今、どこかの塔の上に立っていて夜景を見ているところに、風が頬を撫でている感覚があった。夜景は知らない街で、空に浮かんでいる明るい水色の月に照らされて、夜なのに街灯はいらなそうだ。ふもとは建造物でごちゃごちゃとしていて、なんだかよくわからない。
こういったのは明晰夢といったか、初めての、とにかく新鮮な経験に胸を躍らせた。
「こんばんは」
背後から声がした。ふつうの人とは、どこか違う男声。
振り返ると、塔の中は暗くて、きっと男が立っていることしかわからない。
「きみに、渡したいものがあるんだ。」
暗闇から現れたのは手紙だ。一通の手紙、特に何も思わず受け取る。
「これが無いとなにも始まらないから。だから、ずっと、持っていて。」
やはり夢の中。登場人物は当然のように意味深な言葉を言う。
とりあえず言われたとおりにしようと、手紙を半分に折ってポケットに突っ込む。
──その瞬間、手紙をよこした手が、自身の胸を強く押した。
遮るものは何もなく、身体がふわりと宙へ流れ出す。
落ちていく最中、轟音とともに、
「おとさないでね。」
……そんなことを、言っていたような気がする。
以下2567字
布団の上とは違う、なにか、もっとやわらかい感覚がした。
「……まぶっ」
陽の光に直接照らされて、咄嗟に目を覆い隠す。
そんな自身の行為に違和感を覚える。自室で陽の光にさらされるというのは、朝を上手に迎えるのが苦手な自身を、起こしてくれる母がカーテンを開くことで起こる事象だったからだ。
ばっと身体を起こして、周囲を見回す。
自身がいるところは自室どころか、家ですら、住んでいる市町村ですらない。やわらかい白の布の積まれた場所に、何故か身を下ろしている。
野外の見知らぬ場所、知らない街並み。石積みの建造物、舗装はなんだか馴染みのない古臭さを感じる。壁にびっしり張っている蔦の裏には、パイプがずらりと並んでいる。
蔦を背景とした白い花がこちらに顔をのぞかせているのを、覗き返しながら、
「えぇ……どこ」
と声に出して、困惑してみる。
とりあえず、乗っているそれから身を下ろす。改めてそれを見ると、荷車のようなものにやわらかい布がどっさりと積まれている形だ。状況も読めず、なにもかも仕方のない仕打ちをされているが、なんだか持ち主に対して申し訳なく思う。
ひとまずこの場所を知るため、ポケットからスマートフォンを取り出す。地図のアプリを開こうとすると、画面左上の『圏外』という字が目に入り、「あ」と溢しては即座に自身の期待薄を感じてスマホを仕舞った。
「……?」
スマートフォンを入れた拍子に、見知らぬ硬い違和感が反対側のポケットにあるのを感じた。
冴えない脳内で巡る困惑から目をそらして、それに疑問を向ける。取り出したのは、半分に折れた手紙。なんとなくぼんやり、どこかでもらった気がすることを感じながら、それをまじまじと見つめる。封筒の大きさは葉書ほどで色は薄い黄色、宛名や住所らしきものはおそらく書いていない。それどころか字らしきものは一切見当たらないことに、裏返して気づく。
既にこれも期待が薄れているが、ひとまず中身を見てみようと思い、封に指をかけるが丁寧に糊がつけられており、簡単には開かない。仕方がないので糊のかかった紙と紙の間に、爪でじりじりとささいな隙間をつくって引っ張ってみる。「あっ」と何度か声を出しながら、無残な裂傷を携えた口の中にあったのは、一枚の便箋。
取り出して、目を通す、期待の文章は──
「…………よめない」
見知らぬ言語で書かれていた。
*
困惑と疑問が脳内を徘徊しながらしばらく街中を彷徨っていると、通りには人気が薄いものの、ちらちらと人とすれ違った。どれも現代日本らしからぬ服装をしていると思いながら、今になって話しかけずにいたことをじわりじわりと後悔し始め、それ以上に時間が経つほど孤独と焦燥が胸の内で成長し始めていくのを感じ、ついには現在。
とある狭い通りの端で、腐った便箋を折って、現実逃避をしていた。
持ち物は、びりびりにヤツメウナギ化された封筒という名の屑。現実逃避を逃避する、どこにも繋がらないスマートフォン。そして、夢と絶望を乗せた紙飛行機へと改造されるなうバナナの皮の如く腐れ便箋のみ。
身なりは肩までの黒い髪で癖が強く、身長は平均よりも低く童顔で、服装は灰色のトレーナーの上に裏起毛のパーカー、運動着の半ズボン、靴下のみ。
靴すらないので歩き回りたくもない。いつもと違いすぎる光景に、中学卒業後高校入学前の春を奪われる意味不明。正反対に虚無感に楽しさすら覚えたい心持が、やはり順調に溜まっていく困惑と理解不能と無力感が、紙を折る手を震わせていく。溜まっていくそれらは、徐々に苛立ちに似た化合物へと変容していった。
──そして、心で大規模な内紛が勃発しつつ完成したそれを、シュンは即座に通りの先へと放出した!
