何度も道を間違えながら、シュンは走る。
あのときの段差を大きく跳ねて躱し、その突き当たりの部屋へ一直線。息を切らしながら、勢いよくその扉を開いた。
「──ああ、ちょうどいい頃合いだね。」
ルーマが、天使でも死神でもみるような目でシュンを見た。卓の上には、多種多様な武器が並べられている。
「いや、殺しにきたわけじゃなくて、手紙の内容が嘘だって確信が──」
「いいんだ。もう、いいんだよ。」
そのうちからひとつ、拳銃を手に取って、シュンのもとへ近づき、銃口を彼自身に向けて差し出した。
「……、なんで? なにが、いいの?」
「なんでもいいのさ。」
押しつけるように、手のなかにねじ込められると、シュンはなんだか思考の整理が追いつかなくなる。
「──いや、よくない……、よ……。えっと、本当にあなたが死ななくていい確信が得られたんだ。証拠も持って──」
「だいじょうぶ。いらない。」
「…………はぁ」
その諦めきった果ての笑みを鬱陶しく思いながら、勝手に手に持たされたそれに目を落とした。
「さぁ、はやく殺しなさい。きっと、それが一番手っ取り早い」
「いやだから、ころさないって。」
「だめだ、はやく殺しなさい。」
「殺す必要ないのに、殺さないよ。いいから、話を聞いてよ。」
「……はやくしないと、」
まずはこの平行線を正しく交差させなくてはならない。そう問答を続けようとしていたところだった。
「きみが死んでしまう。」
「──いや、そうだろうけど、そうじゃなくて」
「ちがう。しかし、正しくは違わない。きみもわたしも正しいはずなのだ。ただ、むなしいことにきみのそれが、叶わないというだけで。」
「なにいってんのかわからないよ」
それどころか、話を聞く気すらない。それが心の底からの狂気なのか、演技なのかも知るすべがない。為すすべがないと判断して、シュンは恐れながら扉の取っ手に手を伸ばそうとした。
そのときだった。
「……ごほっ」
ふとこみ上げた咳を、手のひらで拾った。なにか熱のあるものがそこにはくっついていて、
「ぇ……血?」
ルーマを見た。
「なん……毒でももったの……? なんで」
「【契約】だ」
シュンは咳を繰り返す。胸の奥なにかがある。息苦しくなってきた。
「いま、きみの体内は燃えている。じわじわとね。」
「……けいやくで?」
「ああ」
それはおかしい。【契約】は違反した本人を罰として燃やし、火傷を起こす。手紙の【契約】は差出人とルーマに交わされた可能性があるものだ。その内容にシュンは関わっているが、直接的に罰される立場ではない。
では何故、|自身(シュン)が燃えている?
「昨晩、始祖の遺物を拾ってね、それできみの名を書いた」
「はなしが……っ、ごほ、急すぎる! なんだよ、いきなり!」
「しかし、現にきみの身には罰が起こっている……そして、それを終わらせるには、きみの手でわたしを殺すほかない。そういう【契約】をしたんだ。」
「は……?」
喉の奥が熱い気がする。段々呼吸が難しくなっていく。
彼の言葉の通り、この事象がいまここで起こっている以上、それを信じる他はない。
どうしても、受け入れるしかないだろうか。
シュンは、苦しみと焦燥でぐるぐるとした視界で、もう片方の手に握っている拳銃を見た。
「このままではきみは、わたしを殺してくれないと思ってね、」
「────」
「まだ間に合うから、さぁ、はやく、きみが動けなくなる前に終わらせてくれると助かる」
時間が無いんだ、そう言って両手を広げる壮年が言葉を続けるのを、歪む視界で、シュンは捉えた。
銃口を向ける。
「そう、それでいい」
「うるさいなもう!」
笑ったルーマに、シュンが叫んだ。彼は口角を上げたまま固まる。
「なんでじぶんと、あなたの命をっ、天秤にかけなくちゃならないの! こんな、こんな未来を捨てるような行為が! 正しいわけないだろ‼︎ 戦犯が!」
ところどころ咳を混ぜながら、懐にあった石を辺りにまき散らして吠えた。
「これは……」
「まちなかにあった、れいの仕掛けの石を割ったの、」
激しく咳き込んで、シュンはゆっくりと崩れながら続ける。
「どれも中身、断面が違う、これは塗装で、偽物の、石なんだよ」
「……そうか。そうだったのか……」
ルーマは腰を下ろして、散らばってそれを見つめ、静かに呟く。
銃を下ろして、荒い呼吸をしながら、シュンは窓を向こうの空を見た。
何事もなく、一日は終わろうとしている。
「それでも、きみはわたしを殺さなくてはならない。わたしの過ちで」
「何回でも言うけれど、あなたは何も悪くない。だから、あなたを殺すのは正義でも、正解でも、ない。」
「ここでの正義や正解は、きみが生き続けることだ」
ルーマはシュンに近づいて、再度その手に銃を握らせる。
「ちがう」
「だから、はやく殺しなさい。その身体が大事になる前に。」
