以下4704字
シュンが軽く作品をひとつ作り上げたところで、二階から二人が降りてきた。
「支度は整った。行くぞ、しゅん」
「あれ、尋問は」
「終わりだ。もうそちらの事情ははっきりと解った、する必要はない」
ラディアはこれからのことを告げて、大きな杖を持って降りてきた。
エフはそのままの姿でうつむき気味に、なにか考え事をしているようだ。
「……それはなんだ」
ラディアは円卓の上に置いてある照明の瓶を手に取りながら、シュンの手に持っているそれに指をさして、関心を告げる。
「鶴だよ」
「あー、鳥の形には見えるが……」
シュンの作った折り鶴には、明らかに蛇足的な部分が付け足されており、
「その、足のようなのはなんだ。三本くらい」
「地元にヤタガラスっていう足が三本ある鳥がいてさ。それの鶴版、ヤタタヅルね。あげる」
「いらん」
ヤタタヅルを差し出して笑うシュンにラディアは興味が途絶えたらしく即答すると、玄関のほうへ向かう。
エフも靴を履いて、準備万端といったところだ。
「ほら、いくぞ」
「うん」
返事をして、シュンは室にそっとヤタタヅルを置いて、二人のもとへ向かった。
*
三人で街を歩く。シュンはラディアに貰った古びた靴の履き心地を逐一確認しながら、二人の話と背を追っていた。ラディアはさっきの杖を横向きに背負っており、取り付けられていた照明器具の瓶の中にある、小さな二藍の炎が揺れている。
太陽はかなり高い位置で輝いており、昼手前といったところか。その概念さえ間違っている気もする。
「どこの家にいくんだっけ?」
「そちらの知り合いが多くいるとこだ」
「ああ、レビリさんとこ? いいね」
歩道橋のような、長く伸びた金属の道にさしかかる。階段を上って、高くなった辺りの景色を見回す。
「そういえば、その前にどこか寄り道してくって」
「ああ、そうだ」
シュンはぼうっと、立方体の家々にさしかかる金属の橋を眺めていると、
「山羊に会いにいく」
「……やぎ?」
ラディアの突拍子のない発言に、思わず反芻した。
「いきつけの山羊がいるんだ」
「いきつけの……?」
「そうだ」
半信半疑でいるシュンは、きっぱりと応じられて困惑を強いるしかない。特にラディアは淡々と、同じ調子で話すので、シュンはまた自身が異常識人をしているのか、それとも聞き間違いをしたのだろうかと考える。
「しゅんは、山羊は知っているのか?」
どうやら、後者ではないらしい。
「えっと、羊に似てる、高いところが好きなどうぶつ、ですよね」
「おお」
前者でもない。ラディアは感心したような声を出して、シュンは安心しているのか、困惑しているのかわからなくなる。
「いきなりどうして、やぎに?」
「山羊はいい。眺めていると、癒される」
かなり私的な理由の寄り道だった。
「一応、そちらの住む家の道中にあるから安心しろ」
「あ、はい」
変わらない声音で振り向きながら言って、話は終わり、彼は前を向いて長い三つ編みの髪を揺らす。
今度はエフがシュンと歩幅を合わせながら、
「動物はわかるんだね」
「たしかに」
「今のうちに、何がわからないか訊いてよ。今なら教えるからさ」
にっこりと笑いながら言い、じっとシュンの顔を見つめる。
シュンはぼうっとラディアの足元を見つめながら、「あ」と声を出した。
「じぶんの、目について、とか。……今もあかい?」
「会ったときからずっと赤いよ」
「ヤだなぁ」
軽く言いながら、瞼を触る。この現象については何が何だかわからないが、おそらくこの世界に来てからのことだ。それくらいしかわからない。
「目の色って、なんか意味があるの?」
歩道橋を下りつつ、シュンはラディアのあの視線を思い出しながら訊いた。エフがちらりとラディアの方を向く。
「眼というのは、からだのなかで唯一透明の器官だ。であるから、その者の中身を覗ける部分でもある」
「なかみ?」
「言い換えると、こころのいろだ。」
言い換えられてもシュンはぴんときていない。きょとんと首をかしげながら、次の言葉を待つ。
