コンクリートのようなもので塗り固められたトンネルを歩くうち、息苦しさを覚えるようになった。
かたわらの少女も同じ様子だ。
「魔素がますます濃くなってきております。ヒトの生存すら困難になるほどの魔素……このような場所が、わたくしたちの文明圏のすぐ近くにあるとは」
辺境の、魔素のバランスが著しく崩れた土地では存在すると言われている、高濃度の魔素。
そのような土地では人類のみならずたいていの生き物が生存できず、魔素に適応した特殊な魔物たちが棲息すると言われている。
そんな特殊な環境が、ここに存在するというなら、これは危機であると同時に……。
「好機、かもしれませんわね」
「ああ」
顔を合わせるだけで、お互いの考えていることが、だいたいわかる。
おれたちはうなずき合った。
「とりあえず、フィルターをつくろうか」
おれは機工人形の補修用の工具を使って、即席の魔素フィルターを組み立てた。
といっても、特殊なコーティングをほどこした布を顔のまわりに巻くだけだ。
本格的にこういった土地を探索するなら、酸素ボンベとかも用意しないといけないんだろうなあ。
この世界にそういう設備があるのかどうか、おれはよく知らないんだけどね。
秘境の探索なんて、するつもりもなければ、まだその能力もない。
今回のようなイレギュラーがなければ、考えもしなかっただろう。
「これでよし、ですわ。そちらも大丈夫ですわね?」
「ある程度は、ね。この先、どれだけ魔素濃度が上がるかわからない」
「その場合は、引き返して、反対側に向かうことも検討いたしましょう」
更にしばらく一本道を進むと、ドーム状の空間に出た。
天井までの高さは十メートルほどで、差し渡し二十メートルほどの広さ。
おれたちが歩いてきたものと同じような通路が、放射状にいくつも延びている。
異様なのは、ドーム内の壁面を含むなにもかもが、なにか高温で炙られたかのように溶けていることだった。
かつてここに何が存在したのだろうか。
それはもはや泥のような姿になってしまった中央部の盛り上がりだけではわからない。
正直、前世の知識があるおれとしては、いますぐこの空間の放射線量を計測したいよ……。
数百年、あるいは神民の伝説が正しければ千年以上前、か。
かなりの歳月が経っているから、たぶん大丈夫だとは思うんだけどね。
ただ、魔素の濃度は一段と濃い。
少し身体がふらつくほどだ。
一般に魔力が高い者ほど体内に取り込める魔素の量が大きいと言われているから、王族である殿下ならこの空間でも平然としていられる可能性はあるが……。
おれたちでは、いささか厳しい。
目の前の少女は、おれより多少、魔力が大きめのはずだ。
しかし、おれにもたれかかって荒い息を継いでいる様子からすると、彼女ももう限界が近いのだろう。
「ここでやるか」
「ええ」
ここが高濃度の魔素の中心かどうかは、まだわからない。
だが、これ以上の濃度におれたちの身体が耐えられないことは、もはや明らかであった。
背負っていた荷物を下ろし、工具を広げる。
手早く、装置を組み立てていく。
一辺が五十センチほどの方形の箱の骨組み。
内部では複雑にケーブルが絡み合いながら、中央の台座に伸びている。
魔素吸引器と呼ばれるものだ。
機工人形関係の技術者たちなら誰でも知っているもので、一般的には魔物が棲み着くような魔素の濃い地域に等間隔で設置し、正常な魔素に戻す魔道具である。
本来ならこの台座に反魔鋼と呼ばれる、魔素を中和する特性を持った鉱石を載せるのだが……。
いまはその台座に、相方の少女が懐から取り出した、ガラス玉のような透明な宝石をセットする。
最後に、機工人形たちに命令し、この装置をフロアの中心付近まで持っていかせた。
機工人形たちが戻ってくる間に手早く工具を片づけ、撤退を開始。
そばの少女が足をもつれさせ、よろけた。
慌て全身で支え、助け起こす。
あ、ヤバい、ほとんど意識がないぞコレ。
機工人形たちに、彼女を運ぶように命じる。
足早に、ドーム状の空間から退室する。
「申し訳、ございませんわ」
「作業は終わった。あとは結果を待つだけだ。休んでいてくれ」
「そういうわけにも……」
「休むのも仕事のうちだ」
まだ少し納得していない様子の少女だったが、機工人形の背で揺られているうちにまぶたが閉じる。
そのまま、寝息を立てるのを聞いて、少し安堵する。
「さて、いまのうちにもう少し戻ろう。いつまでも、こんな呼吸も辛いところにはいられない」
※
ふらつく身体で、機工人形たちと共にトンネルを戻り。
ある程度、魔素濃度が低くなったところでようやく腰を落ち着かせる。
機工人形が、眠る少女をそっと床に下ろした。
