す
そこからは摂取する情報を曖昧にして、王宮内をぼんやりと漂って、庭のような空間に出た。円形のそこは中心に木が一本生えており、壁の半分は窓となっていてトペリの景色を一望できる。
木のそばにはベンチがあり、シュンはそこに座って、ついさっきのことをぐるぐるぐるぐると思い返していた。目をそらすことを許されていないように感じたからだった。
──勇者が王を殺すことによって果たされる【契約】。
シュンには単純以上に知識が足りない。文字はもちろん、この世界の魔法などについても、まったくの無知である。正直この点から見れば首を突っ込むことさえ論外に思える。だからこそ、差出人はまずここを突いた。
であれば意図は、シュンを、勇者を貶めるためのものだろう。この三日間、ルーマがなんらかの形で他殺されれば、差出人はその犯人を確実に勇者と絞れる。勇者が彼を殺したという情報を流して世界を混乱させることなど、想像力はないが、好ましくない未来が必ずそこにはある。恐ろしいのは、トペリに散らばった石とこの手紙の存在を盾にして弁明ができないことだ。昨日の女たちのような存在もいるわけだし、勇者に対して否定的な連中も少なくないだろう。
本当に【契約】がされていたとしたら、完璧な罠だ。これはまだ、仮定の話だ。確実にこのことをしないといけないという確信は、いまのところどこにもない。しかし、誰にもこのことを口外できない以上、誰かの援助を得てこの【契約】の存在を認めることはできない。
シュンが人殺しに加担したくないのは事実だ。加えて、もし詐欺のまま彼を殺してしまえば、シュンは一切の背景さえ持たないただの人殺しである。
安全かつ明確に証明する方法が必ずどこかにあるはずだ。ただ知らないだけで、きっとなにか策が──
「なぁ、オマエ、」
ふと、横から知らない声が聞こえた。
「きょうの昼、なにが食いたい?」
「……ぇ」
声の主の方へ視線を向けると、そこには気怠いような視線でシュンを見つめる青年の女性が座っていた。肩に大きな|槍斧(ハルバード)のような武器を寄りかかせるようにして携えている。
シュンは間を置いてから叫んだ。
「い、いつからそこに!?」
「いま」
「それってあんま答えになってないような……」
褐色の肌、黄色の瞳と真っ赤な長い髪。よく見ると、側頭部にはなんらかの動物の耳のようなものがついている。彼女は長い足を組みなおしながら、
「それでさ、きょうの昼、なにくいたい? きょうわたし当番でさ。なんでもいいはナシな」
今のシュンにとって無理難題のような質問を投げかける。
シュンは困惑しながら、昨日の昼食のことがさらりと脳裏によぎったので、それについて話すことにした。
「……じゃあ、海鮮以外の、見た目がグロくないやつで」
「ふぅん、そのぐろくないって、どういうことだ」
「これ伝わらないんだ。なんていうか、見た目が生々しくないもの」
「想像ができない」
「じゃあ海の幸でお願いします」
正直この状況下で食事のメニューなどどうでもいいのだが、シュンはなんとかこの質問を片づけようとする。
彼女は妙に不機嫌な様子で、
「はァ、そのウミノサチってのもよくわからないんだけど。ってかオマエ誰だよ」
「今更すぎない? 誰か聞いてから昼食のメニュー相談してよ」
「よびかけたのに反応ないのはオメーだよ。ずっとうつむいてて、なんだか元気なさそうで、でも反応ないから昼飯どうしようかなって思ってきいたらようやくだったんだよ」
「それはごめん……」
面倒が半々、苛立ちのような衝動が半々の原動力で言葉を羅列し、シュンがそれを自然に受け入れて謝った。彼女はそれに怯んだように、シュンから目をそらした。
会話が妙にしにくいことに、互いに苛立ちを実感すると、二人は一旦正面を向きなおす。数秒間無言のままでぎこちない空気を漂わせていると、彼女から切り出した。
