転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第19話

 おれが学院に入学してから、一年が経過した。

 今年は、おれが十三歳になる年だ。

 

 兄上は進級し、五年生となった。

 相変わらず成績はトップらしい。

 

 先日、兄上に婚約者ができた。

 婚約者のためにも、卒業後はわが家の家督を継ぐため頑張って欲しい。

 

 前生徒会長の殿下は、無事に学院を卒業し、卒業と同時に婚約した。

 相手は、わが兄上だ。

 

 うん、そういうことなのである。

 わが家も、ついに王族から降嫁されることとなったのだ。

 

 これには父上も母上も大喜び……。

 とは言えない程度には複雑な利害が絡み合っているらしいのだが。

 

 まあでも、一般的には喜ばしいことである。

 わが家の名誉であることは間違いない。

 

「男女の魔力に著しい差があると子どもが出来にくいんだよね。だから、魔爵家は代々、少しずつ配偶者の魔力で家系の魔力を増大していく婚姻政策が取られていた。そうしてようやく、わたしが王家から嫁ぐことになったというわけだ」

 

 殿下が、そのあたりの事情を少し話してくれた。

 もっとも、先代――つまり父上が王家の女性と結婚することも検討されていたらしいから、そのあたりは早いか遅いかの違いでしかなかったようだけども。

 

 なにせ王家は、魔力が膨大だ。

 平気で二百年以上生きるほどに。

 

 うちの家は先々代が病により早逝しているので、現在どれくらいの寿命があるのかわからないんだけど……。

 まだまだ魔力の格差があることは明らかであった。

 

 それでも、兄上は殿下を選んだ。

 殿下の方でも、兄上との婚姻を望んだ。

 

「なあに、子どもについては、わたしたちが励めばいいだけのことさ。魂の司に嫁いだ伯母上も、だいぶたいへんだったと聞く」

 

 その話を横で聞いていた魂の司の娘、つまりわが親友たる少女は、少し不快そうに眉根を寄せた。

 まあ、両親の夜の生活について目の前で語られても困るよね……。

 

「わたくしの両親は、それでも二児を得ましたわ。わたくしと、十五歳上の兄上です」

 

 年が離れているとは聞いていたが、十五歳差の兄妹か。

 それだけ、魔力の差は子を為す障害となるのだろう。

 

「父は妾との間にも四人。貴族としての責務は立派に果たしたと申せます」

 

「そうだね。そのあたりのデータも王家にはある。わたしも、妾のふたり、三人は許容するつもりだ」

 

 当然、そうなるのか。

 殿下と兄上の間で子どもができない場合、妾との間の子が、次の次のわが家を担うことになる。

 

 この場合、妾として選ばれるのは公爵家か侯爵家の女性であり――。

 あとはどれだけ魔力量で妥協するか、みたいな話になってくる。

 

 あまりに魔力量が高い子が生まれなければ、おれに次代の白羽の矢が立ってしまうから、兄上と殿下には是非とも頑張ってもらいたい。

 貴族の婚姻は政治の一環、とはいえ……。

 

 これに家格の魔力量がからむと事態は一気にこう、前世における馬の配合みたいな話になってくるのだ。

 魔力がない貴族とは、つまりちからがない武家になってしまう。

 

 魔力量という才能は、ひどく残酷なのだ。

 仕方のないことなんだけどね。

 

 って――いま殿下が言ったことってつまり、夜の回数とかもデータとして王家が残してるってこと?

