転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第1話

 おれは昭和末期に長男として生まれた。

 父はちいさな町工場の社長で、おれも大学を出てすぐ旋盤加工の技術を学んだ。

 

 どちらかというと生真面目な性格だったおれは、職人堅気の社員たちに馴染むのも早く、仕事を覚えるのも楽しかった。

 父が亡くなった後は、二代目の社長となった。

 

 社員も、それを歓迎してくれた。

 そこから地獄が始まった。

 

 そのころすでに業界が斜陽なのは知っていたし、工場の設備も老朽化が著しいことは理解していた。

 だけど、父の代からの取引先は引き続いていたし、銀行の方も工場の土地を担保に融資を約束してくれていた。

 

 なのに、毎年のように借金が増えていった。

 業界の構造が赤字を産んでいることに気づいてはいたが、それを変えることなど零細工場の若社長にできるはずもなかった。

 

 社員は応援してくれたが、そんな彼らも定年を迎え、ひとり、またひとりと櫛の歯が欠けるように抜けていった。

 未来のない町工場は新人を迎えることもできず、次第にやせ細り……。

 

 気づけば、雪だるま式に増えた借金で首がまわらなくなっていた。

 会社が倒産した日、泥酔したおれは、足を踏み外し、気づいたときには流れの速い川に落ちていた。

 

 ひょっとしたら、身を投げたかったのかもしれない。

 無意識のその思いで、身体が動いたのかもしれない。

 

 疲れ切っていたのは事実だった。

 楽になりたいと思う気持ちはあった。

 

 とはいえ、溺死は苦しかった。

 もし次に人生があるなら、自殺だけはやめようと、心からそう誓った。

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 はたして、次の人生があった。

 おれは異世界で、貴族の次男坊に生まれ変わっていた。

 

 魔法がある世界だということはすぐにわかった。

 年若い乳母が呪文を唱えると、その手から水流がほとばしって、澄んだ水が器を満たす。

 

 その水でおれの身体を洗ったり、汚れた尻を拭いたりしてくれた。

 なお、魔法で出した水は飲料に適さないこともこのとき知ったが……。

 

 なんでも他者の魔素を常習的に体内に取り込むことで、いずれ魔素障害が起きる可能性があるんだとか。

 一回や二回、飲む程度なら問題ないが、常習しているとマズい、くらいの認識でいいのかな。

 

 他に、赤子の頃に見た魔法としては……。

 白く輝く光を出して夜の明かりにする魔法とか。

 

 風を送って、夏を涼しく過ごす魔法とか。

 マッチくらいの火を一発で起こす魔法とか。

 

 生活のいたるところで魔法が使われていた。

 屋敷の使用人たちが魔法を使うたびに、幼子のおれはきゃっきゃと喜んでいたものである。

 

 魔法で動く人形も、屋敷で何体か働いていた。

 ヒトより少し背が低い女性型の球体関節人形たちが、メイド服に身を包み、部屋を箒で掃除したり雑巾で壁を拭いたりしていた。

 

 屋敷の使用人に機工人形と呼ばれているこういった存在は、あまり知性が高くはないようだったが……。

 使用人たちが厭う重労働や単純作業を一部なりとも肩代わりできる程度の知性はあるようだった。

 

 これは後に知ったことだが、機工人形がたくさん働いていたのは、おれの家が魔法を得意とする貴族の家であるが故だった。

 世間一般では、ここまで多くの魔法が使われていないし、機工人形も非常に高価で、高位貴族といえども数を揃えることは難しいシロモノなのである。

 

 わが家は、というかわが父である貴族家当主は、国内における最新最高の機工人形を生み出した、傑出した魔工技師であるらしい。

 おれが生まれ育った広い屋敷は王都の中心に近い一等地に存在し、これは王国におけるわが家の高い地位を示すものであるとのことである。

 

 そう、王国だ。

 おれの父が仕えているのは、もう三百年近く続いている神王家の三代目の王さまなのである。

 

 初めて乳母の口からこれを聞いたとき、なにか間違えていないか目を剥いた。

 彼女は、なにひとつ間違っていなかった。

 

 おれが生まれ変わったこの世界では、高い魔力の持ち主ほど寿命が長いのだ。

 そして貴族たちは一般的に位が高いほど高い魔力の持ち主であり、その頂点である王族は特に高い魔力を持つらしい。

 

 この王国、初代の王は百歳くらいのときに建国し、そこから更に八十年ほど生きたという。

 二代目は七十歳くらいで王位を継ぎ、そこから百七十年ほど統治して三代目に王位を渡し、更に十年ほど生きたらしい。

 

 二百五十二歳の大往生である。

 いやもうこれ、ヒトの範疇なのかな……ってなるよね。

 

 いまの王さまは百歳くらいで、すでに五十年くらいこの国を統治している。

 でも外見的には、だいたい三十代の後半くらいらしいんだよね……。

 

