転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第12話 野外狩猟実習編 その2

 さて、改めて気候の話をしよう。

 王国の南西は気候的に前世の亜熱帯に近く、深い密林がある。

 

 火と水の魔素が多いから、であるらしい。

 このあたり、おれも未だに真偽は測りかねるのだが……。

 

 この世界では火の魔素が多い土地では暑く、火の魔素が少ない土地では寒いというのが一般的な認識である。

 同様に水の魔素が多いと雨がよく降り、水の魔素が少ない土地は砂漠化する。

 

 地の魔素が多い土地では秋の実りが多く、地の魔素が少ない土地では土地の栄養が貧困化する。

 これ本当かよ? と最初は思ったのだが。

 

 学院の研究室から出ている論文を読む限りはどうも本当っぽいんだよなあ……。

 魔素の観測データが正しければ、実際に土地と魔素には相関関係があるのだ。

 

 そもそも魔素とはなにか、みたいな話はひとまず置いておく。

 何故なら、学院でもよくわかっていないから。

 

 ひとつたしかなのは、魔法に関わるこの世界の根源的な物質である、ということだ。

 これを消費することで、魔法が行使される。

 

 そういう目に見えないモノである。

 まあ、そういうわけで。

 

 王都のあるあたりは温暖湿潤気候なおれたちの王国も、早馬で三日ほど駆ければジャングルに突きあたる、と思って欲しい。

 ちなみにここでいう早馬とは、馬に肉体強化魔法をかけて平均時速30キロほどで一日6時間ほど駆けることを指す。

 

 一日あたり180キロメートルだから、三日でおよそ540キロメートル。

 だいたい東京から大阪までが500キロくらいだったはずだから、まあそのくらいである。

 

 実際のところ王都とジャングルとの間は山あり谷ありだったりするから、もう少し距離は短いはずだけどね。

 それでも300キロ以上は離れているはずだ。

 

 しかもジャングルのあたりは飛び地に近い細長い回廊だけがうちの国の領土だったりして、実際の国土が馬鹿でかいわけではない。

 この回廊を手に入れた経緯もいろいろあったりするんだけど、そこも割愛。

 

 とにかく、この世界のおれたちが住む一帯の気候は、そんな感じなのだ。

 七月、酷暑の最中。

 

 おれたち学院の三分の一ほどが参加する、野外狩猟実習が、このジャングル地帯の入り口で行われることとなった。

 教官や護衛も含めて、全部で千人ほど。

 

 実際に実習に参加する者はこのうち半分くらいで、彼らは三人から六人のグループを組み、ジャングルの浅層でキャンプを張りながら魔物を狩ることとなる。

 魔物にはそれぞれポイントがつき、討伐部位証明をもってこのポイントと引き換えられる。

 

 ポイントをチームの人数で割り、もっともポイントが髙かったチームが優勝。

 それ以外でも十位以内、五十位以内で単位に大幅な加点があったりするので、参加者の士気は高い。

 

 おれと琥珀の姫君は医療救護班と共にテントで待機するが、これにも単位がつく。

 せいぜい安全地帯でぬくぬくと単位を稼がせてもらうとしよう。

 

 まあ、別に単位に困っているわけじゃないんだが……。

 さっそく暇を持て余し始めたので、設営が終わった後は相方とふたりで内職を始める。

 

 テントの隅で工作を始めたおれたちを見ても、医療班は何も言わなかった。

 まあ、「こいつらガキとはいえ、マッドで有名な研究棟から派遣されてきたわけだしなあ」くらいに思っているのかもしれない。

 

 だいたい本当だから言い訳もできないけど。

 というわけで、初日は大過なく終わった。

 

 二日目の朝。

 冷房の魔道具がいきなり調子を崩した。

 

 慌てて調整していたところ、致命的な不具合が見つかる。

 

「まさか湿気でやられるとは」

 

「申し訳ございません、先輩方……」

 

 おれと琥珀の姫君は、医療班の責任者に深々と頭を下げた。

 

「ははは、きみたちでも失敗することはあるんだねえ」

 

 自信満々に持っていった冷房の魔道具は、たった一日で置物の箱となって、うなりひとつあげずに沈黙してしまった。

 調べてみればフィルターが水分を吸い取りすぎて回路がショートするという、構造的な欠陥が明らかになる。

 

 王都で行なったテストでは、座っているだけで汗が噴き出るような湿気は想定してなかったからなあ。

 この地域の気候に対応できなかったおれたちの、完全なミスである。

 

 というか、琥珀の姫君はともかく、前世で亜熱帯の知識があるおれがそこに気づけなかったのは本当に駄目だ……。

 

「ま、去年までと同じだ。汗だくになって患者を待つだけさ」

 

 先輩たちは明るく言う。

 昨日一日、涼しく過ごせただけに落胆も強いだろうが、それをおくびにも出さず気落ちしたおれたちを慰めてくれている。

 

