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心地よい風の吹く昼時。
幅の広い、静かな流れの水路のほとり、堤防を越えるための階段に二人は腰を下ろして休憩中。シュンはこの世界について、ラディアにちらちらと教えてもらっていた。
「ここって、トペリっていう名前の町なんだよね?」
「そうだ」
「町っていうからには、なんていう国の中にあるの?」
春なのだろうか。太陽の光があたたかい。
「国ではないな。元は小さな王国だったのだが、外交で諸外国ととある【契約】をして、なんやかんや安定的な情勢になったので国を主張しなくなった。なので、まち、という括りで呼ぶのが一般的になった。」
「とあるとなんやかんやが気になるね」
「今日は暖かくて天気もよくて、眠くなる」
頭があまり働かないのか、ラディアは目をこすりながら懐から煙管を取り出すと、
「なので、少し吸っていいか」
「……なんの関係性が?」
「こちらは喫煙すると目が冴える性質だ。それに、そちらの健康に害はない」
「いちおう大丈夫、だよ」
目をぱちぱちとしながら、手際よく喫煙の準備をするラディアをシュンは観察する。
ラディアは、極めて自然な動作でぱちんと指を鳴らして炎を繰り出すと、それを煙管の雁首に薄く重ねて、煙管の中のものを静かに堪能した。
煙をゆっくりと吐き出して、数回瞬きを繰り返すと、
「──、それで、なんだったか」
「ラディアさんのそれは、魔法?」
「どれがだ」
「指パッチンで炎だすやつ」
「魔法じゃない、ただの契約のための炎だ」
「契約の……?」
もう一度吸い込み、吐く。
「さっきの、【契約】をする際に必要な炎だ。紙に書いた内容と、本人の直筆による署名をした後に、この炎で燃やすことで【契約】は成立する。」
「その割には喫煙に利用するんだね」
「普通の火にもなる。おかげで着火具も油も生活に必要ない。念じれば燃やすものも指定でき、炎の温度も変えられる」
「便利すぎない? やっぱり魔法じゃないのそれ」
「……。」
ラディアは言葉に詰まったのか、シュンから視線をそらして、再度吸い口を咥え、一服を済ませると
「……まほうかもしれん」
「どっちなの」
「多分魔法だ」
「じゃあ、ラディアさんは、魔法使い?」
「そうかも」
なんだかまたどっちつかずの話をして、煙管の片づけをする。
その横顔を見つめ、シュンはきらきらとした視線でラディアに言った。
「じぶんも魔法つかいたい!」
「こちらの魔法は理論じゃない。教えるのは無理だ」
間髪入れずに返ってきた言葉に、シュンの期待が一気に冷やされる。嫌な雰囲気の興奮がシュンの背筋を伝った。
「む、むしろ理論とか、学問的? な魔法もあるんですか?」
「感覚的なものが魔法、ある程度筋の通ったものが魔術、といった印象だ。トペリは前者で自身の力を活かすのが多いな」
「その、後者の魔法ならじぶんもできる?」
「いや、無理そうだ。なんだか」
「え?」
容赦なく切り捨てるように、かつ曖昧に否定されて、シュンはわっと頭に血が上ると、
「は、なに? 無理そうって。まだやってもないじゃんか」
「そんなに魔法が使いたいのか」
「つかいたいだろ! ふつう! こどもはみんな、つかいたいだろ!」
「そ、そうか」
叫んだ拍子にラディアが困惑しているのをよそに、シュンは衝動のまま立ち上がり、堤防の階段をくだる。そのまま川の縁に沿うようにある、薄い草地を歩いていくと、
「行こう、ラディアさん。
「何を言っているのかわからんが、そっちじゃないぞ」
「……。」
ラディアの指摘にそそくさと方向変換をし、何事もなかったかのように平たい石を探す。
ただ川の周辺は整備されており、ちっぽけな小石しか見当たらない。そもそもこの川自体、ごろごろとした丸っこい石がそこら中に落ちているという雰囲気ではない。
「しゅん? 何を探している?」
ラディアはシュンを追いかけながら訊いた。
「石だよ。手のひらサイズの、できるだけ平べったいやつ」
「自然の河川などではないのだから、ここにはあまりないと思うが」
「えぇ?」
苛ついた様子で、けれどもなんとなくそう察していた諦観もあって、シュンはラディアの言葉にすぐさま振り返る。
「ここはトペリの運搬用水路、すなわち運河だ。」
「運河ってあの、給水や物資を船に乗せて運ぶなどの目的のために、人工的に造った水路ってこと?」
「なんで文盲なのにそういう知識はあるんだ」
地面に腰を下ろして、小さな石を持ったり落としたりしているシュンにラディアは追いつき、隣で腰を下ろして不思議そうにシュンを見る。
