る
「腹減ったなぁ……」
「因果応報というやつです。終わるまで我慢してください」
腹の虫を鳴らし続けるゼリューを横目に、彼女はシュンに向き直った。
「改めまして、私がトペリ王宮騎士団、団長のネフカと申します。これからあなたの事情聴取を開始します。」
「はい……」
シュンは面接をするような心持で、堅苦しいものは苦手だと表すような自信のない返事をした。
食堂、厨房の上を階段であがりロフトのような空間にて、四角いテーブルの一側面にシュンは座っていた。
シュンの前に座っている人物はゼリューと、ネフカと名乗った女性だ。弟と同様、銀の髪と青い瞳、青いブラウスとスカート姿で、腰に巻いたベルトには剣を四本さしている。
机上には資料を並べ、付近の机を使ってニカがまた多くの資料を並べて話を待っており、ニィティラは壁に寄りかかってあくびをしながらこの場を観察する係である。
「まず念のため訊きますが、あなたの名前は……?」
「────」
ネフカは万年筆をとって紙に立てるが、シュンは視線を落として無言を返す。
その問いをされるたび、脳内ではあの女と少年が現れて、どうにも進めなくなるのだ。
「……マ、まずは経緯を聞こうか。昨日の話の続きだ、キミが言っていたその三人組に何をされたか、言えるか?」
ゼリューが頬杖をつきながら、夜空の色の瞳をそっとシュンへ向けた。
シュンはそれをみて、視線を揺らして、指を組んでみて、震える緊張のなか、脳内で言葉を手繰り寄せて、やっとようやく、口を開いた。
「──あるいていたら……いきなり、強い風が吹いてきて、じぶんたちのいたらへんが霧につつまれて、気づいたらなんか、あの路地裏にいたんです」
どこまで説明をするべきかわからないため、足取りがおぼつかないような言葉選びを、シュンは繰り返す。
「そのときには気分がすごく悪くて、めちゃくちゃ吐いて、そのときなにか女のひとたちが言ってた気がするけど、耳鳴りがすごくて、何も聞こえなかって…………。おんなのこがひとりどこかに行ったとき、壁に叩きつけられて、首にナイフを向けられて、ほんとうの名前をいうように脅されたんです」
段々と言うことにも慣れてきたらしく、シュンの話す速度が上がる。
対するゼリューの態度はそのままで、ネフカは淡々とメモをとっている。
「それで、なまえをいって……あとは、たぶん、仲間のおんなのこに、まほうかなにかでねむらされて……、起きて、しばらくしたところに、あの、リアリさんが見つけてくれたんです。」
そこまで言い切って、そんな感じでした、なんて一応付け足して、シュンは一息ついた。
「……、こわかったか?」
「…………すごく。」
「そっか、よくがんばったな。ご褒美に飴やるよ」
うつむくシュンに、ゼリューは立ち上がり近くまでやってくると、懐から棒付きのそれを差し出す。茶色い包装のそれをそっと受け取った途端、彼女はシュンの頭を強く撫でて、突発的な風のように席へ戻った。
困惑するシュンに、ニカが微笑んでいる。
「じゃ、続きといこうか。具体的な部分を質問していくぞ……ネフ、なんかある?」
「あ、私が訊く流れですか」
ネフカは咳払いをした後、シュンにその青い瞳を向けた。
「では……その三人組の特徴について、おぼえていることはありますか?」
「とくちょう……、まず、じぶんが吐いているときにどこかにいった人のことは何もおぼえていなくて、じぶんを脅した人が、リーダーみたいだった。厚手のローブだけを着ている人で、髪が長かった気がする。その隣にいた小さな女の子も髪が長くて、頭に羊みたいな角が生えてた。わかるのは、そのくらい……です」
思い出しながら言語化をするだけになってしまい、つい敬語が欠けていることに気づいて、慌てて言いなおす。
「結構おぼえてるじゃねえか」
「だいぶぼけぼけですよ」
「それでも言葉にできるだけ良いよ。聞いててよくわかんなくなるけど」
「……それって、伝わって──」
ないですよね、と続けようとしたところで、ぼき、と何かが折れる音がした。
「──ねえさん?」
彼のその声を聞き、皆の視線が一斉にネフカへ集まる。彼女は俯いたままかすかに震えていて、握っている万年筆の先がひしゃげていることにシュンは気づいた。
おそるおそる彼女の顔をみる。
「さっきから、興奮が収まらなくて……、ないふとか、りいだあ、とか、ろおぶ、とか……」
ペン先から漏れるインクが机上に拡がることには目もくれず、
「それって全部、勇者語ですよね!?」