「まことに悔しいことですが……仕方がありませんわね」

 

「ああ、これはもう、どうしようもないな」

 

「やりましょうか」

 

「ああ」

 

 おれと琥珀の姫君が、うなずき合う。

 医療救護班の先輩たちが、あれ、と首をかしげた。

 

「いったいなにをするつもりだい?」

 

「実はあらかじめ、テントの布に細かい魔道管を張り巡らせておいたんです」

 

 おれは、テントの天井を指さした。

 

「極細のこの魔道管に魔素オイルを流し込み、簡易な結界をつくりあげて外界から遮断、テント内部の湿度を一定に保ちます。その状態で冷房すれば、フィルターが水分を吸いすぎることはありません」

 

 これ、一回魔素オイルを流しこむとテントの布が膨張しちゃって、再利用ができなくなっちゃう欠陥があってね……。

 できるだけ使いたくなかったんだけど。

 

 ちなみに今回、医療救護班が使っているテントはうちの家が提供したものである。

 機工人形が勝手に組み立ててくれるテント、という売り込みで、今後機工人形とのセット販売をもくろんで組み立ての工程を簡素化したものなのだ。

 

 だから、そういう仕込みもできたんですね。

 でもまだ未完成の技術だから、あまり公にはしたくなかったんだよね……。

 

 といったことを、早口で語った。

 先輩たちは呆れ果てた様子で、「人形狂いと魂狂い、噂にたがわぬ……」とかぼそぼと呟いている。

 

 聞こえてますからねー。

 おれたちは気にしないけど、それ一応、あまりいい渾名じゃないですからねー。

 

「テントの方はこっちの持ち出しですけど、やっぱり冷却はやめておきます?」

 

「いや、是非やってくれ。湿度と温度を適切に保つことで患者が助かる可能性が上がる以上、できるのにやらないという選択はない」

 

 はい、ですよね。

 

 

        ※

 

 

 二日目の午後、それは起きた。

 二十人以上の怪我人が、一斉に運び込まれてきたのだ。

 

 いずれも、ひどい裂傷や打撲である。

 魔物との交戦だ。

 

 それにしたって、今回参加している者たちはいずれも腕に自信がある生徒ばかりなのだ。

 尋常な相手ならば、容易く倒してみせるはずなのだが……。

 

「双頭のワニの魔物だった。象よりでかい。変異種かもしれない。おれたちは逃げてきたんだが、まだ戦っている生徒がいる。殿下も戦っている」

 

 殿下のそばには、きっと兄上がいる。

 あるいは、もう負傷して……?

 

 心臓が、きゅっと締めつけられるような痛みを覚えた。

 ぐっとかたく拳を握る。

 

 テントの中央のテーブルにジャングル浅層の地図を広げて、教官たちが救援を検討していた。

 だいたいのポイントを把握して、おれはそっとテントを抜け出す。

 

 琥珀の姫君だけがおれの動きに気づいて、そっと近づいてきた。

 

「お兄さまを助けに向かうのですか?」

 

「ああ。悪い、いくつか手札を使うかもしれない」

 

 この半年、彼女とふたりで、あれこれつくった。

 新しい発想を実現するだけで楽しくて、あっという間に日々が過ぎてしまった。

 

 そのうちのいくつかは、戦いに使えるものだった。

 ただ、どれもまだ、公にはしていない。

 

 研究棟の人々にも教えていない、ふたりだけの秘密。

 お互いに話し合って、少しずつ成果を公表していくべきだ、と納得していた。

 

 だが、命の危険を前にしのごの言ってはいられないだろう。

 いざという時は……。

 

「構いませんわ。ですからどうか、冷静に」

 

 少女は、おれの手を握った。

 自分が震えていたことに、そのとき初めて気づいた。

 

 はっとして、おれは足を止める。

 その隙に、琥珀の姫君は胸もとから取り出した蝶型の機工人形を飛ばした。

 

 黄色い蝶が宙を舞い、上空を旋回する。

 改良を重ね、ただ飛ぶだけなら、この蝶型機工人形との同期は15分以上保つようになっていた。

 

「土煙が……上がっております。あちらのようですわね。どうか、ご武運を」

 

「恩に着る」

 

 少女が、指差す先に、おれは駆け出した。

 まわりは混乱していて、誰もおれたちの独断専行をとがめない。

 

 肉体強化魔法をかけ、高速でジャングルの中を駆け抜けた。

 その先で……。

 

 湿地のぬかるみの中。

 泥だらけの殿下と兄上が、たったのふたりで双頭の大ワニと戦っていた。

 

 ワニは全長十メートルほどで、青緑色の鱗が輝いている。

 こいつ自身が肉体強化魔法を使っている証拠だ。

 

 魔物。

 獣の身でありながら魔法を操る、狂暴極まる人類の災禍。

 

