生徒に発情期があるのか?うちにはあるんだよ!(?)
「─────ねぇねぇ、ネライくん」
「ん」
ベッドの上から呼びかける声に振り返る。今日も変わらずベッドに腰掛ける彼女は、嫌に丈の短いショートパンツから伸びる絆創膏だらけの足をパタパタと遊ばせていた。
「なんだ、
「んっ!むふふっ。やっと名前で呼んでくれるように─────」
「んだよ。用がねぇなら話しかけんなよー」
「酷い!?あるっ。ちゃんとあるから!ほらこっち見て!ターンレフトターンレフト!」
「はいはい……」
騒がしいな。手の中で遊んでいた傷まみれの古い携帯ゲーム機をパタリと閉じる。わたわたと慌てる彼女、
「─────キヴォトスにさ、本当に行きたいの?」
「……あぁ」
何枚も重なって勉強机の端に転がる進学面談の紙。何一つ書かれることなくぐちゃぐちゃになったそれは、俺にはすでに必要の無いもの。ぐっと丸めてゴミ箱に叩き込む。
キヴォトス、学園都市キヴォトス。数多の学園が国のようにひしめき合うというそこは、怪談や七不思議でまことしやかにその存在が囁かれる空想上の存在。俺もかつてはそう考えていた。
だが、その存在を裏付けてしまったのが彼女、梔子ユメである。
「ユメさんが住んでたって言うなら、実在するんだろ」
「し、信じてくれるの?」
「今更何言ってんだよ。むしろそうじゃなきゃ、この日本でその年まで無戸籍のヤツが鉄砲弾もって歩いてるなんてありえないだろ」
「そ、それもそっか……」
去年の秋、砂にまみれボロボロになった彼女が庭に倒れていたのを俺が発見した。
病院でわかったことは、まるで砂漠で遭難したかのように極度の脱水に栄養失調状態にあること。本来ありえないはずの
「キヴォトスのアビドス高等学校、梔子ユメ。サツも顔見合せて困り果ててたな」
「私もびっくりしたんだよ」
「あそこにいた全員がだっての」
複雑そうな面持ちのユメさんを横目に、机上の進路面談の紙を手に取る。そうだ、これに何を書いたってもう意味は無い。俺が行こうとしているのは、存在しているはずなのにどこにも存在していない、姿形の見えないナニカなのだから。
─────そもそも、行き方なんてのもわからないのだが。
「そもそも、あんたが言ったんだろ」
「たしかに言ったけどぉ……」
「なんだよ」
「ほんとに行くって言うとは思わなかったというかなんというか……」
振り返り、彼女を見る。なにか不満でもあるのか、なんとも言えない神妙な顔でぶーたれる彼女。ゆらりゆらりと何度か身体を前後に揺らし、そしてそのままの勢いでベッドへと倒れこむ。
「それに、このままふたりで一緒にいたいなぁ、的な……?」
「絶対疲れるからパス」
「ひぃんっ!?」
─────この人、また
俺のことをなんだと思っているのだろうか、彼女は。弾みでどぷんと大きく揺する胸に、しかし悲しいことに俺は視線を引き寄せられた。熱くなる顔を、慌てて体ごと背ける。
「……そ、それに結局、
「……まぁ、暑いのは嫌いだからな」
「だからって、行くのがミレニアムなのは納得いかないよぉ」
「いいじゃん。最新技術、こっちからしたら未来技術のオンパレード。面白いゲームもありそうだ」
「むむ、ゲームかぁ……。あっ、ならうちには砂祭りがあるよ!絶対楽しいって!」
「後輩にめちゃくちゃ言われてダメだったんだろ、それ」
「うへぇ、それ言うのはズルいよぉ」
「ズルかねぇだろ」
よよと泣く真似をする彼女に、思わず呆れて笑いがこぼれる。
それに、俺の悩みを解決するのならばミレニアムがいちばん手っ取り早いはずだ。
「前に話してくれたやつ。“神秘”って言ってたっけか」
「うん。なんか、そんな感じだと思う!」
「なんであやふやなんだよ……」
「ひぃん……。だって、なんか説明する時、不思議と頭に浮かんだだけだったんだもん……」
「……まぁいいや。とにかく、俺のこの身体能力が“神秘”ってやつのせいなのだとしたら色々と納得がいく」
違和感はユメさんが現れる少し前だった。間違いなく彼女が突然現れて、それから俺は突然強くなった。
元々は世代の中でも少し背伸びしたぐらいだったと思う。精々かけっこやドッヂボールで上級生とやり合える程度で、特にずば抜けたところはなかったはずだ。
だが、気がつけば50m走だって3秒で走るようになり、人を殴れば漫画のように吹っ飛んでいき、金属バットで殴られたってなんてことはない。
誰が言い出したか“東中の龍”とかいう、いかにもなあだ名までつけられてしまう始末。あまりにもダサすぎる。
「─────ねぇ、ネライくん」
「ん?」
