春の終わりごろ。
新寮のロビーで、爆発音が響いた。
新寮で爆発音が聞こえるのは、今年になってから三度目だ。
三度とも、おれと琥珀の姫君がやらかしたことである。
ロビーに集まってきた者たちも、「ああまたか」という顔をしていた。
「それで、今度はいったい、どんなポカをやらかしたんだい」
と、兄上が苦笑いしながら話しかけてきた。
おれと相方の少女は、互いに顔を見合わせた後、こう返事をした。
「予行演習」
と。
「それは、いったいどういうことだい?」
「兄上、もう暖房は使いませんから、冷房用に配管内の魔素オイルを入れ替える必要があります」
間もなく夏が来るというあたりである。
新寮の冷暖房システムは画期的なものだが、未だ実験段階の仕組みも多い。
それのメンテナンスを任されているおれと琥珀の姫君も、マニュアルを片手に試行錯誤の日々であった。
いや本当、こんなのガキにやらせることじゃないだろ。
実際にやらされているんだけど。
こっちとしてもいろいろ勉強になるし、これも単位になるからいいんだけどさ……。
「実際に入れ替える前に、このロビーだけ配管を切り離して、オイルの入れ替え実験をしてみたんです」
「その途中で、爆発した、と」
ロビーの一角に露出した、普段は壁の中に隠された複雑な管の塊。
それが煙をあげている様子を見て、兄上が深いため息を吐く。
「ふたりとも、怪我はない? それと、原因はわかったのかい?」
「おそらく、元マニュアルのオイルの配合にミスがありますね。これから研究棟に殴り込みをかけます。兄上も武器を持ってついてきてくださいますか?」
「いきなり喧嘩腰はやめなさい。おまえ、たまにすごく血の気が多いよね」
そりゃあ、マニュアルに嘘を書かれていたらね。
いったいどういうつもりか、メーカーを徹底的に問い詰めるしかない。
いきなり本番をしていたらと思うと、怖気が走る。
下手したら死人が出ていたぞ、これ。
ことと場合によっては、兄上の槌鉾がヌシの教授の脳天を叩き潰すことになるだろう。
あの人、殺しても死なないような雰囲気があるけど。
「以前、おまえがマニュアルを書き直していたよね。そこでミスが起こった可能性は?」
「元のマニュアルと見比べてみました。問題ありませんでしたよ」
おれが話す間、ずっとマニュアルの束と格闘していた琥珀の姫君が、そこで顔をあげた。
「問題は、おそらく配合比ではございません」
「どうしてそう思ったんだい?」
兄上が、首をかしげる。
少女は、ほむん、と妙な声を上げた後、マニュアルの一枚を掲げてみせた。
「古いオイルを完全に抜いてから新しいオイルを入れる、というのが正式な手順とありますが……。この手順ですと、オイルを抜いた際に混入物が残る可能性がありますわ」
「おい、どうしてそれがわかった」
おれが琥珀の姫君に訊ねれば……。
少女は、立ち上がり、配管の裏にまわると……。
練習用の配管の一本に、ずぼっと右腕を突っ込んだ。
奥に溜まったタールのように黒いどろっとした液体をその手で汲み出す。
軽く臭いを嗅いだ後、魔力を流して状態を確認する。
手はひどく汚れているというのに、少女は満足そうにうなずいてみせた。
「これは?」
兄上が、怪訝な表情で訊ねる。
「火の魔素が相転移して液体となったものですわ。このどろっとした液体に圧力が加わり、爆発が起こったのだと思われます」
「研究棟の配管もここと同じはずだ。向こうは上手くいっていたらしいが、どうしてだ。こっちとなにが違う」
おれは首をひねった。
このままヌシの教授のもとに殴り込みにいってもいいが、マニュアルのミスではないとすると……。
いやちょっと待てよ、これのどろっとした黒い液体ってたしか。
おれは琥珀の姫君の、どろどろに濡れた手を握った。
「ちょっ、なにを」
「そのまま、じっとしてて」
魔力を流す。
すると、黒い液体がすーっと溶けて、大気に消えていく。
兄上を始め、その様子を見守っていた生徒たちが驚きの声をあげた。
「いまのは、いったいなにをしたんだい?」
「凝固した火の魔素オイルが水の魔素を流すことで気体に変化する……。なにかの本で読んだことがあったんだ。この現象が、研究棟の配管では発生していた。この寮の配管では発生しなかった。そう考えればすべてのつじつまが合う」
「そう……そういうこと。研究棟は古い建物ですから……」
「うん、たぶんあそこ、どこかで水漏れが起こっているんだ。それで、水の魔素が偶然、配管に混ざっていたから、そのおかげで正常に機能していた」
対して新築のこの寮では、そんな不具合が発生する余地がなかった。
マニュアルをつくる前に、何度か魔素オイルの入れ替え実験くらいはしたんだろうが……。
実際に何ヶ月も暖房を使っていなければ、この魔素オイルの凝固は起こらないわけで。
これは……さすがに教授たちを責めるのもなあ。
そのあたりの問題の洗い出しをするのも、新寮の役目なわけで。
「というわけで、兄上。どうやらおれたちは、幸運にもシステムの不具合を発見することができました。ありがとうございます」
「いや、ぼくはなにもしてないんだけど……まあ、殴り込みがなくなったならいいか」
「原因さえわかれば、対策はできます。次は爆発させず、うまくやってみせますよ」
「そうか。……うん、おまえがそう言うなら、やってくれ。安全にだけは、くれぐれも注意しなさい」
集まった生徒たちが、「いいのかこれで」という顔で散っていく。
実際に、いいのか悪いのかで言えば……。
そもそも侯爵家、公爵家の生徒も多いこの新寮で最新式のシステムを導入するのが悪いとしか……。
そのぶん、寮生活は快適なんだけどね。
現場の技術者が苦労するしかないんだけどね。
「ところで、おまえたち」
「なんですか、兄上」
「いつまで手を握っているんだい? 別に、ぼくはいいんだけど」
おや、と見れば、おれはさっきからずっと少女の手に己の手を重ねたままだった。
琥珀の姫君も、あらら、という顔をしている。
「せっかくですから、わたくしの手の汚れ、あなたの水の魔法で洗い流してくださるかしら」
「自分でやろうよ、それは」
手を放すと、少女は少し残念そうに唇をとがらせた。
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