いかれた桃源郷   作:午睡御膳

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本作は小説家になろうでも投稿しています。


やぎ

以下4246字

 

 工場の景色も段々広く、大胆になってきた。骨組みの辺が立方体や直方体の輪郭をつくり、積みあがっているといった風景だ。その形ごとに様々な錆びた機械が入っており、至るところに階段や梯子、配管、煙突が伸びている。

 付近は先ほどの通りより人がちらちらといた。

「山羊はこの付近だ」

「こんな人間臭さ百パーセントみたいなところに……?」

 植物と共生していると言っていいほど建造物に複雑に絡みついた街並みは、完全に人工物の世界とは言えないとシュンは気付くが、それにしてもこんなところに山羊がいるとは到底思えない。

 そう思いながらしばらくラディアについていくと、

「ほらしゅん、山羊だ」

 ──やけに違和感のあるぽっかりとあいた草地に、山羊たちはいた。

 都会で例えるなら、背の高いビル群の中に緑地がぽつんと混じっているような、そんな景色の中だった。

 柵の中で能天気に草を食む三匹ほどの山羊たちに、ラディアは真っ直ぐに向かっていく。柵に腕を乗せて、彼らのむしゃむしゃと咀嚼する姿をじっと見る後ろ姿は、動物好きの子どもに等しい。

 シュンはその後ろ姿の、特にフードから生えているそれと山羊を交互に見ながら訊く。

「ラディアさんって、やぎが好きだから角つけてるの?」

「何も関係ない」

「あれ、そうなの」

 山羊への好意を象徴したものかと勝手に推察するが、振り払うような言い方の答えに、シュンは呆気にとられる。恣意的に動き、柵越しに近くにいる山羊を見つめ、少年は腰を下ろす。

 しばらくシュンも遠くの山羊をぼうっと観察しつつ、のんびりとした雰囲気にすぐに飽きてラディアに近づくと、

「それにしても、やぎが好きなのってなんだか意外──、なんか食わせとる!」

「あまり大きい声を出すな」

 ラディアはただただ淡々と紙を山羊に捧げていた。紙をよく見ると、シュンのつくった紙飛行機である。

 シュンはその様子を見ながら、純粋な疑問を真っ直ぐに少年に向ける。

「あれほど契約が大事なものとか話しておいて、人のもの山羊に食わす性格だったの……?」

「その割にそちら、これのことをカスなど言っていたではないか」

「確かにじぶんにとっては手紙でありながら読めないっていう本末転倒のゴミカスだけど、いずれ文字の問題は解決すると思わない? 流石に読めるようにはするよ?」

 白黒つかない灰色の山羊はもちゃもちゃと手紙の咀嚼と嚥下を繰り返している。童謡で知ったような光景だ。

「いや、これに関してそちらは文盲でいることに感謝したほうがいい。この手紙の内容は知らないほうがいいし、この手紙は存在しないほうがいい。」

「何が書いてあったんだよ」

「文盲に利点があってよかったな」

 特に馬鹿にするわけでもない言い方なので、何を思えばいいのかシュンは困った。

 山羊が手紙をまるまると完食したところで、満足げに高らかに鳴くと、

「ちょっとちょっと? あなたたちなにしてるの?」

 明らかに山羊の管理をしているらしき繋ぎ姿の青年が声をかけてきた。シュンは小さくあっと声を上げて、ラディアからすこし距離を取ってよそ見をする。ラディアはなんの動揺も見せず、じっと青年のほうを見ていた。

「ラディアさんは普段こんなことしないでしょう……? 勝手に紙を与えないでくださいよ」

「しかし、そちらも子どもたちの前で山羊に紙を与えているではないか」

「あれはヒツジとヤギの違いについて、動物に関心を持ってもらいたくてこどもたちに解説しているんです。ぼくが言ってるのは無関係な人が勝手に紙を与えるのをやめてくださいってことですよ。なんか手紙とかなんとか知りませんけど、書かれた文字の、鉛塊とかヤギの体に悪いんですからねぇ」

「あまりこちらは注意されないので、わすれていたな」

「こっちもまさかラディアさんがやらかすとは思ってなかったですよ」

 とぼけたようなラディアと、よほど勝手に山羊に紙を与えられているらしい青年の二人だけの世界を残して、シュンは手紙を食べてしまった山羊の顔を屈んで見つめる。無関係者の顔をしながら。

「それにしても、教育の一環として紙を与えるところを見せるというのは、勝手に紙を与えられる要因になるのではないか?」

「それに関してはぼくも四年くらい悩んでるんですよ」

 山羊が柵の隙間から首を伸ばし、シュンの腹部辺りでふらふらと頭を動かしている。シュンは二人と山羊を交互に意識して、妙な緊張感に包まれた。

「こどもたちに好奇心を持ってほしいんですけどねぇ。それが逆に悪さしてるっていうか」

「ふむ、この状況があまりよろしくないのなら、もっと厳しく対策すべきだろう」

「ですよねぇ。はぁ」

 なんだか口先を細かく動かして、山羊はシュンのポケットからボロボロになった封筒を引きずり出した。シュンは思わず「ぁ」と声を上げる。

 横目で二人を見て、山羊から紙を引きはがそうとしつつ、シュンは言い訳を考える。

「対策って言ってもなんんも思いつかないですよ。大体やるのは子どもたちなので、罰金とか払えないし」

「根絶は難しいだろう。簡単に張り紙などで注意喚起してみたらどうだ。好奇心をあおる可能性もあるが、多少なりとも情報は抑止力になる」

「え、ラディアさんが張り紙作ってくれたりするんですか」

「いやしないが」

 周囲に草が生えているのにも関わらず、山羊は紙に夢中だ。焦って引きちぎった紙の屑が地面に散らばる。

 これでは逆に紙を与えた痕跡となって、ばれてしまう。幸いにも二人には何故かまだ認識されておらず、青年もおそらく文字などのインク等が身体に悪いと言っていたらしいので、シュンは山羊に封筒のすべてを与えて証拠隠滅することへと舵を切った。

