琥珀の姫君と初めて出会った、あの日。
おれは、発見したばかりの、『相棒』の戦い方について彼女に披露した。
『相棒』の魂が、長年の経験を経て成長していたのではないか、という仮説も。
少女は少し考えた末、「これは、わが家の秘奥のひとつなのですが……」と前置きをした後、こう語った。
「機工人形の魂は成長いたします。わが家では、それを認識しております。しかし、どうすれば一定以上の成長を促せるのか、それはわが家にとっても未知の分野なのです。わたくしは、この分野の先達になることを望みますわ」
つまり、彼女の言葉を要約すれば、こうだ。
共に、機工人形の成長について研究しないか、と。
一年後、おれたちはふたたび出会った。
あの冬の日の約束を果たす時だと、どちらもよく承知していた。
この一年で、その研究がどれだけ困難かも調べてきていた。
故に、まずはいささか迂遠に見える方法を取ることにした。
それが、蝶型の機工人形の改良だ。
琥珀の姫君は、この機工人形を用いて、ヒトと機工人形の視野の同期を達成していた。
これを推し進める。
機工人形の改良は、おれの家の得意分野なのだから……。
こうして、視野を同期しながら遠隔操作できる蝶型の機工人形が生み出された。
ゆくゆくは、この機能を通常サイズの機工人形にも搭載する。
そして、ヒトが動く様子を機工人形の魂に学習させるのだ。
理論上は、これでヒトが動くように自由に動ける機工人形が完成するはずで――。
完成しなければ、それは機工人形の魂とヒトとの間に、なんらかのズレ、あるいは障害のようなものが存在するから、ということになる。
それはそれで、ひとつの成果だ。
原因を突き止め、改良し、また実験する。
それを繰り返せばいい。
その最初の一歩が、この蝶形の機工人形なのである――。
そんなことを、殿下に説明した。
殿下は、おれたちふたりの話を、時々相づちを入れながら聞いてくれた。
すべてを聞き終えた後、大きく息を吐き出す。
「わかっているのかい。きみたちの計画は、人形狂いと魂狂い、ふたつの家の研究をひとつにすることだということを」
「もちろん承知していますよ、殿下」
「ならば、王家の意向も?」
「魂と、機工人形。ふたつの家の本分が、これまで隣接した分野だというのに協力体制が限定的であるということ。それが答えそのものですよね」
「きみたちが賢明でなによりだ。うん、王家はきみたちの家が合流することを望んでいない。だってそれは、きみたちの権力が強大になりすぎるということだからね」
魂の研究だけでも、機工人形の研究だけでも、それは単独では完結しない。
だがこのふたつをひとつの家でまとめてしまえば、それは完結した武力の独占に繋がる。
それは、王家の権威を著しく貶めることになるかもしれない。
王家として、そのようなリスクを冒すことはできない――。
それがたとえ、国のちからをはるかに高めることになる可能性があるとしても。
現状でも充分、機工人形の研究では大陸トップなのだから……。
少なくとも、いまはまだ。
「殿下のご意見は?」
「きみたちふたりの知恵とちからを存分に使い倒したいと考えているよ。ただ、それはあくまで、きみたちが学院生だからだ」
「はい。おれたちふたりも同意見です。この研究は、あくまでも学院の中で完結させたい。学院を卒業した後は――」
おれは琥珀の姫君と見つめ合う。
互いに、うなずき合う。
「おれたちは、お互いの家の責務に戻ることになるでしょう」
「それがわかっているなら、わたしから言うことはこれ以上なにもないね。学生と研究者の本分に励みたまえ。それこそが、学院が存在する理由なのだから」
「ありがとうございます、殿下」
やっぱりな、と思う。
学院に研究棟が併設されている理由だ。
人形狂いと魂狂い以外にも、専門分野が隣接している貴族家は数多ある。
必要に応じて、それらを混ぜ合わせるための場、それこそが研究棟の役割のひとつなのだろう。
そうして混ぜ合わせた思想は、時が経って学生たちが卒業すれば、それぞれの家に還元される。
限定的ながら、王国全体の技術の向上を促す起爆剤となる。
どうしても必要ならば……。
家が認めれば、そして本人が強く望めば。
貴族家の継承から下りて学院棟での研究に専念するという道も残されていると聞く。
ヌシと呼ばれるあの禿頭の研究者も、そういった者のひとりであった。
「さて、そろそろ内部に入った者たちから連絡のひとつもあっていい頃だが……」
殿下が、連絡役の魔術師に訊ねに行った。
ある程度、探索が進めれば信号の魔法で合図を送る手はずになっている。
いまのところ、何の連絡もない様子だ。
ふむ……トラブルでもあったか? と考えていたのだ、が。
不意に、目眩を覚えた。
いや、違う、これは――。
「揺れ……地震だ! 皆、穴から離れて!」
殿下の叫び声。
かなり強い揺れで、立っているのも難しい。
おれのそばで、少女が悲鳴をあげた。
倒れかかる琥珀の姫君の肩を支える。
「ありがとうございますわ」
