おれと琥珀の姫君は、『相棒』の育成計画を綿密に立てた。
そのうちのいくつかには他人の協力が必要で、故におれたちは、一年生の後半、伝手を頼ってさまざまな人々と接触した。
たとえば、『相棒』には戦いの技術が求められていたから、武芸に長けた先輩を紹介して貰った。
体術、剣術、槍術、棒術……。
更には弓術の使い手にも頼みこんだ。
二年生の前半。
おれは『相棒』の戦闘用ボディに同調して、こうした人々と対峙し、その技を盗むことを試みた。
この戦闘用ボディは、メイド用ボディがすっぽり収まる増加装甲のようなものである。
身長は百八十センチになり、無骨な両腕で大型の槍も軽々と振りまわすことができる。
しかし……。
この調教は、さっぱり上手くいかず、ただ無残な結果が残った。
「あんた、武芸の才能はないよ。悪いことは言わない、いまからでも他の方法を考えるべきだ」
気の毒そうに、先輩たちはおれにそう告げる。
ちなみに、わが相棒たる琥珀の姫君も同じように同調して武芸者たちに相対した結果……。
「きみの相方よりもスジがいい。しかし、それでもやはり、うん、向いてないよ」
というお言葉を頂戴する結果となった。
おれたちはふたりして打ちひしがれ、寮のロビーのソファに並んで座り、揃って天井を見上げ黄昏れた。
「現実は厳しいですわ」
「おれたちは……無力だ……」
「機工人形のボディに同調して学習を助ける、完璧な作戦だったはずです」
「ああ、理論は完璧だった。おれたちふたりとも、武芸への適性が壊滅的だという一点を除けば……」
走ったりするのは別に苦じゃないんだけどね。
武器を使うと、とたんにへっぽこになってしまうのだ、ふたりして。
「悔しいです。わたくし、これほどの屈辱は初めてですわ」
「おれもだ。自分の限界がこんなところにあったなんてな……」
考えてみれば、本を読むことや図面を読むこと、機工人形をいじることにかまけて、武器の修練は怠っていた。
身体を動かすことは苦ではなかったし、走ることや身体強化魔法を使うことに関しては人並み程度にはできたから、それが問題になるとも思っていなかった。
おれが戦場に赴くというなら、それは機工人形のメンテナンス要員としてであろう。
わが家の誰もがそう理解していたし、むしろ武芸を学んでいた兄の方が特異であった。
さてどうしたものか、と頭を抱えていたところ……。
助け船は身近なところから来た。
「こういうときこそ、兄としてのぼくをまっさきに頼って欲しかったなあ。おまえの悪いところだぞ」
兄上だった。
生徒会の仕事で忙しいだろうに、自分を頼れと自ら申し出てきたのである。
「で、何をすればいいんだい。――なるほど、機工人形と同調する魔法、ね。それを覚えて、武芸の動きを機工人形に教え込む……。いいのかい、こいつとの同調は、きみたちふたりだけに限定していたんだろう?」
「兄上であれば、悪用するはずもありません。何の問題もありませんよ」
この点については、相方も同意してくれた。
というかこの一年と少しで、彼女は何度も兄上の世話になっていたりする。
「あなたと違い、よく気がつく方ですわね。もう少し兄上のことを見習ってはいかがかしら」
と、もっぱら兄上のことを褒めていた。
おれとしても、誇らしい限りだ。
えっへん。
と胸を張ったところ、「あなたを褒めたわけではございません」とジト目で睨まれた。
それは、さておき。
「ただ、兄上、この魔法は少し癖があります。習得に時間がかかるかもしれません。兄上の時間をそれほど奪ってしまっていいものか……」
「構わないさ。たまには、兄らしいことのひとつもさせてくれ。おまえは、放っておくとどこまでも先に行ってしまうのだから」
そういうわけで、まずは兄上に機工人形と同調する魔法を覚えて貰った。
兄上も忙しい身で、なるべく時間を空けてくれたにもかかわらず、これには一か月かかった。
正直、おれたちは少し驚いていた。
もっとずっと、時間がかかると思っていたのである。
しかし兄上は、寝る時間や勉学に励む時間を削ってまで、魔法の習得にあたってくれた。
どうしても外せない用事が多かったことを考えると、驚異的である。
ちなみに琥珀の姫君が開発したこの魔法、おれが覚えるのに三か月くらいかかっているのだ。
まあ、習得するついでにいろいろ拡張したり改良したりなんだりがあったというのもあるのだけど……。
「さて、それじゃあ、『相棒』にぼくの動きを覚え込ませようか」
かくして、兄上は『相棒』の第三の同調者となり……。
『相棒』は、兄上の技術をみるみる吸収していった。
学院生活の二年目が半年も過ぎるころには、兄上に限りなく近い動きができるようになっていた。
「この機工人形の学習能力は、素晴らしいね。すべての機工人形がこうなったなら、貴族が戦場で戦う理由もなくなるんじゃないか」
兄上は、兄上らしい鋭い視点でそう指摘してきた。
