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「帰りません?」
あの、と気まずそうに前置きして、ネフカはシュンの足元を眺めながらはっきりと言った。
「はぁ……」
「やっぱり危ないです。自信が、私の心が持ちませんよ……」
人気のない公園的な場所で、枯れた噴水の縁に二人は座って話す。
こうして王宮を出てから気づいたことだが、今日は祭りの最終日で、通りには人が多い。店など多くある繁華街は当然近づけず、シュンは胸にあったそれを外し、パーカーのフードで赤い瞳をあっさり隠すようにしている。
「いっそのこと、勇者様の足を折ってでも引き止めるべきだったのでしょうか」
「ひ。そんなに大変なことをしちゃいましたかね」
「しちゃってます……」
ネフカはどこから取り出したのか、腰や背に抱えているいくつかの剣を上着で隠して行動している。トペリでは武器を持って歩く人は少なく、彼女のような恰好は目立つことと、その突き抜けた才能からこの辺りでは頼れる有名人扱いをされているようだった。いくらか挨拶してきた通行人に愛想笑いを返して会釈する姿を思い返した。
珍しく冗談を言ってしまうほどの疲労を披露する彼女に、シュンはぼんやりと遠くの地面を見つめた。立ち上がって、とある地点に向かい、腰を下ろす。
「勇者様はお外で遊ぶほうがすきですか?」
「遊具で遊ぶのはそろそろ対象年齢から外れるので、そうでもないですね。」
「……勇者様って、いまおいくつですか?」
「十五です。」
てきとうに言葉を交わしながら、シュンはあるものをポケットにしまい、立ち上がる。
あのとき見たものと同様の赤黒い光。得体の知れない、危険なにおいのする色のかたまりだ。
「あんま、年相応には見られないんですけどね」
「そうなのですか?」
「よく年齢より幼く見られます。」
シュンは微笑んで、彼女の隣に座りなおした。
ポケットのなかでそれらがかちかちと、こすれあう音がする。
「私には、そうは見えませんが」
「持ってる色眼鏡の違いですかね」
「……ゆうしゃさまは、」
その「は」と少女の「わっ」の音が重なり、ネフカが風のような光のような速さで飛び退いて、剣の柄を握りしめて二人を見た。
枯れた噴水のなか、ネフカとシュンの背後にいたリアリが、二つの紙袋を両手に提げて、何事もなかったかのように言う。
「お昼ご飯を買ってきましたよ。ふたりとも」
「ど、どうしてふつうに現れないんですか? リアリちゃんっ」
「公園の出入り口から一番近い道を通ってきましたので。それにしてもネフカってそんな、小心者でしたっけ。」
「貴女が驚かせるからでしょうが! そう躾けられているんです、私」
頬を赤くしながら、シュンの隣に座るリアリの隣にネフカは座る。
「勇者さまはどっちがいいですか?」
「え……じゃあ、こっちで」
「どうぞ」
同じほどの大きさの紙袋を掲げられ、シュンは特に何の欲も持たず、自身に距離的に近い右側のそれを指さした。
リアリはそれをシュンに差し出し、もうひとつをネフカの膝の上に置く。
「じゃあ、ネフカはこっち」
「リアリちゃんはどうするのですか?」
「二人から少し分けてもらいます」
「一番いい立場じゃないですか。そこ勇者様のほうがふさわしいと思いません?」
ふたりがごちゃごちゃと話している横で、紙袋の中のそれを取り出す。出来立てなのか、ほっかりと温かい、形が丸い、しかし想像のできないその姿にようやく相対すると、思わず、
「──異世界おにぎり、キタァアアア!」
「わっ!」「なんですか? いきなり」
ラノベのタイトルの短縮形的な言葉を叫びたくなってしまった。
遠くで小鳥の群れが飛び立った。少女たちが何事かと勇者を見つめる。
「ここ、こんな異世界におにぎりがあるなんて……ってか、米があるなんて!」
なんとなく勝手に、この世界の料理は洋食か、精神的に食べにくそうなものばかりだと考えていたのだ。それと、和食のような類は印象がなかった。
揃えた両手にそれを乗せて、大切そうにそれを眺めながら言うシュンに、リアリが訊いた。
「勇者さまはお米がすきなんですか?」
「すきっちゃすきです。毎日食べていましたし」
シュンはいただきまーすと言って、包みを剥がしそれを頬張った。その様子を二人は笑って見守る。
「……。」
「どうですか? 美味しいですか?」
ネフカが訊く。
シュンの高揚は、何故だか徐々に薄れていった。
「なんか……、思ってたんと違う……」
「ありゃ」
リアリが声を漏らした。