 わが親友の方を見る。

 

 少女は、少し迷惑そうな顔をしながらも、うなずいてみせた。

 

「閨では、王家から赴いた複数の侍女が補助の名目で……」

 

「ごめん、だいたい理解したからもういいよ。とにかくおおごとなわけだ……」

 

「おおごとなんだよ。特にわたしたち王家は、血を絶やさぬようにするために、魔力を維持するために、しかし血を濁らせないために、たいへんな努力を払う」

 

「ああ、そうですね……。王子さまともなれば、まず同格の魔力の相手を見つけるのが難しい」

 

 この世界でも、近親婚に対するタブーはある。

 それこそ神民の時代の本にも記されているそうだ。

 

「そういうことだ。他の王家と頻繁に連絡を取り、婚姻外交の名のもとに血を混ぜていかなければならない。兄上たちも苦労している。わたしも、きみの兄上と結婚するのでなければ、外国の王家と婚姻を結ぶことになっただろう」

 

 優秀な殿下でも、そうなるのか……。

 というかそれくらいしないと女性の王族という弾が足りなくなるのか……。

 

「それでも、代を経るごとに平均して各国王族の魔力量は減少傾向にある」

 

「そりゃ、統計的にはそうなるでしょうね」

 

 王族は、神民の後継者であると言われている。

 教会関係の話は別にして、だ。

 

 我々とは違う文明を築いた神民は、すでに絶えて久しい。

 その後継者たちも、いずれは魔力が平均化され、一定のところまで落ちていく。

 

 もっとも、これは何百年、何千年という果てしない歳月の未来だ。

 王家のちからの減少は、つまり国の主としてのちからの減少に繋がるわけで……それを許容できるほど、大陸の政治事情はヌルくない。

 

 各国王家は、そして貴族たちは、己の家の生き残りをかけて懸命に魔力を高めようとする。

 それは、魔力こそがちからであるという、この文明の前提に関わる問題であるからだ。

 

「馬鹿げた話ですわ」

 

 琥珀の姫君が、ぼそりと呟いた。

 いまこの場所は寮のロビーだが、幸いにしてその呟きを聞くのはおれと殿下だけだった。

 

 しばし、沈黙が訪れる。

 沈黙を破ったのは、殿下だった。

 

「きみの本音について、わたしは許容するよ。しかし、そういった思想を開示するのは他人のいないところでやりたまえ」

 

「申し訳ございません、つい」

 

 殿下にたしなめられて、少女は珍しく恐縮していた。

 うん、おれとしても、こんな馬鹿な話、とは思うんだけどね……。

 

 世界の仕組みがそれを許容しないなら。

 世界の仕組みそのものを変化させてしまえばいいと、心から思っているんだけどね。

 

 その結果どうなろうと、知ったことではないのだけどね。

 なにせ今世のおれは、無責任に生きるのだから。

 

 とはいえ、何ごとにも段取りというものがある。

 

「それで、だ。新入生が入学する前に、この寮の管理人となるわたしに見せたいものがあると聞いていたわけだが、それがこれなのかね」

 

 そうなのだ。

 殿下は今後二年間、この新寮の管理人として働くことになった。

 

 これは兄上との結婚が、兄上の卒業に合わせて行われるから――。

 それまで彼女を遊ばせておくわけにもいかない、という理由である。

 

 なんか殿下によれば、「この寮には、放っておくと暴走しそうなヤツがふたりほどいるからね。陛下もご心配なされている」とのことであるが……。

 

 なんだかよくわからないね、と琥珀の姫君と顔を見合わせる。

 きょとんとするしかないね、と首をかしげ合う。

 

 それは、さておき。

 その新しい管理人に見せたいものが、おれたちにはある。

 

 殿下が、メイド服を着た等身大の機工人形を見やる。

 戦闘型のものとは違い小柄で、身長が百二十センチくらいの、小型の機工人形だ。

 

 丸い頭部だけが、他の部位よりもだいぶ大きく……おかげで、子どものような印象を受ける。

 両目が、ぴこぴこと赤と緑の明滅を繰り返す。

 

 その機工人形は、ぺこりと頭を下げた後、「初めまして」と挨拶した。

 

「驚いた。こいつは話すのかい」

 

「はい。まだ限定的ですが……学習に応じて語彙が増えていくはずです」

 

「きみたちが去年、言っていた――ヒトのように話す機工人形、もう完成していたとはね」

 

「完成には、まだまだ遠いですよ」

 

