「─────鷹目ネライ」
「お前は……」
放課後、人気のない廊下。振り返る俺の背後に、1人のメイドがいた。
「何の用だ」
無表情で無感情的な彼女だが、しかし彼女の目からは妙な“熱”を感じさせる時がある。今がそれだ。
「そろそろ」
そろり、と彼女の口が動いた。みずみずしい薄ピンク色の唇の端を微かに絞り、凛とした声をつむぎ出す。
「認知、して頂こうかと思いまして」
「認知」
「はい」
また始まった。内心はそれでいっぱいだ。わかってのことだろうが、相も変わらず言葉選びが際どい。人気がないのはわかっているが、そんなことを言うかとも思う。
それに、どうして彼女はこうも
「俺には関係ないと言ったはずだ」
「いいえ。手続きをするにあたって必要なことなのです」
「知らん」
再び背を向け歩き出す。だが、そんな俺に彼女は駆け寄って、伸ばした手で肩を掴んだ。
スラリとした綺麗な手とは裏腹に、無理に引けば制服が破れそうな程にしっかりと掴まれている。これまでにない反応だ。
「─────これまでの27回、あなたは一度もまともに取り合ってくれませんでしたね」
「まぁな」
「いつもそうやって、話を終わらせようとする」
「……」
「私よりも、
「まぁな」
「まぁなじゃありません。そこは否定してください。私のことも大切だと言ってください。嘯くだけでも構いませんので、ほら、迅速に。あっ、耳元で囁くとより高ポイントです」
「めんどくさ」
「違います。そうじゃありません」
女の子の扱いがまるで成っていない、と彼女は肩を落として目を伏せる。まるで俺が悪いように言うではないか。俺は察しがいいんだ。それに嫌らしい言い方をするなら、キヴォトスに来て女の子の扱いも多少なりとも心得ているつもりだ。
だが、そんなこんなで時間はすぎている。今日はゲーム開発部で
「俺も暇じゃない。そろそろ行くぞ」
「─────イクだなんて、そんな」
「古典的な下ネタで場を引き伸ばすな」
「ツレないですね」
言葉に合わせて染めた頬を作り上げ、その次にはもとの無表情に戻るのは、流石エージェントだなと感心する。
こほん、とかわいらしい控えめな咳払いをして、彼女は再び、真剣な目でこちらを見上げる。
「……はぁ」
「なんだ」
「いい加減、私と戦って情けなく負けて、コールサイン・ゼロフォーが私だと認めてください」
「だから、勝手に名乗ればいいだろうっ。俺はお前と戦う気はない」
「ですが、ネル先輩がネライに勝ったら認めてやると。それがC&Cの伝統“入れ替わりの決闘”だと」
「気に食わないのなら、ってか。勝手にやってろ」
「あぁ、待ってください」
手の内が緩んだ一瞬を狙い、制服を脱ぎ捨て彼女に掛けて視界を封じ、ゲーム開発部部室へと走り出す。すぐさま視界を封じた制服を畳んで横に抱えた彼女は、あっという間に遠くなる。
「─────ならば、今夜はこれで寂しさを紛らわせるとしましょう。明後日にはクリーニングと解れを直して返却する予定で」
「─────飛鳥馬、トキぃ!」
そんな彼女の声に、Uターンして制服を取り上げ、再び走り出した俺は悪くないはずだ。
△
「お腹が空きました。夜食にパンケーキを所望します」
「知らん」
「それにポテチもありませんでした。ちょっと近くのコンビニで買ってきてください」
「カイザーは高いし、俺が買いに行くのか」
「か弱い美少女にひとりで買いに行けと?鬼畜ロリコンめ」
「俺は鬼畜でもロリコンでもないし、この流れで罵倒される言われはない」
「ついでにコーラもお願いします。あっ、ポテチはもちろんコンソメですよ。コーラにはコンソメがマイブームですので」
「知らねぇよ……っ」
俺のベッドでゴロゴロと転がるトキを他所に、スマホの画面を確認する。開かれたモモトークのトークルームはネル先輩のものだ。
『トキをお持ち帰りください』
『うちは託児所ではありません』
『よろしくお願いします』
『お前んとこにいたのか』
『そのまま預かっといてくれ』
『めんどくさい』
─────めんどくさいのはこっちだ……っ!