言語化できないいつもと違う味に、米粒を頬につけながら首をかしげる。確かに日本人の主食は米だが、そういえば米自体はわりといろんな地域で食されていることに気づいた。かすれた脳の一方的な論理だが、どうりで異世界にもあるわけだ、とシュンはむなしく納得をするのだった。
「でも、おいしいです」
「それはよかったです。」
「ほっぺについてますよ」
ネフカがベーグルらしきものを袋から取り出して、リアリはさらりとシュンの膝にある袋から四角い握り飯を取り出す。
今更なんとなく、隣に座る二人が母親でないことにどこか脳の片隅で違和感を覚えながら、手の中にある白い米の塊にシュンは向き直るのだった。
*
なんの目的もない午後は、ゆったりと過ぎていった。
あれからしばらく人気のない場所を巡って散歩し、ケーキ屋で買い物をするリアリを遠くから眺めるなどして、こっそりとパーカーの両ポケットが重くなったところで、特になんのトラブルもなく日が暮れてきた。
「さすがに疲れましたね。変なところたくさん歩いて」
「冒険って感じがしてたのしかったですよ」
三人は王宮へ、話しながら向かう。リアリが祝い菓子と呼ばれるケーキの入った紙の箱を持ち、シュンは彼女の横、ネフカは二人の後ろからついていくという形だ。
「勇者様は冒険がしたかったのですか?」
「え──? あ、いや。なんとなく散歩がしたかったんですよ。なんとなくね」
ネフカの問いかけに本来の目的は言えるはずがないので、シュンはそれらしい言葉で強引に誤魔化す。
経験も知識も足りない頭で、明らかな八方塞がりに陥っていると思っていたが、彼女にもらったひとつの知見から、例の石を探そうという思考に発展した。というのが、本来の目的だ。
──実際、その石がどんな石か調べるには、引っかいたり、削ったり、割ってみたり、薬品を使ったりするそうです。私にはそれくらいのことしかわかりませんが、それぞれの石にはそれぞれの性質やうまれの規則に沿って分類されるようで……
「天気もいいし、お散歩日和でしたね。」
「意外にお昼寝のしやすそうな場所も見つけられましたし」
「り、リアリちゃんはまだ外でお昼寝を……?」
彼女らの視線を避けつつ、意外にも六つほど集めることができたそれに、ポケットの中で触れる。
やりかた的にも、現実的にも、これに賭けるほかない。
「最近は子どもたちともよくお昼寝していますよ。」
「春になって、ぽかぽかですもんね」
王宮の敷地内へ、低い塀をまたいで草むらの中を三人は行く。巨大な建物に夕日が落ちていて、大きな窓硝子が橙色の空を映している。
時間的にも後がない。
「あ、ネフカ、玄関掃除しておいてくださいね。私は先にこれを食堂に持っていきますので」
「これ、私のせいではないのですけれどね……」
小さな扉を開けて、リアリはそう言い残して二人を置いて奥へ向かった。
ネフカはため息を吐いて、ポスト群の下にある手紙の山に目を向ける。
「それぜんぶ団長さんのだったんですか」
「あー、はい。有名税ってやつです。重要なものとくだらないものがまざって、分別がとても面倒くさいんですよね……」
「ふぅん」
シュンは彼女の憂鬱に、他人事のように相槌をした。そんな様子に、憂鬱は加速する。
「──それで、勇者様はいつ入ってきてくれるのですか……?」
まだ建物の中へ足を踏み入れていない、開けっ放しの空間の境目で堂々と立ったままの勇者に、ネフカは振り向いた。
そういえば、怪力で味方も構わず砕く持ち主と、なんの力もなく小柄だが、それを利用する元一般人の二人きりになってしまった。
「……ネフカさん」
「はい……?」
「少しいいです?」
「な、なんです……?」
怯える彼女に、シュンは悪戯な笑みを浮かべる。
「ひとつ、実験してみたいと思って」
「……なんでしょうか」
「外で、これを割ってほしいなって」
ポケットから赤と黒の石をひとつ取り出して、ネフカが初めてそれを見る。
首を傾げた。
「そうしたら、中へ入ってくれるのですか?」
「そりゃもちろんです。」
あの内容を口外することが起爆剤だったが、石に言及することは違反になっていないかそもそも【契約】すらないか、というふうだろう。それ以上に、まちなかにあのような石が散らばっているのなら、シュンやルーマ以外にも目撃者や収集している人物などいるはずである。
このあたりは計算通りだが、問題はこれからだ。
「正直、【契約】でもしたい気分なのですが……」
「|何(なに)で割ってくれますー? 剣? 手刀?」
「別に剣を抜くまでもないですよ。握れば大抵割れます。」
「マジ?」
彼女もシリアスのため、さらりと現れた勇者語に反応を示さない。
