聖園ミカの使用人 作:禿げたミカン
「ほら、この方がお前の仕えるご主人様だ。挨拶をしなさい」
そう父に言われるが、その時の俺には父の言葉なんて一言も耳に入っていなかった。
幼いながら、一目惚れというやつを知った。
彼女から目が離せない。周りに自分とその人しか居ないと錯覚させる程、夢中になる。
ボーッとしている俺を不思議そうに見つめて、彼女は首を傾げながら言う。
「私、ミカ!
ミカ、ミカ。彼女に名乗られた名前を、噛み締める様に頭の中で響かせる。
そこでふと、正気に戻った。挨拶、そうだ、こちらも名乗らなくては。冷静になった頭でそう考え、声が震えない様にしながら名乗った。
「───アキラ。
「アキラ……。うん、宜しくね!」
そう言いながら笑いかけてくる彼女の顔。そこが決定打だったのだろう。
あれが、俺の初恋だった。
しかし、人間の気持ちとは変わり行くもので。
「───うげっ、なんだこのお茶。不味すぎだろ」
「不味いんだ。まあ美味しくないだろうな〜って思ってはいたけど」
「これ何?」
「昆布出汁入りの紅茶」
「何飲ませてんのお前?」
「でも自分でいれてたじゃん」
「お前に言われたからな」
こいつと会ってから十数年、側仕えとしては数年。出会った時の気持ちは何処へやら。今ではこんなのに惚れたなんて恥ずかしすぎて口が裂けても言えない。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「気のせいだろ」
いやまあ、いつも思うが見てくれは良いのだ。ただこう、中身がちょっとあれなだけで。
「やっぱ考えてない?」
「気のせいだって。それより早く準備しないと学校遅れるぞ」
「あ、ほんとじゃん。なんでまだ居るの? 着替えるから部屋出てってよ」
「お前が呼んだんだけど???」
なんというか、我儘なんだよな。本人も自覚してるらしいけど。自覚してんなら直してもいいんじゃないかとも思う。
この前逆立ちしながら鼻でパスタ食えって言われた時はマジでどうしてやろかと悩んだ。俺ってキレて良いんじゃないか? 因みにもう少しで出来そうだった。
……さて、いつもの如くこの時間は暇である。
側仕えと言えど、流石に異性の主の着替えを手伝うことはできず、あいつが出てくるまでやる事がないのだ。まあ、我儘から逃げられる数少ない時間でもあるが。
あ〜、後何年この仕事やるんだろうなぁ。一応、最低ラインは高校卒業までだから、今年で終われはするが……一から就職とか考えるの面倒臭いし、続けるのが一番楽なんだよな。俺がクビにされなきゃの話だけど。
本人の希望で二人の時は素で話してるけど、他から見たら主人とこんな風に話すなんて論外だからなぁ。旦那様やウチの親が見たらなんていうか。即クビだろうな。
そうだなぁ、クビにされたらどうすっかねぇ。宛がない訳じゃないけど、正直やりたくねぇからな。知り合いでワンチャン雇ってくれそうなとこ……桐藤さんとか、優しいし落ち着いてるしで良さそうだよなぁ。多分冗談だろうけど、前誘われたし。クビにされたら土下座でもして頼んでみるか。
「準備終わったー。早く行こ」
そんなことを考えていれば、あいつの方も準備が出来た様だ。部屋の扉から顔を覗かせて、こちらを見ている。
「はいはい。忘れ物とかしてない?」
「多分」
「じゃあ大丈夫だ」
「忘れてたら取りに来てね」
「無理」
いつも通りの会話をしながら学校へと向かう。
はぁ、本格的に仕事の始まりだ。嫌なんだよなぁ、学校。口調とか気をつけないといけないし、普通に勉強なんかしたくねぇ。聖園家の顔に泥は塗らない様にと頑張ってはいるが……正直やりたくない。
「そういえば、知ってる? "先生"」
「まあ、最近話題になってるし。"連邦捜査部S.C.H.A.L.E"の顧問だろ?」
「無駄に正式名称」
「お黙り」
──"先生"
最近
「ま、その先生なんだけどさ、なんかナギちゃんがトリニティに招待したらしいんだよね」
「マジ?」
「マジマジ」
「へぇ〜。まあでも忙しいらしいし、すぐには来れないだろ」
「いや、もう今日来るらしいよ」
「マジ?」
「マジマジ」
「はぁ〜、すっげぇな」
「アホっぽい反応」
「実際そうだから否定できん」
先生かぁ。まあ、立場的にも引き込めたら他の学園への牽制にもなるし、シャーレがすげぇ力を持ってるのもあるから、関係を作っておくに越したことはないのか。
ま、俺には関係ないことだけども。政治とかはよく分かんないし、関わる機会も無いだろうからな。
「あ、そうそう。校内の案内は任せるから」
「は? なんで俺?」
マジで何言ってんだこいつ?
