す
じっと、食堂の近くにあったバルコニーのような場所の縁に上半身を乗せてトペリを眺めては、シュンは今日のことを振り返っていた。
あれからは各所の案内で自室、騎士団本部や訓練場、各所のトイレ、犬舎、等を巡って夕食を摂っては、すぐさま夕方である。
「結局、面倒事に引きずられるだけだったなぁ……」
こんな身ではあるが、王宮内であれば自由でいられる時間を得ることはできた。しかしながらこの世界の知識はまだまだ浅く、王とこの街を救う手立ては見つからない。
シュンはゼリューからもらったコーヒー味の棒付き飴を、喫煙でもするかのように口に含みながら独り言ちる。
「異世界召喚ってそんな甘くないのかもなぁ……、こういうの、最初はもっと簡単なクエストから始まるもんじゃないの……? 虹色のりんごを拾ってこいとか、虹色のいぬを連れてこいとかさ」
「にじいろのリンゴや犬がどうかしたんですか?」
「え?」
ふと、隣に昨日知ったばかりの声がして、シュンは思わず口を手で押さえる。今日はこんなことばかりである。
隣に来た少女──リアリが、一瞬だけ首をかしげて。
「ああ、ごめんなさい。よくわからない話をしているなぁと思って、気になって」
「いや、だいじょうぶですけど、……。」
正直なところ、大丈夫ではない。あの【契約】の内容を知られてはいけない且つ、存在しているかどうかわからないため、ここでそれらしいことを言っていたらこの街はいま爆発四散のところだった。
「……王宮はどうですか? 慣れましたか?」
「まぁ、それなりに。……リアリさんは、教堂のひとって聞いたんですけれど、どうしてここに?」
リアリはありきたりなことを問いかける。シュンはなんとなく会話らしいことを続かせるために、てきとうな問いを返した。
彼女は再度首をかしげながら、シュンの目を見つめて答える。
「どうしてって、昨日会う約束をしたからですよ。」
「……だれと」
「あなたと。」
シュンも、同じように首をかしげて、しばらく沈黙が流れた。
昨日の記憶は疲労しかない。とにかく怖がっていた自身しか、頭の中には見えない。ぼうっと考えながら、シュンは飴を咥えなおす。
「まぁでも、元気そうでよかったです。それで、あなたは勇者さま、なんですか?」
リアリは景色に目をそらしながら、なんだか幼い声をシュンに向けた。
「そうみたいです、よくわかんないけど」
「私も、勇者に関する仕事してますけど、よくわかんないです」
何故だか微笑むリアリに、シュンもなんとなく笑い返しながら。
「勇者関係の仕事って、何をするんですか?」
「えっと、なんていうんでしょう……。基本は、昔の勇者さまのお墓のお手入れとか、儀式とかします」
「神社の巫女さんみたいな感じかな……」
「よくわかりませんけど、ああいうのはたぶん、見てもらったほうがはやいですね。基本はルーマおじさんが担当しているので、説明が難しいです」
ふと、シュンの悩みの種が話の中から顔を出し、なんだか怯んだように固まって、彼女の視線を覗く。
リアリは、澄んだあおい瞳で、ぼんやりと橙に染まる空を眺めながら続ける。
「勇者さまの旅立ちの儀式とか、ルーマさんがやるんでしょうね。」
「…………そうなん、ですか」
心を落としたような返事をして、シュンも空を見上げた。
今度はそんなシュンを、リアリが見た。昨日の気分に逆戻りしたかのように見えたからだ。
「どうしましたか?」
「いやぁ、大層だなぁって。全部終わったら、家に帰してもらえるのかなぁって」
冗談じみたことを、信じ込んで滑稽なそぶりを見せるように呟いた。
「帰れるんじゃないですか?」
「え?」
揃って困惑した顔を、視線を重ね合う。
「もとの世界に、帰れるの?」
「流石に勇者さまの負担が大きいので、図書館にいる賢者さまが勇者さまの願いをなんでもひとつ叶える【契約】をするという話は聞きました。まぁ、勇者さまがどうやってこの世界に来たのかはわからないので、それはできるかどうかわからないですけど」
「それはそうだけど、いいことは聞いた。」
がり、と口内で飴の形を崩して、シュンは口を手で覆いながら笑った。
「その賢者さまっていうのは?」
「ジアさんという人です。なにしているかよくわからない人ですね。王宮の最上階の図書館というところに、基本います。いきなり現れたり消えたりして、変なひとですけど、なんでもできそうな人です」
