おれが十二歳になる年。
学院に入学して、半年が経過した。
前世では六月にあたる。
今世においても夏がじわじわと攻め寄せてくる季節だ。
ちなみにおれたちの住む王都は温暖湿潤気候に近く、夏は汗が出るほど暑いし冬は時折、雪が降る。
ただし梅雨のようにやたらと雨が降る季節はない。
気候については、元いた世界とは違う事情が関係してきているらしいのだが……。
これについては、また別の機会に説明しよう。
その日はたまたま、朝から雨だった。
おれは寮内の食堂で昼食をとった後、ロビーの隅に設置された丸テーブルの上に広げられた図面を睨んでいる。
反対側からは、琥珀の姫君と呼ばれる、この半年でもはや相方とも言うべきコンビになった少女が、おれと同じく険しい顔で食い入るように図面を見つめていた。
「やっぱり……こっちに魔道炉を設置するべきじゃないか」
「それですと、こちらの配線に難が……」
「ここでバイパスをつくればどうだろう」
「ほむむ。それならばいっそのこと、こちらから、こう、まわしてみれば……はい、いかがかしら」
おー、これならギリギリで筐体内に収まるかな。
ところできみ、いま、ほむむって唸った? いいけど。
テーブルに影が差した。
ふたりして顔をあげれば、目の前にはひとりの若い女性が立っていた。
最高学年である六年生の制服を完璧に着こなしたその人物は、学院の生徒会長である。
つまりは……。
「殿下!」
「あ、立たなくていいからね。そういうの、学院ではいいから」
現王の七番目の孫にして、王位継承順位十八位。
今年で十八歳になる目の前の人物は、長い髪を揺らし、おれたちふたりに笑いかける。
「相変わらず仲がいいね。わが寮が誇る特別な才能ふたりが、今日はなにをやっているのかな、って見に来たんだ」
「携帯型の冷房装置です」
「ほほう?」
「今度の遠征に持っていける程度に小型化したものを考えていました」
「この寮の中みたいに、涼しくしてくれるわけかい。これは頼もしい」
現在、この新寮は実験がてら全館冷房中である。
最初は加減がわからなくて、寒すぎたりもしたのだが……。
その節は、殿下にも兄上にもだいぶ迷惑をかけてしまった。
いまは適温に調整されているはずだが、トラブルがあるといけないということで、おれは最近、空いた時間はおおむね寮で待機していた。
どうせ、他の学生と違ってあちこち講義に出たりはしないからね。
そんなことより研究棟に来い、と研究棟のヌシであり、おれの担当教授となった人が手をまわしてくれたのである。
もちろん、目の前にいるわが相方、琥珀の姫君も同様だ。
彼女はおれよりずっと早く、去年のうちから研究棟に出入りしていたしね……。
「携帯用と言っても、あくまで荷馬で運ぶ程度のサイズになります。救護用のテントの中に設置できれば……程度でして」
「さすがに、狩りの間も涼しく、とはいかないか」
ここで言う遠征とは、学院生の三分の一が参加する大規模な野外狩猟実習だ。
来月、つまり七月の最中、王国の西方に赴き、魔物を狩る。
貴族は、それにふさわしい武を示さなければならない。
学院を卒業後、国の守りである王立騎士団に入る者は多い。
その予行演習として、毎年、多くの者たちが参加するのがこの野外狩猟実習、通称遠征であった。
今年は目の前の殿下が、遠征のリーダーとして指揮を執ることとなっている。
そしておれたちは、救護班のテントで待機する組である。
看護の技術は心もとないし、治療系の魔法を得意とするわけでもないおれたちふたりがそこに配属される意味は、本来たったひとつ。
魔道具の修理だ。
いやほんと、とにかく救護班は魔道具が多くてね……。
しかも研究棟の研究者たちが、毎年、新型の治療用魔道具とかつくって、この野外狩猟実習で実地検証するのだ。
それのメンテだけでもたいへんらしくて……。
いっそ研究者自身を連れていけばいいんじゃないか、と目の前の殿下が言い出したのが数年前。
以後、遠征には研究棟から若い技術者が同行するようになったのだとか。
で、今年は研究棟に入ったいちばん若い技術者ふたりがそれを担当することになったわけで。
このふたり、まだ十二歳になるかならないかというのに、いっぱしの研究者を気取っているらしくてね。
その通り名は、
つまり、おれとおれの隣にいる少女である。
で、おれたちふたり、考えたわけだ。
真夏のクソ暑い中、熱気がこもるテントでずっと待機するなんて、やってられっか、と。
ならばいっそ、この寮の壁に巡らされた冷却装置のように、冷房の魔道具を持っていけばいいのではないか、と。
すでに救護班には話を通してあって、「こちらとしても体力を温存できるならそれに越したことはない」との言葉を承っていたのである。
冷却系の魔道具については、研究棟やこの寮のように大型の冷房魔道具なら実用化されているのだ。
それを小型化した場合にどのような問題が起きるかであって……
幸いにして、おれも琥珀の姫君も、機工人形についてはひととおりの知識を持っていたわけだが。
これが、なかなかに難しい。
おれたちとしては、小型化と同時に広いテント全体を冷却したい。
しかし……全体は諦めて部分冷却にするか? と日和った考えも浮かんだりはするのである、が。
いやそれは負けでは? 戦う前から負けるのか? やってやろうじゃねぇか、おれたちの魔道具開発はこれからだ!