 おれが魔物を見たのは、初めてではない。

 父上の前線視察に同行して、北方の地で機工人形と魔物の戦いを眺めたこと数度。

 

 自分自身も、魔物に対して攻撃魔法を撃ち込んでみたことがある。

 まあ、エイムが下手すぎて当てるのに何度も攻撃を外して、かろうじて当たった魔法も外皮に弾かれちゃったんだけどね……。

 

 つくづく、おれには戦闘魔術師の才能はないことを思い知らされた。

 だけどまあ、それは別にいいんだ。

 

 次男坊であるおれは、前線に赴くことが仕事ではないのだから。

 おれは、おれの特技を生かせばいいのだから。

 

 そう、思っていたのだが……。

 現在。

 

 殿下も兄上も、全身から血を流していた。

 王族の膨大な魔力を持つ殿下が苦戦を強いられているのは、信じられない光景だ。

 

 無理もない、魔物といっても本来、このジャングル浅層でうろついている奴らはせいぜい全長三メートルから五メートルという中型に属するものたち。

 全長十メートルの大型個体ともなれば、伯爵級以上の魔力を持つ貴族が十人規模でようやく倒せるような相手なのである。

 

 兄上の左腕はだらりとちからなく垂れさがり、残る右手だけで大ぶりな槌鉾を振るっている。

 殿下は片足を引きずりながら、身の丈よりも巨大な剣を両手で握り、ワニの突進を正面から受け止めては受け流している。

 

 どちらも満身創痍だ。

 それでも、お互いをカバーし合いながら、巨大な魔物に対して懸命に食らいついていた。

 

 おそらく、この均衡はそう長く続かない。

 ワニの魔物は、疲れ知らずで暴れ続けている。

 

 もう間もなく、ちからの天秤は崩れる。

 体力の尽きた、ふたりのどちらかが動きを鈍らせることによって。

 

 その前に、なんとかしなければならないのだが……。

 はたして、兄上の身体が揺れ、片膝をついた。

 

 その隙を逃さず、ワニの魔物が突進する。

 兄上を吹き飛ばそうとするそのワニの手前に――。

 

 おれが放った黄色い蝶の機工人形が、ひらりと舞う。

 琥珀の姫君の発明品を発展させた、起動時間を犠牲にして機動性を高めたものだ。

 

 稼働時間は、なんとたったの一分。

 そのかわりとして、高機動と、そしてふたつの切り札を搭載した。

 

 おれはすかさず蝶に命じて、切り札のひとつ、金粉のような細かい粒を放出させる。

 ワニは、目の前で突然、無数に舞い始めた金色の粒を前に動きを止めた。

 

 戸惑っているのか、それとも警戒しているのか。

 実はこれ、魔力の伝導を阻害する白銀魔鉱の粉で、いまの状況では無意味なんだけどね。

 

 相手には、それはわからない。

 とにかく、猶予が生まれた。

 

 その間に兄上が体勢を整える。

 

「兄上、殿下! ワニの顎を持ち上げてください!」

 

 突如として聞こえたおれの声に一瞬、びっくりした様子の兄上と殿下であったが……。

 ふたりとも、素早く動き出す。

 

 殿下がふたつあるワニの頭のうちひとつを牽制し、その間に兄上が、最後のちからを振り絞るように鋭く踏み込む。

 右手に握った槌鉾を、下からすくい上げるように放つ。

 

 ごいん、と鈍い音が響いた。

 渾身の一撃を受けたワニの身体が、一瞬、のけぞった。

 

 顎が持ち上がり、口がおおきく開く。

 いまだ。

 

 おれは蝶型の機工人形を、開いた口の中に突撃させた。

 直後、もうひとつの切り札、自爆のコマンドを入れる。

 

 派手な爆発音が沼地に響き、ワニの口から煙があがった。

 ワニの魔物の鱗は非常に硬い様子であったが、口の中まではそうもいかなかったようである。

 

 爆発は脳まで到達したようで、その頭は、沼地にちからなく横たわった。

 自爆ドローン型の機工人形の、おそらくはこの世界における初めての戦果だ。

 

 もう片方の頭はしばらく暴れていたが……。

 

「ありがたい。これでだいぶ、楽になったよ」

 

 殿下の言葉の通り、兄上殿下のふたりは左右に分かれて、機動力で翻弄する。

 隙を見て、殿下が踏み込む。

 

 その剣の刃が、動きの鈍ったワニの鱗の隙間に突き立てられる。

 とどめとばかりに、兄上の槌鉾の一撃が、残るひとつのワニの頭をカチ割った。

 

 

        ※

 

 

「さて、救援に来てくれたことはありがたいんだが……」

 

「すべては殿下のおちから、ということで……駄目ですかね?」

 

「わかったよ、他ならぬきみからの頼みだ。……ただし、後で詳しい話を聞かせてくれたまえよ」

 

 さすがに、すべてを秘匿することは無理かなー。

 




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