死んだ。
目の前の人物が。
死んでしまえと願った途端、赤いなにかが無数に現れて、彼を襲ったのだ。
「なに……?」
かすれた声が、自身の耳に届いた。
自分の声を聞けば、数ミリほど眼前の肉塊から目を背けることができることに気づいた。もうそれは、原形をとどめていなかった。
顔を忘れた。
「なにが、おきたの……」
段々、身体が楽になっていく。上半身を起こして、なんだか込みあがるそれを盛大に吐いた。真っ赤なそれを。吐く。吐いた。死体から広がる血だまりと競争するような勢いで。
「はぁ……、は、はぁ……はぁ」
不安定に呼吸を繰り返して、胸を抑えた。身体が空っぽになりそうな勢いがあった。壁にもたれて、視界の端が膨大なノイズのような黒で覆われる様子を観察する。
口の中が不味い。まだまだ、身体の内側が張り裂けそうだとおもう。
「やぁ、シュン」
「────」
そんなときに、聞き覚えのある声がした。
「調子はどうかな」
「──、なに、なんだ、」
徐々に落ち着いてくる体内を、視界を、精神を感じながら、シュンは身体を起こす。
理性が戻ってきた。
「あなたは、なにしにきたの。」
「説明が必要かなとおもってね」
目の前にいる白い男に、多少苛ついた声で訊く。
男の無機質な声は、人間と話していると思わせない何かがあった。機械に訊いているようだった。
「……そうだね」
「どこから話そうか。」
「──なんで死んだの?」
まずは、男の背後にあるそれの理由からだ。
「きみが殺したからだよ。」
「は?」
シュンは当然、その答えに嫌悪を孕んだ疑問を返す。あんな派手に他人を殺す余裕なんてなかった。
「殺したって、どう、して……」
「きみのまほうだ」
「じぶんの?」
「手を出して」
男は腰を下ろして、シュンの血まみれの手に触れた。
「赤い針を想像して、ここにあると信じて」
「なにをいって……」
話を聞いただけで、天井に向けられた手のひらを見る。
そこにははっきりと、赤い菱形の鋭い針のような物体が浮いていた。
「……けほっ、なんだこれ」
「それがきみのまほうだ。きみの心に沿って自在に動かすことができるよ。」
まるでゲームのチュートリアルのように、男は話す。
「これで……これで、殺したっていうの……?」
「そうだよ」
どうしてそんな都合のいいようなことが起こるのだろう。
理性が遠のく。
「あなたがさ」
シュンは焦燥で震える声を出した。
「あなたが、じぶんを失うのが惜しくて、ルーマさんを殺したってことはないの?」
「手を下したのはきみだよ」
しかし、男は容赦なく聞きたくないことばかりを述べる。
「きみがかれを殺すために、かれは【契約】したじゃないか。きみのその身体で起こった現象で、それは証明できる。そして、かれが死んでから、きみの現象は収まった。ぼくが手を下すか、かれ自身が自殺をしていたらそれは違反なので、その場合になれば今頃きみは死んでいるということになる。これでわかったかな」
「…………」
淡々とした口調がシュンの心を追い詰める。
人を殺したのだと、罪を犯したのだと、突きつける。
「──じゃあ、なんでいきなり、魔法なんて」
「それと、きみはこの世界の人ではないから、まほうを使うたびに命を削ることになる。気をつけてね」
項垂れ、言葉を発さない人形のようなシュンを背に、ジアは室の奥の机へ向かい、
「他に、聞きたいことはないかな」
机上にあるなにかを懐に仕舞ってから、再度それの目の前まで来て、見下ろす。
「それじゃあ治療しようか。おいで、シュン」
「まってよ」
歩き出しそうな彼を、シュンは止めた。
「聞かなくちゃいけないことがある」
ふらつく頭で、立ち上がり、彼の身長超えるほど長い真っ白な髪を握って、強く引っ張りながら、
「ぜんぶ、あなたのシナリオの上だったの?」
そう、瞳を光らせたまま言った。
「どうしてそう、おもったんだい」