「重い」
「ぶん殴りますわよ」
いやだって、きみもおれも、機工人形のメンテナンス機材をたくさん背負っているから……。
とか言い訳する暇もなく。
おれたちの足下に亀裂が走る。
浮遊感があった。
あっと声をあげる間もなく、おれたちふたりはその亀裂に呑み込まれた。
最後の瞬間、おれは機工人形たちに指示を出す。
おれたちに向かって走り出した四体の機工人形が、落下するおれたちを追って亀裂に飛び込む。
これで、いい。
あとは――とおれは、目の前の少女を抱きしめた。
彼女だけは、守らないと。
落下と共に、意識が遠のく。
※
気づくと、周囲は真っ暗だった。
身を起こして、四肢を動かす。
幸いにして、いささかの痛みはあれど骨に異常はなさそうだった。
光球の魔法を使う。
予想以上に大きな、眩しすぎる輝きが周囲を満たした。
洞窟の岩肌が照らし出される。
いや眩しい眩しい、眩しすぎるって。
「魔素が多すぎるんだな」
おれは光を調節して、適切で手頃な松明がわりにした。
周囲を見渡せば、まずおれのそばに倒れている、大切な少女の姿がある。
おれと少女たちを取り囲むように、四体の機工人形たちがいた。
ただし、いずれも腕や脚が破損しており、その背や頭上は土砂に覆われている。
どうやら、おれの最後の命令に従い、おれたちの上に降りかかる土砂から守ってくれていた様子だ。
落下の衝撃については――。
目の前の少女が魔法で衝撃を軽減することを試みていたことを覚えている。
怪我がないのは、彼女の献身のおかげだろう。
少女の身体を軽く調べて、呼吸が安定していることを確認した後。
一緒に落ちた背負い袋からメンテナンス機器を取り出し、機工人形たちの身体を修理していく。
といっても、手足の予備パーツなどないわけで……仕方がないので、一体を犠牲に共食い修理だ。
無事なパーツ同士を接合して、三体の機工人形と一体のがらくたが完成した。
がらくた、と言っても魂の方は無事だから、これを持ち帰って、新しい身体をつくってあげないといけない。
ヒトを助ける命令をしっかりとこなしてみせた機工人形だ、成長の余地は充分にある――と思うんだけど。
このあたり、全然学習しなかったりもするので本当に未知の分野なんだよなあ。
まあ、今後の成長より、いまは自分たちの身の安全だ。
崩落によってできた、全長六、七メートルの扇状の空間。
天井までの高さは三、四メートルと言ったところか。
そこから、トンネルが二本、伸びている。
トンネルの壁はコンクリートか何かで形成されているようだった。
明らかに人工物だ。
もともとは、なにかの通路の途上だったに違いない。
だとすれば、魔素の濃い側に行けば、探索隊と合流できるかもしれない。
地上にいた他の者たちも無事だといいんだが……。
いや、心配されるのは、むしろこっち側なんだけども。
上を見ても光が見えないから、地震でできた割れ目はふたたび閉まってしまったのだろうなあ。
これでは、魔法で上と連絡を取ることもできない。
信号の魔法は、あくまでも空間を通って音と光で連絡を取る手段だからね。
無線信号、などという前世の便利なシロモノは、未だに開発されていないのだ。
さて――と工具をしまっていると、わが麗しの姫君が目を醒ました。
寝ぼけ眼をこすって、周囲を見渡し――。
おれの姿を見つけると、ほっと安堵の息を吐く。
「無事でなによりですわ」
「そっちもね。魔法でかばってくれてありがとう。どこか痛いところはない?」
「問題ございません。――そちら、共食い整備ですわね?」
「ああ。三体、無事に動く機工人形が残った。動けない一体は背負っていくよ」
おれたちは未熟な子どもの身体だが、機工人形の上半身と頭だけくらいなら、肉体強化魔法を使えば何とか持ち運べるだろう。
「あなたにだけ、いろいろ任せてしまいましたね。――なるほど、魔素が濃いのですね。念のため、機工人形にコーティングをしておきますわ」
さすがだ、魔素の変化にすぐ気づくとは。
機工人形は周囲の魔素を吸い込み、これを心臓部の動力炉に送り込んで魔素オイルを身体中に循環させるエネルギーとしている。
魔素の量が想定より多くても少なくても、活動に支障が生じる。
おれたちがメンテナンス要員として呼ばれたのも、機工人形が世間一般よりずっと繊細な魔道具であるからだ。
少女は、機工人形の腹部にある魔素孔に、魔法で軽い膜をつくっていく。
あまり孔を塞いでもいけないし、このあたりは加減が難しい。
こういう細かい作業は彼女の方が上手いんだよなあ。
「これでよし、と。では、参りましょうか」
「どっちに向かう?」
「あちらに。魔素が濃い方に」
少女は、一方を指さす。
「上手くすれば、わたくしたちの求めるものが――」
「ああ、おれも同じことを考えていた」
おれたちは三体の機工人形を先頭にして、歩き出す。
機工人形の額が白く輝き、周囲を明るく照らしていた。
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