いかれた桃源郷   作:午睡御膳

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本作は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。




いつもの朝。

 朝。|彼女(ゼリュー)の用意した食事をひとり見つめながら、シュンは目の前の虚空を不安がって見つめていた。赤い瞳の奥の思考はぐるぐると、似たような行き止まりを引き返しての迷路を繰り返している。

 

「おはようございます勇者さま。あれ、なんか元気ないです?」

「え、あ、ああ、ニカさん」

 

 シュンは慌てておはようございます、と声を小さくして返す。いつの間にか隣に座って、ドーナツらしき輪っかのものを食している青年、ニカが笑いかけた。

 

「こわい夢でも見ました?」

「いや、あー、ただ、環境がすごく変わっちゃったんで……」

「まぁ、そりゃそうでしょうね」

 

 愛想笑いをしては、それらしい嘘を吐いて誤魔化すと、彼はすんなり共感した。

 すると、ニカはドーナツを置いて立ち上がり、階段を上がって厨房の上で小さな器械を持ってくると、

 

「じゃあ、なんか音楽でも流しましょうか」

「……ラジオですか?」

「そう、正解! |羅字音(ラジオ)です。元は勇者語なんですねー、はじめて知りました」

 

 収納されたアンテナを延ばして、電源らしいボタンを押す。

 ザ・朝というようなメロディーが流れ、シュンはなんだか登校する日の朝にやっていたニュース番組を思い出した。変わらないチャンネルのそれを。

 

「毎朝この曲聴いてるんですよ。何年もね」

「なんとなくそうだろうと思いました。」

 

 シュンはてきとうな返事をする。

 

「この曲きくと、今日も仕事だなァって怠くなるんですよねぇ」

「だめじゃないですか。」

「はは、そうでしょ? でも、聴かない日は逆に何か起こっている日なので、安心するんですよねぇ。いつも通りの水色の朝、そういう気分にさせてくれるんです。」

「────」

 

 遠くにある窓の外から見える、明るくなったばかりの空を見つめてニカがわらう。そんな彼を、シュンはなんだかその瞬間だけ、心臓に銃口でも突きつけられたような錯覚でもして、固まった。

 

「……勇者さま? もしかして具合悪いです?」

「い、いや、そんなわけないじゃないですか。勇者舐めてもらっちゃ困りますよ。これから世界救うのに。」

 

 顔を覗き込まれては、とにかく勢いばかりの言葉を思いつく限り口に出した。

 

「それならいいんですけど……、元気がなくて、ご飯を食べる気力もなかったら、僕があーんしてあげますからね。」

「はぁ……」

 

 妙なことを言ってやわらかく笑うニカに、シュンはさっきまでの勢いもなくして困惑していると、

 

「さらっと勇者様になにを言っているんですか、ニカ」

「あ、姉さん」

 

 おはよーございまーす、とテキトーな挨拶をする彼の姉のネフカが、シュンの隣へ座った。

 

「勇者さまがなんか元気ないので、変なことを言って和ませていたところです。」

「和みませんよそれ、困るだけでしょう」

「はは、いま思えばそうかも」

 

 カウンター席に三人並んで、珈琲を飲むネフカと、ドーナツを食むニカに挟まれたシュンはようやく食事に手を付けた。

 野菜のたっぷり入ったスープを啜ると、やさしい味が口内であたたかく広がった。

 ラジオからは、なにやら明るい女声の話し声が聞こえる。

 

「ゼリュー姉さんが作ったんですっけ。」

「あ、はい」

「おいしいですか? なんか変なの入ってません?」

「特には……安心する味ですよ」

 

 わりと心的距離が近い気がするニカの問いかけに、シュンは給食みたいな雰囲気がしてと続けようとしたが、話がややこしくなりそうなのでやめる。特にネフカの反応が怖い。

 シュンの答えに彼は、へぇーよかった、と一呼吸おいてから、

 

「あの人、研究者気質だから、料理のこと実験みたいに見ているところあるんですよね。だから結構、意外な食材や調味料の組み合わせをしてそれを知らせずに僕らに出してくるんです。」

「へぇー」

「結構おもしろいですよ。たまに、絶対こんな味にならないだろってみんなでお祭り騒ぎみたいになって」

 

