「あいたたた……急になんなのさ、ラディ」
「面倒事の対応についての相談だ。」
エフは引っ張られた大きな耳を、曲げたり伸ばしたりして痛みを逃がすようにしながら、ラディアを見る。
情報屋の屋上、二人は春の風をゆったりと浴びながら、
「……シュンさんが勇者だってことについて?」
「あまり大きな声では言うなよ」
二藍の少年が、口もとに人差し指を添えて言った。
「どこにも内緒だ、誰にも話すな。」
「それは、あのこにも?」
「ああ。生憎なのか、そうでないのか知らないが、あれは何も知らない。だからこそ、先手を打てる。」
「────」
エフは、息を呑んだ。
数秒視線を泳がせて、自身の心にすっぽりと当てはまるような地点でとどめ、俯きながら小さく口を開く。
「……たまに、きみって大胆だよね」
「無知なだけだ。いま確認したいことは、しゅんに事実を突きつけ王宮へ放り込むか、勇者であることを秘匿、証拠隠滅して一般人とさせるかだ。どちらがいい?」
「ラディは、どっちなのさ」
「どちらかだ。そちらの真意を今は聞きたい」
「急に言われてもねえ。なんで言ってくれないの?」
「何も考えずに回答を被せてきそうだからだ。あまり関心がなさそうに見える。」
「関心がないわけじゃないけど……そうだなぁ」
少年らはしばらく思考の時間を漂う。
ラディアは扉に寄りかかるようにして、腕を組んで答えを待つ。
エフは柵にもたれるようにして、目の前のなにもない通りをぼんやりと眺める。徐々に萌しかけていた感情を、屋上の隅に置いてあった古びた望遠鏡を視界に入れて、ようやく発芽させた。
「──後者かな」
「その心は」
ひとすじをこぼすように放たれた言葉を、ラディアは静かに解析しようとする。
「……あの子が、ひどいことをされるだろうから。ラディは?」
「同感だ。世界の危機はあるが、あれは少し、やり方が横暴すぎる。」
「じゃあ──まずはどう、あの証拠を消そうか」
エフがぎこちない微笑みを浮かべて訊く。
ラディアはそれに対し、不安感と自信に似た高揚感のようなものに板挟みにされた、ひどく一定としない心持で呟いた。
「……山羊だな」
「────は?」
呆気にとられたエフが、当然の鳴き声をあげた。
祭りの終わった、喧騒の香りが残る通りに、甲高い機械音が響く。
「また……!」
少女はなるべく苛立ちの声を抑えながら言い、通信機を取り出し耳に当てる。
「今度はなんですか? そろそろいい加減にしてほしいんですけど」
『えと、リアリさん……? なんで、そんな怒って──』
「みなさんからの連絡がひっきりなしに来るんです! 勇者がどーたらこーたらって、私に訊かれても困るんですよ!」
『ちょ、ちょっとおちついてぇ……』
連絡相手の青年の声が畏縮し、周囲の人間が叫ぶ自身に目を向けたところで、リアリははっと我を思い出した。器械を顔の方へ寄せ、手で口を覆うようにする。
『いちおう教堂のひとですよね……? 勇者さま呼び捨てでいいんですか?』
「ネフカさんに見つからなければ大丈夫です。勇者さま自体は信じていませんし。」
『えぇえ……ほんとうにそれってどうなんですか』
雑踏の中の買い物帰り、夕暮れのあたたかい光で一日を終えようとしている通りの中を、リアリは帰路を辿りながら、
「それはこのまちに言ってください。それはそれとして、用件はなんですか。」
『ああ、そうですね、単刀直入に言って、勇者さまらしき影を見つけたんです。それで、勇者さまのいるらしき位置と、リアリさんの今いる場所が近いので、僕がそこまで案内しますから周辺の状況等を報告してほしいです。』
「へー、まぁいいですよ。買い出しも終わりましたし」
『頼む人間違えたかなぁ』
重要な話を軽い返事で受け入れる様子に、通話先の人物は苦笑を交えつつ話を続ける。
『えぇと、ひとまずそこの狭い路地に入ってください』
「ちなみにニカ君はいまどこから見ているんですか?」
『王宮の上の方からですよ。展望室で、街中の映像記録と望遠鏡から』
「……なーるほど?」
リアリははっきりとしない納得感を慣れたようすで飲み込み、器械を耳にあてたまま進みはじめた。普段歩むはずのないひっそりと冷えていく路地裏のなかで、握っている安心感に素直に従う。
『まず、そこの二手に分かれている道を右に。それからまた右、で、そこは斜め左。そのまま道なりに進んでください。』
「そこまでわかるんですか? 周り見ても、写映機そんなに見かけないんですけど……」
『言い忘れてたんですけど、まわりのそれと地図と勘頼みなので、へんなとこあったら随時言ってください』
