転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第16話

 これは、おれが学院に入学してから少し経った、前世で言えば二月頃の話だ。

 学院の教育課程の大半の単位は、研究その他の学院に対する貢献により代替することができる。

 

 しかし、そんなおれや琥珀の姫君でも必修かつ、出席が必要なものはいくつか存在した。

 そのうちのひとつが、教練だ。

 

 前世における体育である。

 大前提として、戦えない貴族に価値はない、とされている。

 

 実際のところ、例外も多いんだけど……。

 この世界においては女性であっても魔力が高いなら有事には立派な戦力だ。

 

 貴族が最低限のちからを持つことは、義務であるとされていた。

 学院ができる以前は、それぞれの家が独自に子に鍛錬を積ませていたのだが……。

 

 それならいっそ、学院で戦力として育成してしまえばいいのではないか。

 百年くらい前、当時の王はそう考え、学院に正式なカリキュラムとして導入した。

 

 基礎教練の始まりである。

 高学年になると簡単なナイフ戦闘や護身用魔法の習得などもあるらしい。

 

 ただ、初年度の学院生は、まだ十一歳から十二歳、身体もできていない。

 故におれたちが教練の講義で習うことは、ただひとつ。

 

 体力をつけることだ。

 体力がすべてを解決するわけではないが、兵の体力なくして軍事は成り立たない。

 

 どれほど強大な魔力を持って、どれほど強力な魔法を使えたとしても、すぐへばってしまう者を戦力とみなすことは難しい。

 故におれたちは、ひたすらに学院の敷地のまわりを走らされるのだ。

 

 というわけで。

 最初の教練の日。

 

 おれと琥珀の姫君は、学院支給の体操服を着て、普段まったく顔を見ない同級生たちの先頭を走っていた。

 いや、だって肉体強化魔法を使っていいっていうから……。

 

 肉体強化魔法は、貴族なら必ず最初に習得する魔法だ。

 簡単そうに見えて奥が深く、長い時間これを維持することが、戦士として最低限の基礎となる。

 

 これを用いての走り込みくらいは、わが家の庭でずっとやっていた。

 相方の少女も、それは同じらしい。

 

「研究は一に体力、二に体力ですわ。少なくとも、兄はそうおっしゃっておりました」

 

 彼女の兄とは、だいぶ年が離れているらしい。

 彼女の母が王族であり、父と比べてだいぶ魔力が多かったため、魔力量の差による不妊に苦労したのだとか。

 

 前にも話したけど、この世界、親の魔力量に差があると子どもが生まれにくい。

 それでも彼女の両親は、なんとかふたりの子を為した。

 

 貴族として、立派にその役目を果たしたと言える。

 あとまあ保険として父と妾との間にも子が四人くらいいるらしいんだけど……本当に、家を守るというのはたいへんだ。

 

「きみの兄上は、なにをやっているの?」

 

「現在は、領地で次世代の使い魔用の魂を開発しております。家の事情ですから、あまり詳しくは話せません」

 

「ああ、別にそこまで聞きたいわけじゃないんだ。走っている間の暇つぶし」

 

 そう、おれたちは、先頭を走りながら適当に会話する余裕もあった。

 初老の教練の教官も、なにせ後ろの生徒たちが息も絶え絶えだから、おれたちがペースを落として彼らがついてくるのを待つことを許容している。

 

「では、せっかくですから第三世代型魔素オイルの組成について、疑問点をお聞きしてもよろしいかしら」

 

「それ、教練の時間にする話かなあ」

 

 琥珀の姫君は、くすくす笑って……。

 本当に魔素オイルの精製時、不純物の混入を避けるために設置するフィルターの構造について疑問点を話し始めた。

 

 ああ、それはね、フィルターの交換を簡易に行うための仕掛けがあって……。

 教官が、なにをやっているんだこいつらは、という目でこちらを睨んでくる。

 

「おまえらはもういいから、こっちに来て柔軟でもしていろ」

 

 ついに、もうマラソンするなと言われてしまった。

 まあ、今日のところは誰がどれだけ体力をつけているか知りたかったのだろう。

 

 おれと琥珀の姫君は、合格ということらしい。

 今年はおれたちふたりだけが魔爵家の出身で、他はほとんどが伯爵家以下らしいからなあ。

 

 いちおう侯爵家からひとりだけ、いま最後尾で、亀のような速度でのたのた移動している子がいるんだけど……。

 あの子、最初だけ身体強化魔法をバリバリ使って先頭を走っていたんだよなあ。

 

 すぐバテた上、魔法も解除しちゃったんだけど。

 明らかに、学院入学前の鍛錬が足りていない。

 

 ずいぶんと甘やかされてきたんだろう。

 家族も、学院に入ったらこうなるってわかっていただろうに……。

 

 いや、学院で教官たちに根性を叩き直されることを望んでいたのかな。

 そういう家もたまにあると聞く。

 

 まあ、彼にはどうか、頑張って貴族の義務を遂行して欲しい。

 ストレッチをする少女の背を軽く押しながら、そんなことを考えた。

 

「もっと強く押して構いませんわよ」

 

「そう? じゃあ、兄上にするように、ぐいーっと」

 

「あいたたたたたっ、ちょっ、加減というものを考えてください!」

 

 あれ、兄上ならこれくらい余裕なくらい身体が柔らかいんだけどなあ。

 と首をかしげたところ。

 

 少女涙目になって、ひどく睨んできた。

 

「あなたのお兄さまは、武芸では殿下も認めるほどなのですよ。わたくしなどと比べないでください」

 

 すごいでしょ、兄上。

 えっへん。

 

「何故、胸を張っておられるのですか。ひどく腹が立ちますね。よろしい、役割を交代いたしましょう。あなたの背骨をへし折って差し上げます」

 

「待って、なんか趣旨が変わってない?」

 

 この後、おれはカエルが潰れたような声を出すことになり……。

 呆れて様子を見ていた教官に、ふたり揃ってひどく怒られた。

 

「おまえたち、もういいから、そこらへんで他の奴らの邪魔にならないように遊んでろ」

 

 そんな、序盤はひどく見放されたような教練であったが……。

 冬が過ぎて春が来る。

 

 実技の訓練が始まると、おれも琥珀の姫君も、とたんに馬脚を露し、ポンコツ具合を晒すようになった。

 いやほんと、武芸とか攻撃魔法とか、まるで向いていないんだよね……。

 

 同級生たちの、おれたちを見る目が次第に生暖かいものに変わっていったのも、この頃である。

 なお侯爵家の彼は、武芸や魔法もさっぱりで、教官から特別メニューを組まれてみっちりしごかれていた。

 

 五男坊で末っ子らしいから、絶対に軍務につくことになると思うんだけどなあ……。

 まあ、他家のことに首を突っ込むつもりはないんだけど。

 

 




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