そんな一心で図面とにらめっこしていたのが、おれたちの現状というわけだった。
「なるほど、なるほど。せめてこのわたしが、夜を涼しく過ごすことはできないものかね」
「実習班は野外で寝袋でしょう? 諦めてください」
「だめかな、そうか、だめかー」
しょんぼりと肩を落とす殿下。
うん、気持ちはわかるんだけどね……。
「虫除けの魔道具の方は配布されるんでしょう?」
「去年からね。研究棟は頑張ってくれているよ」
この遠征活動では、本格的な装備と状況が設定され、参加者は野外でサバイバル生活を送ることとなる。
実際に、西方に広がるジャングル地帯では、選び抜かれた王立騎士団の精鋭たちが、ジャングル内部に
その拠点から何日もかけて巡回し、浸透する魔物を討伐しているのだというから……。
この野外狩猟実習には、予行演習という意味もあるのだろう。
なにせこの実習で優秀な成績を収めた者は、王立騎士団に入団した場合、
エリートコースだと、一般には見られていた。
兄上やおれのような長男、次男ならともかく、三男以降は卒業後のあてもない者が多いからね。
これは非常に魅力的な条件なのである。
だから、みんな頑張るのだ。
で、頑張りすぎて毎年、負傷者が続出するのだ……。
今年は兄上も参加するらしい。
兄上はすでに家を継ぐことが決まっているのだから、くれぐれも自重して欲しいものである。
年によっては数人の死傷者が出たりもする、本当に危険な実習なのだから。
しかし、本人にもそう忠告したところ……。
「おまえがこんなに頑張っているんだ。ぼくも少しは頑張らせてくれ。おまえの兄らしいところを見せたいんだ」
と言われてしまった。
すでに充分、おれの兄上らしさは見ているつもりなんだけどなあ。
どこに出しても恥ずかしくない、わが家の次代を担う者だと心からそう思っている。
だって学業成績は学年トップで、学院に入って今年でまだ四年目にもかかわらず、武芸でも有数の使い手として名が挙がっているのだ。
おれは実技はさっぱりだからね。
もともと、性格が戦いに向いてないとはよく言われる。
それも前世の知識があってこそ。
それを参考にこの世界の魔法学にあてはめ、手を加えているにすぎない。
いまはまだ、それが新鮮だから皆が驚いている。
だがいずれ、その未来の前借りとも言うべきものは尽きるわけでして。
そのときがきたら、おれはもうそれ以上、新しいものを生み出すことなどできないだろう。
それでいいんだけどね。
別にちやほやされたいわけじゃないし、注目を浴びるのも前世でこりごりだ。
社長、社長と持ち上げられて、引くに引けなくなって……。
結局、身代を傾けてしまった。
父から受け継いだ家を守ることもできなかった男、それがおれなのだ。
故に、今世におけるわが家、人形狂いとも言われるわが魔爵家を継ぐ兄上を、おれは心から敬愛しているのである。
加えて兄上は、この殿下の右腕として、生徒会で辣腕を振るっているらしい。
今回の遠征でも、殿下と同じ班で殿下をお守りするんだとかで……。
「万一、わたしたちが負傷してもきみたちが待機してくれていると思えば、だいぶ気が楽になるよ」
「殿下が負傷前提で話をされても困りますが、やれるだけのことはやりますよ」
おれたちは、ジャングルには入らないけどね。
ジャングルの外のテントまで逃げ帰ってくれれば、あとはなんとかしてくれる。
救護班が。
うん、おれたちの仕事は、あくまで彼らが使う魔道具の維持と管理だから……。
まあそれはそれで、野外でどんな部品がどれだけ摩耗するかのデータを生で取れるいい機会である。
今年から機工人形も少数ながら救護班の護衛として参加するので、おれはそちらのメンテも頼まれていたりするし。
父上からも、暑くて湿度が高い場所での機工人形の運用データを頼むと言われている。
旧式の機体なんだけど、それでも機工人形は学生が使うにはだいぶ贅沢なシロモノだ。
極限環境でのデータは、いくらあってもいい。
「頼もしいことだ。今年の遠征の成功はきみたちの双肩にかかっているのかもしれないな」
殿下はそう言うと、おれたちふたりの肩を叩いて去っていった。
うーん、リップサービスなのはわかるんだけどさ。
おれたちは今回、本当にただのサポートなんだけどなあ。
「気にしないでくださいね。あの方は、いつもああして、人をたぶらかすのです」
「きみは、昔から殿下をご存じで?」
「わたくしは、母と共に昔から王宮に顔を出しておりましたから……」
ああ、母親が王族だったね、きみは。
琥珀の姫君は、苦笑いする。
「幼きころ、よき遊び相手になっていただきました。あなたもいた東屋のまわりを走りまわっていたのですよ」
女の子たちの遊びって、もっとおとなしいものじゃないんだ。
というか、きみも駆けっことかしていたんだね……。
「なんですか、その目は。わたくしだって、相応に身体を鍛えております。なんでしたら、剣で打ち合ってみせましょうか?」
「それはやめよう。たぶんおれがボロ負けするだけだからな!」
「何故、胸を張るのですか……」
そういうのは全部、兄上に任せるからいいんだ。
いや、たぶん兄上も、学院を卒業してからは家の仕事として、剣よりも工具を握ることになると思うけどね……。
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