 楽しそうな雰囲気が二人の間に芽生える中で、ネフカは朝食を摂る手を止めて、なにやら神妙な顔で切り出した。

 

「……ニカは、ゼリューから自分だけになにかを作ってもらったことってありますか?」

「あー、風邪引いたときとか?」

「風邪を引いていないときもです。私が特別、よく食べるからでしょうか。」

「そうなんじゃないですかね」

 

 そう言う彼女の朝食は、ニカのドーナツ三つやシュンのやわらかいパンが一つとスープなどと比べて多く、昨日ニィティラの作った残り物の野菜炒めを挟んだパンが二つと珈琲である。

 シュンはそんな話を横目に、やはり人並外れたパワーのある人物は大食いなのだろうかといった疑問を抱きながら牛乳を嗜む。フィクションからの発想だが。

 

「ちなみにニカのご飯は少なくて心配なのですが……」

「姉さんのが多すぎるんですよ。」

「まぁ、確かに、私との比較は頼りになりませんね。」

 

 話を聞いていると、自身でも気づかずに平らげていたそれをみて、微かに量が少なかったなと思いながら、今度は口周りを牛乳で覆って遊ぶようにちびちび飲む。

 姉弟ふたりの話しかたは丁寧だが、彼らの間には距離などを感じない。

 

「けれど、ニカのは栄養が偏りませんか? 甘いものだけとか……」

「好物なんで大丈夫ですよ。」

「明らか説得力がないです。いっそのこと、私がなにか作って──」

「アいや! いっぱいありますから消費しないと! ほら! だめになっちゃいますし!」

 

 ニカは姉の心配にぱっと笑顔を取り繕って叫ぶように断った。

 そういえば、彼女は「料理はてんでダメ」と弟に評価されていたような気がする。必死にネフカの料理を止めるさまをみると、酷評というに相応しい。

 

「それなら、いいですけど……どのくらいあるんですか?」

「箱買いです。そこにあります」

「貴方そんなにそれ好きだったんですか? まぁ、いいですけど……」

 

 牛乳をちびちびとしている間、ふとネフカのいる隣を見ると、彼女の前にある皿の上には何も乗っていないことに気づいた。彼女はその皿などを持ってカウンターの向こうの流しに置きに行き、ニカが食べかけのそれで指した冷蔵庫などの中を見ている最中。彼がシュンの肩をやさしくつくと、「姉さんに料理させると、健康被害、異臭、騒音、火事のもと、最悪王宮が潰れますので、正直なことを言ってでも回避してください」とニカがシュンに囁いた。それって早めに本人に釘刺しといたほうがいいんじゃないですか? とシュンは言い返しかける。

 

「小さなお店を開けるくらいありましたね。」

 

 いつの間にか隣に戻ってきていた彼女に、微妙に肩をはねさせた。

 

「勝手に食べてもいいですよ」

「消費が追いつかないだけでしょう? 全く……」

「意外とみんな一品加えるのに便利だって言ってくれますし。」

 

 得意げに言って珈琲を嗜むニカに、ネフカは「それならいいですけど……」と曖昧な納得をして、隣に並ぶ二人を見る。

 

「そういえば姉さん、今日は勇者さまとの具体的な予定はありますか?」

「それが……決まっていないのですよね。昨日いろいろなことがあって、それのための仕事を勇者様を見つめながらするのは、私はいいのですけど……」

「?」

 

 どうやら話題の中心にいるらしい自分に、シュンは首をかしげた。

 

「はっ……! す、すみません勇者様。説明不足でしたね。ええと、いま王宮では昨日の事件でそれはもうごちゃごちゃとしていまして、勇者様を歓迎する準備ができていなくて……」

「調査やらなんやらでみなさん出払っていまして、姉さんにも仕事はありますが、けれども昨日のようなことがあってはいけないので、今日丸一日は姉さんと勇者さまがいっしょにいることになっているんです。」

「なるほど。」

 

 確かに、無駄にがらんどうのこの場所に一人でいては、いつ侵入者などに攫われてもおかしくはないのだ。

 さらりと周囲を見回すと、この広い空間には三人しかいない。

 