「いまの完全に宣伝文句でしたよ?」

「宣伝などするわけがない。働きたくない。」

「でもあなたヤギに紙与えてましたよね」

「そちらが注意書きを貼っていないのが悪い。」

 どうやらこの山羊は紙を与えられ慣れているというか、紙が好きなようだ。差し出した紙屑が着実に手元から失われる光景に、シュンは徐々に安心していく。

「でも手紙の処理していたじゃないですか。前科ですよこれ」

「はぁ……、仕方がない。納期と案を後で連絡してくれ」

「助かりますよぉ。ぼくもいろいろ試してみようと思います」

 細かい紙くずを山羊に与え終わったところで、ラディアがシュンの肩に触れた。

「山羊とはどうだ」

「えぁ、あ、ああ! ちゃんとものすごいとてもめちゃくちゃ仲良く戯れてましたよ!?」

「なにをそんなに驚く必要がある」

 思わず心臓が飛び跳ねたような心地がして、シュンはつい声を荒げてしまう。

「うちの子たちかわいいでしょ」

「いやぁほんとに、こんな間近に来るもんなんですねぇあはは」

 冷や汗を浮かべながら必死に作り笑いをして、シュンは山羊と青年を交互に見る。山羊は物足りなさそうに草を食んでいた。

「そろそろ行くか、しゅん」

「あ、うん」

「またいつでものんびりしにきてねぇ」

 笑って手を振る青年にシュンは礼を言って、二人は山羊たちを後にした。

 笑顔で見送ってくれる青年が見えなくなりしばらくしたところで、二人は疲れたような表情を見せあう。

「仕事が増えたな……」

「……そうなの?」

「ああ」

 シュンはシュンで、よく考えれば封筒自体にも糊付けがされていたので、山羊の体に悪いかもしれないと後悔しだす。正直に言ったほうが山羊の身のためだったかもしれない。

「……ラディアさんはどうして手紙食わせちゃったの?」

「嫌がらせだ。書いた人物に対する」

「独特なやり方だね」

「このやり方はお勧めしない」

 何があったのか深く聞く気力はなかった。

 結局癒されるものとは正反対のことを摂取した二人は深い息をつきながら歩く。周囲にも人が増えてきた。

「そういえば、この辺りは名所だったな」

「……めいしょ?」

 ラディアの独り言に、シュンが関心を示す。曲がり角を行って、その意味がよくわかった。

 段々になる立体の建築群を裂くような通りのずっと先に、時計塔がある。周囲の建築物が半円を描くようにできており、そのおよそ中心にそれがそびえているため、シュンは計算されたような景色に思わず息を呑んだ。

 しかし空まで届くような高い塔の頭頂部はなんだか歪で、崩れているようだ。

「──時計塔が、欠けているな」

「前々からじゃないんだ」

「街の象徴なのだから、かなりの大ごとのはずだ。そういった情報はすぐ回ってくるので、あそこが崩れたのは昨日や今日ほどの、つい最近だろう。」

 言葉にただならぬ雰囲気を感じて、シュンはラディアの方を向く。

「事件かな」

「事故でも事件でも、この時期にこういうのはよくあることだ。気を付けたほうがいい」

「そうなんだ」

 他人事のように言って、あっさりと関心は尽きたらしく彼は言う。

「今日は人が多いな」

 人々の間を縫いながら二人は進む。

「今日がお祭りだから?」

「だろう」

「祭りってどういうことをするの?」

「基本は駅前の大通りで屋台が出たり、有名な劇団が来て劇をするなどだ。そうしてこの日はとんでもなく観光客が来る。この辺りは名所なので特にだな」

トペリ(このまち)は、有名なところなの?」

「有名と言えば、そうだろうな」

 ふわりとした答えに、シュンはふうんとふわり返す。

 人ごみからあけて、建物の背が少し低くなったところで、遠くに時計塔よりも背の低いもうひとつの塔が見える。時計塔は真っ直ぐ、その役目を周囲にはっきりと示すような立ち姿だが、その塔は様々な物体が乱雑にくっついており、一見して機能がわからない見た目をしていた。

「ラディアさん、あの時計塔の隣にある建物はなに?」

「王宮という名で、この街の中心機関だ」

「そういえば、もともと王国なんだっけ。その名残って感じ?」

「そうだな」

「何をしているところなの?」

 興味津々なシュンからラディアは視線を合わせず、腕を組みながら数秒間を置くと、

「街の治安維持や軽い(まつりごと)……、簡単にまとめれば街の面倒事の掃除役だな」

「警察署と国会が一緒になってるって感じ?」

「ここでの警察は騎士と呼ばれているな。あの中には騎士団と政所に加え、宗教施設と孤児院と保健所などがある。」

「ショッピングモールかなにか?」

 ラディアのすらすらとした説明の中の、掃除役にしては規模が大きく、意外に多い情報量にシュンは頭がくらくらしそうになる。

「なんだそれは」

「地元にある、いろんなお店が集まってできてる複合施設のことだよ」

「便利そうだな」

「すごい便利だよ」

 疲れない、内容のない話を再開して、二人はゆっくりと目的地へ向かうのだった。




あとがき

 めちゃくちゃ笑いながら書いた記憶がある。蛇足しすぎた感もある。困っているふたりがかわいいのでそれでいい。
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