「そんな雰囲気なんだ。」
意外にも彼女の言葉の中には変人どまりの感覚で、シュンは少しだけ安心した。図書館に来るように言われはしたが、得体が知れな過ぎて、正直恐ろしかったのだ。
「勇者さまの歴史をそばで見守り続けている人らしいです。あまり接点がないので、これくらいしか知らないですけれど」
「つまりは、不老不死のひと?」
「そうですね。あんまり信じられませんけど」
神妙な顔で返事をするリアリに、シュンは上機嫌な様子で縁を離れた。言葉をかけることを忘れている様子に、当然ながら彼女は困惑する。
「どうしました?」
「その人に呼ばれていたのを思い出したんで、ちょっと行ってきます。いろいろありがとうございました!」
「き、気をつけてくださいね!」
コーヒー味の棒を咥えながら、シュンは駆けだす。彼女には言葉足らずで申し訳ないが、いま激突している問題に転機が訪れたのだ。
その勇者の願いをなんでも叶えるという【契約】を利用して、どうにかしてもらおうという魂胆である。日本には帰りたいが、この大きな問題を払うには仕方がない。嘘でもなんでも、証明されて、安心ができれば、それでいい。
願いの内容の言葉を選びながら、王宮内の廊下を駆ける。見知った道から逸れた、図書館に通じるという螺旋階段をぐるぐると登っていく。手すりから顔を出して上を覗き、あまりの先の見えなさに吐きそうになる。味の落ちた棒をポケットに放る。
薄暗い空間をずっと、ずっと、ずっと、登っていく。一切止まらずに、目を回しながら、思考するのも忘れて、息を荒くさせて。
ようやく辿り着いた平坦な場所で、四つん這いになって必死に呼吸をし、多少の落ち着きを取り戻すと、シュンは目の前にある両開きの扉に手をかける。扉を開けると、広い空間が現れた。
背の高い本棚が並び、壁には蔦と花が絡まっている。左には大きな窓があり、今日の終わりを壮大に知らせていた。目につくそれ以外はほぼ、本である。
呼吸を徐々に落ち着かせつつ、目的の人物を探そうとシュンは辺りを見回しながら進む。しかし彼のいそうな場所など見当もつかず、てきとうに奥の方へと向かえば、
「よくきたね、シュン」
「……。」
背後から声がして、振り返る。
当然のようにそこにいる男をみて、もはや慣れたような感覚とともに、シュンは口を開く。
「……ほんとは賢者じゃなくて、忍者なんじゃないの?」
「ぼくのことはどう思ってくれても構わないよ。自由に呼んでほしいな」
「実際びっくりするから、知らないうちに後ろに立っているのはやめてほしいよ。あとなんで名前知ってるの?」
ジアは人形のように固まった笑みと、温度のない無機質な声で続ける。
「きみの都合のいいときに、ぼくはいるよ。名前はきみが言ってくれたのを、ぼくがおぼえているだけで、なにも問題はないだろう」
「言った記憶ないんだよなぁ……」
「それは残念」
首をかしげて、疑問符をつけているのかつけていないのかよくわからない話し方をしながら接近してくる男に、シュンは困惑と不気味さから同時に逃げるように彼から目をそらす。じりじりと距離を詰めてくる男から後退しながら、
「それで? 話って何? なんで目ぇ縫ってんの。こわいよ」
「ずっと昔からみえなくてね、あける必要がないんだ。けれどわかるから、だいじょうぶだよ。」
「だからこわいっつってんの」
話が進まないのでス、と立ち止まると、彼もぴたりと近づくのをやめた。本当に認識はできているようだ。
「……用件は?」
「これをきみに。手紙の代わりのようなものさ」
「また手紙?」
そう言って、ジアは懐から赤い帯のようなものを取り出して、シュンの肩を掴んだ。
「結んであげるから、じっとして」
「……はい」
何故だか気圧されて、言われた通りに立ち止まり、呼吸までも止めて、彼の行動をシュンは見つめる。
男は丁寧にそれを結ぶ。襟に帯がゆっくりと回っていくとき、シュンはなんだかそれに命を握られているような感覚を覚える。見覚えのある感覚である。
「はい、できたよ」
ジアがぱっと手を離すと、シュンは些細に彼から距離を置きながら訊いた。
「……これには、なんの意味があるの?」
「医者が白衣を着ているのと同じようなものさ。きみが勇者であるという証だよ。きみは、この建物の中にはまだ出会っていない人が多くいるはずだ」
「たしかにじぶんから勇者ですなんて言いたくないけどさ……これ寝るとき解いていい?」