「いやだ……」
「覚悟はできているんだ」
そして、その腕を伸ばして銃口に胸をつけた。
シュンはただ俯いて、穏やかな快楽を探す。
眠い。そんな気がする。
目をつむる。少しずつ、閉じて、目の前を見る。
ここで眠るのが、最期になるのだろう。
「いま眠っては、死んでしまう」
「……そうっぽい」
「起きなさい、動きなさい。でないと──」
「もう、だるいよ……」
声が出にくい。強引に横たわって、もがくように生きることしかできない。生とはもっと、その延長線上にある価値を弄るものなのに、それ自体に必死になってはすでに死んでいるような気さえした。
あとは動きたくないのを、どう受け入れるかだ。
「起きなさい! 間違いを犯したわたしを、きみが裁くべきだ!」
「…………」
シュンのなかには正義のために人を殺すという選択肢が存在しない。しかし、これから死ぬのも受け入れられない。
「裁くとかじゃ……ない……でも、はぁ……」
彼が身体をさする最中、赤い瞳のなかが、ぐるぐると渦巻く。耳鳴りがはっきりと聞こえてくる。
「しにたくない、しにたくない」
「じゃあ、早く起きるんだ。銃は重いのかもしれないが」
ようやく彼がシュンからそれを離すと、なんだか救われたような、逆に掬われたような、そんな気がした。
正直、意味がわからなかった。
こんなにも悩んで、脳内で苦しんで、あれやこれやを踏み台にして、得られた結果がこうして不幸以上のものになってかえってくるとは思わなかった。
ここに来た理由は、ほっとした顔を見に来ただけなのだ。
シュンから離れて、ゆっくりと机の上で武器を選ぶルーマの背を、見つめる。
──ああ、どうして、こんなことになったのだろうか。
原因は知っている。そこから生み出す感情は、精神的によろしくないものだ。けれど、この際どうでもいいだろう。まだ若いのに、死ぬつもりもないのに、しにたくなんてないのに、
──だから、いっそのこと、彼に、死んでしまえと強く思った。
そのとき、ごみのように横たわるシュンのうつろな瞳が、赤く光った──
*
「なんですか? それ」
前掛けをつけるニカが、とある石を小さな拡大鏡越しに見つめる青年に問いかける。
「帰路に落ちていたの。見たことない石だけれど、なんだか人工っぽい。工場の副産物かなァ。」
へぇ、よくわかんないや。とニカがそれを横目に厨房へ向かった。
「それにしても疲れたァ、帰る日を間違えたよ。」
青年が、机に突っ伏して疲弊を込めた声で言う。
「今日はお祭りの最終日ですもんね。駅とか混んだでしょ」
「そうなのだよ。彼らが何を求めてやってきているかよく知らないけれど、僕の行きつけの店まで混んでいるのは困る。」
食堂内のとある席に青年は座っており、そばに犬が二匹伏せている。飼い主と同じ色の体毛で、金色である。
「まぁまぁ、繁盛しているんならいいじゃないですか」
奥ではニカが片づけのために手を動かしながら答えた。当番であるので、これから料理を始めるところだ。
青年はニカより背が高いのだが、彼よりも幼い表情をして、その様子を、頬杖をつきながら見つめる。ぼんやりと、なんとなく眠りそうな感覚がしたような気がしたが、腹がすいてきた。
突然、床に伏せている一匹が吠えた。
「何、どうしたの? デムゼ」
「びっくりした……、なにかあったんですか?」
ニカが手を止めて訊いた。
犬たちはじっと扉を見つめて、緊張を孕んだ視線と姿勢を動かさない。
「どうせ彼とかでしょう。なにもないよ。」
「そうだと、いいのですけど……でも、先生の子たちって賢いじゃないですか」
「はァ」
「なにか、嫌な気配とか受け取っているんじゃないですかね」
二人と二匹はじっと、扉を見つめた。
しばらくそんな奇妙な時間が流れて、青年は二匹の頭にそれぞれ手を乗せる。そしてなんとなく彼らと同じように鼻を利かせてみて、ニカに向き直ると、
「ところで、今日は私のためにごはん作ってくれていたりするー?」
「そんなわけないでしょー」
いつもの笑みを浮かべて、何事もない日常に戻した。
あとがき
ようやく次回で一区切りです。ここまで読んでくれた人、いるかなァ。
言葉や文字というのは、命を削って存在しているものだと思います。こうして言葉を打つのも、筆を執るのも、小説をじっくり読むのも、些細でも多大でもなんでもそれは時間を介した行為です。それをいうと何をしても命をかけていることには変わりないかもしれないですが、そのあなたの人生にある、壮大なやること、やりたいこと、暇つぶし、なんでもいいのですがそんな貴重な時間を消費して、おれの小説を読んでいるという事実が紛れもなくうれしい。こんな尊いことが数字に変換されるのがね、この世界はなかなかに悔しいですね。
そんなわけで、いつもありがとうございます。
ではまた明日。