いかれた桃源郷   作:午睡御膳

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本作は小説家になろうでも投稿しています。


勇者

以下3965字

 

 しばらくゆっくり街を眺めながら、シュンはラディアの後をついていく。

 ラディアは知り合いが多い。かなりの頻度で、すれ違った人物に挨拶をしている。当然シュンはそのことを疑問に思い、ラディアに訊いてみると仕事柄なのだそうだ。どういった仕事をしているのか尋ねると、説明が怠い、いずれわかるなどと言って放棄した。

 王宮の広大な庭の横を通り過ぎ、祭りの舞台から少し外れの繁華街らしい、ちらちらと店らしい施設がある通りだった。

「あ、ラディアさーん!」

 また声を掛けられ、二人は声の主のほうへ顔を向けた。

 本屋のような様相の建物の中から、髪を一つ結びにしたエプロン姿の女性が手を振りながらこちらに向かってくる。ラディアは一瞬だけ目を背けた。

「今からお祭りに行くんですか? あら、その子は?」

「孤児だ。こちらは孤児院まで案内しているだけなので、祭りに行く気はない」

 出会った知り合い一人一人に同じような言葉で挨拶しているので、シュンは大変そうだと他人事に思いながらラディアを見る。

「あれ、もったいない。数十年に一度あるかないかの、勇者さまのお祭りなのに」

「ゆうしゃ……?」

「……、こちらは何度も経験済みなので、もう飽きたといったところだ」

 言葉にならない、しかし緊張感を孕んだ一瞥をシュンにしながらラディアは言った。シュンは好奇心を誘う単語を発す女性に視線を向けていて、少年に気づいていない。

「そうだ、あいつは最近どうしている。元気か?」

「え、ラディアさんがおじいちゃんの心配するなんて珍しいですね。最近は調子いいってわけじゃなくて……長い間会ってもいないので、会って元気づけてあげてくれませんか?」

「そこまでの心配じゃない」

「あ、そこまでじゃないんですね」

 シュンはまた二人だけの世界を感じて、空気でも装うように周囲をきょろきょろと見回し始める。ふわふわと飛ぶ翅の黄色い蝶々を見つけ、なんとなく追いかけてみる。

「けれどほら、あれでしょ? ラディアさんは」

「なんだ」

「また今度とかって、いつになるかわからないでしょう? 少しの時間だけでいいから、会ってあげてくれません?」

「…………。」

 少年は珍しく言葉を詰まらせ、思考に時間を費やしている。

 シュンは立ち止まり、そんなラディアを見る。隣にいる人物に説得が上手いななどと部外者らしい高所からの感心と、少年とはどういった関係なのだろうという純粋な関心を抱く。

「……しゅん?」

 案外そんなに時間がかからず、ラディアが口を開き、

「んぁ? はい」

「すこし、寄り道していいか?」

 シュンの目を見つめながら訊いた。

「どうぞ」

「すまない」

「わぁ、おじいちゃん喜びますよ!」

 女性は嬉々とした声を上げながら元いた建物へと向かう。二人はそれについていく。

 建物の前には本がずらりと並んだ棚と、処分のためか建物の端のほうに土の地面の上で山積みになった本たちがある。

「ここは、本屋さん?」

 シュンは独り言のように言った。

「そうよ、本が売ってあるお店」

 女性が拾って、丁寧に答える。

 店内は所狭しと本が置いてある。棚、広い机上、とにかくその「間」を抹殺したように敷き詰められた様々な本を、シュンは気圧されたように眺めていると、

「それでは、そいつを頼む。また蝶など追いかけて迷子になられたら困るので」

「はい、ラディアさんも、よろしくお願いしますね」

 さらりとラディアがシュンを子ども扱いしつつ、店の奥へ行ってしまった。シュンはなんだか眉毛を八の字にさせながら、残った女性のほうを見る。彼女はくすりと笑った。

「ええと、私はヒネっていうの。あなたは?」

「しゅんです。路頭に迷っています」

「シュンちゃんね。待っている間、自由に立ち読みしていていいからね。私はお店の掃除をしているから、何かあったときとかに声をかけてね」

「はーい」

 シュンは判断された強がりを無視されたが、それを無視し眉を戻して返事をする。周囲の関心を吟味したいと思っていたのだ。

 はたきを持って掃除を開始するヒネを横目に、シュンも手当たり次第に本に視線を注がせていく。

 布、丈夫そうな紙、巻物、生き物の革らしきものなど、様々な素材で作られた表紙が立ち並び、日本の書店にある本の完璧な形のひとつひとつというような雰囲気が、ここには一切流れていない。個性豊かな本たちのつくるなんだか気の抜けたようなこの雰囲気と、見事なまでに視覚化された文化の乖離は、シュンの世界をひどく新鮮に見せた。

 なにか適当な本を一つ手に取ってみると、その下にはまた違う本がある。それを戻して、隣の本を手に取ってみる。その下にはやはり別の本がある。どうやら、この店には同じ本が二冊以上はないらしい。個数よりは品ぞろえを優先する主義のようだ。それか、印刷技術がないらしい。

 しかし、字が読めない。当然だが、本の表紙も開いた中身も何が書いてあるのかわからない。シュンはぱらぱらと適当に本をめくりながら、文字が情報を伝える基なのだということを深く理解する。