「いいよ。みんなから顔を覚えられるまではつけていてね」
やはり表情は一切変えず、一定とした雰囲気で彼は答える。しーんとした空間の音をシュンは聞きつけて、じっとこちらを向く男に口を開いた。
「ジアさんの用件はそれで終わり?」
「そうだね。なにか、話でもあるのかい」
「ある」
一連の流れでやはりこの男は不気味であることが知らされたが、それでもシュンには言わなければならないことがあるのだ。
「じぶんが勇者としてこの世界を救うかわりに、あなたが【契約】で願いを叶えてくれるって、聞いたんだ」
「うん、そうだね。」
おそるおそる言うシュンに、ジアは軽快なような、不透明の相槌をした。
「それ、いま叶えてくれない?」
言い終えて、新しく言葉を選ぶ。
ここからは慎重にならなくてはならないのだ。単純明快に、あのことを厚い綿の塊に仕舞いこむ準備をする。次に険しい表情をしていたシュンの受け止めた彼の言葉は、
「だめだよ。きみの願いごとはすでに、叶えたじゃないか」
言葉を選ぶまでもなく、残酷だった。
「………………は?」
頭が真っ白になり、呆けた表情をするシュンは、嫌なにおいの焦燥を抑えるために続けた。
「なに……? じぶんは今日初めてあなたと会って、願いを叶えてくれる話も、ついさっき聞いたばかりなはずなんだよ……なのに、すでに叶えたって、おかしいよ」
「名前と同じさ。きみが忘れてしまっているだけだよ」
「じゃあ、なんて言ったんだよ」
弱々しく言うシュンに、男は変わらない笑みを返す。
「さぁね、どうだったかな」
その顔は、知っているとも知らないとも言わない。なにも読めない。
「じゃあ、いつ、どこでじぶんはそれを、あなたに言ったんだ。それも、じぶんが忘れてるっていうの?」
「そうだね。それに、ぼくにはきみとの【契約】を確認する必要はないんだ」
「納得できない!」
シュンは叫んだ。
「そこを秘匿するなら、本当に契約したかなんて、わかるはずないじゃんか」
「けれども、きみが納得するかどうかというのは大した問題じゃない。単純にきみは願いごとを忘れてしまっているだけで済む話のはずだよ」
「あなたにとってはそうかもしれないけど──」
「きみにとっても終わった話なんだ。だいじょうぶ、きっといつか納得できるよ」
無機質な声はシュンのそれを遮る。しかし都合のよい結論は、シュンにとっては理不尽でしかないのだ。
「なにが、なにがだいじょうぶなんだ」
拳の形に丸めた手を震わせながら、心のままに続ける。
「ああ、わかった、」
「わかってくれたかな」
「そっちじゃない。夢のなか、いやこの世界に来たとき、最初に出会ったのがあなただったんだ。声が似てる」
「たしかに、そうだね」
シュンは不安定な身体の内をなんとか落ち着けながら、頭の中を整理する。
「手紙のこと、勇者の証をここにくる道中で紛失したこと、怒ってるんでしょ。お仕置きのつもりで冗談を言っているんだ?」
「きみがそれで納得できるのなら、そう思うといい。きみの心の整理は、きみに任せるよ」
「そういうことじゃない!」
次の言葉を繰りだそうというとき、彼は背を向けて、
「どういうことでも、きみのそれは、結局はわがままにすぎない。用件は済んだろう、ぼくはいくよ」
「いや、まってよ! まだはなしは──」
シュンが手を伸ばしたが、瞬いたその次の刹那に、その姿はなかった。
残った手のついていない問題にシュンは、呆然とすることしかできなかった。
あとがき
ここまでだいぶ、伏線的なシーンが多い気がするのだけれど、細かい部分は欲に振り切った書き方をしているので読者目線どういうふうに見えるのかわからないです。これを読んで、もしどうしようもない言葉の衝動などあれば、感想を書いてくれたらうれしいです。誰でもなんでも、心の底からなにか湧きあがってくれたらなァ、とおもいます。誰もが誰かの時間を奪う権利があって、誰もがどう時間を使うかを決めることができるので、とにかく好い風向きがあれば、なにか言葉をくれるとありがたいです。
いろんな人には見てもらいたいのですがね、しかし今考えれば、人は石のようだと思います。風や水の流れに乗った石のようにインターネットを漂って、気が向いた誰かが拾い上げて気に入るか気に入らないか、ただそれだけの世界で、それが結構うつくしくみえるもんですね。