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この、【契約】というものは、幸か不幸か、半分賭け的な罠で、ただ運命を決めるわけではない。しかし、どうも不確定要素がトペリの命運を左右するため、単純に、彼を殺さないまま今日を過ごすだなんてことは、シュンの心にもこの街にも、自身や周囲のためにも、難しいのだ。
であるため、今日のうちになにかを見出さなくてはならない。
そのことを心の底に常に忍ばせておきながら、シュンは緑の裏側をぼんやりと眺めながら、認識していた。
「なんか変な虫とか、いません?」
「えーと、いないです」
「了解です」
多種多様な植物のある温室で、ネフカは慎重な手つきでバインダーを握り、シュンは彼女の指示で植物の葉の裏を見たり土の確認をしたりする。
先ほどのように、少しの力みでモノを破壊してしまうという異様な体質から、普段の生活でも触れるものを制限しているという。
次の指示を聞くために彼女を見ると、やはり冷や汗を垂らしながらそれを握る姿があった。こう見ると、怪力すぎるのも考えものだ。文字の読み書きができないシュンと、ささやかなものに触れられないネフカがいて、その補い合いは実は正しく成立していないように思える。
「……ずっと思っていたんですけど、」
「な、なんですか?」
「万年筆は使わないんですか?」
昨日の事情聴取で彼女は万年筆を使っていたが、今日は細心の注意を払いながらそれを握っている。それがなかなかに非効率的と思ったのだ。
「こういうのってね、万年筆をつかっちゃいけないんですよ、勇者様。」
「なるほど」
「液が漏れたらいけませんからね。博物館などといった場所では基本この、鉛塊を使います。」
「えんかい。」
この間ラディアの家で触った鉛筆とクレヨンのハイブリッドに正式名称があったらしい。複数人で飲酒でもたのしみそうな音素をシュンは復唱する。クレヨンよりは細身で長く、しかし鉛筆のように持ち手は木ではない、ぐるぐると紙のような布のようなものが巻きついてある筆記具を見つめた。
「では、次は資料室に向かいましょうか。」
「はーい」
そのまま植物館を後にするネフカに、シュンはついていく。
移動の最中、思考が行き止まりを繰り返すだけで埒が明かないとシュンは判断して、気分転換的になにか情報を探ろうと思い立つ。こちらも頭に力が入りすぎなのだ。
「こういった研究って、基本的にはジアさんがやっているんですか?」
「はい。賢者様が、この世界や勇者様のことを研究しているみたいです。私には足繁く上の図書館へ通っていた時期があったのですけど、あの方が具体的にどういったことをしているのかは、よくわかりませんでしたね。」
ネフカは職人のような、真剣な顔つきで話を続ける。
「一応簡単に説明しますと、騎士団では街の警備、ゼリューのやっている病院、一番下では教堂と孤児院。そして賢者様が例の研究をするというのが、王宮のおもなはたらきです。」
「研究者はジアさんだけなんですか? 人手不足とか、そういった話を聞いたんで」
「人手不足というか、どういうわけか、あの方は人を取らないんです。騎士団や、王宮に勤める人にはいろいろ厳しい条件があって、私たちは運よく入れているというような感覚はありますね。最近はニィや、パツパチちゃんのような例外もいますが……」
きっちりしているのかテキトーなのか、彼が何を考えているかわからない、ということを知る。
「それと、最近になって研究者じみてきたといえばゼリューや……こういった資料の管理は、ニコルグさんですね。」
どこか鋭く遠い眼をして、彼女はとある室の扉を開ける。壁のように空間を囲う、ショーケースのような硝子の扉のついた棚には多種多様の鉱物やら、岩石やら、化石やらの標本が所狭しと置かれていた。
「わぁ、地震きたらヤバそう」
「やばいとはなんですっ?」
「やべ」
きらりと目を輝かせて振り向くネフカに、シュンは軽い常人の擬態のつもりの台詞がどこか違う方向へ舵を切るとは思わなかった。そういえば彼女はヲタクであった。
咄嗟にこの話の方向を戻そうと、簡単に答えを述べようとする。
「ええと、ヤバいというのは、あー、危険そうとか。すごいとか、だめだよってときにも使いますかね。あと、すごいってのはなんか、勢いとか、ちからが強いとか、そういうなんかが大きなものにもヤバいって言いますかね。」
「なるほどなるほど、随分意味の多い言葉を使うのですね!」
「なんか恥ずかしくなってきた……」
手帳を取り出して鉛塊でメモをするネフカから、シュンは少しだけ頬を赤くして顔を反らした。