「どうりで石子しかないわけだ。川の流れに運搬されて、年月をかけてすり減った丸っこい川の石が恋しい……」
「……」
ため息をついて立ち上がり、とぼとぼと歩き出すシュン。先ほどと同じ疑問を脳内で復唱しながらラディアはついていく。
「しゅんは、石が好きなのか?」
「好きかと言われたら、どうだろう」
たわいのない話をする雰囲気に戻って、二人は歩いた。
しばらくどうでもいい話をしたりしなかったりして、堤防を登って工場のような雰囲気の広い場所に出る。くすんだ金属のようなにおいが漂う中、それでもどこでも人は少ない。祭りの影響だろうか。
「ラディアさんって、火を出す以外の魔法使えるの?」
シュンはふっと、なんとなく思い浮かんで、さっきの話を蒸し返す。
「使えない。こちらが貰った力は炎のだけだ」
「誰にもらったの?」
ラディアはぼんやり遠くの空を眺めながら、
「……親だな」
「それは、魔法は遺伝する的な」
「あまり詳しくないが、こちらの魔法は特殊で、【契約】を護るためにある」
「まもる?」
「ああ」
滑らかに話を続ける。
「【契約】のことを少し深く言うと、あれは始祖のつくった人工概念だ。【契約】を交わし合った者は、内容によっては拘束し、また拘束される。世界を変えるような、重いものだ」
「破ると火傷するんだっけ」
「そうだ。だので、不公平な契約を生まないために、こちらが番人として契る者を見張っている。それがこちらの仕事だ。」
その真っ直ぐな声音には、シュンへ公平を伝える義務感と重い責任が含まれていた。
「……その割には、一方的だったような」
「それはそちらが文盲なのが悪い」
「いろいろ納得いかないけど」
「いろいろあやしいのも悪い」
ついさっきの出来事は、単純にシュンの運がなかっただけだろうと、二人は思いながら言い合う。
「あと、ほんとうに些細なことだが、信用のおけない人物に実名を明かすのもやめておいたほうがいい。」
「それはどうして?」
雰囲気は一歩下がって、ラディアは答えた。
「始祖の遺物が最近みつかったらしい。それがかなり特殊な筆で、【契約】の本人の直筆署名の部分を他人が代わりに書くことができるという。始祖がなにを考えてそれをつくったのか憶えていないが、その筆は現在行方知らずになっているらしい。」
「なるほど、こわいね」
「まぁ、この世にひとつしかないものだが」
さらりとした手触りの小さな警鐘に感謝しつつ、シュンはふと彼の杖に視線を向ける。瓶の中の二藍の炎は確か、契約をする際に必要だと言っていた。シュンは「そういえば」と切り出し、
「あの火は、ラディアさんにしか出せないってこと?」
「【契約】がそこらじゅうでされたら、なんか大変なことになるからな。そういうことだ」
「そういう、ことか」
ふわふわとした曖昧な言い方をするので、シュンは首をかしげながらなんとなく飲み込む。この概念をのさばらしにすると、あまりよろしくないといった理解はした。
「ちなみに、シソってのは? つま?」
「それは紫蘇だ。こちらが言ったのは一番最初の人間という意味での始祖だ。」
「ああ、始祖鳥のシソね」
自身の知っていることを相手も知っていることがあることに、シュンは少しだけ安心感を覚える。
「──ちなみに、じぶんの母国のさいしょは葦だったらしいよ」
「ぁ……? あし?」
「うん」
調子に乗っておかしなことを言うシュンに、ラディアは立ち止まって下を向き、シュンもそれに合わせて彼の足を見る。
揃って何とも言えない顔を上げて、見合わせて、妙な空気が流れた。
あとがき
中々ツッコミどころの多い約三千字。どこから補おうか……。
シュンたんは簡単にいって妙な愛国心を持つ日本人という設定です。この異世界と比較する物差し的な役、且つ質問して世界観を辿るという構成、演出的な大役もあります。
シュンたんの「ジャパニーズ・トラディショナル・マジック」発言は、主に水切りに対して言っています。あの石を投げて水面をたんたんと飛ぶやつ、思いついた後に調べたんですが、あれ実は世界中でされてるらしいです。全然日本に限定してない、でも私も知ったのそれからだし。無知や勘違いも人間らしい精神性の肉付きがあることを信じて、訂正しなかったということでした。また、日本が葦から始まったという曖昧な話は神道からかな。ここら辺は作者の個人的な印象が反映されています。なにも、創作物に真実だけを詰め込むのも疲れるので……はァ、こういうのあとがきで補完するのはどうなのだろう。
やぎはあした。というか転移してから一日目で山羊に会いに行くことが目的にある異世界モノってなんなんだよ。