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「このまちはトペリって言うんだ。キカイとか、コウバとか、そういうところが有名なんだよ。ボクは専門的なことは詳しくないけどね」
まちの紹介をされながら、二人は歩いていた。シュンは紙飛行機をそのまま持ちながら、コクコクと頷きつつ話を聞く。
いまだ人気の薄い、しかしさっき紙飛行機を飛ばしたところと違って明るい通りだ。工業の発展した街ということもあり、ぎざぎざの屋根の建造物や、大きな煙突の建造物などが広く散見される。街並みは基本的に古く、植物の絡んだ建物が多い。
解ったことは、おそらくここは日本ではないどこかで、もっといえば地球でないのかもしれない。地理には詳しくないが、自身の状況を見るに、ここが異世界だと確信を持てるような気がする。
「シュンさんは今、食べる場所も住む場所もないんだよね?」
「ああ、はい」
「今、いくつ?」
「じゅうごさい。」
「ああよかった。まだ子どもだね」
何故か安心されるようなセリフを言われ、シュンは目をぱちぱちとさせる。
「
「それは、大人で路頭に迷っていると……?」
「まちから追い出されちゃう決まりなんだ」
「え、どうして?」
「治安が悪くなるんだって」
「はぁ」
中々大雑把な返答だが、こう根掘り葉掘り訊くのはなんだか泥臭い気がしたのでやめた。
「まぁそんなわけだから、まずは孤児院を探そう。ボクの友達が情報屋でね、その件に関してはいろいろ知ってるはずだから、そこに行こう。近いしね」
「情報屋……?」
言葉だけで聞くと、諜報活動とか裏社会に関連しそうな怪しい雰囲気がある。エフの様子を見るに、健全な事業者とかではあると思うが。
「役場と連携して、情報管理のおしごとをしているんだ。とっても長生きさんだから、まちのことや決まりごとに詳しいんだよ。」
エフは立ち止まって、シュンの瞳を見て説明してくれる。長寿の公務員らしい。
「ちなみにここがその人の家ね」
「えっ」
つい先ほど目的地を聞いたばかりなので、こんなにも目と鼻の先にあるとは思わなかった。
通りの建物はどれも背が高く、ぎゅうぎゅうに建てられていて、その家もそのひとつだった。ただ周りの建造物と比べて三周りほど老いており、外観はかなり古臭い。おまけに二階あたりの壁から立派な木が生えている。
情報屋と言葉をいうだけあって、入り口の横には掲示板のようなものが突っ立っている。
「じゃあ入ろっか」
がらり、特に何のサインもせず引き戸を動かすエフに、シュンは「ちょっ」と咄嗟に鳴いた。
一瞬、瞼が重くなった気がした。
「ラディ! 迷子さんだよ!」
部屋の奥を見ると、二本の角が生えた大きな黒い怪物が動いており、シュンは怯んでエフの背中に身を隠す。
「外から騒がしい声がしていたから知っている。しかし、迷子を紹介されても困る。」
「人生の迷子だよ」
「最初から孤児を拾ったと言え」
落ち着いた、独特な低い声だった。おそるおそるエフの背後から顔を出し、その姿を確認する。
つり目の中の、二藍の瞳と目が合う。意外なことにその姿はまたエフに似た少年で、どこかの国の民族衣装のような独特な意匠の服装をしている。途中で直角に曲がった角の生えたフードと、胸元に咲いた白い造花が印象的だ。
二藍の少年は室の中心にある円卓の上に立ち、天井から吊り下がっている照明の調整をしているようだった。
「いろいろ手続きとかあるでしょ? 案内してあげてよ」
「そういった面ではいいが、外には出たくない」
「ついでにいろいろ教えてあげようよ」
「話を聞け。道案内はそちらの仕事だろう」
「え~」
二人は、人間関係的には近い距離感にいるらしい。シュンは観察しながら、あくびをこらえている。
少年は照明の調整を終えて、部屋がぼんやりと照らされていると、円卓を降りて座る。照明の正体は魔法のような、小さな炎の入った瓶で、しかしまだ明度が足りない気がしていると、
「とりあえず上がれ、その前に靴を脱げ。そしたら卓の前に座れ。」