「……なんか、困ってんだろ? よくしらないけど、わたしはいま騎士団の仕事で見回りしてんだ。なまえは、ニィティラっていう。いいにくいからニィでいい、おまえは?」
「────えーっと、あの、あー……」
彼女の──ニィティラの歩み寄りに、その最後の問いかけに、シュンは思わず頭が真っ白になり、無意味にマイナスの価値だけを付与し続ける無駄以上の時間をそんな鳴き声だけで過ごして、
「……。」
彼女の冷たい視線を見た。
「……やっぱりオマエ、なんかあやしい」
「まぁ、そうですよね」
「でもいま手錠とか持ってないんだよね」
「あーそうなんですか」
シュンは観念したように両手をあげながら返事をし、ニィティラはその両手を強く握り、シュンを地面に足がつかないようにぶらんと提げて、二人はその場をあとにした。
*
「あのー、ニィ姉さん。ここはまちに異変がないか見るためのところであって、なんかよくわからない人を監視するための塔じゃないよ。」
銀髪のうえにパイロットのゴーグルを乗せたような青年が言う。彼のうしろには青い空とその手前にさまざまな機械が置かれている。
「監視塔って名前なんだからそうだろ」
「執務室の近くとか、もっといいとこあっただろうに」
シュンは微妙に身体を震わせながら、床下から上半身を出す。この室に入る道中は、暗い筒状の空間を梯子で登らなくてはならず、足を踏み外さないかという不安にまみれながら、シュンはようやくこの空間に辿り着いたところだった。
「よっこいしょ。で、コイツのことなんか知ってる?」
再度ニィティラがシュンを持ち上げ、青年に人形を見せびらかすようにすると、
「……えっと、きのうの……、ゆうしゃさ、ま?」
珈琲の入ったカップを口から離し、口端から流れる液をもうひとつの手で隠しながら言った。
「コイツがそうなのか」
「脇、痛いんで下ろしてください」
シュンがそういうと、束の間の拘束がすぐさま放してくれた。
「勇者さまって、ゼリューさんのところにいるんじゃなかったの……?」
「いまアイツ寝てるよ」
「徹夜したらしいです」
「またかあの人!」
青年の独り言のような問いかけに、二人がそれぞれ答える。彼はため息をついて、飲み干したらしいそれを流しに置くと、
「とりあえず二人はそこらへんに座っていてください。いまから姉に連絡しますから。」
「ここにいるだろ」
「実姉です」
中々に融通の利かなそうなニィティラを横目に、なんらかの器械を耳に当てる。
携帯電話のようなものだろうかとシュンは思い、ニィティラを見ると円いテーブルの前に座り頬杖をついていた。シュンはその対面に座る。
「姉さん? いまね、展望室のほうに──」
青年が話している間、シュンは室を見渡す。扇形の空間は奥に様々な機械が並び、その主要な機器たちを挟むようにしてブラウン管テレビのような映像媒体が、街の中のさまざまな一角を映し出していた。そのほかは壁に沿うようにして植物の鉢が並び、シュンたちがいま座っているような椅子やテーブル、何故か砂糖やティーカップなどを置いている棚、連絡用のパイプのようなものなどがある。
「はい、それじゃあ、お昼にね」
青年が受話器を置いて、自身がさっき座っていた椅子を引いて二人のもとへ向かう。
「えっと、僕はニカっていいます。ここは監視塔の展望室といって、なにか事件があったときとかにいろいろ対応してます」
ニカは椅子に座って、話を切り出した。銀髪と青い瞳、革製の上着を留め具で閉じずに着ている。
「ああ、きのうの、あの……ひとが、電話していたひとか」
名前が浮かばず、視線を彷徨わせながらシュンは言う。あれから彼女が誰かに連絡をして、その際に漏れている声に似ていると感じたのだ。
「リアリさんかな。それと、昨日はすみません。見つけるのが遅くなってしまって……お身体とか、だいじょうぶですか?」