 とはいえ、最大のボトルネックだった魂の問題については、解決の目処ができた。

 完全に一品ものになってしまったのだが……。

 

 この機工人形の頭部に入っているのは、半年前に手に入れた虹色のコア結晶なのである。

 このコア結晶が周囲の魔素を吸収する際、その中央に固定した魂、それが機工人形の魂となってこうして活動している。

 

「お会いできて嬉しいです、殿下。いえ、管理人さま、とお呼びした方がよろしいですか」

 

 機工人形が殿下に声をかける。

 その顔は、金属板を加工したもので凹凸も少ない無表情なものだが……。

 

 スピーカーとなっている口は言葉を出すたびに上下する。

 声は抑揚があまりなく、前世でいう機械音声に近いものだ。

 

 もっともこれについては、初期はもっと抑揚がなかった。

 少しずつ改善されていっているので、今後次第だろう。

 

 で、何故、こいつがメイド服を着ているのかと言えば……。

 

「わたしを、この寮でメイドとして雇っていただけませんか。マスターがたは、わたしにさまざまな経験を積ませることを望んでおります」

 

「驚いた。自分から雇用を願う機工人形なんて、初めて見たよ。ああ、もちろんいいだろう。よろしく頼むよ、ええと――きみの名前は?」

 

「マスターがたは、わたしを『相棒』と呼びます」

 

 そう、『相棒』だ。

 いろいろとこいつの名前を考えてみたのだが、結局、これ以外ない、ということになった。

 

 相方の少女も同意見だ。

 なにせ、おれたちふたりが出会ったのは、あの冬の日、おれが先代の『相棒』を解体していたときなのだから。

 

 それが、すべての始まりだった。

 おれと彼女の、共犯関係に続く道の第一歩だった。

 

「なるほど、『相棒』か。よろしく、『相棒』。わたしのことは、管理人と呼んでくれたまえ。あと二年もすれば殿下ではなくなるのだからね」

 

「かしこまりました、管理人さま。さっそく、ご命令をいただけますか」

 

「そうだね、まずは掃除だ。新入生が来る前に、彼らを迎え入れる準備をしなければ」

 

 殿下は『相棒』を従えて、まずは女子寮の方へ去っていった。

 おれと相方は、それを見送った後、ふうと息を吐く。

 

「これで、上手くいけばいいのですが」

 

「いつまでも、おれたちふたりだけをお手本にさせるわけにはいかない。実際に、もう充分に『相棒』がひとり立ちするための経験は積んだ……はず、だ」

 

「そこはもう少し、自信を持っていただけないかしら」

 

「やれるだけのことは、やったはずなんだ。少なくとも、視野共有を通して、メイドに必要な所作はすべて学習させたしね……」

 

 機工人形との視野共有は、この学習型機工人形をつくるための前提だった。

 なお、わが家で働いているメイド型の機工人形は、基本的にそれ専用の魂の原型からコピーされた動作しか行えない。

 

 本来は、それで問題がないのだ。

 機工人形は、あくまでも補助なのだから。

 

 これまではそう考えられてきた。

 故に、あの二年前の暴動のように、機工人形がどれほど安価になったとしても、下々の民の仕事を奪うなどということは起こりようがない。

 

 貴族は、誰もがそれを知っていた。

 故にあの暴動を予測できなかった。

 

 そして、おれがたちがつくろうとしている、まったく新しい機工人形は、といえば……。

 こちらも、そのつくりからして量産には向かないわけである。

 

 もっとも、将来のことなんて誰にもわからないので、虹色のコア結晶が量産されれば話は別なのだが。

 うーん、現状はちょっと、そんな未来は想像できないかな。

 

 それでいいのだ。

 大切なのは、最初の一歩を登ること。

 

 長い道を、ゆっくりとでもまっすぐに歩いていくこと。

 目的地は、その先にあると信じて。

 

「堅実に、慎重に行こう」

 

「ええ。わたくしたちの野望は、まだ始まったばかりなのですから」

 

 おれたちは、互いにうなずき合う。

 

 




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