“砂漠”
「ここが、アビドス」
視界に広がる一面の砂漠。その中に身を埋めて微かに姿を見せる人工物の姿。私からすれば見慣れた景色だが、どうやら
少し高い位置からそれを見渡す人がいた。黒い短髪に日に焼けた肌、そして随分と背が高くいい体格をしている。その姿は兵士型のオートマタ、まるで
「随分と嬉しそうね」
「あぁ、まるでテーマパークに来たみたいだ」
「テンション上がるなぁ、ってこと?」
「……なにそれ」
「カヨコっち知らないの〜?てか、流石にそれはないでしょネライちゃん」
「一面の砂漠を見てテンションあがるって、貴方なかなか独特の感性ね……」
「ネ、ネライくん、水分は大丈夫ですか……?」
「あぁ、貰おう。助かる」
砂よけだろうか、鼻から下を覆うスカーフでその顔を窺い知ることはできないが、その低い声は随分と弾んで聞こえた。
そして共にいるのは4人。アルにムツキ、カヨコにハルカ。今でも時々柴関ラーメンで顔を合わせる便利屋68だ。
─────襲撃……?
そんな考えが脳裏を過ぎる。すでにやり合う理由が無さそうではあるが、彼女たちはお金で雇われれば何でもするはず。見覚えのない1人は彼女たちに雇われた傭兵だと思えば、その可能性もなくはないのか。
私の位置は高台にいる彼らを下から見上げる場所。建物の影になって微妙に視認しづらいはず。見上げつつ、ロードバイクから降りて民家の名残の壁に立てかけ、スリングベルトで通した“WHITE_FANG_465”をそっと背から手に取る。
チャンバーチェック。セーフティチェック。それらの動作を、彼女らに聞き耳を立てつつそっと行なう。今のところ動きはなく、こちらに気がついている様子もない。なおも談笑に花を咲かせていた。
「ネライくーん、その勢いで私たちの分まで飲まないでよね」
「わかっている。飲んでいるのは自分の分だけだろ」
「いや、それハルカのじゃんか」
「ん……?」
「そ、その、ごめんなさい。じつはネライくんのはもうなくなってしまっていて……。で、でも身体おっきいから水分取らないとダメなのかなって思って、その、私のを……」
「……なに!?」
「そこは水筒で気づきなさいよ!?」
何をやってるんだろうか。水筒ひとつでそこまで騒ぐ彼女たちも珍しい。
─────でも、気になる。
そっと彼女たちを覗き込む。やはりあの薄紫の水筒を手にした長身の人物に妙な胸騒ぎを覚える。
ゾワゾワするような、ムズムズするような。それでいてなにかがカーッと熱くなるような。言葉に言い表すことのできないなにか。ひとつ言えるのは、今までにない感覚。そんな変な感覚だ。
─────まぁいい。それよりも。
今は彼女たちをとっ捕まえて、なにか悪巧みをしていないかを確認せねば。モモトークのグループに便利屋のことを報告して、私は建物の影から躍り出た。
「やはりか……っ」
「─────んっ」
飛び出して3歩目の位置、砂を蹴った足跡を弾丸が穿った。ビビらず、そして勢いを殺さず、構造物の間を縫うように彼女たちへ接近する。
姿勢は低いまま、さらに加速する。しかし確実に相手の放つ弾丸は私の身体を掠めていく。
─────恐ろしく
恐らくこちらの気配を察知していての第1射、150は離れている距離を、片手で抜いたリボルバーで確実に当てに来たいた。続いての射撃も、回避運動を織り交ぜて迫る私へと確実に狙いを定めている。
距離50。リボルバーを右手に、そして腰から銃剣を抜くと逆手に取って左手に。近接格闘の構えか。
「来るか─────っ」
─────ん?