「あやしいから」
焦げて低くなってしまった声で続ける。
「全部、ぜんぶ知ってたんでしょ? こうして都合のいいときに現れて、あなたにとってよくない方向にいくのを矯正していたんでしょ。あの手紙だって、実際はジアさんが出したんじゃないの」
ただ罪を擦り付けているだけかもしれない。逃避しているだけかもしれない。どうしても苛々している。それを自覚しているし、いつまでも引っかかっている。
体内にたまっている言葉を吐き出すのが止まらない。
「なんのために、【契約】を利用したの。」
男の、縫われた両目を見た。
彼はそのあたりのどこかを引っ張って、瞼を縫った糸を、すっと引いて
「シュン」
名前を呼んだ。両手を伸ばした。シュンがそれから逃れようとしたころには遅かった。体温の感じない手で顔を掴まれる。
「ぼくにとって【契約】はね、願いを叶える力さ」
「──ねがいを……?」
「この力は運命を歪ませることができる。そのおかげできみもまほうが使えるようになったんだ」
白いまつげのなかの瞳は、真っ赤だった。
「この世界を守るにはきみのまほうが必要だからね。けれど、いまきみが欲しいのは、それじゃないんだろう。わかっているよ」
じっと、同じ色の光のない瞳をシュンは見つめる。無機質で、空っぽだ。
「答え合わせをしてあげる」
「……。」
「あの手紙を送ったのはぼくだ。きみを狂わせるために、きみの運命を動かしたの。」
「──じぶんの、その、まほうのためだけに、人を殺させたの? それは、どうして」
「世界が腐るのに時間がない。だから、きみはその心でいて、精一杯足踏みしてもらいたいんだ。手っ取り早くね」
「……なにいってんのか、わかんないよ」
嫌悪が募る。シュンはその両手を払って、彼から数歩離れた。
「そうだね、きみの知識に合わせるとしたら、」
街を人質にとった脅迫状を送り、その説得力を持たせるために鉱物を偽造し、罪もない他人同士で殺し合いをさせた男を睨む。ぎゅっと胸の布を掴んで、怯えた動物のように警戒を強めて、
「最初にラスボスを倒したほうが、後が楽になると思わないかい」
「なにいってんのかわかんないっつってんだよ‼︎」
吐き出すように吠えた。
「聞いても無駄なんだよ。倫理から正反対のところにいて、正義のようなもの振りかざして、じぶんはただここにいるだけでさ、この世界がどうのとか正直どうでもいいんだよ。なんでじぶんなんだよ。なんでじぶんが、こうして、敵でもないひとを殺してさ、もうぜんぶ、終わっちゃったんだよ。なにもかも、いやなほうに変わっちゃった!」
思いつく限りの苦しみを叫ぶ。うるさく心臓が胸を叩いて、涙が止まらない。
彼はただ、変わらない表情と姿勢で、シュンの荒波が収まるのを待っている。
「すごいひとにはなりたいとおもっていたよ。正しい方法でさ。あまり努力はできないけれど、こんな才能だとしたら、あまりにも残酷だよ。納得がしたいよ。苦しいよ。ねぇ、どうすればいいの? こんな血まみれになって、どうやって生きていけばいい?」
「そのままのきみで、いいとおもうよ。」
彼は既に死んでいるのかもしれない。何気ない答えなど、聞きたくない。
ようやく、この場所はなにも解決しないことに気づく。どうにも、ここにはいてはいけない。
「もう……ここにいたくない。」
死体ばかりの室を後にした。
それに幸か不幸か、男はついてこなかった。
*
ぼんやりと、視界も狭まった状況で、薄暗くなった街に出た。
幸い、道中は誰にも見つからなかった。裏口にはやはり鍵がかかっていたので、付近の窓から身を投げ出して、血でもともと汚れていたのがさらに土臭くなった。
遠くで犬が吠えている。
「────」
逃げた。しかし、これからどうするか、血の足りない身体で思いつけない。
罪を犯した。消極的に。わざとではなく。気づいたら犯していた。ずっとそれを脳内が叫び続けている。そういって、正当化しようとしている。
