「あ、あのぉ……」
2限目と3限目の休み時間。校門前で立っていた俺に小さな声がかかる。スマホをいじる手を止めて声の方を見ると、そこにホワイトブロンドのくせ毛が特徴的な女子がこちらを見あげていた。
「その、えと……」
「もしかして、ハイランダーの方ですか」
「は、はいぃ」
胸の前でぎゅっと握りしめるネイビーのワークキャップに金の校章バッジが煌めいた。蒸気機関車を正面から見て書き写したシンプルなデザインのそれは、確かにハイランダー鉄道学園のもの。
おどおどとこちらの顔色を伺い、ともすれば今すぐにでも泣き出しそうになっている彼女。セミナーから予め送られていた来客リストのひとつを確認する。
「一応、お名前をお伺いしても?」
「は、ハイランダー鉄道学園、貨物輸送管理部所属、2年の内海アオバです、けど……」
「内海さんですね。学生証をお願いします」
「こ、こここっ、これです!」
手渡されたそれは連邦生徒会から各学園の生徒会を通して発行されるシンプルなデザインのカード。書かれているのはハイランダー鉄道学園、学生番号、生年月日。そして、内海アオバ。貨物輸送管理部、2年。
着帽した写真と見比べて、髪と目、外見上の差異は全くない。事前にハイランダーから提供されていたデータとも、特に問題はなさそうだ。
「……よし。ようこそミレニアムサイエンススクールへ。歓迎します、内海さん」
「あっ、はい……」
「案内役を務める1年の鷹目ネライです。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
握手をと手を差し出すと、おずおずとその手を握り返される。
─────怖がられてるな。
慣れたものだが、初対面からこうも及び腰で接されるとやはり悲しいもので。だが、そんな俺の内情を察知してかそそくさと手を引いた彼女は不器用に笑い。
「そ、そのぉ、えっと、ですねぇ……」
「どうかしました?」
「うえぇぇっと。いっ、1年生、なんですね……?」
「そうですね」
「て、鉄道関係はぁ」
「からっきしです。今日は案内と、そして護衛なので」
「なっ、ならっ!」
帽子をかぶり直した内海さんは、とんと胸を軽く叩いて。
「もしよかったら、今日わからないことがあればなんでも聞いて欲しいんですけど……っ!」
「それは、助かります」
─────ミレニアムサイエンススクールとハイランダー鉄道学園の技術交流会。
ミレニアム自治区はこれまで、突飛した技術力や科学力の流出を防ぐため、防衛と防諜の面から公共交通機関の運営に関して他校の介入を許すことはなかった。広大な区内の移動も独自の公共交通機関であるモノレールと自動運行バスが存在しており、それぞれセミナーの管理下において単軌鉄道技術部とオートノマス・テクノロジー部がエンジニア部の支援の元、運営・維持を行っている。
しかし、これに待ったをかけたのがキヴォトスの鉄道を管理するハイランダー鉄道学園。路線上の全てが自治区という特異性を利用し、自治区内へ路線を増やすことでミレニアムへの影響力を強めようとしたのか、それとも技術を求めてか。目的こそ不明ではあるが、連邦生徒会長の失踪を境にハイランダーはミレニアムへの干渉を強めてきた。
リオ会長は相当悩んだそうだが、すでに他校への交通手段としてD.U.の大型ターミナルならミレニアムを結ぶ
─────一先ず、技術交流会という名目で探りを入れるわけだ。
「あのぉ」
ちょんと引かれる左の袖。何かと思ってそちらを見ると、先程より少し距離の近づいたアオバさんが不安そうにこちらを見上げており。
「その、怖い顔してましたけど、大丈夫ですか……?」
「……はい。大丈夫です」
今日の俺の役割は、セミナー代理の付き添い兼、C&Cとしての護衛。そして、それとは別に、交流会に派遣されてきた彼女の身元や目的の調査。できることならば、懐柔。
不安要素が残るなら、いっそこちらに抱き込んでしまえ。俺ならきっと出来ると太鼓判を押された訳だが。
「─────できるか……?」
「な、なにがですか?」
「なんでもありません。ちょっと、心の声が……」
「そ、そうですか……」
─────本当に大丈夫か、これ。
目を閉じれば思い浮かぶ、モモイとネルさんのいい笑顔とグッドサイン。人のことを女たらしのように扱ったあのふたりに、俺は心の中でそっと中指を突き立てた。
△
「─────お、終わったんですけどぉ……」
『そう?じゃあ明日までに報告書よろしくねー』
「……えっ、でももう……」
電話越しに聞こえる陽気な声。たまたますぐそこにある奇妙なオブジェクトの時計を見ると、時刻は既に19:30。外は当然薄暗がりの時間帯だ。
盛り上がりに盛り上がった交流会。一方的に暴走を続けるミレニアムエンジニア部や単軌鉄道技術部の話に巻き込まれた私は、既に今夜の晩御飯を作る気力もないほどに疲れ果てていて。
「あの、今日はもうほら、直帰だったりぃ……」
『直帰でも報告書くらい家で書けるでしょ?ほら、これって私もめんどいんだよ、だから明日には終わらせちゃいたいの』
「いや、でもぉ」
『やるの、やらないの、どっち?』
「…………やり、ます」
じゃあよろしくといってぶつりときられた通話。スマホを持った手が力なく垂れ、思わず肩を落とす。このまま帰って明日に備えられるかと思えば、結局仕事。
いつもの業務と比べれば早上がり。しかし、交流会という慣れない場のこともあって疲労は比べ物にならない。