歪な形で模されたそれは、気まぐれに大きく揺れを起こしながら、ふわりぐらりと下降していく。意味もなく滑空するそれは、意外にも長く飛んでいるなと複雑に思っていると、背景から伸びた影が
「よっと」
と発した。
どういうわけか、偶然通りかかった人物に拾われてしまった。
「や、そこのおヒトさん。これ、キミの?」
辺りをきょろきょろ見回しながら、高くて甘い味のする声でシュンに近づいてくる。
ミルク色の髪と桃色の瞳、ふわふわレースの襟のブラウス。頭にはウサギの耳のような棒状のものが二つと、キャスケットのような帽子と花が飾っている。幼い顔立ちで、背丈は自身と同じほどの、少年。
「……、そうです」
シュンは目をぱちぱちしながら答えた。
「はい、どうぞ」
「どうも」
「キミ、もしかして路頭に迷ってる?」
薄汚い紙飛行機を流れるままに受け取る際、胸中にすっぽりと当てはまる問いかけを投げつけられて、固まる。
「──そう、ですけど」
「やっぱり! この辺りだと思ってたんだ」
手を合わせて笑っている少年に、何のことを言われているのかわからず、ただただ困惑する。
「ああ、置いてけぼりにしてゴメンね。ボクはエフ、案内兎のエフだよ。キミは?」
「……しゅんです。あんないうさぎって?」
相手の自己紹介に合わせ、シュンも一応下の名前だけを伝え、知らない単語について問いかける。
「案内兎っていうのは、道とかで迷っている人を無料で助けたりするうさぎさんだよ。」
「じゃあ、じぶんも、無料で……?」
「うん、まぁ、そゆこと。案内兎はヒトの心の声が聞こえるんだ。キミのも少し聞こえてきて、困っていそうだったから来たんだ」
エフは頭に生えている長い片耳を指し、ぴくぴく動かして言った。もう片耳は、垂れ下がっているまま、動きそうにない。
「あ、でも安心して。ボクはただ、心の声が聞こえるってだけで、なんでもかんでも言い当てれるとかじゃないから」
「思考を読むって感じ?」
「そう」
「なるほど」
いろいろ納得して、久しぶりに多少すっきりする。
その力を前にすると、どう心を置くべきか難しいところだが
「ああそうそう。こうぎゅっとしていると、聞こえなくなるんだ。基本的には困っている人をさがしているときに聞こえるようにして、それ以外は閉じてる」
「便利だね」
「でしょお」
──読まれたらしい。紙を折るように、耳をぴったり折りたたんで、得意げににっこり笑うエフが言う。
「さ、キミの居場所をさがしに行こうか。ついてきて」
斯くして、紙飛行機による神頼みならぬ紙頼みが何故か成功し、シュンはエフの背を追うこととなった。
あとがき
この小説まともに投稿されていますか?
投稿の確認をしようとして上書き保存だかの欄をクリックしたら、すでに投稿済っぽい欄にマイクレイジイアナスタシアが移動していてこわくなって消してつくって消してを繰り返していたのだけど、なんかおかしなことになってない? マイクレイジイアナスタシアこのハーメルンで増殖してない? こわい。機械音痴なんです。わたしとわたしの小説は、いまどこにいるの。
これから投稿されていることを信じて書きます。
今日から九つくらい毎日投稿します。日付が変わるくらいに。
また、本作は小説家になろうでも投稿しています。九話分一話にまとめて投稿しているので、そそられた人はそちらを眺めてみるといいかもしれない。