どうやって呼ぶんです?」

 「やり方はもうわかっているはずだ。深く目を閉じて、深呼吸してみな」

 言われた通りに目閉じ、思考を巡らせる。直後、

 「ーーーーーー告げる。」

 口から、言葉が紡がれる。私の、知らない言葉。

 「汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよーー」

 全身を何かが巡る。経験のない不快感に襲われながらも、言葉は止まらない。

 「ーー誓いは此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者ーー」

 視界が暗くなり、体の機能が忘れられていく。召喚のための装置に体が変わっていくような、そんな感覚。

 「――汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、祈りの守り手よーーー!」

 言葉に結びがつけられると同時に、風が起こり光が迸る。

 風に乗り舞うは、黒い羽根。聞こえるのは風の音と、律の笑い声。

 彼方より此方へと、旋風と光を纏い伝説が具現化する。

 そして、本能で確信する。そこにいるのは、人の遠く及ばない何かなのかと。

 「問おう、貴方が、俺のマスターか?」

 風がやみ、光が晴れ、声が響き渡る。そこに立っていたのは、傷だらけの甲冑を身に纏った、物語の中の騎士だった。

 




不定期更新。たまに上げます。
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