 なお、うちの家はそこまでではないらしく、おれの父上は現在四十歳くらいで、外見年齢は三十代の前半くらい。

 母上はもう少し若く見えるけど、父と同じくらいの年齢なんだとか。

 

 使用人たちは、だいたい外見年齢と実際の年齢が同じくらい。

 やっぱりこれ王族が尋常じゃなく高い魔力の持ち主なんだろうなあ。

 

 そんな王族と、あと王族に近い魔力を持つ公爵家、それよりは一段劣るらしい侯爵家。

 うちの家の顧客はそのあたりが中心らしくて……。

 

 いやあ、そんな連中と渡り合っていかないといけないのは大変だ。

 頑張ってくれ、わが兄よ。

 

 そう。

 繰り返すが今世のおれは長男ではなく、次男である。

 

 世継ぎとなるのは当然、三つ年上の兄なのだ。

 おれはあくまで予備、スペア、念のための存在にすぎない。

 

 これが三男とか四男だと成人後に家を追い出されたり、軍に入れられたりするらしいんだけどね。

 次男坊は、長男に万一があったときの用心で、そこそこ大切に扱われるうえ長男と同じ教育も受けられるらしいのだ。

 

 このあたりも乳母や屋敷の使用人たちの話を総合して理解したことである。

 まあ、そのかわり長男が無事なら次男のおれはずっと日陰者になるわけで。

 

 つまりおれは、父上や長男に一生、こき使われることになるわけなのだが……。

 だが、しかし。

 

 今世のおれは責任を負わなくていいのだ。

 社員のため懸命に金策に走ったり。

 

 若い銀行員にぺこぺこ頭を下げて返済を猶予してもらったり。

 取引先に泣きついて少しでも契約を取りつけたりしなくても……。

 

 あ、頭が痛くなってきた。

 いやいやいや、忘れよう、もういいんだ、もうなにもかも忘れるのだ。

 

 決めた。

 今世のおれは、無責任に生きる。

 

 そう、かたく決意した。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

「この子は賢いな。見ろ、二歳でもう、本を読もうとしているぞ」

 

 ちなみに貴族社会で年齢について語るときは満年齢である。

 一方、平民は数え年を使うことが多いらしい。

 

「あらあら、旦那さま。親のひいき目も大概になさいませ。この子はただ、本をめくるというのが楽しいだけですわ」

 

 父上と母上が背中でなにか言っているが……。

 放っておいてくれ。

 

 おれはようやく文字がある程度読めるようになったのだ。

 いまは、この世界における魔法機械工学の歴史について学んでいるところなんだから。

 

 うっはあ、これ楽しいな。

 繊細な魔法のコントロールが必要だった超絶技巧の職人技術を、機械化によってある程度どんな魔術師でも使いこなせるようにしたわけか。

 

 それを可能にしたのが……。

 あ、うちの家の話が出てきてる。

 

 なるほど、そりゃ王国におけるわが家の地位が高いわけだ。

 でも、未だ機工人形の大量生産は難しくて……。

 

 つまり核心技術を秘匿しているんだな、わが家は。

 それ以外の技術分野でも、各貴族家で秘匿分野があったりするわけで。

 

 純粋な機械工学があまり発達していないのは、そういう理由か。

 ふむふむ、実に興味深い……。

 

「しかしな、この子、目で文字を追っているぞ。内容を理解しているんじゃないか」

 

「まさか……ふふ、もしそうなら天才ね」

 

「もちろんさ。おれたちの子だ、天才に決まっている!」

 

「あらあら……そんなことを聞かれたら、上の子がすねてしまうわよ」

 

「む……いや、あいつはあいつで頭がいいと思うぞ。しかしな、この子を見ていると……」

 

「では継承順位の変更を?」

 

「いやいやいや、いまのところそんなつもりはないぞ」

 

「いまのところ、ですか……」

 

 なんか背中で母上がため息をついているな。

 心配しなくても、おれは別に兄上の領分を侵すつもりなんてない。

 

 むしろ喜んで支えるつもりだ。

 ただでさえ、兄上にはこの家を背負うという重圧がかかっているのだから。

 

 それはそれとして興味があることには邁進したいんだ。

 せっかくの、文字通り第二の人生なのだ。

 

 思えば……先の人生では、趣味もろくになかった。

 生真面目に、仕事ばかりに目を向けていた。

 

 会社を維持することで頭がいっぱいだった。

 それ以外のことを考える暇すらなかった。

 

 いまは、違う。

 だから父上よ、母上よ、どうか邪魔をしてくれるな。

 

「見ろ、書物の文言を呟いているぞ。やはりこの子は天才だ」

 

「あらまあ、わたしたちの名前の前に、書物の言葉を……」

 

 どうか。

 おれのことは、放っておいてくれ。

 

 




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