「へ?」
机に身を乗り出して言うネフカは、こらえきれない笑みをこぼしながら、困惑するシュンを置いてけぼりに新しい万年筆と小さなノートを取り出して続けた。
「今言った言葉の意味、全部おしえてください! できる限りでいいですので!」
「は、はぁ」
「こら、姉さん。勇者さまが困ってますよ」
ネフカのきらきらとした視線をニカが遮るように言うと、
「で、でも言葉の意味がわからなければ続けられないですよ、ニカ」
「それはまぁ、そうだけれど……すくなくとも、いまは落ち着いて、事情聴取に徹してください。あんまり困らせないでね」
「任せてください。ですので勇者様、よろしくお願いします!」
彼女はその言葉通りのまま勢いを弱めた姿勢で、シュンに向き直った。
なんだかやりにくい雰囲気をうまく呑み込めぬまま、ひとまずシュンは言われた通りのことを全うしようとする。カタカナ語のような外来語が伝わらないことは納得したが。
「ええと、まず、ナイフは刃物です。ちっちゃい剣、短剣みたいな……」
「もっと厳密な定義はあるのでしょうか?」
「──わかんないです」
嬉々として手帳にシュンの言葉を記入するネフカの目が、シュンには少しこわく映った。自身の無知をこれから無慈悲に荒らされるのだと本能が語ったからだ。
「あとは、リーダーっていうのは、群れの長みたいな、えらいひとっていうかんじで、この三人の中で、じぶんを脅してきた人がいちばんそれらしかったです」
「なるほどなるほど!」
「で、ローブっていうのは、ああ、なんていうんだろ。外套? 長い布一枚だけしか着てなかったです。」
「ふむふむ、なるほどですね! もっとよく知りたいので絵を描いてくれませんか?」
「えっ」
シュンの反射で出た声に、ニィティラがさらりと失笑した。
「姉さん……」
「いや、でも犯人の特定に役立つかもしれん」
「ゼリュー姉さんまで……たしかに、大事だけどさ」
女医が推すのもあって、シュンの前にネフカが手帳の一枚をびりと破いたものと、彼女の万年筆が置かれる。シュンは万年筆を手に取って、素直に紙に突き立てた。
「なんだ……? 犯人のひとの顔とか、あんまりおぼえてないんですが」
「姿をなんとなくでいいですので」
そう、何を描くかはっきりさせられたので、ぼんやりとした形をてきとうにかこうとするが、
「うわなんだこれ書きにくっ」
「この面を自分に見えるように向けるといいですよ」
「はぁ、なるほど」
インクすらうまく出せず、彼女らに見守られ難航しながら、シュンはそれを描き上げた。目は点、口も適当な弧を描いて、四角い身体は長方形のシルエットにして済ませたのだった。
「あと、ちっちゃい女の子のほうも描け」
「あぁ、はい」
ゼリューからまともな声で追加注文を受けたので、またもや適当に済ます。長い髪と、スカートのようなシルエット、ぐるぐるの角は描き方がわからないため、丸いものを頭にくっつけて誤魔化した。
「どうぞ」
「よし。全部済んだら売るか」
「な! だめですよ、貴重な文化財なんですから。ちゃんと刷らなきゃ……」
「量産はいいんだ……」
勇者の描いた絵というのもあり、金もうけを企む姉二人に唖然とするニカ。最初の堅苦しい雰囲気は、きれいさっぱり消えている。
「しかし、勇者を狙う犯罪者集団が若い女三人組とはな……、それぞれ何歳くらいだ?」
ゼリューは聞きながら、今の姿勢に飽きたのか椅子を百八十度回転させて、脚を開いて背もたれにもたれるように座りなおした。
「脅してきたのが二十歳前後くらいで、眠らせてきた女の子が小学校低学年くらい、五、六、七、八歳くらいですかね」
「そんな幼い子どもを犯罪に利用してるなんて……」
「逆に特徴的だ。最近大きな事件を起こした奴らで思い当たるのがある。ちょうどこの絵とも一致しているところもあるし」
「なんですかゼリュー。言ってみてください」
シュンの絵をじっと見ているゼリューを、全員が見る。
「あれだよ。ちょっと前に有名な金持ちの家燃やしたやつら。女が大中小そろってるから、“幼少女”とか呼ばれてたな。今回の動機が意味不明なのも合わせて、ボクのなかではこいつらがしっくりくるなと思ったが、みんなはなんかある?」
「言われてみたらわかるけど、はっきりそうとは言いにくいですね。三人組なのと、年齢もそのくらい、女の子の特徴も一致しているし、うーん……、」
ひとまず資料を見てみましょうか、とニカが付近の戸棚を開けて、新聞紙のような紙の束を出す。