正しくは、ない。
「────」
では、どうするか。
今なら、すべてを吐き出せる。事情聴取をされて、そこですべてをさらけ出せば、勇者という立場も考慮に入れて、無罪に、綺麗に円く終わるはずだ。
果たして、それは、正しいのか。
「────……、ただしくない」
それでも、人を殺している。じぶんの意思で。
心に怒りと憎悪を握って、はっきりと「死んでしまえ」と願った。願ってしまった。それが何故か叶った。それだけだ、と落ち着いてしまうことができない。その延長線上はきっとよろしくない。これからは軽い気持ちで人を殺し続けるかもしれない。ぱっと捨てることのできない、得体の知れない力を得てしまった。
それですでに、人を殺してしまった。
「…………」
胸を抑えている手を、見た。
人を殺した。
裁かれなくてはならない。
でも、どうして平穏に生きていて、これからもその通りに生きようとするじぶんが、こんな理不尽に遭わなければならないのだろう。
裁かれようとして、一体どうして、誰が正しく、裁くのだろう。正しく裁かれるとしたら、どうして、自ら地獄へ進まなければならないのだろうか。
──じぶんは、どこにいたくて、どうしていたい?
「……。」
王宮は、いてはいけない場所だ。人を殺してしまった人間など、勇者ではない。しかし持っているこの力は本物であるから、罪の有無は関係なく、裁かれることはないだろう。それは正しくない。
考えてみると、この世界に自身のいどころなどないのだろう。正しい裁きを受けられる環境は、知っている限り存在しない。
苦しまなければならない。
裁かれることができないのなら、贖罪をしなければならない。
人殺しの贖罪といえば、なんだろうか。
「──ぁ」
気がついたら、針を持っていた。あの、幻の、赤い針である。
立ち止まって、ああ、と声を漏らす。それがシュンの中で無意識に留めていた、とある思考の堰を切ったからだ。
こんな自身のできる唯一の贖罪は、この死にかけの身体にとどめをさすことであると。
いつの間にか突っ立っていた誰もいない路地裏で、シュンはかたい壁に背を預け、それを首に向けた。静かに、そのまま、すんなりと自身の手が首に触れたところで、地面に膝をつく。
どうにもなっていない。震える両手を見た。あの針は憎たらしく幻で、そこにはもうなかった。ただ、ままごとをしただけで、どうにもなっていない。傲慢な幻と知っていたからだ。しかしどうして、こんな状況で死ぬのが恐いのか、シュンには焦燥で理解ができなかった。
それでも死ななくてはならない。刃物などで自傷するのはいけない、苦しみを恐れて死に損なう可能性が高い。それ以外の方法で彼らから離れるため手っ取り早く、確実に、死ななければならない。
シュンは立ち上がる。必死に、死ぬための手段が転がっていないか探す。なんでもいい、そう願って暗い路地を出たときに、それはあった。
時計塔だ。見上げるのにも体力がいるような、たかい高い塔。運がいい。目と鼻の先ほどの近さだ。
人のいない、がらんとした夕方の、塔の周辺にはがれきが散らばっている。塔の壁に沿って、入り口がどこか探し回っていると、
「勇者さま!」
面倒なものに見つかった。
「もう、どこにいって……、ゆうしゃ、さま?」
錆びた扉を見つけて、大きな錠を見つめた。一応扉を押したり引いたりするが、ぴくりとも動かない。
シュンは仕方なく、赤い瞳を光らせる。手の中で針を浮かせた。
「血が、もしかして怪我を──きゃあ‼︎」
金属の砕ける耳をつんざく音に、リアリが甲高い悲鳴を上げた。少女が顔を上げ、次に勇者の姿を見たのは塔の中だった。
シュンはただ、中心にある螺旋階段をのぼり始める。
「ああ、こら、勇者さま!」
「────」
説教をするような彼女の怒声は、届かない。
「ここは危ないですよ! 今にも崩れそうですし……、」