銃口を向け、そして気がついた。便利屋が誰ひとりとして銃を構えていないことに。むしろ、ハルカが彼の身体にまとわりつくようにして、必死に動きを止めようとしていて。
「─────ストップ!ストーップ!戦いに来たわけじゃないのよ!?」
「はーい、2人ともここまでにしてね〜」
アルとムツキが両手を広げて間に飛び込み、ため息を着くカヨコによって彼の銃口が地面に向けられる。それを見て、私は咄嗟に両足でブレーキをかけた。
△
「─────ん」
ピタリと書類を書く手を止めたユウカちゃん。不思議に思って彼女を見やると、眉間に皺を寄せた彼女はうーんと唸って。
「妙な胸騒ぎがする……」
「……?」
これまた不思議なことを言い出した。彼女はとある方角、彼が向かったアビドスの空を見上げながら再び首を傾げる。
「胸騒ぎって、まさかネライくんのことですか?」
「他に何があるって言うのよ」
「C&Cが任務中ですし、エンジニア部もこれまたトンチキな実験要請書を提出してますけど」
「……それはそれ、これはこれよ」
遠い目をするユウカちゃんの肩を揉んであげる。これまた酷くこっていた。
「それで、ネライくんのことがそんなに心配なんですか?」
「だから─────。って、ノアにどうこう言ってもお見通しよね」
「そうですね」
「もう……。じつは、また問題を起こしてる気がして」
あぁと思わず声が漏れる。その心配は痛いほどわかった。
あれは今から1週間前のこと、彼は突然こんなことを言い始めた。
─────俺はアビドスへ向かう。
何を言っているのかと唖然とする私を他所に、ユウカちゃんは当然のようにキレた。当たり前だ。彼はそう易々と他校に行ってもいい立場ではないのだから。
最初の頃はトリニティにゲヘナ、レッドウィンターに百鬼夜行と方々を旅していた彼だが、その実その度に何かしらの問題を起こしていたのだ。
トリニティでは勘違いからトリニティの生徒から銃撃を受け、ゲヘナでは温泉開発部と行動を共にし、レッドウィンターでは飲酒をしていたと噂される。百鬼夜行でも、山海経でも、オデュッセイアでも同様だ。
そんな彼をこれ以上他所にやれるわけがない。そう考えていた。
─────だが。
「リオ会長も、いいわ、行かせてあげなさい、なんて言っちゃって」
「あれには驚きましたね」
「先生も先生よ。行かせてあげて欲しいって頼み込んでくるなんて」
何かしらの事情があるのは、真剣な彼の様子から私達もわかっていた。だが、リオ会長と先生からのお願いということもあって、流石のユウカちゃんも折れたのだ。
「……ネライ、大丈夫かなぁ」
「そんなに心配ですか?」
「えぇ」
目を伏せたユウカちゃんがため息とともにこぼした。
「─────勘違いで銃撃戦とか、してないといいのだけれど」
△
「─────じゃあ、襲撃じゃない?」
「違うわよ!?」
「そうそう、このおバカさんが勝手に撃っただけだってば」
しょんぼりとした顔で正座する
「まことにごめんなさい」
「……反省してる?」
「微妙に」
「しっかりして」
「はい」
再びため息を着くカヨコとオロオロとするハルカを背に、真剣な顔をする彼。
そう、
地べたに座っている今は分かりづらいが、先生よりも背が高くて、肩はガッシリしていて、しかし胸やおしりは出ていないスラッとした体型。スカーフを外して露出した首元は太く突き出た部分があって、顔も丸っこくなくてシュッとしている。
「ん、気にしないで」
「そういって貰えると助かる」
表情があまりでないようだし、怒ったときのホシノ先輩よりも若干怖い目をしているが、目を輝かせて薄く笑う顔はすこし可愛かった。
「私はアビドス高校の2年、砂狼シロコ。貴方は?」
「ミレニアムサイエンススクール1年、鷹目ネライだ」
「ん、ならネライは後輩だね」
「よろしく頼む。砂狼さん」
「シロコでいいよ」
すっと差し出した手を握り返されるが、特に体重をかけられることもなく彼はサッと立ち上がった。いい体幹をしているようだ。
それにしても、ゴツゴツとした不思議な手だ。熱くて大きくて硬い。だが、優しく私の手を握ってくれた。それに。
─────また
「それにしても、ミレニアムから来たんだね。何かの調査?」
「いや、少し
「約束……?それに資料って、なにか作るの?」