 とすると、かなり暇だ。図書館や本屋などにいると、表紙だけ眺めていても様々なことを知った気になって楽しいものだったことを思い、文字が読めないことがここまでつまらないことだとは思ってもみなかった。読めない本の表紙、背表紙を眺めながらシュンはどう暇を潰そうか悩む。文盲でも何か、わかるものがいい。

 そんな欲求を抱えながら今持っている本を戻し、シュンは多様な本の表紙を視線で巡る。ふと、とある一冊に目が食いつく。

 表紙に一冊の小鳥が描かれている厚い本だ。紺色の背景に白い輪郭で存在しており、それに関する本だということが解る。文字が読めないのなら興味の湧く要因は絵だけしかないという事実は、なんとも自身を子どもたらしめているなどと考えながら、シュンはその扉を開いた。

 表紙と同様の輪郭だけの風景がある。トペリを遠くから見たようだ、二つの塔と多くの煙突、四角い建物のまち。それといくつかの言葉が添えられてある。

 捲る、表紙にいた小鳥の絵に加えて、様々な種類の鳥が数匹。

 捲る、また鳥の絵。次頁も鳥。

 捲る、今度は魚だ。成長過程を表したような図がある。

 捲る、次は蝶──

「それ、ラディアさんが描いたんだよ。」

 隣からの声に、シュンが「わっ」と声を上げる。

「ああ、ごめん。シュンちゃんがいま見てるのがね」

「いや……、それよりこの本、ラディアさんが?」

「そうなの」

 シュンは本に描かれている絵の前に立っていた偶然と、ヒネの顔を交互に見る。繊細に、鱗のひとつひとつにまで書き込まれた魚の絵は、生きているようだ。

「おじいちゃんとラディアさんがつくった、このまちの図鑑なんだ。景色や生き物、植物、建物の絵は、実際にラディアさんがぜんぶ描いたんだ」

「これを、ぜんぶ?」

「うん。ひどいよね、おじいちゃん」

 ヒネはぺらぺらと分厚い図鑑をめくりながら言う。見た頁はすべて、絵が描きこまれていた。

 すごいよね、というような言葉が出てくるのかと思いきや、反対の方向を向いたヒネの矢印に、シュンは目を丸くする。

「どうしてもラディアさんの描いた絵じゃなきゃ嫌だってわがままに説得し続けて、ラディアさんが折れたらしいの。写画(しゃが)でもなんでも使えばよかったのに」

「すごい執念ですね」

「ほんとに。気持ちはまぁ、わからなくもないけど……、」

 ヒネはなんだか複雑そうな心境を表情で出しながら、頁を捲ると

「この絵が、すきなの。鳥みたいな気持ちになれて」

 とん、と人差し指をそれの手前に置いて言う。

 街を見下ろしたような広大で繊細な景色が、そこには広がっていた。

「私も、正直わくわくしてたんだ。たまにここに絵を持ってくるラディアさんに。見慣れた景色とかも、うまく言えないけれど、特別な気分にさせてくれるの。」

「……」

 ヒネはシュンに微笑みながら言った。シュンもつられて、笑みをこぼす。言葉にはできないが、決して悪いはずがない感動に触れた気がした。

「他には、どんなのがあるんですか?」

「えっとね、私はどれも好きなんだけど、どういうのが見たい?」

「風景とか、生き物とかがあるんでしたっけ」

 彼女は様々な頁を捲って、様々な景色を巡りながら答える。

「うん。あとはざっくりとしたトペリの歴史。たしか教堂のところに、勇者さまのお話が載ってるんだよ。」

「あ」

 ちょうどついさっきシュンの中で引っかかっていた疑問を晴らす機会が舞い降りてきた。思わず声をこぼすシュンを、ヒネが頁を捲る手を止めて見る。

「ん? なにかあった?」

「えっと、ゆうしゃさまっていうのは……?」

「ああ、勇者さまはね、簡単に言うとこの世界を救ってくれる人。はるか遠くの世界からやってきて、この世界の病を治してくれるの。ちょうどいま、勇者さまのためのお祭りをしているのよ」

 言いながら、にぎやかな街の様子の絵をヒネはシュンに見せる。

「こんなふうにね。人混みがすごくて大変よ」

「あー、ラディアさんも言ってました。お祭りは一年に何回くらいでやっているんですか?」

「うーん……、勇者さまがこの世界にやってきたらだけど、とりあえず今回のは、前来たときから数百年くらい経ってるかな」

「えっ」

 なんとなく訊いた問いの答えは、想像以上のものでシュンは思わず固まってしまう。その代わり、人混みがすごいということにとてつもない納得感を感じた。

「でも、また近々やるかも」

「それは、どうして?」

 ぽつりと溢したヒネの言葉に、シュンは訊くが、

「それは私もわかんない。ごめんね、あんまり詳しくないんだ」

 彼女は申し訳なさそうに言って、図鑑を捲る。

「でも、きれいな場所ならいろいろ知ってるよ」

「え、みたいみたい」

 ヒネの差し出した頁にシュンが食らいつくように顔を覗かせる。

 そうして二人は、その図鑑の作者の一人が戻ってくるまで、会話に花を咲かせたのだった。




あとがき

 ラディアさんがシュンたんにおそるおそる名前を呼ぶだけで飯が食えます。
 図鑑シーンはお気に入り。
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