「そう、決まりはしているのですが……、一緒に何をするかは決まっていなくて、ですね……恐れ多くて……。」

「そこはまぁ、悩ましいですね」

「でしたら、僕の仕事をやってもらいたくて」

「は?」

 

 頭を抱えるネフカの隣で微笑んでみせるシュンの横から、平然とニカが言い放った。当然彼女は嫌悪の声を上げる。

 

「正確には先生の仕事ですけど」

「普段から面倒事を頼まれているのですか?」

「今日だけですよ、自分のことは自分でやる人ですし。それと、内容的には勇者さまと共同作業ができるかなと思いまして。はい」

「……、どういったものですか?」

 

 不満を抑え込んだ姉の質問に、ニカはバインダーのようなものを差し出した。何枚かの紙が重なり、情報屋で見たクレヨンのような筆記具がバインダーと紐でつながっている。

 

「温室の植物の状態や、資料室の状態の簡単な確認です。姉さんは確認箇所について読み上げて記入しながら、勇者さまにいろいろ触ってもらってください」

「お~」

 

 絵に描いたような共同作業だ。シュンは名案と思って小さくくぐもった感嘆の声を上げた。

 

「……しかし、勇者様に働いてもらうわけには……」

「でも、ただ緊張しく座って時間を潰してもらうわけにはいかないじゃないですか」

「それはそうですけれど……、勇者様はどうですか?」

 

 それぞれ心配そうな表情と、特に何も考えていないような表情が勇者を見つめる。

 

「楽しそうでいいと思います」

 

 シュンが唇の周りに薄く牛乳を張り付けて、マグカップから顔を上げた。

 

「ほ、本当ですか? 遠慮しないでくださいね」

「あはは、おひげつくってる。」

 

 姉弟はそのままの表情を増幅させて、ニカが立ち上がる。

 

「じゃ、決まりですね」

「私からすればまだ少し、納得がいきませんが……」

「姉さんは慎重すぎなんです、勇者さまがああ言ってるんですから、きっと大丈夫ですよ」

「そうだといいのですが……」

 

 自身の食器を片づけ始める青年と、話の終わりそうな雰囲気にシュンもようやくそれを飲み干して、片づけようと立ち上がると、心配そうにちらりとシュンを見つめていたネフカがそれに気づいた。

 

「あ、勇者様、私が持っていきますよ」

「いいんですか?」

「はい! こんなことしかできませんので。」

 

 後ろ向きに言う彼女に、シュンは無頓着に「じゃあ、おねがいします」とこたえると、ようやくぱぁっと笑った。

 マグカップと皿や椀を両手に彼女は厨房へ向かい、数秒後。ささやかに、バリ、と食器にひびと空間内に嫌な予感が大きく走って、両手にあったそれらはばらばらと小片の群となって床に崩れ落ちた。

 ニカが流しで水を出す。

 

「────」

「…………。」

「……姉さん、」

 

 二人は彼女に視線を注いだ。背景と化した|羅字音(ラジオ)の中で別の誰かの話す声と、水と、沈黙が静かにうるさく流れ続けている。

 

「勇者さまの食器持つの、禁止ね。」

「……はい。」

 

 ネフカが気の滅入った顔を両手で隠すのを見て、シュンはなんだかこの人物が、料理のアールさえ触れさせてもらえない理由の一部が解った気がした。




あとがき

 書いている最中、「勇者さまの食器持つの、禁止~~~!!」って言うニカが思い浮かんだのだけれど、彼は他人に危険が及ぶ可能性がある場面は真面目です。ニコニコしながら肝を冷やしている男、ニカ。
 そして調子に乗って万葉仮名を導入しています。「羅字音」ですね。この世界に漢字は存在しないのですが、なぜ漢字的表記を取り入れてしまったのか。本編でその話題を出そうかと思うのですが、アー、何か月後に現れるかわかりません。とりあえず「羅列する字の音」という解釈が存在します。

 ちなみに羅字音から流れるザ・朝みたいな曲は、ずっと真夜中でいいのに。の『虚仮にしてくれ』を頭の片隅に置きながら書きました。爽やかな曲です。
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