「瞳の色というのは、その者の精神状態、身体に浸透している魔力の種類をはかる大まかな指標となる。」
「はぁ」
「順番に説明していくと、例えば精神の著しい不満、嫌悪、疲弊、悪いことなどでの衝撃などがあると、気を病むだろう。そういったのを積み重ねると、徐々に瞳が赤くなる。」
石造りの道に這った蔦の葉を、ラディアは容赦なく踏みながら行く。
「また加齢、危険思想の持主、住んでいる土壌が肌に合わない、実は既に死んでいるなど様々あるが、特にしゅんのはわからないし、わからなくても問題ない。特に希死念慮など持ち合わせていないのだろう?」
「な、ないはたしかにないけど、なんか、よくないというか、すでに死んでるって何……?」
「そういうときもあるというだけだ」
てきとうに応じられるが、シュンは一つの疑問の説明にこれまた疑問を枝分かれさせてはかえって面倒だと思い、口をつぐんだ。
「深く知ろうとするとかなり曖昧で、かなり面倒臭いのが解るから、精神状態に関してはこれくらいだ」
「後者のほうは? まりょくとか」
「大抵のおヒトさんの目の色は、青とか、緑とか、黒なんだよ。青い瞳だと、水に関する魔法が使えるとかだけど、あんまりこの街では関係ないよ」
「場所によって関係するんだ」
「案外ここら辺はてきとうだよ。というか、魔法っていうのは、なんだかはっきりしないの」
後者の説明はエフがバトンタッチをし、やっぱり曖昧、はっきりしない、ということをはっきりと説明される。魔法やら魔力やら、なんだかゲームのような話だと思う。
なんだかもやもやとした納得感を抱えながら、シュンはエフの瞳、ラディアの後頭部を交互に見ては、そういえばと首を傾げ
「……なんか、エフさんもラディアさんも、目の色、あかみがかってない?」
「ボクたち特別だから」
「年齢と経験だ」
桃色の瞳をしているエフが笑って答え、紫色の瞳をしているラディアがきっと真実を答えた。エフからふっと笑みが消える。
「あんまりそういうこと言わないでよっ」
「こちらも若返りたい……」
ラディアの肩を揺さぶって軽く怒るエフと、無気力に呟くラディアを見て、シュンはまた知らない世界が増えたことを感じた。
*
「あ。」
しばらく二人のたわいのない話を聞きながら歩いていると、通りに甲高い繰り返しの機械音が響いた。エフが立ち止まって、懐から携帯電話のようなものを出すと、人間の耳がある位置にそれをあてる。
シュンはその光景に、何故だか懐かしさを覚えた。
「ごめん出るね。……あーはい。そう、だね。うん。うんうん。いや? べつにサボってないよ? ほんとに。ちゃんと仕事してるって」
「そういえば、今日は祭りの日だったな」
「まつり?」
責められているらしい、薄っぺらい否定の言葉を繰り返すエフは、焦ったような表情で二人をちらちらと見たり、目を離したりしている。
「ちゃんとしてるよ! 今だって、ひとり案内していて──わ、わかったよ、そっちいくって! ほ、ほんとだよ!」
エフは短く叫んで、ため息をつきながら電話を離した。
「……叱られちゃった。向こう、人手が足りないんだって」
「じぶん、ちゃんと案内されてるのに」
「そうだよねシュンさん! わかってるぅ」
「しゅんのことはこちらが案内するから、そちらは向こうに行くといい。」
焦ったり、喜んだり、最後はラディアの言葉に固まったりで、エフは忙しい。
「……で、でもな~」
「忙しさで苦しいだろうが、これ以上行動を一緒にすると、家に入れさせてもらえなくなるぞ。はやく行ったほうがいい。」
「ぐ、ぐにゅにゅ……!」
「ぐにゅっても無駄だ」
本気で嫌そうに顔をしかめて、救いを求めるような目でラディアを数回見た後、諦めがついたらしい。
エフは息をこぼして、笑顔でシュンの隣に立つと、
「それじゃあ、あとは色々がんばってね。シュンさん」
「ああ、うん。こちらこそありがとう」
「これ、応援ね。ボク、この街にいるから」
大きな耳で頭を撫でられて、シュンはなんだか不思議な気分になる。ぽんぽんと軽く触られると、来た道を走って行き、