だが、現状は紆余曲折を経てセミナーにもC&Cにも属さない、宙ぶらりんの状態となっている。C&C所属でありながら、指揮権限が存在しない歪な状況、そして彼女はそれを悪い方では捉えておらず、むしろ自由気ままに過ごしていた。
C&Cやシャーレに顔を出しているかと思えば、ゲーム開発部に入り浸り、ヴェリタスでオンラインゲームをしている。時たまどこかへの行っているのか姿を消すが、直ぐに一芸覚えて帰ってくる。まるで猫みたいなやつだと時々思う。
「─────いいえ、うさぎです。ぴょん」
「突然どうした」
「……言わなければいけない気がしたので。かわいかったですよね。迅速に褒めてください」
「かわいい」
「……アリスを褒める時と同じくらいの待遇を求めます。……まぁそれはそれとして、貴方が望むのであればネコになることも吝かではありません」
「いい。……だからそんなもの出すな」
「本番のお楽しみですね」
「本番……?」
「それと
「よく、わからん」
「そうですか」
ベッドから身を起こし、傍らのカバンを手繰り寄せてその中からうさぎ耳と猫耳のカチューシャを引っ張り出した。かと思えば変なことを言ってそれらを投げ出し、くるりとこちらに背を向けてベッドに顔を埋める。
その際に見えた
そんな内心のイライラを抑えつつ、鏡で歯が欠けていないことを確認する。
「歯が気になりますか。私が見ましょう。ほら、あーん」
「……いつの間に隣に来た。結構だ」
「今ならいちゃラブ♡膝枕歯磨き・膝枕耳かきもセットですよ」
「余計なことはするな」
「……そうですか」
いつの間に立ち上がったのか、音もなく隣に現れたトキ。だが素っ気なく返すと今度はテレビの前に移動し、勝手にゲームの準備を始める。
「何やるんだ」
「前におすすめしてくれた“英雄神話”を。かわいいアリスも神ゲーと称していましたので気になっていたんです」
「いいセンスだな」
「それほどでも」
少しだけ満足気に微笑むトキは暗証番号があるはずの
“英雄神話”シリーズ。外の世界でも有名なRPGで、とあるファンタジーな大陸を舞台に、様々な主人公が仲間たちと成長して偉業を成し遂げるお話だ。なかなか完結しない長編シリーズということもあってファン離れも起きてはいるが、それでも世代を経てファンを抱えている。
ゲーム開発部、特に俺とアリスが推すシリーズであり、アリスは神ゲーの一つだと崇めていたことがある。それはそれとして、続編が出ないことにご立腹ではあったが。
「ゼロか。前作は?」
「スカイは履修済み。抜かりありません」
「そうか」
トキが始めたのは大国に揉まれる小さな州の新米捜査官が、仲間たちとともに“壁”を乗り越え、世界を揺るがす事件を解決していく作品だ。
久しぶりに聞く懐かしいOPに耳を傾けつつ、密かに戸棚へ隠しておいたポテチを持ってテレビの前のソファ、トキの横に腰掛ける。
体重でソファの沈むその拍子に、コテンとこちらに体重をかけるトキの頭を肩で受け止める。サラりと流れる金髪から甘く柔らかい匂いが広がり、彼女の体温を長袖のシャツ越しにじわりと感じた。
「ポテチ、何処に隠していたんですか」
「知らん」
「……まぁいいです。いただきますね」
「おう」
俺の声を聞く前に音を立てて袋を開けるトキに呆れつつ、俺は背もたれに体を預け、意識を画面へと向けた。
△
─────飛鳥馬トキは鷹目ネライを好いているのか。
曰く、彼にちょっかいをかけに行くから。曰く、彼が何かと私のことを気にかけるから。ようやく馴染んできたクラスメイトからのその質問に、私は少し口ごもったのをよく覚えている。
確かに私はその当時、彼のことを“好いて”はいた。だがそれが、likeかLoveかと問われれば、正直なところわからなかったのだ。
だから私は目を瞑り、彼のことを深く考えてみた。
まず、彼と私は仲がいい。まだ出会って1年にも満たないが、すでに往年の親友。彼の部活メイトであるおバカなモモイに卑しいミドリ、健気なユズにかわいいアリス。おそらく
それに
「ん……」
「─────」
手に着いたポテチの粉をぺろりと舐め、微かに湿ったその指を、隣に座る彼のズボンで拭う。
ゲームを初めて30分。気がつけば隣の彼は眠りこけ、いつも寄せられている眉間のシワさえ薄まっており、目元も安らいで見えた。だが。
「寝顔は可愛げのあるものと聞きましたが、これは……」