「写真を勇者さまに見てもらって、そこから判断しましょう。ニィ姉さんも手伝って!」
「文字みるのヤなんだけど……」
「文句言わないの」
ニィティラが渋々ニカのもとへ行くのを横目に、三人は別の話へ移行する。
「ひとまず犯人の情報については彼らに任せるとして……勇者様はほかに何かされませんでした? 本名を言わされたこと以外で」
「なぁ、個人的な疑問なんだが、実名を尋ねられたのと、名前が言えないのはなんかあんのか?」
シュンはゼリューのその問いかけに、何の気なしに答えた。
「じぶんの故郷では、ふつうに本名で言い合うので。」
「あー、文化の違いか。」
「本で読んだ通りです」
ゼリューがすんなりと納得し、ネフカが再度目を光らせる。
今思えば、命の危機に際した場面でさえ、いくらでも偽名などで誤魔化せたはずだが、シュンには思いつきすらもしなかった。
「で、だ。他にされたことはあるか? 今のそれと、顔の傷、嘔吐、眠らされたこと以外。」
「思えば、そこからは何もされていないんですよね? いま、ここにいない可能性だってあります」
「それが不思議だ。本名を知られたのなら、例の筆を持っていて、こいつを操るためとかか?」
「もし、ゼリューの予想通りの目的なら?」
「……いつこいつが燃えてもおかしくないな」
入り組んだ話の寄り道先が、意外にも恐ろしい点を突くもので、シュンは身震いした。
ルーマに届いた手紙のようなもので、なんの危険も冒さずにシュンの周囲に影響を与えるためか。であれば、強制的な条件が降ってくるはずなので、すぐに身体が燃えるようなことはないだろう。それともただのブラフか。であれば、それはなんのために。
少なくとも、このシステムで絶対的な劣勢に自分は立っているのだとシュンは自覚した。
「まぁ、それは今のところどうしようもないから、話を戻そう」
「な! ゼリュー、どうしようもないから諦めるのは違うでしょう。今は勇者様をまもることが最優先です。不思議だからで済ましたら、騎士は失格なんですよ。」
ネフカはシュンの描いた絵を伏せて言うゼリューに、語気を強めて言った。
「わかるけどさ、犯人の目的も、居場所もわからないどころか、犯人が誰なのかもはっきりしない。いまそれを特定しようとしてんのはニカたちだ。ボクたちは分担して調査してる最中なんだよ。」
「……それは、そうですけど、」
「できないことを模索したって、どうにもならんだろ。ほら、やるぞ。」
「……、しかし、」
二人の必要な対立をぼうっと眺めながら、シュンは二回ほど寄り道を挟まれている問いの答えを探す。
ちょうどあったそれを背中に直接触れて確認しては、都合よく二人の諫めあいを静めるような心持で、シュンは口を開き、
「──そういえば、背中になんかあります」
「お」
「はい?」
二人同時にこちらを向くと、立ち上がって背を向け、服の裾を上げる。ゼリューが近づいてそれをのぞき込んだ。
「石だな、これ」
「いし?」
小さく埋まったそれは、水色を呈した、透明感のあるきらきらとした石だった。思わずシュンが訊き返す。
「多分魔力を持ったなんかだと思うが、生憎ボクは専門外だ。ニコセンは今いないしなア」
「命に関わるものじゃないといいんですが……」
ネフカは万年筆を執りながら心配そうに言い、女医がシュンに訊く。
「痛みはあるか?」
「あんまり」
「ま、動けてるならいいんじゃね。不自由もなさそうだし」
もうしまっていいぞ、と言って席に戻るゼリューに、ネフカは再度敵意にも似た視線を送った。
「本当ですか……?」
「一応、センセーに早く戻ってきてくれるよう頼んでみるよ」
「正直頼りないですが、お願いします。」
その会話に、些細な高揚を心の中で行って、シュンも席に戻る。おそらくニコセンや、センセーとやらも石に詳しいニコルグという人物と同一だろう。制限時間までに帰ってきて、例の石の話が聞ければそれでいい。
「で、他にはなんかあるか?」
「あとは特には……あ、」
ゼリューの繰り返す問いに、ネフカが切り出した。
「瞳も赤いし、勇者語も知っているので忘れかけていたんですけれど……勇者様、手紙はありますか?」
「──ヤギに食わせました。」
「は?」
シュンは話を早めるために素直に答え、ゼリューが困惑の声を上げた。思わず彼女らの背後で資料を読んでいるニカたちも、まるい目でシュンを見つめている。
「えっと、その、手紙を……?」
「はい。読めないので、なんかやけになって食わせちゃいました。」
