転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第23話

 わたしの上兄さまは学院の生徒会長で、下兄さまは理崩(ことわりくず)しというふたつ名の持ち主だ。

 対してわたしは、なんの取柄もない学院の一年生。

 

 平凡も平凡な、なにものでもない、ただの少女。

 でも、だからこそ胸を張って前を向かなければならない。

 

 ふたりの兄さまと弟のために。

 わたし自身のために、勝利する。

 

 そんな強い決意でもって、学院の門をくぐったわたしは……。

 琥珀の姫君というふたつ名を持つ女に、即行で強い敗北感を味わった。

 

 というかこいつなんなのですか、下兄さまと親しいし、殿下とも軽口を叩きあうし、美人だし!

 スタイルもいいし、笑顔もかわいいし……。

 

 なにより、とんでもなく頭がいい。

 知ってる。

 

 わが家のライバルである魂狂いの、特別な……。

 ええと何て言うんだっけ、そう、星宿し。

 

 彼女は、わたしとふたりきりになったとき、こう言った。

 

「あなたがわたくしのことを好ましからぬとお考えでも、それは問題ありません。態度に出さぬ限りは」

 

 ですが、と彼女は続ける。

 

「わたくしたちは、これから共にこの寮で暮らす、いわば一時的な家族。不和は日常生活に差し障りがございますこと、よく承知してください」

 

「えっと、その……まわりくどいです!」

 

「表向きだけでも仲良くいたしましょう、と申しております」

 

 彼女はそう言って、右手を差し出してきた。

 わたしは少しためらった末、彼女の手を握った。

 

「そう、それでよろしい。あなたの尊敬する兄上がたも、安心なさるでしょう」

 

「そこで兄さまたちの話をするのはズルです!」

 

「では寮の管理人たる殿下も……」

 

「お姉さまを出すのもズルです!」

 

「難しい年ごろでございますね」

 

 ふたつしか年が変わらないのに!

 年上ぶって! たしかに頭はいいのかもしれないけど!

 

 いや、お姉さまは馬鹿って言ってたけど……下兄さまとふたりで馬鹿コンビって。

 お姉さまの基準はよくわからない。

 

 王族だからなのかな。

 爆発がどうのって、本当によくわからないよ……。

 

 

        ※

 

 

 学院での生活は新鮮なことばかりで、目まぐるしく日々が過ぎていく。

 毎日の講義についていくだけで精一杯だった。

 

 入学前に、たっぷり予習をしていたはずなのに、余裕があったのは最初の方だけで、すぐに復習が必要になってしまった。

 兄さまたちに聞いたら、「おまえは家庭教師がついていなかったから、仕方がない」と言われた。

 

 たしかに、それはそうなのだ。

 特に下兄さまは、幼いころから特別な家庭教師にいろいろ習っていた。

 

 これは正確な表現じゃないな。

 家庭教師に、あれこれ教えろって、ねだってねだって相手が辟易するくらい知識をせびっていた。

 

 あれが普通じゃないというのは、当時のわたしも薄々思っていたのである。

 毎日、夜遅くまで、下兄さまの部屋の明かりはついたままだった。

 

 なんなら明かりをつけたまま机の前で寝ていて、朝になって下働きの人たちに起こされていた。

 そう、わたしは知っている。

 

「あなたのお兄さまたちは、とびぬけていらっしゃるのね」

 

 同級生たちが、そんなことを言う。

 上兄さまは生徒会長をしている秀才で、下兄さまはふたつ名持ちの天才だと。

 

 違う。

 上兄さまは懸命に努力をして、寝る間も惜しんで勉学に励んでいたことをわたしは知っている。

 

 下兄さまも、努力のひとだ。

 幼いころから本を読んで、読んで、読んで、疑問に思ったことはなんでも大人に聞いて。

 

 機工人形の仕組みが気になったらこっそり分解を始めて。

 わたしがひょいと下兄さまの部屋を覗いたら、慌てた様子で「ないしょだよ」とおっしゃって。

 

 うん、その後、お父さまにバレていた。

 でもお父さまは、下兄さまの向上心を褒めていた。

 

 わたしには、とてもできないことだ。

 あそこまでがむしゃらになって、とことん突き詰めようと努力するのは、それだけで才能なのかもしれない。

 

 でも、とにかく。

 それが下兄さまであって、なんでもわかる天才、とかではないと、わたしは知っている。

 

 同級生たちの言葉は、わざわざ訂正しないけど。

 そもそも、お兄さまたちが褒められるのは嬉しいことだから。

 

 わたしたちの家にとっても、いいことだから。

 ………。

 

 わたしは、違うから。

 ふたりの兄さまたちと、わたしのふたつ下の弟とは、違う道を歩むのだから。

 