シュンは辺りに生えているてきとうな木の陰に入って、ネフカを見つめてそれひとつ差し出す。
「じゃ、お願いします。」
「……今日、つまらない石の話をしたのを根に持っているのですか……?」
「つまらなくはなかったですよ。むしろ関心が湧いて、こうして石を拾ってきたんじゃないですか」
「うぅ、とりあえず勇者様が王宮に入ってくれたら、それでいいです……」
問題は、その石を割るなどしたとき、爆発する可能性があるということだ。魔法というからくりを含ませたそれがどういった現象をするのか、名もない石は未知でできている。
爆発する場合、二人そろって犠牲となるが、石を割る以外の正確な実験方法と誰一人の犠牲も許さないため、その反省も含めてそれは仕方がない。
シュンは自分が半分いかれていることを自覚する。この決定は覚悟なのか狂気なのか、誰も知りえない。
「それにしてもすべすべな石ですね。宝石にしたらもっとかわいくなるんじゃないですか?」
「いっぱいあるんで、一思いにやっちゃってください」
「なんでそんなにあるんですか。」
「拾ったから」
実験台のようになったネフカがそれを握る。
「ではいきますよ」
「──はい。」
「どうして逆に勇者様のほうが緊張しているのですか?」
「お、お、あれ」
彼女が訊きながら、ごり、ごりという音を立てつつ握りしめた。その様子にシュンが戸惑いの声をあげる。
握った手をひらいた。
「へぇー……こういう石って、中身は意外とふつうの石なのですね」
「あー、えぇ、ほんとだ」
シュンはその欠片をひとつつまんで、木陰から出た。
割れた石の断面は意外にもピンク色っぽいもので、表面とは打って変わってごつごつとした手触りがする。
「これでよろしいでしょうか」
「いや、あと五つくらいあるんで」
「あ、まだやるんですか」
「せっかくなんで」
二つ目、ネフカが柔らかいと言って、白い四角い欠片がぼろぼろと出る断面があらわれる。
三つ目、あ、かたい。と言って、水色の断面。
四つ目、普通ですねと歪んだ感性で言って、弧を描いた線らしいものがついた黒い断面。
五つ目、無言で割って、真っ白の断面。
六つ目、脆いですね、と言って、砂の塊のような粉の群があらわれる。
「ぜんぶ別の石……?」
「塗装とかですかね。魔力も感じないですし、誰かがこうして塗って遊んだみたいです」
「あ、まりょくとかわかるんですか。」
「訓練されたので、微かなものでも感じられるようにはなっているはず……です」
自信なさげにネフカは正解の理由を言い並べてくれる。
あっけなく完璧に、あの【契約】は単なる不安へと変化してしまった。
「えーと、これで満足ですか?」
「あーはい。どうも、ありがとうございます」
いくつかの欠片をポケットにしまって、シュンは彼女の背を追い、王宮の中へ入る。
彼女は扉に鍵をかけ、手紙の山の前に腰を下ろした。
「あの、勇者様、帰ってきて早々申し訳ないのですが、これを私の室まで運ぶのを手伝ってもらえないでしょうか。少し量が多すぎますので……」
「いですよ」
ただこの結論には穴があるように思える。拾ってきたものは偽物で、本物は別にあるという反論が湧いてきた。
これには、他人の【契約】の署名を代理で書けるというチートのような筆記具を差出人が持っている可能性は少ないだろう。というか、ないと言い切っていい。誰かに見えるように落ちてあるこの石は、【契約】の内容を確信づけるための工作なのだと捉えることができる。
シュンはぼんやりと返事をして、両腕で手紙たちを抱え込むように持ち上げると、
「え、勇者様──」
「……今日、このまちが爆発するかもしれません」
「へ?」
紙吹雪のように盛大にばら撒いて、走り出した。
「ちょ、ちょっと! ゆうしゃさまー⁈」
「用事を思い出したので、やっぱ一人でお願いしまーす!」
「よ、用事ってなんですかー⁉︎」
散らばったそれらと置き去りにされたネフカは叫んで、シュンの背と部屋中に散らばったそれらのどちらを優先するか、究極の選択の隙間で苦しむこととなった。
あとがき
この話、ついに問題の解決篇だというのに、とても呆気ないですね。味気ない? なんだか物足りない。言葉不足だなァ。そういう気分にならなくちゃ、うまく書けないのかもしれません。少し書き直すかも。
シュンは米が好きです。特に執着する味というものがなく、いろいろな食べ物に合う米に安心を感じる部分もあるのだと思います。給食の牛乳と米、合いますよね。作者は小学校時代、牛乳が大好きだったのでおかわりしては吐いていました。