「今日ばかりはゆっくりできると思ったんですけどぉ……」
あーと開く口から魂が漏れ出そうだ。ピコンという通知に端末を見ると、既にメールで報告書のテキストが送られてきている。こういう時は仕事が早いご様子だ。
きっともう、今電話した彼女は帰宅しようとしているだろう。仕方がない。そう思って踵を返そうとした矢先の事だった。
「─────内海さん!」
「んぇ……?」
今日一日隣で聞いていて、少しだけ聞き馴染みのできてきた、ずんと低くて不思議な声。その声の方に振り向いてみると、こちらに駆け寄る大きな身体があった。
「えぇ、ネライさん!?」
鷹目ネライ。スラリと背が高い、少し怖い顔をしているイケメンさん。
最初は、すごく怖い人がいると思った。声をかけられた時も、このままミレニアムのどこかに沈められるか、実験室にでも送り込まれるのかとハラハラした。
だが、今日一日一緒にいてわかったのだ。彼は年下に見えないけど年下で、とても優しくて、ちょっと抜けてて。なんだかそれが、かわいくて。更に話していると、料理や家事もそれなりに出来るらしくて。
─────ぶっちゃけ、わりとタイプなんですけど。
追いついて、よかったと嬉しそうに小さくはにかむ彼の顔に、思わずドキリとしてしまう。
「あ、あのぅ……」
「ビックリしましたよ、先にいなくなっちゃうとは。お見送りくらいはさせてください」
そういえば、帰りたい一心で終わったと同時にここまで歩いてきてしまった。
「で、でも、お見送りだなんて、そんな」
「そんな、ってなんですか。内海さんはお客様なんですから、当たり前です」
何があってもお守りしますよ。簡単にそう言ってのける彼に、なんともいえない感情が込み上げてくる。今はもう、彼の顔を見上げるのも恥ずかしかった。
「でも、ほら、さっきだって他の皆さんとお話してて……」
事実、私が会場をあとにしようとしていた時、彼はエンジニア部や生徒会、セミナーの方に囲まれて忙しそうにしていた。
今回限りになりそうな私なんかを追いかけてこなくても、彼は仲のいい人達とお話をしていた方がきっと楽しかったはず。それに、私みたいな陰気な女の子より、ああいった陽気な子達の方が、彼だって─────。
少し胸にしこりを覚えないでもないが、そういうもののはずだ。
しかし、肝心の彼は違ったようで。キョトンとしたかと思えば小さく噴き出し、そして笑い出す。
「みんなとはいつでも会えるますが、内海さんと話せるのは今日限りかもしれないじゃないですか」
「うぇ」
「なら、俺は内海さんを優先しますよ」
「でも……」
「むしろ、みんなといるよりも内海さんといる方が気楽なので」
「─────っ!?」
やかましくて敵いません。そう笑う彼だが、私はすでにぐるぐると渦巻く思考の渦に飲み込まれ、溺れていた。
手にしていたスマホを見る。私用のはずなのに、いつも業務連絡ばかりが流れてくるスマホ。そんなスマホを握りしめ、そして彼に向かって突き出して。
「あと、もしよかったらまたお会いできませんか!?会って、もっとお話したいんですけどっ」
「ん……。もちろんです。アオバさんとお話していると、色々と新しいお話が聞けて新鮮ですから」
「っ。ならその、もも、も、ももももとーくの連絡先をですね!」
「はい。交換しましょう」
─────やった!
新しく増えたモモトークのアカウント。このあと控えている地獄の前に、私は一筋の光を手に入れた。
△
「─────ぁ」
スマホから鳴ったデフォルトの着信音に、作業の手を止めてグリスで汚れた手をウエスで拭き取った。
シュッポくんの公式壁紙。それが見えないほどにこれでもかと積み重なるたくさんの業務連絡の中。そのいちばんうえのひとつだけ、モモトークの通知を見た。そして送り主は、私が気になって仕方がない彼からのもので。
「わっ」
“鷹の目のネラーイ”というアカウント。話を聞くと、1週間前に彼が部活の罰ゲームで変更したらしい。通話していると、とても楽しそうな声でそう語っていた。
まだそのままだったのか。もしかしたら、意外と気に入ってるのか。なんてことを思いつつ、ロック画面を解除してトークを開く。送られてきているのは、とある1文。
「今度、ランチでもどうですか……!?」
思わず取り落としそうになるスマホをなんとか保持し、見つめるのはトーク画面。私からは送ることの出来なかった、そして待ち遠しくて仕方がなかったこの一言に、しかし私の手は動きを止める。
「なんて返信していいのか、わからないんですけど……!」
行きましょう。そう簡潔に言うのがいいのだろうか。それとも、それはもうノリノリで、いかにも楽しみですという雰囲気にした方がいいのか。残念ながら、私にはその正解がわからなかった。
─────でも。
「すごく楽しみなんですけど〜、とかで、いいのかな」
少しだけ早くなる動悸に緊張で汗ばんだ身体。まだ、明確に好きだとは言えないこの感情は、一体なんて表現するのが正しいのだろうか。
車両の故障、電装系の故障のように複雑なこの想いは、しかしまだ見て見ぬふりをしておく。
─────いつかこれが、胸を張って恋なんだと言える日まで。
最近頑張ってる恋愛もの(?)
評価、お気に入り、感想いつもありがとうございます!もっとください♡
あと、アビドスピンクっていうの始めた(見境なし)ので、よかったらよろしくお願いします!好評かほちいの♡
アビドス・ピンクアーカイブ
https://syosetu.org/novel/422646/