やっぱりイジメ現場の不良相手とはいえ手を出すべきじゃなかったな。そんなどうしようもないことを考えていると、ユメさんがまたひとつ声色を変えた。
見ると、上体を起こして先程とは打って変わって真剣な眼差しでこちらを見る彼女は、しんみりと語り出す。
「もしネライくんが向こうにいくのならさ。ひとつ、お願いしたいことがあるんだ」
「面倒事はごめんだぞ」
「そういうのじゃなくてさ、言伝なの。あの子に向けた、ほんのちょっとした言伝」
ベッドから立ち上がり、こちらに歩み寄り、そして背伸びをして頭を撫でられる。彼女の目はじっとこちらを見つめており、彼女らしからぬ真剣さがそこにはあった。
「“─────”。“───────────────”」
「─────あぁ」
一言一言を噛み締めるように、そして俺はそれをひとつも聞き逃さないように意識する。
俺からすれば、なんてことのない感謝と、励ましの言葉。だが俺から言伝う相手にとっては、とても大切であろう言葉。
「ありがとう。もし向こうにいったとしたら、ホシノちゃんによろしくね」
そう言って、彼女はほがらかに笑った。
△
「─────ん、着いたよ」
「っ、あぁ」
ぽんと肩を叩くシロコさんの声にはっとする。シロコさんや便利屋68の案内に着いていくうちにあの日のことを思い出していた。
ここがアビドス高校の校舎。やはりと言うべきか各所に砂が積もってはいるが、見渡す限りその外観は外の世界の学校そのものだった。いや、それどころか。
─────うちの中学と、外見ほぼ一緒じゃねぇか……?
「ねぇねぇ、静かだったけど何考えてたの?」
「いや、少し昔のことを思い出していただけだ」
「なにそれ、つまんないのー」
ニヤニヤと笑うムツキさんが唇を尖らせる。隣で彼女を見やるカヨコさんの視線が釘を刺そうかと鋭くなる中、ついと立てた人差し指で俺を指さし、そして隣に立つシロコさんを指さし。
「ほら、そーんなに距離近いといろいろと勘繰っちゃうじゃん」
「む」
「ん」
肩と肩が触れ合いそうな距離にいるシロコさん。横をむくとちょうど肩と同じ高さでぴょこぴょこと忙しなく三角の耳が揺れている。
「やっぱり……?」
「私もずっと思ってた。ちょっと、聞くタイミング逃してただけで」
「……あの、本当に初めましてなんですよね……?」
「あぁ、そのはずだ」
「そのはずって、なんで曖昧なのよ」
便利屋の3人も同じように訝しげにこちらを見ていた。同じようにシロコさんを見ると、感情の薄い穏やかな彼女と目と目が合う。
こうして見ると不思議な瞳だ。ぱっちりとした澄んだサファイアブルーの瞳の中、左右で瞳孔の色が違う。どこか無機室なようで、不思議な“熱”を感じた。
「なんで、距離が近いんだ……?」
「なんで、って」
「あぁ。少し近すぎると思う」
「いまさらだね」
「いまさらじゃん」
ムツキさんとカヨコさんの呆れたような声を他所に、そっと瞳を伏せたシロコさん。
しばらく黙り込み首をひねり、そして10秒ほどゆっくりと悩んだ後で。
「わからない」
「わからない」
満足気に頷くシロコさんの言葉を思わず復唱してしまう。
「むしろ、ネライが近いのかも」
「それはない」
「……そういうこと?」
「ちがう」
「え〜、なになに?最初っからネライっちの方が近づいてたのかぁ」
「ちがう……っ!」
語気を強めるもムツキさんは相変わらずにやりと笑うばかり。訝しむようなみんなの視線に少しずつ面倒なことになってきたことを実感する。
だが、救いの手は差し伸べられた。
「─────おはようございます」
挨拶の声に振り返る。赤縁メガネの大人しそうな女子がぺこりと浅く頭を下げた。シロコさんと同じ制服、アビドスの生徒か。
「便利屋の皆さんに、そちらは……」
「ん、おはようアヤネ」
「メガネっ娘ちゃんじゃん!おっはよー!」
「きゃっ。もう、急に抱きつかないでくださいっ!」
「えー、そんな事言わないでよぉ。ほら、私たちの仲でしょ?」
「そ、そんな仲になった覚えは……。そ、それよりそちらの方は……?」
突然走り寄って背後から縋り付くムツキさんに驚いていると、アヤネと呼ばれたメガネ女子は不思議そうにこちらを見てぱちりと目を瞬かせていた。
「男の人……?……え、男の人ですか!?」
「あぁ、鷹目ネライです。訳あってミレニアムから来ました」
「ミレニアムから!?そ、それは遠路はるばるお疲れ様です!」
「くふふっ、メガネっ娘ちゃん慌てすぎ〜」
「べ、別に慌ててるとかでは……。その、何もないところですがゆっくりしていってください!じゃ、なくて、えっと」