割といつも通りであった。何せ口元はいつものように固く結ばれたままである。いくら眉間のシワが薄くなったとはいえ、イカつめの彼の顔はそこまで変わることはない。
「目覚めた時にかわいい寝顔でしたね、が言えないじゃないですか」
万人受けするものではないだろうが、それでも世間一般的にいえばかなり整った顔だと言える彼。もちろん私ほどではないにせよ、という前置きが着くが。
再び視線はゲームへ。彼の静かな寝息と音量を下げたゲームのBGMだけが彼の部屋に響いている。
そして口をつけて候で寝落ちしてしまったせいで、未だに湯気をたてながら放置される彼のコーヒーを手に取り口に含み、そして戻す。
「甘みが足りません」
キッチンからスティックシュガーとコーヒーフレッシュをいくつか拝借し、それを投入する。うんとおいしくなるのだ。
甘み。そう、何故彼にちょっかいをかけるかと問われれば、
「まぁ、そこがいいんですけれど」
だが、彼は底抜けに優しかった。かつては敵対した私でも、一度“身内”として懐に入れば彼にとっての
そうなると扱いは雑になるし口は悪くなるし、平然とゲンコツを食らわせてくるようになる。だけれどそれ以上に、こちらのことを気にかけてくれるようになる。
それに何故か彼は女の子の扱いに慣れている節がある。月のものに理解を示し、その時ばかりは献身的になってくるので若干気持ちが悪いが。
─────まるで、過去に女性経験があるかのような対応だった。
「それはそれで、気に入らないですね」
片っ端から道端の雑魚敵を蹴散らし、フィールドを進んでいくゲーム。時折彼の頬をつついてみたり、シャツをまくって意味もなく腹筋を眺めてみたりする。
「コールサインゼロフォー」
─────そういえば、彼に強請るそのコールサインは、その実既に私のモノとなっているということを、彼はまだ知らないのだろうか。
C&Cの先輩方は若干難色を示してはいたが、本来正式所属でもないのにコールサインを貰った彼は何時でもその席を譲ると常日頃から言っていたこともあり、それらの説得は早かったのだ。そうなると残りと書類関係なんてものはすぐ終わる。
だから、既にコールサインゼロフォーはこの飛鳥馬トキで、彼はC&Cに徴用される予備戦力でしかなくなったのだ。
「ふむ」
ストーリー、主人公が己の所属を名乗るシーンを見て、そういえば彼はこれから何を名乗るのかと気になった。
「それを考えるのも、悪くないかもしれませんね」
コールサインフォルケン、なんてのも変わり種だが彼らしくていいんじゃないだろうか。そんなことを考えつつ、コーヒーと自分のものとは違う柔軟剤の香り、そして隣から伝わる確かな体温によって押し寄せた睡魔に身を委ねる。
「あぁ」
この瞬間を含めて、今なら彼のことが好きだと─────。
△
「あれ、ネライじゃん!おっはよー、ぉ?」
「おはよ、う……」
「……モモイ、ミドリ。おはよう」
「才羽シスターズですか。おはようございます」
「な、なんでふたりが一緒に登校して……?」
「ぁ……ぇ……ぁ……」
「ん……?」
「ふっ。ピースピース」
「まじでっ。マジでっ!?」
「こいつら交尾したんだっ!」
「どうしたミドリ。ミドリーっ!?」
─────この瞬間も悪くありません。
脳を破壊されたのか、涙を流しながら走り出すミドリを見た私は、ひとりそうほくそ笑んだ。
つぎにみたいのをさんこうまでに
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○○○TS編
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ゲヘナ編(ゲヘナピンク無関係)
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しないと出られない部屋再来編
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シャーレ当番編
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NLP編
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なんかとりあえずイチャイチャピンク