「じぶんは全然だいじょうぶです……見つけるって、ここから見つけたんですか?」
シュンは彼の下向きな矢印から逃れるため、言葉中に生まれ出た関心を利用して問いかけた。
「そうですよ。街中のようすの映像と、それと地図と照らし合わせてみたりして場所を特定するんです。訓練とかまぁまぁ積んでるはずなんですけどね、はは……」
「失敗はしてねえだろ。誰だって焦ることはあるし、本番がそんなにないんだから、仕方がない」
「たしかにトペリの治安はかなりいいけど、だからといって勇者さまを危険にさらしたことには変わりないよ。存在自体がどんな偉人や宝石よりも重要なんだ。政治利用とか、人質にとったりとかで一部の人に狙われたりとか、捜している間に狂ったやつらだったら殺される可能性ですらあったんだよ。ニィ姉さんのいた国もいま危ないんだ。だから僕たちは、反省しないといけない。」
「……。」
ぼんやりと彼の解毒をするニィティラに、ニカは正しさを一心に注いで黙らせる。彼女はばつが悪そうに、彼から顔をそむけた。
シュンはただ、じぶんの手のひらを見つめて、なんだか複雑な気持ちを放棄したくなった。
「それで……いま、僕の姉がゼリューさんを起こしにいってるらしく、食堂のほうに集合とのことでしたので、いきましょうか」
「え」
「どうしました?」
立ち上がるニカに、シュンが思わず困惑の声をあげてしまう。
「いや、なんでもないです……」
「……、そうですか、じゃあ」
「梯子が嫌なんだろ」
顔をそむけたまま、ニィティラが呟き、立ち上がった。
「別のとこから行くか?」
「……じゃあ、それで。」
実際、シュンは思っていたことを言い当てられていたので、このなんとなく香る否定のできないような雰囲気を利用して、返事をした。
「ま、まって二人とも。あっちはちょっと、危ないよ」
「危ないかどうかは、コイツが実際に見てからでいいだろ」
そうかもしれないけれど、と弱く制止するニカを横目にニィティラは床のハッチに手をかける。開いたそこからは冷たい外気が入り込んだ。彼女はそこからぴょんと飛び降りて、そこから二メートルほど下の金属の板にすとんと着地する。
「ほら、こいよ」
シュンはその様子を見て、付近の梯子から下へ降りてみる。
王宮の影となっているこの場所は薄暗く、冷たい風が吹いていた。壁はなく小さくなったトペリと、遠くの青い空が見えた。落下防止の柵はシュンの膝よりも低い身長である。ニィティラは天井に頭をくっつけないよう、窮屈そうに背中を丸め、長い槍斧を持ち直している。彼女の横には掃除用具入れのようなロッカーがあり、その上には鳥の巣があった。
金属の板の道は王宮を囲むように続いており、落下防止の柵はその道半ばで途絶えていた。
「これって……落ちたら死ぬ感じですか?」
「まぁ、そうなんじゃね? 下なんもないし。」
「……。」
ニィティラがてきとうに答えたところで、ニカがハッチの口からさかさまに頭だけを出しながら言う。
「ほら、危ないでしょ?」
「どうしてこんな欠陥が……」
「で、行くのか」
「いきません」
シュンは彼女の問いかけに食い込むようにして拒否した。
あとがき
ニィティラは獣人的な種族です。デカいし、もふもふなお姉さんです。名前の由来が「ニィ」と略した際にお兄さんとか、兄ちゃんとかと混同しちゃいそうな部分がポイント。「ニィ姉さん」というと、「どっちだよ」となるのも好き。
王宮には監視塔という別の塔がくっついていて、そこを登ると展望室です。ニカが基本そこで働いていて且つ趣味で植物を多く育てています。あとは、床のハッチを開けて見える鳥の巣を観察するのも趣味です。そう考えると自主的に幽閉されているかもなァとおもうなどします。彼は何かを見つめるのが好きなのかもしれない。