顔を見て、身体を見て、また顔を見て。あわあわと俺の全身を見渡すアヤネさんに、シロコさんが声をかける。
「落ち着いて、アヤネ。ネライはアヤネと同い年だし、それに相手が男の子だからって恥ずかしがらなくてもいい」
「恥ずかしがってる訳でもありません!……って、同い年なんですか!?」
「俺は1年だ、アヤネさん」
「そ、そうなんですか……。てっきり大人の男の人なのかと……。その、大人びてみえて、凄く背の高い方でしたから」
「ん、たしかにデカイ。年下なのに生意気」
「……シロコさんが、小さいだけだ」
「─────ん、ナマイキな後輩は理解らせる」
唸り声と共に飛びかかってきたシロコさんを咄嗟にいなす。やはりキヴォトスの女子はその細腕からは考えられないほどの馬力を発揮する。
場違いにも、“神秘”について思い出す。彼女もやはり“神秘”あってのものなのだろうか。もしそうだとしたら、
─────やっぱり、キヴォトスに来れたのは正解だったな。
「………………」
「んっ、んっ!なにっ、これっ。すごいパワー……っ。がぶっ」
「あ、えっと、あの……。齧るのはさすがに……」
「み、見事なチョークスリーパーホールドね……」
「メガネっ娘ちゃ〜ん。なんか顔赤いねぇ。どうしたのかなぁ〜?」
「えっ、あっ、赤いですか?」
「うん。なんかネライっち見てからどんどんと─────」
「初めて!初めて男の子に会ったからびっくりしたしちゃっただけです!べ、べつにかっこいいなとか、思ったわけじゃなくてですね!?」
「……うん、暴走してるとこ悪いけど、結構余計なこと言ってるよ」
「……え?」
「はっ、なっ、せっ……っ!」
「語るに落ちたなメガネっ娘ちゃん!」
正面には死んだ目でこちらを傍観するアル社長に慌てるハルカ。ガジガジと前腕を齧られる感触にフレッシュな制汗剤の香り。視界の端にはムツキさんに詰め寄られるアヤネさん。
頭を抱えるカヨコさんの重たいため息と共に、校舎からチャイムが鳴り響いた。
△
「うーん……」
チャイムをBGMに眺める校門では、アヤネちゃんを混ぜた全員がわたわたと慌ただしく校舎へと走り出す。
別にシロコちゃんとアヤネちゃん以外は慌てなくてもいいんじゃないのかと不思議に思っていると、隣で同じように様子を伺っていたセリカちゃんが首をかしげて。
「─────シロコ先輩って、発情期いつだっけ」
「へ?」
「私聞いた事ないんだけど、ノノミ先輩知ってる?」
頬を赤らめたセリカちゃんの質問に言葉を詰まらせる。そういえば、そういった話題をシロコちゃんの前でしたことがなかった。私もホシノ先輩も、そもそもそんな話題を出すこと自体がなかったわけで。
たしかにデリケートなことは教えてあげたし、性教育だって義務的な部分はBDで知っているはず。としか言えなかった
「うーん。私もちょっと、流石にそこまでプライベートなことは……」
「やっぱりかぁ……」
何がやっぱりなのだろうか。もしかして、同じ動物系の特徴をもつセリカちゃんにしかわからない何かがあるのだろうか。
少し離れたところに立つホシノ先輩を見る。先程まで涙を零していたとは思えないほど澄ました顔をしているが、どこか陰りが混じっていた。
「……おじさんも、ちょっと気になるかな。セリカちゃん、何が引っかかる?」
「なんかホシノ先輩怖いわよ……?えっと気になることっていうのは、ほら」
すっと校庭を指指すセリカちゃんにつられ、視線を再び下に下ろすと。
『組み伏せられるなら、組み伏せた方がいい……っ!』
『なんで暴れる……?』
『ん、理解らせるっ。どっちが上か、理解らせる……っ!』
『わけがわからん……っ』
思わず目を疑った。鼻息を荒らげたシロコちゃんが、再び男の子に襲いかかっていたのだ。前にいた彼の背後から抱きつき、背中に顔を埋めたまま腰をへこへこと情けなく動かしていて─────。
「な、えっ、シロコちゃん!?」
「うへっ、なにやってるのシロコちゃんは!?」
「まさか、あれってマウンティング……っ!?」
「マウンティング!?あっ、それってわんちゃんとかの……」
「なになに、どうゆう事なのさぁ!」
「どういうことも何もっ」
グローブから音がするほどに拳を握りしめたセリカちゃんが、その拳を手すりへ振り下ろし。
「─────最っ悪のタイミングで、シロコ先輩の発情期が始まっちゃったってことなのよっ!」
「はいぃ!?」
「えぇぇ!?」
あと2話くらいやるかも。
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