情報が二、一、三の順番で伝えられ、シュンは異世界でもこの文化があるのだと思いながら足もとを見て、一瞬固まった後、
「──くつ、ないです……靴下脱いだほうがいいでしょうか」
「あれ、そうだったの」
「……じゃあそうしてくれ」
すでに上がっているエフがちらりとシュンを見ながら言い、少年はほんの少し間を開けてから承諾した。
シュンは言われた通り靴下を脱ぎ、それを無造作にポケットに突っ込んで上がる。
三人が円卓を囲うように座る。シュンは膝の上に紙飛行機を乗せての正座、エフは体操座りで膝の裏で腕を交差しており、家主は胡坐。円卓の中には資料だろうか、紙がぎちぎちに積み重なっており、シュンは正座の足が中に入らないことを少しだけ煩わしく思う。
というか、辺りは異常なほどに紙が多い。情報の保存に利用しているのは目に見えているが、少年の頻用しているらしき机の上、天井に伸びる本棚、天井に張られた糸から洗濯ばさみらしきもので挟まれて干されたものまで、紙圧が高い。
「さて、」
少年が話を始めようとしたところで、それ以降の言葉が消えた。シュンがはてなを浮かべて少年の目を見ると、彼はシュンから目をそらして、隣のエフを見る。
「──面倒事を連れてきたな、おまえ」
「大丈夫だよ。ちゃんと見てるから」
「だといいが……そちら、名前はなんて言う」
少年はなんだか慌てているというか、焦燥感を抱いているというか、そんなような不安定な雰囲気でシュンに訊く。
「しゅん、です。」
「いくつだ」
「十五です。」
「どこから来た」
「どこから……?」
「ああ」
何を訊かれているのかはわかるが、答え方がわからない。シュンは思わず目をそらして、エフのほうを見る。
エフは、手鏡を覗いて、前髪を整えているところだった。
「やましいところか?」
「……逆に、やましい出身地ってなんですか」
「じゃあいい。ここへはどうやって来た」
案外すぐに質問が変わり、安心に吸い寄せられるように頭のはたらきが素早く切り替わる。
「えっ、と、朝起きたら既にここにいて、なんにもなくって困っていたら、このひとに……」
「ふむ」
少年は口元に手を当てて、なにやら考え込んでいる様子。
「では、流れ着いたと」
「はぁ」
「そういうことかもね」
どういうことか当然わからず、シュンは首をかしげる。それを見た少年が、再度友人の姿を一瞥すると、
「このまちは輸出入の盛んなところだ。加えて孤児であれば、保護されてここで安定的に生活していくことができる。であるので、外国の貧しい地域などでこの街を知っている者は、じぶんの子どもをトペリ行きの荷車やら貨物列車やらにそっと乗せていくというような話がある。現に、輸入された物資の中に子どもが潜んでいたというのはしょっちゅうある」
「物流に乗ってくるから、流れ着くと」
「相当運がいいやつの話だ」
言いながら立ち上がり、なにやら仕事机のあたりでごそごそとなにかを探し出した。
隣のエフも合わせて立ち上がり、「ボク喉かわいたー」と自由奔放に言って二階のほうへ行ってしまった。シュンはちらちらりと、少年と階段のほうを交互に見る。
しばらくもかからず、少年はどかんとけたたましい音を立てて、円卓の上にぶ厚い本を落とした。鎖でぐるぐる巻きにされたそれの登場に、シュンが肩を震わせる。
「さて。」
再度少年は卓の前に座り、一呼吸おいて口を開く。
「そちらの住む場所を探す前に、ひとつ、してほしいことがある」
「はい……」
台詞の途中、しれっと戻って卓の前に座るエフに二人はそれぞれ一瞥しながら、少年は人差し指を立てて続けた。
「【契約】だ。」
「けいやく?」
少年とシュンは真っ直ぐに見つめあう。
「物の売買の際や単なる口約束などではなく、記録に残る形の契りだ」
「書類にサインするタイプってこと?」
「……、何を言っているのかわからんが、書類に署名してもらう。直筆かつ、実名だ」
「なるほど」
言いながら、それに必要なものを卓の下から準備する少年。卓上には筆記用具らしい、何かがぴったり巻きついている細長いクレヨンらしきものをじゃらじゃらと、白紙の書類を一枚置く。