おれは笑って、「そうなる日が来ればいいんですけどね。あいにくと、この機体は一品ものなんです。魂に使われているものが特別な一品なので」と返事をする。
なお、魂についての詳細は、兄上にも殿下にも、そして研究棟の人々にも、「魂狂いの秘奥につき説明拒否」という一点で押し切っている。
いまのところ、虹色のコア結晶についてはおれと相方、ふたりだけの秘密であった。
普通の機工人形は、魔法を使えない。
しかし、おそらくは『相棒』の魂がこの虹色のコア結晶であるおかげだとは思うのだが……。
『相棒』は、魔法が使えるのだ。
これに気づいたのは一年生の秋、まだ『相棒』を仮組みしていたときで、魔道管に流れる魔素オイルが不思議な魔力を帯びていたからだ。
この時点で、おれたちふたりは、だいぶ慎重になった。
最初は実験棟でやっていた組み立てであったが、別の建物を借りて、ふたりきりで行うことにした。
幸いにして、魂狂いの秘奥と人形狂いの秘奥が関わっているから、と主張すれば、誰もが納得してくれた。
なお、「ガキが男女ふたりきりでナニをやっているんだか」みたいな噂話を流す者もいたのだが……。
毎日、おれたちが手も顔も魔素オイルと煤まみれで真っ黒にして寮に帰って来るのを見て、自然とそのような噂も消えた。
話を戻して、『相棒』の魔法である。
どうやら魂の在処である虹色のコア結晶が魔素の塊であることから、魂と魔素の親和性が非常に高くなっているのではないか、と琥珀の姫君は仮説を立てた。
最初に『相棒』が覚えたのは、肉体強化魔法である。
金属のボディは頑丈だがいささか重く、魔物との戦いでは機工人形が相手の攻撃を受け止めたうえで反撃するのが鉄板の戦術だ。
しかし、『相棒』が肉体強化魔法を使うことで、兄上と同じくらいの動きを可能としてしまった。
当然、これは兄上も気づいている。
これについても、『相棒』が普通の機工人形ではない特別な一品ものである、という説明で強引に押し切っていた。
兄上としては、「その技術がいずれ家にフィードバックされるなら、ぼくとしても、なにか言うことはないよ」とのことであるが……。
うん、この技術がわが家に還元できるかどうかは、ちょっとわからないな……。
とにかくいまは、『相棒』を完璧な状態に仕上げることに集中したいのだ。
すべてはそれからだと、おれたちはそう認識していた。
そういうわけで、兄上の武芸と肉体強化魔法により、上級貴族クラスの戦闘能力を確保した『相棒』であるが……。
まだまだ伸びしろはある、というのがおれと相方の共通認識である。
「せっかく武芸を覚えて貰ったわけですが、魔法が使えるなら武芸に頼らずともよろしいのではありませんか」
そんな身も蓋もないことを言い出すのが、琥珀の姫君という人物なのである。
いやまあ、彼女の言う通りではあるんだが……。
「『相棒』の肉体強化魔法を計測してみた限りでは、魔力量は伯爵級だ。兄上の動きを完全にトレースできていない部分があるのも、この魔力量の差だな」
兄上の魔力量は準侯爵級。
おれも似たようなものだ。
なお琥珀の姫君は、おれたちより一段上で侯爵級である。
「せっかくですから、いろいろな魔法を覚えさせてみましょう」
「ああ、そうだな。学習速度も知りたいし、ひょっとしたら得手、不得手もあるかもしれない」
騎士や貴族であっても、魔法の得手、不得手はある。
たとえばおれは、どうにも攻撃魔法が苦手で、特に狙いをつけて撃つ系の魔法がイマイチである。
兄上はわりと万能なのだが、実は水を扱う系の魔法が苦手だったりする。
琥珀の姫君は魔力操作系が非常に上手く、他の魔法もそこそこ器用にこなす。
こういった得意とする系統、苦手な系統が、『相棒』にもあるかもしれない。
さまざまな魔法に触れることで、それはおのずと判明するだろう。
そう考えると、興奮してきた。
さっそく計画を立てていこう。
そういうことになって、こちらも武芸の習得と同時進行で数か月。
判明したのは――。
「攻撃魔法やものをつくり出す系は壊滅的に駄目だな。だが、魔力操作系だけはおれよりよほど上手い」
「わたくしよりもですね。まったく、たいしたものです」
『相棒』の魂が、そもそも虹色のコア結晶という魔力の塊に包まれているからだろうか。
魔力を動かすことに関しては、学院のトップクラスに迫るスコアを叩き出していた。
あと肉体強化魔法も、使えば使うほど上手くなってきている。
これ、そのうち兄上の動きを超えるんじゃないかな……。
いやでも、だったら『相棒』専用の武装とか考えてもいいな。
別におれたちは、機工人形がヒトと同じになることを目指しているわけじゃないんだし。
「いくつか提案がある」
「ええ、わたくしも、少々思いついたことがございます」
おれたちは、徹底的に話し合った。
毎日が飛ぶように過ぎていく。
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