「ゲームだ。ゲーム開発部の部員だからな」
「ゲーム開発部」
ゲーム開発部。それにしてはいかにもアウトドアの体育会系といった雰囲気だが。戦闘の動きもよかったわけだし。
それに約束というのが不思議だ。ミレニアムの生徒が、アビドスの誰かと約束することなんてあるのだろうか。さらにいえばゲヘナで問題児扱いされている便利屋68を引き連れて。
そんな私の訝しむ顔に気がついたのか、彼はあぁと手を打って。
「便利屋には、アビドスでの道案内をお願いしてあってな」
「彼には大きな借りがあるのよ」
「部屋を爆破された挙句、全裸で街中を走り回されたからな」
「そ、その通りだけどわざわざ言わないでちょうだいよ!?」
「新鮮だったぞ」
「その感想いらないんだけど!?」
慌てるアルに、あぁまた始まったとムツキがニヤリと笑う。
「ま、こーんな感じでいいように使われてるってわけ」
「セミナーからの正式な依頼ではあるんだけどね」
「アビドスを案内することが?」
「それもだけど、廃校対策委員会との橋渡し役としてもね」
「私たちとの?」
「そう。それはまぁ、本人に聞いてみて」
アワアワと慌てるアルとハルカを見て笑う彼が、私たちの視線に気づいてこちらを向く。
「そういえば約束があるんだっけ」
「あぁ。約束だ。とある人から言伝を頼まれている。多分、アビドスの生徒会に居ると思うんだが」
「……生徒会?」
アビドス生徒会はすでに存在せず、先生の力添えもあって私たち廃校対策委員会がその権限を引き継いでいるのだ。
だが彼は“生徒会にいる誰か”への言伝だという。今の私たちの中で、生徒会に関係していると言えば。
「─────ん、だいたい誰のことかわかった」
「本当か。まだ名前も言っていないのに」
「うん。アビドスに生徒会っていう名前は残ってなくて、今は私たち廃校対策委員会が後釜になってる」
「そうだったのか」
「うん。その中で旧生徒会に関係しているのは、あの人しかいない」
再び彼の目が輝いた。やがて私たちの口から零れたその名前は、全く同じタイミングで。
「─────ホシノ先輩」
「─────小鳥遊、ホシノ」
△
「─────」
─────妙な胸騒ぎがする。屋上に吹き付けるいつも通りの風を背に受け、混じる砂に軽く髪をかきあげる。
妙な心地だ。とても、とても
「……なんでだろうね」
あれだけの大事になって、先生のお世話にもなって、後輩たちにも迷惑をかけて。それでもう切り替えた。そのつもりだった。
「なんで、あの人の気配がするの……?」
感じるのだ。私の中の何かが。俗な言い方をすれば、私の魂がその存在を肯定している。
すでに死んだはずの、あの人の存在を。
「おーい、ホシノせんぱーい!」
「どーこでーすかー?」
「……ノノミちゃん。セリカちゃん」
後輩たちの声がする。ふとスマホを見ればもう既に始業時間を回っていた。仕方がない。寝ぼけたふりでもするか。
─────そう思った矢先だった。
見下ろす校庭に6人の人影を見た。
1人はシロコちゃんだ。自転車を手で押し、他の面々と足並みを揃えて歩いてくる。
4人は便利屋68だ。久しぶりにみたけど変わった様子はなさそうだ。久しぶりにみんなで柴関ラーメンに行くのも楽しいかもしれない。
そして、後の1人は長身で、日に焼けた肌と非常に短い黒髪。それに他の子と比べて、まるで男の人みたいな体格をしていて。
─────どういう訳か、似ても似つかぬその姿が、
「あっ、ホシノ先輩ここにいた」
「おはようございます☆」
「─────」
「ホシノ、先輩……?」
「ど、どうしたんですか?」
立て付けが悪いのか錆びているのか、軋む音と共に屋上へ上がってきた後輩ふたり。元気に挨拶をしたかと思えば、駆け寄ってきた後輩ふたりが驚いた顔で私の顔を覗き込む。それもそうだろう。だって今の私は。
「あっ、おはよう。ふたりとも」
「─────なんで、泣いて」
「ほ、本当にどうしたんですか……?」
「なんで、だろうね」
─────何も理解できないまま。大粒の涙を流しているから。
「─────なにも、わからないや」
お待たせしました(?)アビドス編です。
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