彼はクレヨンらしきの一本を持ち、シュンに向けながらはっきりと述べた。
「内容は、こちらがそちらをそこへ案内する代わり、そちらはこちら、及び周辺に危害を与えないという【契約】だ。」
「きがい……?」
「そうだ」
なんだか内容にぱっとせず、思わずまたエフを見る。既にこちらをじっと見つめていた彼は、にこっと笑ってみせた。
「ふつうにあたえないよ」
シュンは少年に向かい、困惑気味に言う。
「ではそれを証明してみせろ」
「証明って……」
「それが【契約】だ」
「……証明には、ならなくない?」
書類に残るのは契約をしたというやり取りで、後の行為を制限するわけではないはずだ。そうした行為自体に、暴力等を抑止する力はない。当然のことだ。
しかし、
「ならなかったら提案していない」
至って真剣な二藍の目でシュンを見つめる少年は、中々に頑固なようだ。
「【契約】しないのなら、こちらもそちらに対して何もすることはない。そちらがまともであれば簡単な話だろう」
「……こういう契約って、もっと大きな取引とかにするイメージで、その、なんか──」
「しないのならそれでかまわないが」
「あーしますします! 遅延ですね! すみませんね!」
よくわからない提案に判断を右往左往しているうちに、少年が書類を取り下げようとし始めたので、シュンは卓に身を乗り出し慌てて言い放った。そう言わなくては、足止めを食らう。
少年が目を細め、にやりと笑みを浮かべた。
「言ったな?」
「……じぶんはとにかく、暴力とかできないんですよね」
「そうだ。期間はこちらが案内を終了するまで。途中、そちらが勝手に消えた場合、そちらの行う条件の期間を本日付で三日に増やそう」
「その間の範囲は、あなたと、あなたの周り……どのくらい?」
三本指を立てながら話す少年を見ながら、そういえば名前を聞いていなかったと今更おもいつく。
「こちらとこの家、あとこいつだけでいい」
「すくなっ」
「そうと決まれば少し待っていろ。すぐ用意する」
意外と大雑把な様子に、やはりこの行為の意味を質したい気分になる。しかし疑問を提示するという行為は否定と見なされた遅延行為となってしまうので、むずがゆい心地を抱いたままでいることにする。
隣でエフが暇そうにぼうっと少年のを見ている。少年は白紙にすらすらと、おそらくいま決めた契約の内容らしきものを書き上げ、ぴっぴっと最後に二本線を引いて、シュンに差し出し、
「確認しろ。納得したらここに、これで実名を書け。姓はいらん」
指をさして説明される。
ぽかんとしているシュンから身を引き、少年は「そちらが考えている間、こちらは喫煙しているから、何かしらあれば言え。」と無責任に言って、懐から
「ええ? ここで吸うの?」
「別に害はないだろう」
「あるよね。からだに良くないよ」
「久しぶりに安心させてくれ」
少年たちのたわいない会話を背景に、シュンは真っ白な頭でその契約書を見つめた。
全く、読めない。こうであってはついさっき羅列した契約の内容も確認できないし、名前すら書けない。
彼らはなんだか取り込んでいる最中だが、それはもう本当に困りだしてしまったので仕方がない。
シュンはおそるおそる手を挙げて、
「あの」
二人は喧騒をやめて、シュンを見る。
「……、なんだ」
「もじが、わかりません」
そう言うと、少年らは顔を見合わせて、固まった。
あとがき
小説を読むための事前情報ってどのくらいいるのだろう。ひとまずそれっぽいタグ付けみたいなのはしたけれど、内容を読んで実は地雷だったみたいな人がいたら申し訳ない。でも未知だからこそ新しい味わいが生まれる気もする。結局わたしのクレイジイアナスタシアはどこにいるの? ひとまず主人公の性別は不明であるということしかいえない。
余談ですが、夏目漱石の「こころ」を読む際のあらすじは盛大なネタバレでした。有名な話でも、それを知る過程は正しく辿りたかったものです。そのおかげでそれを読む気力が湧いたのはわいたんですが、うまいバランスなんてもんは知らないし……あれはミステリー部分が主軸ではなかったんだろうなァ。