本当に俺がそれをやるんだとしたら、桐藤さんから話が来てる筈だろ。こいつはともかく、あの人はそこら辺しっかりしてる人だ。流石に無い。
「桐藤さんからはなんも言われてねぇぞ」
「私から伝えるって言っといたもん」
「お前マジか」
「それに今日ナギちゃんとティーパーティーの仕事あるし。その間暇でしょ?」
「いや、側仕えとしての仕事は?」
「普段ならともかく、仕事の時はやることないじゃん」
「確かに」
「じゃ、そういうことで。失礼の無いようにね〜」
「うぜぇ……つーか今日言うなよ」
関わる機会ありました。あったというか作られました。当日に言うのヤバすぎだろ、断れないじゃん。
「前もって言ってたら絶対どうにかして断ってたでしょ」
「そりゃそうだろ」
「そういうとこだよ。もう断れないでしょ」
「かぁ〜、よく分かってらっしゃる」
「主人だからね」
「ご主人様は俺の扱いが雑すぎると思いますが」
「私のなんだから、どうしようが私の勝手でしょ」
「へーへー。全てはミカ様の御心のままに」
「やる気無さすぎ」
「んなことある」
なんだろ、上手い具合に使われててちょっとムカつく。でも実際なぁ、断れないから困るんだよね。
案内かぁ。パンフレットとかあったっけなぁ。流石に全部こっちで考えて案内するのは面倒臭いから、なんか欲しいんだけど。
「そろそろ学校着くから。気をつけてよ」
「言われなくても分かってるよって」
「なら良いけど。じゃ、行くよ」
「かしこまりました、お嬢様」
「毎回思うけど、やっぱちょっと変だね」
「ぶっ飛ばすぞ」
◇
はい、やってきてしまった放課後。
マジで俺が案内すんの? 大丈夫? 先生怒って帰ったりしない?
あ、電話来た。誰……って桐藤さんじゃん。やっぱ間違いだったんかな? そうであってほしい。
「はい、日月星です」
『桐藤です。急にすみません、今大丈夫ですか?』
「構いません。何か?」
『実は、その。ミカさんから聞いたのですが、本日招待したお客人の案内を頼みたい、という話を今日まで知らなかったというのは……』
「ええ。本日の朝、お嬢様の口から初めてお聞きしました」
『本当でしたか……。その、何か予定等があるのでしたら、断って頂いて構いません。こちらの都合というだけですので、気にしないで下さい』
くぅ〜。やっぱこの人はしっかりしてんなぁ。あいつだったらどんな状況でもやれって言ってくるぜ。
ただ、ここで断るってのもな。俺で良いのかって疑問は残るが、まあ主人からの命令だ。やれるだけやろう。
「いえ、特に予定等はありません。案内も、私に務まるかは分かりませんが最善を尽くします」
『……そうですか。すみません、いつも助けて頂いて。ミカさんにはこちらから言っておくので』
「お気になさらず。むしろ、桐藤様にはいつもお嬢様がご迷惑おかけしていますから。この位、どうってことありません」
これはガチ。普段から主人が迷惑かけてるんだから、これくらいはなんも思わん。いつも申し訳ないって感じ。あいつがちゃんと言うこと聞くのなんて桐藤さんくらいなんや……。
『ふふっ、そうですか。では、いつものテラスの前で待っていて頂けますか?』
「承知しました」
『すみません、よろしくお願いします』
そこまで話して、電話が切れる。
はぁ〜、ウチの主人もこんだけ落ち着いててくれたらなぁ。まあ無理な話だけど。
歩みを進めながら、なんとなくそんな有り得ないことを考える。
にしても、先生ねぇ。偶に生徒が噂してる様な話しか知らないからなぁ、どんな人なんだろ。
てかそもそも男性の方なのか女性の方なのか、そこすら分からないんだよな。
外から来た大人ってだけじゃ、どうにもな。ここの人間に武力で勝てるとは思わないが、大人は俺たちより知恵や経験が豊富だ。子供を騙して丸め込み、自分の手足にすることも出来るだろう。