器械の奥にいる人物は早口で答えた。あまり悠長にしていられないといった緊張を肌に感じ、リアリはただ「わかりました」とだけ伝える。
『そこの階段をのぼって、右です』
「みぎ……老朽化で通れませんね」
『迂回しましょう、通れるところから右へいってください。もしくはてきとうな民家があると思うので、勝手に入って突っ切ってください。今は道徳を捨てて』
「わかりました。」
『そうしたらそこの梯子をおりて、そこを左にまっすぐ。』
「えぇと……梯子がないのでがんばっておりてみますね。」
『え。いや、あの、リアリさん? 無理しないで、そこ結構高くない?』
「室内の階段からくだって外に、あ、すみません公務でちょっと通りますね。失礼しました。」
『普通に人いる……なんかすみません、周りの景色や、通りはどういうかんじですか?』
「お母さんとお子さんが一緒に夕飯の支度をしていました。」
『別に訊いてないですそれは僕が悪いけど!』
さらりと恥をかいて再度街へ出るリアリは、器械の奥で叫ぶ青年の声に多少の苛立ちを覚えながら、
「狭めの道で、私から見て右のほうは……説明が難しいので、右が夕暮れがちょうどあって明るくて、左が暗いです」
『ええと、えと、えっと、えぇ……、あ。近いですリアリさん! 暗いほう行ってください!』
「あんまり叫ばないでください、わかったので」
素直に自身の癪を伝え、左へと身体を傾ける。
『あ、ごめんなさい。そこを右に曲がると、目的地なので、一応慎重にいってください。勇者さまをさらった犯人がまだ近くにいるかもしれません』
「……わかりました」
器械の中の声は徐々に、リアリはその声への返事を静かに済ませ、様々な感覚が混じり合ったなんとも不可思議な気持ちでそこへ向かう。なるべく足音を立てず、辺りの音に耳を凝らし、角を曲がり、かすれた吐瀉物の臭い、リアリは少しだけ目を細めた。
『どうですか……? 応援が必要だったら、』
「誰かいます。」
暗い路地の奥、行き止まりに、黒い塊の人影が落ちている。人影は壁に背を預け座り、力なく頭を垂れた状態でいた。
少女は器械を耳から離し、ゆっくりとそれに近づき、
『リアリさん?』
「……」
煩わしくなったそれの通信を切り、懐にそれを仕舞ってしまう。再度その人影を見つめ、その近くで腰を下ろした。
「──こんなところで、どうしましたか。」
考えた末の台詞だった。なんと話しかけるのが正解か、そんな問題はとうに過ぎ去っている。少女の目に映る人物の名前は、ひとまずは関心だった。
人影は目の前の人物に気づいたのか、反応を起こした。投げ出した足を畳み、身体を丸めるように縮めてから、呟くように言う。
「かえりたい」
「…………」
ただそれだけの傷心を差し出され、少女はひとまず無言で返答した。
「どこから来たんですか?」
「……」
人影は返さない。
「──おうちはどこですか?」
「……」
似たような質問を、ただ俯いたまま、自身を仕舞い込むようにして、返さない。
「おなまえは?」
「…………いいたくない」
「そうですか……」
冷たい返事しかできなかったことを後悔した途端、リアリの懐の中で甲高い音が鳴り出した。人影がびくっと身体を震わせて、思わず顔を上げている。
「あ、あぁごめんなさい、さっき切ったから……、」
リアリはその音を容赦なく止めて、目の前の人物に向き直る。暗くてよく見えないが、弱々しく敵意のような、複雑なものを多分に孕んだ視線である。
少女はそれに、微笑みかけ
「いっしょに、かえりましょう? みんな心配してます。私と、あなたも」
手を差し出した。
返答は、少女の顔とその手のひらを右往左往する視線だった。
「……ね?」
不器用に、曖昧に背中を押すようにと呟くと、それは手を、震えながらゆっくりと伸ばした。汚れた手がリアリに触れる。
少女はなんとか乗り越えたと考えた。差し出された手の先の、少女を見つめる表情の成分の半分は安堵のゆるみと、もう半分は、諦観だった。
あとがき
久しぶりに更新しました。また何日かかけて投稿します、よろしくお願いします。
ところで、自身は基本wordで執筆して、Nolaというアプリにも保存して、なろう、カクヨム、ハーメルンにデータを移しているという感じでやっています。何股かの投稿サイトで投稿している人って誤字修正とか怠そうっすね。私とか。この世の小説投稿サイトすべてにこのいかれた桃源郷を投稿してギネスとか目指そうかしら。
ちなみに、ハーメルン版いかれた桃源郷は会話文と地の文の間に改行がされていたり、一話が短い代わりに話数が多いです。なろうやカクヨムでは一話一万字超えています。いろいろなバージョンがあるのも、結構楽しいですね。