咄嗟に出る感嘆符的言葉とはいえ、ここまで曖昧であると、なんだか、それを使う自分がバカっぽいと思ってしまったのだ。
「あー、それで、ここは?」
「ここは主に石の資料室で、私はあまり詳しくないのです。ニコルグさんの仕事場というか……、もはや彼の個人的な領域ですから。」
「本人のいない寝室みたいな……?」
室の角にある大きなソファーに目を向けてシュンは言った。
「私室はまた別なんですよ。あの人は賢者様と二人三脚の関係ですから、王宮内では特別な位置づけをしていまして……とにかく、個人的なおへやをいくつか持っているやばい人です。」
「お偉いさんだ」
「偉くないですよ、あんな人。」
赤や緑に光る宝石のようなアンモナイト的化石を覗き込みながら軽く返事をするシュンに、ネフカは自然にはっきりと嫌悪の声を出した。
「……団長さんはニコルグさんのこと、あまり好きじゃないんですか?」
「そうですね……あの人に剣を教えてもらいましたけれど、その最中で何回か殺されかけましたし、考え方が矛盾だらけでして」
「い、意外と殺伐としてるんですね……」
平和な|街(トペリ)を守る裏の顔、といった様子が垣間見えたような気がした。
その感覚は横目に、シュンは話しながら棚の中にあるものに、記憶の中のそれと一致するものはないか視線をゆっくりと巡らせる。情報を聴覚と視覚のふたつの感覚器官を駆使して収集する、忙しい。
「羽振りがいいところはありますし、訓練自体も賢者様の指示でしたからそれについてはとやかく言いませんが……、やっぱり苦手ですね。本当。」
「……普段は、何をしている人なんですか?」
当然だが、知らないものばかりだ。何もわからないし、何もわかれない。目につくものに記憶のそれと一致するものはない。徐々に焦っていく。
「普段は犬の散歩、猫の世話、経費でこうした石やらなんかの剥製やら変な肉やらを買って、ゼリューやニカに見せびらかして、最終的には賢者様に怒られて、趣味が徹夜で読書をする変人ですかね。」
「ただの変な人だった。」
彼自身の話は役に立ちそうもない。本人が直接この場にいてくれれば助かったのだが、現にいないので、この情報は完全にノイズとなってしまっている。
「ごめんなさい、つまらない話をしてしまって。ここもさっと終わらせましょうか。」
「あぁ、はい……」
頁を捲ってネフカが言った。
シュンは素直に彼女を向く。
「ここは短いですね……いや、でも、石の名前とか、わかんないですよね……」
「石の名前?」
「はい……勇者様は、石に詳しかったりしますか?」
「まったく」
「ふむ、困りましたね」
並んでいる石には名前がない。というのも、温室の植物たちにはそれぞれに小さな看板のようなものがささり、名前が書いてあったのだが、石たちにはそれがない。
管理する当の人物はどれがどの存在なのか、熟知しているといったところだろう。もしくは、分類を忘れていても、それがなにかであると断定できる法則性があるのだろうか。
「うーん……」
「団長さん」
「は、はいっ? なんでしょう」
今の自身とは関係ないが、なんとなく目についたとある標本にシュンは指をさす。ネフカが飛び上がるように高い声を上げた。
「これって、自然でこうなったんでしょうか」
黒い石が背景的にあり、綺麗な四角いものがそこにいくつも刺さっている標本。くすんだ黄色い結晶が、特に宝石といった神秘的な透明感を持つわけではないが、不思議と目を惹きつけた。
「私には知る由もありません……」
「じゃあ、人工物の可能性もあるのかな。それとも、自然にこの形になったんでしょうか。」
魔法のある世界なのだから、それが関係している可能性もある。
彼女はそれを遠くからのぞき込んで、申し訳なさそうに目を伏せた。
「これとか、それとかも」
よく見れば、どれもそれも不思議な形ばかりだ。真四角のもの、まんまるのもの、針のようなもの、糸の束のようなもの──
「どっちだとおもいますか?」
「え、と……」
シュンが笑いかける。
彼女はバインダーで口元を隠しながら、視線を右往左往とさせて、答えた。
「ほんもの、じゃないですかね。言っていることの矛盾は多いですが、呼吸をするように嘘を吐くような人でもないので、真に自然のものを集めているとおもいます。加工されたものは、どちらかというと器械や武器庫などの倉庫などにあるかんじです。」
「あー、それって、水晶玉みたいな?」
六角柱と六角錐の大きな水晶らしきものを見ながら、シュンはなんとなく訊く。
「はい。そのような宝石が、いろいろな道具の中心になっているのです。」
「なるほど。結構大事そうですね、宝石。」