リアリは止まらないシュンに、困惑と心配を含ませた表情をして、階段をのぼり始めた。
何故か崩れかけの時計塔は当然、欠陥まみれの階段をしており、大きな穴やがれきをよけて命がけで二人はのぼっていく。満身創痍のシュンはゆっくり進むため、リアリはすぐに追いついた。
「なにか、あったんですか?」
「────」
「いやなことでも、あったんですか?」
少女はシュンの行く先を見守りながら、その背についていく。
シュンはその呼びかけを鬱陶しく思った。
「ねぇ、勇者さま──」
「じぶんは、しゅんっていいますから……もう、勇者って呼ばないでください」
おとなしいような、か弱いような、涙を孕んで怯えているような冷たい声で、ようやく返した。
リアリは目をぱちぱちとさせては、そのままシュンの背を追う。
「……わかりました。じゃあ、シュン」
そのまま呼びかける。
「さっさと帰りましょう? こんなところで回っていないで」
「…………」
「痛いところ、ゼリューに診てもらいましょう? そのあとに、お腹いっぱいご飯食べましょうよ。」
「……いい。」
呼びかけは、容赦のない誘惑へと変わる。
シュンは、彼女のやさしさに触れてはいけないとおもう。
「どうして?」
「…………上に、つかないといけな──」
「シュン?」
どく、と胸からいやな感覚が波打って、階段に膝をついて咳き込んだ。いくらか血を吐き出す最中、リアリがその丸い背を撫でる。
しばらくそうして、落ち着いたころ、
「やっぱり帰りましょうよ、シュン」
「──やだ」
死ななくてはならないのだ。どうしようもない決意を抱いて、シュンは立ち上がる。歩を進める。
リアリは止めらないシュンを見て、息を吐くと、
「……じゃあ、上について景色でも見たら、帰りましょうね。」
そう納得して、少し近くからそれを支えることとした。
二人は黙々とぐるぐる登り続ける。
たまに身体のバランスを崩しかけるのを支えられ、支えながら、途方もない時間をかけた。
「はぁ、やっと着きましたね……」
「…………」
「帰るの面倒ですね、こりゃ」
螺旋階段が途切れ、冷たい風が吹く最上階へたどり着いた。
リアリが瓦礫で散らばった床の綺麗な場所を選んでへたりこみ、シュンに笑いかけて、すぐさまやめた。
この空間の縁に立って、風に髪を揺らしているシュンがいたからだ。
「リアリさん」
「あの、」
「ありがとう、ございました。ここまで。」
「いや、あぶないですよそこ。ちょっと、だめ」
すぐにシュンの両手を引いて、縁から遠ざける。
「なんで飛び降りようとしているんですか、落ちたらどうするんですか」
「……どうなるんでしょうね、ほんとに」
真剣な表情のリアリに反して、シュンは困ったように笑って見せる。彼女の目から若干、視線を外して。
「ねぇ、シュン。ほんとうに大丈夫ですか? 何が──」
「リアリさん」
懐から、赤が重なってほんのり重くなった布切れを差し出す。勇者の証明、と呼ばれたものだ。
「これ、返します。じぶんはもう、勇者じゃないので」
「……。」
少女はそれを見つめて、しばらく黙り、シュンのどうにもはちきれそうな瞳に視線を戻すと、
「……いや、困ります。私に渡されても」
「じゃあジアさんに返しといてください」
強引に手に持たされた。シュンがふわりと手を離したので、リアリは風で飛んでしまわないように仕方なく掴む。
「けれど、シュン。あなたは勇者ですよ。どうしたって勇者です。」
「しにたいの」
あとは飛ぶだけだ。シュンは自棄になって正直に言う。
「……どうして?」
シュンは黙る。涙をためた目を下に向けて。
理由には、その明らかな欲を、意志を、あるべき行動を妨げる要因があるからだ。
「だめです。ここで何も言わないで勝手なことをするのは、無責任ですよ。」
「────」
「そして、あなたは勇者です。あなたが何と言おうと、それは事実ですから……」