「またこんど会おうねー!」
「お達者でー」
手を振って叫ぶエフに、シュンも言葉と手を振り返した。足が速い、もう背中が見えない。
ちらりとラディアのほうを見やると、既に歩き始めていた。マイペースが過ぎる彼に、シュンは小走りで隣へ向かう。
「は、はやいよラディアさん。余韻がないね」
「はやく山羊に会いたい」
「友人より山羊優先なんだ……」
エフが表情豊かなのと対照的に、ラディアは無表情で
なんだか共通の友人が抜けたような感覚だ。じっと並んで歩いていると、特に彼からは何も切り出さないのでシュンから何か言うことにする。
「……ラディアさんも、あの耳でもふもふされたことある?」
「ある」
「あるんだ」
「けっこうすきだ」
意外と言葉が返ってきて、シュンは驚いた。様々なものに厳しい性格なのかと思ったが、単純に素直なのかもしれない。
「あいつの中の規則的なもので、子ども相手には別れ際にああしているらしい」
「そんなふうなんだ」
「そんなふうだ。会いたかったら迷子になっているか、喫茶店などの菓子のある店に行くと、たいてい会える」
「へぇ~」
余韻が無いのは頻繁に会うからなのだろうと、シュンは納得した声を出す。
そんなふうに二人は進むが、話題がなくなり話はそこで終わる。空気はどっちつかずの意味でとまったまま、それぞれはそれぞれに視線を向け始めた。
シュンはさっきのことを思い出しながら、「そういえば、」と声に出し、
「今日はなんか、お祭りがあるの?」
「ああ、そうだな」
「エフさんはなんか、それの係か何かってこと?」
「そうだ」
なんだか無関心そうに答えるラディアに、シュンはどんどん疑問が沸き上がるので質問をしていく。
「なんのお祭りをしているの?」
「異境の旅人を祝福する祭りだ」
「冒険してる人を祝ってるの?」
「……あまりこの祭りに詳しくないので、いずれ詳しいのに訊くといい」
ちらりとシュンの目を見て、ラディアは困ったように言った。
「ラディアさんでも、知らないことあるんだね」
「なんでも堪能なのは、いずれ狂うと思っている」
「……目が赤くなるってこと?」
「あかくなりたくない」
「なるほど?」
シュンはなんとなくな相槌を打つ。エフとしていた会話、若返りたいと言っていたこととなにか繋がるだろうか。
「失礼かもしれないけどさ、」
「なんだ」
「ラディアさんって今いくつなの?」
特に断りをされなかったのでシュンは素直に訊いた。
ラディアは意外にすぐに答える。
「おぼえてない」
「それくらい、長く生きているの?」
異世界なのだしとんでもない長寿の種族がいてもおかしくないと、シュンのファンタジー脳はあっさりと納得した。魔法もあるのだから。
「長く生きていると、年齢なんて飾りどころかまがいものになる。真面目に数えていると狂う」
「たしかに、節分がこわくなりそう」
「せつぶん?」
今度はラディアがシュンの言葉を聞き返す。
「故郷の、自分の年齢分の豆を食べる行事だよ」
「それは……狂うな」
「でしょ」
シュンは、苦笑交じりに言うラディアを見て笑った。それからラディアの目をじっと見て、
「ラディアさんって、もともとはどんな色をしていたの?」
関心のままについて出た言葉が、少年の歩を止めた。
「あ、よくなかった……?」
「……いや、そんなことはない。あまりおぼえていないので、」
後悔を感じ始めるシュンに、ラディアはそんなシュンの目を見返して、微笑むと、
「言語道断のあおをしていたとだけ、言っておく」
また形の曖昧で、的確らしい言葉を答えにした。
あとがき
今のところこの小説、シュンたん以外の台詞のある人物が全員不老不死なの、ヤバい。これが、わたしの趣味……? トペリには一旦あと一人は出ます。
それにしても曖昧なことしか書けないことが人物に色濃くうつってしまっているなぁ。ふつうに彼らも無知なだけで、世界観を盛りすぎてしまっただけだけれども。ちなみに私、論述とかできないんですよ。
ラディアさん、いまのところ変人だなァ。