「宝石は見えるところでも、見えないところでも活躍するものです……あの人の言葉ですけど、魔法使いと呼ばれる方々は持っている宝石で信頼を得るそうです。そう考えたら確かに大事ですね、石。」
流石は異世界。宝石に宝飾品以外の価値や実用性があるのだと知る。宝石と呼ばれる範囲については、いったん置いておいて。
堅物な彼女が嫌悪はしつつも信頼しているらしいニコルグという人物は、社会的にかなりの実力者という印象を受ける。魔法使いであるかどうかは不明だが。
「──水晶といえば、昔、誤ってあの人の水晶をひっかいて傷をつけてしまったことがあります」
「えぇ……」
水晶がどれほどのかたさなのか知らないが、石に爪で傷をつけるという常軌を逸したことはしているので、シュンはすぐさま困惑した。
「怒られたんですか?」
「いえ、すごい驚かれて、それはもう驚かれて、逆に感心されました。金剛石に傷をつけられるんじゃないかとまで言われましたね。」
「なにかわからないけど、逆に期待されてる……?」
彼女はそういえば、と続ける。
「実際、その石がどんな石か調べるには、引っかいたり、削ったり、割ってみたり、薬品を使ったりするそうです。私にはそれくらいのことしかわかりませんが、それぞれの石にはそれぞれの性質やうまれの規則に沿って分類されるようで……だけれど、実際どれがどうなんだか、よくわからないのですがね……」
「それは確かに……、ん?」
「どうしましたか?」
シュンは頷きながら、なにかに引っかかったので思わず声を上げた。
じっと、戸棚の中のそれらから、ずっと手前のものをさらりと見つめて、思考の迷宮の、とある扉の鍵が開いたような感覚がした。
思わず、口角を上げてしまいそうになり、口もとを手で覆う。
「……勇者様?」
どうしようもないことをどうにかしなければならないが、やはりどうしようもないだろうと半分腹をくくっていたつもりだったものの、案外ヒントは転がっているものだったらしい。
彼女が背後で困惑した顔をして、首をかしげている。
「も、もしかして私、勇者様になにか無礼なことを、」
「外に出たいです」
「え?」
違う世界のものに空回りをするように怯えるネフカを、シュンは真っ直ぐに見つめて、
「だから、外に出たいです。」
「い、いやぁ、だめですよ、どうしちゃったんですかいきなり」
「そこをなんとか」
「まだ、ほら、仕事が残っていますし……」
「飽きちゃいました。」
「えぇええ……?」
資料室を出て、自分勝手に歩き始める。この時間にも|街(トペリ)の命運がかかっているのだ。任された仕事を放棄する理由はなんでもいい。
微妙に口を開けたまま一瞬だけ固まったネフカが、バインダーをぽっと落として、素早くシュンの前に立ちはだかった。
「とっ、とにかく……だめなものはだめなんです! 王宮内ではニィやニカがいますし、防犯対策もしっかりされていますから安全なのですが、外ではそれがないでしょう? この前のように襲われる心配があります。」
「あなたが守ってくれればいいじゃないですか。任されているんだし」
断りとその理由を無視して、シュンはその視線を続けた。心の内では必死でいて、彼女を困らせる罪悪感などは麻痺して感じなかった。
ネフカはしばらく唸って、警護対象から顔を反らす。
「それは……保証ができません」
「ずっと思っていたんですけど、団長さんが周りの評価のわりに、妙に自信ないのが気になってて、」
じっと彼女を見つめる。その意味は、やはり私欲のような自分勝手のような気がして、言葉を編み出す当のシュンはやはり出口のない、新しい迷路の分かれ道で、首を振りながら突っ立っている感覚がした。それでもしなくてはならないのだ。
「多分、この街で一番強い人だってじぶんは勝手に思っているんですけどね。じぶんをまもるのがちゃちな人なわけがないって思いますから。それはそれとして、団長さんの気質がそもそも力が入りすぎるというのがわかって、それがあなたの自信の足を引っ張っているんでしょう? まだ出会って一日だけだけど、そんな気がするんです」
マグカップを軽く破壊したことや、骨董や標本や植物などに触れないようにして、一歩遠く離れている彼女を思い出しながら、威勢だけの口が動く。
「ですから、例えばじぶんを抱えて逃げるってときとかに、潰してしまうかもとか怖がってしまっているんでしょう?」
「──当然です。護らなければならないものを、私は……」
「じゃあ、あなたにはじぶんを肉体的に、物理的にこの建物へ留める方法はないってわけです」
「あれ?」
これって慰めではないの? ということを言っている表情を無視して、勇者は続ける。