ま、そういう人間かは分からないけど。……少なくとも、ここじゃそういう奴ばっかだからな。警戒しておくに越したことはない。ない、が。それを見透かされた場合、賓客に失礼な態度を見せる事になる。
警戒は大事だ。だが、見透かされてはいけない。なんとも面倒臭い相手だ。まだ会ってもないけど、大人と相対する時なんていつもこうなる。だから仕事は嫌なんだ。仕事じゃなけりゃ、こんな考えなくて良いのにな。
っと、もう着いたのか。考え事してると周りが見えなくて困る。ここは治さないといけないところだ。
考えすぎても良くないな。まずは先生と会ってから考えればいい。
そう思い、待つこと数分。ボーッと外の景色を眺めていたら
『───アキラさん、中へ』
と、凛とした声が聞こえてきた。その声に従い、一声かけてから中へと入る。
そこに居たのは、見知った顔と、初めて見る顔。その両方の視線が、こちらへ向けられていた。
そして、恐らく先生であろう女性に向けて、見知った顔──桐藤さんが声をかける。
「こちらが、本日の案内をして頂く──」
「日月星アキラと申します」
なるべく警戒心が見えない様に、そう名乗る。こちらが名乗れば、彼女は穏やかな笑みを浮かべ、「よろしくね」と口にした。
「では、後はよろしくお願いします、アキラさん」
「かしこまりました。早速にはなりますが、本校を案内させて頂きます。こちらへどうぞ」
「うん、分かった」
「先生、急なお願いにはなりましたが、顧問の件、よろしくお願いします」
「もちろん。生徒の頼みだからね、全力を尽くすよ」
「ふふ、ありがとうございます」
そんな会話を見届け、テラスを後にする。ふと、我儘お嬢様の方を見れば、ニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。
『お仕事頑張ってね〜』
と言わんばかりだ。あいつマジで家帰ったら覚えとけよ。
憎しみの籠った目を向けながら、今度こそテラスを後にした。
さて、初対面だし、もう一度自己紹介はしておいた方が良いだろう。
「では、改めまして。本日案内を担当致します、日月星アキラと申します。案内人といっても、慣れていない部分が多く、ご迷惑をおかけすることもあるとは思いますが、最善を尽くしますので、どうかよろしくお願いします」
「あはは、そんな畏まらなくていいよ。うん、こっちもまだ
「はい、よろしくお願いします」
挨拶を済ませた後、会話を続けながらも案内を始める。
と言っても、見るだけで楽しい所なんてここにはないし、普段の生活で使う様なところの紹介にはなってしまうが。まあ本人は楽しそうだし良いのか?
一通りの案内を終えたところで、ふと気になった事があった。
「そういえば、先程桐藤様が仰っていた顧問の件とは?」
テラスを出る前、桐藤さんが言ってたことだ。現在トリニティで行われている部活動や委員会活動で、顧問が必要という話は聞いたことがない。
そのため、少しばかり気になったのだ。
「えっと、どうやら新しい部活を作るみたいでね、そこが少し特殊だから、私の力を借りたいって話をされたんだ」
「特殊、ですか」
「うん。補修授業部っていうんだけど、聞いてる?」
「……いえ。お嬢様は私に隠し事をするのがお好きですので」
「あ、使用人なんだっけ? ……えっと」
「どちらのという疑問でしたら、桐藤様ではありませんよ。隣のお方です」
「ミカの方なんだ。やっぱりお嬢様なんだね」
「ええ。自由奔放なお嬢様です」
「あはは……。大変そうだね」
やめてくれ先生、その同情の目は俺に効く。つーかこの反応って事は、あいつなんかやったな?