こいつらの動きも、だいぶ鈍くなったな……。
戻ったら、本格的にフィルターを掃除する必要があるだろう。
ひょっとしたら魔素オイルも汚染されているかもしれないから、そうなると大掃除が必要になるわけで……。
しかし、こんなところで分解修理なんてできるわけもなく、こいつらにはいましばらく、現状で頑張ってもらうしかない。
ふう……それにしても、疲れた。
幸いにして、周囲に物音はない。
トンネルに魔物が入り込んでいたら、というのがいちばんの懸念であったのだが、どうやらその最悪だけは避けられそうである。
今回、魔素吸引器の中央に置いた宝石は、コア結晶と呼ばれているものである。
とある神民の古代遺跡から発掘された、大量の魔素を溜め込む石。
そこから魔素エネルギーを引き出すことができるため、一部で非常に高値で取り引きされているものだ。
ただし、あれはその抜け殻である。
内部の魔素を絞り尽くした後、再充填することもできない、使い捨ての石だと――。
そう、見られてきたもの。
再度、普通に魔素を注ぎ込んでも、けっして定着しないのだ。
はたして神民たちはどうやってあの石をつくったのか、どうやってそこに魔素を溜め込んだのかが、さっぱりわからない。
琥珀の姫君は、発想を変えた。
コア結晶の抜け殻に、かの家がつくり上げた人工的な魂を込めた。
魂は定着した。
微細なコア結晶を用いた機工人形をつくり上げることに成功した。
蝶型の機工人形だ。
これが起点となった。
コア結晶に定着した魂とは、そもそも何なのか。
魂狂いの秘奥、すなわち秘匿技術が古代文明由来のものであることは有名だ。
その一端を、琥珀の姫君はおれに開示してくれた。
彼らの扱う魂と呼ばれるものは、魔素の一形態なのである。
いや正確には、魔素でつくられたモノ、とでも言えばいいか――。
とにかく、コア結晶内部に魂が定着したということは、つまり形態こそ違えど、魔素を込められたということなのである。
ならば後は――。
コア結晶内部に定着した魂を通じて、その周囲に魔素を集めることはできないか。
幾度かの実験の結果、通常の状態では不可能と判明した。
圧力が足りず、コア結晶に送り込んだ魔素がすぐ流れていってしまう。
何らかの強烈な圧力があって初めて、コア結晶内部の魂に通常の魔素が巻きつく状態が発生すれば――。
だがそのためには何が必要なのか。
おれと彼女が出した結論は、「通常の三十倍以上の魔素濃度がある空間」であった。
そして、いま。
その空間を発見した。
おれたちは、どちらが言い出すでもなく、互いにこのチャンスを生かすことだけを考えていた。
吸着装置の仕組み自体は簡単で、手持ちの機材でもすぐつくることができた。
機工人形の仕組みも一部、応用できた。
ならば、研究者としてやるべきことはひとつであったのだ。
理論上、一度、コア結晶内部の魂への巻きつきが始まれば、あとはコア結晶の限界まで吸収が行なわれるはずであった。
しばらくして、少女が目覚めた。
「魔素が薄くなっております」
彼女の言葉の通り、顔に巻いた布を取っても呼吸が楽になっていた。
おれたちふたりは、身体をきしませる機工人形と共に、ドーム状のフロアに戻る。
フロアの魔素濃度が、ほぼ平常値にまで下がっていた。
そして、ガラスのように透明だった宝石は、いまはや虹色に輝く美しい宝石に変化していた。
「上手くいきましたわ」
琥珀の姫君は、不敵に笑って、装置から宝石を取り外す。
「これでようやく、わたくしたちの機工人形をつくるための出発点に立てます」
※
はたして、それから少しして。
魔素濃度の減少という異常に気づいて駆けつけた救助隊と合流したおれたちは、無事、地上に帰還した。
地震の影響で地下に落ちたのはおれたちだけで、先行していた探索隊もすぐ帰還して無事であるという。
ただ、遺跡の奥へ続く通路は地震で埋まってしまい、本格的に掘り返さなければこれ以上の遺跡の探索は不可能であるらしかった。
地上にて。
何故、魔素が減少したのかと問われて、おれたちは手持ちの機材でつくった魔素吸引器を見せた。
ただし、虹色に輝くコア結晶だけは隠して。
高濃度の魔素が失われたせいか、おれたちが通った通路も、ほどなくして崩落。
あの不思議なドーム状の空間へ赴くことは、二度とできなくなった。
演習は正式に中止が発表され、後のことは王都から来た部隊に引き継がれることとなる。
おれたちは、大きな成果をこっそり抱えて学院に帰還した。
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ちょっと構成の見直しがしたいので、次回から少しの間、短い間話を投稿していきます。