「つまり」
「つまり……?」
「あなたに拒否権はないってこと! ほらいくぞぉ!」
「ちょ、ま、まってくださーい!」
意味はないが、勢いは大事だ。シュンは叫んで、彼女を横切り駆け出した。王宮内の階段をぐるぐると下り、ネフカが半分泣きながら「そこは段の幅がちょっとおおきいですよぉ」など注意を促しつつ、それに小走りでついてくる。
力の入りすぎで誰かを拘束すると、思わず骨折させたり死なせてしまう可能性を多分に含む彼女はシュンにとって、行動の自由を制限する脅威ではないのだ。ルールや倫理といったものは、今は関係ない。
王宮内を順調に下り、ようやく一昨日出入りしたような教堂の裏口を見つけて、その扉の取っ手に手を伸ばすと、
「どこに行くんですか?」
「ア」
「リアリちゃんっ、勇者様を止めてくださいっ」
付近の扉から出てきたリアリに、シュンは固まった。
「なにしてるんですか?」
「……。」
あまり今の姿をみせたくない人だったからか、何の気を起こしたのか自身でもわからないが、言葉が出ない今、後ろ手にドアノブをひねって、シュンは逃げようとする。
しかし、肝心のそれは妙なつっかえをおこして動かない。鍵がかかっていた。
「そこは開かないですよ。ネフカ、なにを逃げられるようなことをしたんですか?」
「な、なにもしてないですよ! 勇者様が外に出たいって聞かなくてぇ……」
「それをどうにかするのがあなたの仕事でしょう?」
「こればかりは不可抗力というか、制御できないんです、この人」
「はぁ……」
リアリがシュンを見る。
シュンはなんとなく冷や汗をかいて、彼女を上目遣いしては、
「──鍵、あけてくれません?」
「いいですよ」
「え、やったぁ」
「リアリちゃん⁈」
おそらくそれの効果ではなく、彼女の中の規定に従って許可が下りた。隣でネフカが思わず叫ぶ。
「どどどうしてそうなるんです⁈ この流れで!」
「勇者さまを王宮から出さないのはネフカの仕事ですが、私の仕事ではないので。あと外に出たがっていますし。こんな大きいだけの建物、窮屈でしょう?」
「えぇ……」
謎の切れ味の強い言葉に、シュンも困惑の声を漏らした。
「あと、私も一緒にいれば大丈夫でしょう? 暇ですし」
「あんま暇つぶしと捉えないでいただきたいです。頼もしいですが、まだ心配ですよ。あと、ジア様の指示ですので──」
腕を組んで言うリアリは、妙な自信で満ちているように見える。
中々動かないネフカに息を吐いて、彼女はぼんやりと目をつむると、
「いいでしょう? ジアさん」
「うん。問題ないよ」
「ほら」
リアリの背後からぱっと顔と声を出したジアが、二人がそれぞれ驚いて瞬きを繰り返している間に姿を消した。
「いつの間に……?」
「王宮内でしたらなにもないところでも名前を呼びかけると出てきてくれますよ、あの人。」
「へぇーいいこと知りました。ってそうじゃなくて!」
「……。」
そんな、ゲームの説明書的なシステムじゃないんだから、とシュンは心の中で突っ込む。
ネフカは彼が神出鬼没なことをそもそも知っているので応用の知識として取り入れているが、さすがに個人的なノリツッコミを入れると、
「いや……でも、あの方が言うなら、そうなんでしょうか……」
誠実な自信なさげを披露して、首を傾げた。
「結局、あなたたちも暇なんでしょう? 祝い菓子でも買ってきて、今日の夕飯にでも食べましょうよ。」
「──それもそうですね。」
リアリが扉の鍵を開け、ネフカが折れると、二人は外へ出た。シュンはそれについていく。二人が夕食のそれについて相談しつつ、三人で並ぶように街へ出た。
会話は蚊帳の外に思えたが、シュンにとってはそれが周囲の観察と、思考の渦中に閉じこもることのできる機会に思えた。
あとがき
水晶の硬度は七。人の爪は二半。ネフカの爪は七より上になるのか……。身体を強くする魔法が常にかかっているネフカは単純な腕力の部分以外に、皮膚なども硬くなったりするのかもしれません。多大な力を入れるそれ相応の器ってワケ。『ハンター×ハンター』のキルアが言っていた、「オレの指、ナイフより切れるから」というのも、硬度が上がっているのだろうか。
ようやく鉱物要素がはっきりと現れてきましたね。何故、鉱物が出てくるかというとほとんど作者の趣味です。魔法要素も絡んでいろいろがんじがらめな鉱物を創ってみようかな。
シュンの疑問を膨らませた鉱物はモリブデン鉛鉱を想像して書いています。サンドウィッチウルフェナイトというほうがいいかもしれない。
それにしてもこのニコルグとかいう人物、一体何者なんだ……?(すっとぼけ)