「あの方が何か粗相をしましたら、私にお教えください。こちらから言っておきますので」
「うん。ありがとう」
「さて、案内も一通り済みましたが、これからどうなさいますか?」
「えーっと、そうだね。とりあえず、部員の子に会いに行こうかな。この子って知ってる?」
「失礼します。これは……阿慈谷さんですか。あの方も補修授業部に?」
「そうみたい。知り合いだったりする?」
「ええ、何度か顔を合わせ話したことはありますよ。しかし、真面目なお方ですし、学力の面で見れば問題は無かった筈ですが……」
そう思いながら、先程借りた資料を読む。しかし、やはりどう見ても学力に問題がある様には見えない。一年生の時から問題なく……
「……ん?」
そう思っていれば、一つ気になる項目があった。いや、あるはずの項目が無いからこそ気になったのか。
『二学年一学期中間試験結果:無し』
ふむ、そもそもテストを受けてないのか。彼女の様な生徒が試験をサボるとは考えにくい……いや、彼女の性格上、考えられるものが一つあった。十中八九それだろう。
まだ疑問は残るが、あまり深入りする必要も無いだろう。彼女の成績なら、テストさえ受けられれば問題なく合格できる筈だ。ここから先は先生にお任せしよう。
「何かあった?」
「いえ、何でもありません。阿慈谷さんですが、そうですね。この時間でしたらまだ教室にいるのではないでしょうか? 明るく友好的な方なので、ご友人は多いですよ」
「あ、やっぱりそうなんだ。何回か話したことあるけど、良い子だもんね。うん、分かった。色々ありがとうね」
「お気になさらず。では私はこれで。顧問の件、頑張って下さい」
そう言い残し、一礼してからその場を去る。
はぁ〜、漸く終わった。……話した感じ、
ただ立場がなぁ。持ってる権力があまりにも強すぎる。初対面で警戒するなって方が無理な話だ。
っと、そうだ。一応報告だけしとくか。出るか知らねぇけど。
『───、─── はいはーい。愛しのご主人様だよ〜』
「……日月星です。お聞きしますが、周りに人は?」
『ナギちゃんは資料とか取りに行ってるから、今は私だけだよ』
「お前マジ家帰ったら覚えとけよ」
『こっわ、急に変わりすぎでしょ。何そんなに怒ってんのさ』
「そりゃキレるわ。急に面倒事押し付けやがって」
『面倒事って、言い方悪いなぁ。あ、というか電話してきたってことは、終わったの? 案内』
「さっきな。つーかそうだよ、補修授業部って何? なんも聞いてないけど」
『言ってないからね』
「言えや」
こいつホンマ……。まあ、こればっかりは桐藤さんとかとも色々あるんだろうし、仕方ないっちゃ仕方ないのか。
にしても先生呼んだ理由くらいは言っても良いと思うけどね?
「はぁ、まあいいや。んで、さっき言った通り案内終わったけど、他なんかやることある? 無いならそっちの用事終わるまで暇つぶしてるんだけど」
『ん〜そうだなぁ。……あっ』
「あっ?」
『ん〜、まあ多分大丈夫だよね、うん』
「まて、なんか嫌な予感がするんだが?」
『まっさか〜、気のせいじゃない?』
「は、ははは。そうだよな、気のせいだよな」
『そうそう。気のせい気のせい。じゃ、一つ命令ね』
「気のせいじゃねぇ。最悪だ」
『え〜、そんなに大変でもないって』
「あ、そう?」
『そうそう。ただ先生の手伝いとして補修授業部の活動を手伝って欲しいってだけだから』
「馬鹿野郎めちゃくちゃ面倒臭いじゃねぇか」
『じゃ、そゆことだから。あ、誰かが変な動きしてたらちゃんと報告してね。よろしく〜』
「あっおい……って切れたし。マジかよあいつ」
えホントに言ってる? なんで俺がんなことせないかんのだ? いや命令だからやるしかないんだけど。
……絶対給料上げてもらおう、マジで。
完全な思い付き。続かない
以下設定
・日月星アキラ(ひがせ あきら)
本作のオリ主。現在トリニティ総合学園の三年生
幼い頃の教育により、主人(ミカ)からの命令には可能な限り従う。本気で嫌な時は反抗するが、今まで命令に背いたことはない。文句を言いながらも、ミカの事を一番に考えており、物事の優先度は彼女自体が一番で、彼女からの命令が二番。
ただ、彼女以外を大事に思っていない訳でもなく、学園内で親しい友人はそれなりにいる。しかし、素の自分を見せるのは今のところミカにだけ。これは、友人達を信用していない訳ではなく、単純にミカからの命令で学園内では発言や態度を取り繕う様に言われているため。
ティーパーティーの一人であるミカの側付きということもあり、学園内では中々に有名。また、人の話を聞くのは嫌いじゃないため、たまに後輩達からの相談に乗っていたりする。これは学園問わず、トリニティ以外にもそれなりに友人はいる。
しかし、一日の内大体の時間をミカの我儘に消費しておりあまり他の人間と関わる機会はない。
惚れた弱みってやつ。悲しいね。