リアリは言いながら、シュンの襟にそれを通す。うざい風のなかを、丁寧に、丁寧に結ぶ。
「ね? 似合ってますよ」
勇者さま。そう明るく言って、笑いかける。
シュンはただ茫然と、彼女の微笑みから目をそらし続ける。涙があふれる。それを、鉄臭い袖で覆った。
勇者の証を渡した反対側の手は繫いだままで、あたたかい。
「シュンは、この世界に来る前、何をしてきましたか。」
「────なにも、してない」
「奇遇ですね。私もあなたに出会う前まで、何もしてきていないんです。」
「……。」
だから、なんだよ。
それを口にする粗い体力は残っていない。
みじめだ。
「でも、何もしてないなんてことはないんですよね」
「……なにも、してないよ」
「呼吸も、食事も、お風呂に入るのも、誰かと話したのもですか?」
「…………。」
シュンは一瞬だけ、身体を動かせなくなった。
そして、ああ、ああ、ああ、めんどうなひとだ。とおもう。
あたたかい嫌悪だ。どうしようもなく癒されている。
「シュンがどういった生活をしてきたか私にはよくわかりませんが、少なくとも私と同じ、人である以上はこういうことをしてきたと思うんです。ですから、なにもしてないということはないんですよ」
リアリが風に負けないように声量を上げる。
涙が止まらない。
「生まれて、気づいたら教堂で、ネフカやゼリューや、ニカ君たちと暮らしていて、いっしょに遊んで勉強して、なんとなく過ごして。ルーマおじさんが困っていたからそれの手伝いをするようになっただけで、私にはなにも、特別で立派なものがありません。」
きっと暴論だ。
「勇者さまも──、シュンも、実際、そうなんじゃないですか。いつの間にか勇者になっていたんでしょう?」
聞き流すべき言葉だ。
「でも、何もないものどうしで暮らすわけですから。あまり、シュンのいた世界と変わらないかもしれませんよ?」
ほら。
「シュンがどうしてそうなってしまったのかわかりませんけれど、泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑えばいいとおもいます。ひとしきり感情を流したら、冷静に物事を見れるでしょう? わたしだけかもしれないけれど。」
気づけば、何故か、彼女の腕の中にいる。
嗚咽が止まらずに、震える背中を、リアリは撫でる。
「きっと、ぜんぶ大丈夫ですから。なにがあってもネフカがまもってくれて、ゼリューが体を治してくれて、私が背中をさすってあげます。いろんなひとがあなたを支えますから。」
そうしてすぐに、呼吸が落ち着いた。シュンに至っては、きれいごとであるはずなのに、何故そうなれたかよくわからなかった。
「ね?」
けれど、抱擁をといて、彼女の笑みをまた見ると、素直な気持ちになってしまった。
「ありがとう」
「さっきよりも、いい顔してますよ」
「……そうかな。」
シュンを信頼して、リアリは階段へ向いた。それの泣きはらした顔はすっきりと、安堵の表情をしている。
「じゃ、帰りましょうか」
──受け入れる時が来た。
少女から、シュンはそっと離れていく。
「ごめんなさい」
「──シュン?」
はっとして、シュンに手を伸ばした。しかし、もう遅く、それはもう夜空に張りつくくらい近かった。
「あなたにあえて……助けられて、よかった。」
「シュン‼︎」
叫んで、駆けだしたときには既に、最期の笑顔を突きつけて消えていた。
まるで最初から誰もいなかったようで。
そこにはむなしく、少女がひとり残されて、風が自由にふいていた。
あとがき
また会いましたね。まさかこの風をこえてここまでくるとは思わなんだ。
綺麗に無を示す風の吹くこの場所には、特に置きたい言葉などありません。おれやあなたは、ただシュンという一人の勇者の強く美しい人生の一片をただひとつ見終わっただけ。
本当にただそれだけなんです。
じゃ、また明日。