「なんかって……、それもらったとき、落とすなとか言われなかった?」
「おぼえてないっす、申し訳ないですけれど」
ネフカとゼリューと、交互に来る質問を軽い調子で答えるシュン。このあたりはもうどうしようもないという諦観が、悪さをさせている。
「その手紙って、大切なもんなんですか?」
「そりゃまぁそうです。勇者様が勇者様であると証明するもので、ですから……、ああ、どうしましょう……。」
当然な疑問に頭を抱えるネフカに、シュンがそのままの表情で首を傾げた。彼女の横からニカが顔を出して、
「なんか、過去の勇者さまで手紙をヤギにくわせた人とかいないんですか?」
「いるわけないじゃないですか、だから今とても困ってるんですよ」
「ま、まぁでも勇者に足る証拠はあるだろ」
「あー、でも巧妙に容姿を似せた偽物の可能性も……」
「たしかに。攫われたときにそれっぽく成りすました別人を置いていったとか……」
三人はそれぞれの不安を展開し合う。
シュンはその光景を見ながら、何故ラディアが山羊に手紙をくべてしまったのかを考え、ニィティラは壁に立てかけている槍斧を手に、シュンを見つめた。
そこから間もなくして、シュンの肩に白い手が置かれた。
「だいじょうぶだよ。この子は、本物の勇者だ」
その台詞とともに、彼らの喧騒がぴたりと止む。視線は一斉にシュンの背後へ吸い込まれた。
シュンはなにがなんだかわからず、振り返る。いたのは白い男だ。音もなく在るその人物に、思わずわっと声を漏らしてしまう。
「えっと……それは、ほんとうですか? ジアさん」
ニカが訊く。
ジアと呼ばれた男は、白い肌、床まで垂れる長い髪、白衣、ほぼ全身白い様相を植物の蔦と白い花が絡んでおり、物理的な植物人間を体現している。縫われた瞼と笑みの形に留めた口が不気味である。
「証拠をみせようか」
そう言って、彼はシュンの手をとった。
「この世界の果てがいま、謎の瘴気によって汚染されていることは知っているね。そして、それを浄化するのが勇者の血だ。ここまではいいね」
つらつらと言葉を並べながら、懐からとある小瓶を取り出して机上に置く。中には、彼のまわりにまとわりついているようなものと同じ花がしおれた姿で液体に浸かっており、赤黒い変色をしており禍々しい様相を呈している。
「これは、ぼくが研究のために採取した汚染された植物だ。この子の血で元に戻れば、勇者だと証明できるだろう」
面々はじっと、彼を見つめることしかできない。
男は小瓶のコルクをやんわりと外して、シュンの指先に触れる。おとなしくしていてね、と言うと、何故だかすぐさま、シュンの指先からぽたぽたと赤い雫がこぼれだした。
「……?」
痛覚は感じぬまま、男に促されるままにそれをそのまま小瓶の上にかざし、血液を垂らすと、小瓶の中の液体に別の赤が広がり、沈むと、たちまち花の患っていた赤がかすむように消え、男を囲んでいるような元の白を取り戻しはじめるのだった。
シュンやネフカたちがただじっと、新鮮な納得感を得る最中に、彼は続ける。
「これでよくわかったね。この子は勇者だ。きみたちは事前に通達したように、この子の案内をしてあげなさい」
「──は、はい」
しんと静まり返った空間の中で、ネフカだけが困惑を含ませた返事をする。
「シュン、きみはあとで最上階にくるように。それと、それはあげるよ」
「えぇ……?」
さらりと紹介した覚えのない名前を呼ばれて、はっきりと困惑を返すシュン。妙なものを押しつけられ、正式に勇者の烙印を押され、納得をするのにも時間がかかるといったところだ。
彼が、この場を後にしようとシュンたちから踵を返したところで、
「ジアさん、それと、現状の報告を──」
「必要ないよ。この件についてはぼくも認知しているから、きみたちは心配しなくていい」
いつもより低い声の、ゼリューの言葉を遮って、言葉を述べながら階段をおりて行った。
いや、けれど、と彼女は広間の方を見渡して叫んだが、そこにはもう、男の姿はどこにもなかった。
あとがき
ネフカが出てきました。頭の中ではたまにネフティーって呼んでいます。
私が小説を書こうと思ったのは『妹さえいればいい』を読んだからなのですが、この作品は人物紹介の挿絵に設定を記したグラフのようなものがあって、彼女だとそれがパワー、素早さ、知名度、真面目さ、運が限界突破して星を作っているような存在になっています。王宮の裏口のポスト前に山をつくっているのはこの人のせいです。
輝くスタアだね、ネフカさん。