 家業に関することだ。

 上兄さまは、いずれ家を継ぐことになるだろう。

 

 下兄さまは上兄さまを支えつつ、次世代の機工人形の研究や開発において主軸になるのだろう。

 

 弟は……まだわからないけど、でもたぶん、兄さまたちを補佐していくのだろう。

 でもわたしは、そうじゃない。

 

 いずれ、他の家に嫁ぐことになる。

 だから家業のことなんて知らなくていい。

 

 機工人形に関する知識を詰め込む必要はない。

 ずっと、そう言い含められてきた。

 

 それが普通だから。

 貴族の娘とは、そういうものだから。

 

 だって、女ってそういうものでしょう?

 社交界で出会う同じくらいの年ごろの子たちも、皆、同じことを言っていたし。

 

 わたしたちが身に着けるべきものは、貴族らしい知識と、いざという時身を守るための技術くらい。

 それだって、基礎的な身体強化魔法を習得していれば、平民に殺されることなんてまずない、ハズ。

 

 そういったものを身に着けるのが学院で、それも三年生か四年生くらいで充分で……。

 なんなら、適当なところで結婚のために学院を中退する子もいると聞く。

 

 別に、学院に通うことそのものは義務じゃないから。

 まあ王都の貴族社会で一人前でいるためには、ある程度は通ってないと後ろ指さされたりするらしいんだけど。

 

 でも、それも、子どもを産むためだったら問題ない、と言われたりもする。

 殿方の場合は、ほぼ六年間通うことが義務なんだけど。

 

 そのあたりは騎士団に入る条件とかも含めていろいろあって、わたしはよくわからない。

 わかる必要もないことだ。

 

 そういうのが、ごくあたりまえの価値観。

 わたしたちの、普通。

 

 そのはずなのに。

 あの女は、そのあたりのふるまいが全然普通じゃない。

 

 まずそもそも、普通の学院生は入れない研究棟に、入学前から通っていたらしい。

 意味がわからない。

 

 女は家業を継ぐこともないのに、入学前の時点で魂狂いの秘奥まで教わっているらしい。

 あの女を他家に嫁がせる気が、魂狂いにはいっさいないということだ。

 

 この時点でもう規格外だ。

 お父さまがおっしゃる、エラー個体というやつである。

 

 なんでも歩留まりが悪い部品はつくり方が悪いんだから、作業工程を一から見直す必要があるんだとか。

 言ってることはよくわからないけど、ああいうヒトがいっぱいいたら駄目ってことだろう。

 

 わかるよ、目ざわりだもの。

 向こうはわたしのことなんて、兄さまたちのおまけくらいにしか思ってないだろうけど。

 

 せめて学業で戦おうと思ったら……そもそもあの女は単位をほとんど取らなくていいんだとか。

 これまでの研究が評価されたとかで、なんなら入学した時点でもう卒業しても問題なかったんだとか。

 

 でたらめすぎる。

 下兄さまも同じというのは誇らしいけど、それはそれ、なのだ。

 

 だからあのふたりは、いつも旧校舎の一角に籠って実験に明け暮れているらしい。

 そのあたりに近づくと、気味の悪い音が聞こえてきたり、怪しい光が出ていたり、爆発が起こったりするから危険なのだとか。

 

 さすがは下兄さまだ。

 きっとあの女が無茶を言って、下兄さまがあの女を上手く宥めて、その結果が爆発だったりするんだろう。

 

 みたいなことを上兄さまとお姉さまに語ったところ、ふたりで曖昧な笑顔を浮かべていた。

 その後、見つめ合ってふたりきりの空気をつくっていたりしたから、お幸せにとしか言いようがなかった。

 

「おまえが焦る気持ちはわかるけど、彼女と張り合うのはやめよう。おまえはおまえの道を歩けばいいんだ」

 

 結局、上兄さまからは、そんな言葉をいただいた。

 わかってる。

 

 わたしには、あんな破天荒はできないってこと。

 わたしの前にある道は、他の人と同じ、平凡なものだってことも。

 

「ぼくだってね、あの子たちを見ていて、思うところはあるんだよ。あいつらずるいな、と思うことだって……実のところ、しょっちゅうだった」

 

「上兄さまが?」

 

 わたしは目を丸くして驚いた。

 加えてお姉さまが……。

 

「わたしもだよ、彼らが羨ましい。何度も、そう思った」

 

 と言葉を重ねてくる。

 

「お姉さままで!? だって、お姉さまは王家の方で……」

 

「でもね、わたしは所詮、魔力量が髙いだけの凡人なんだ」

 

 いやお姉さま、二年前の生徒会長でしたよね。

 この学院の生徒会長は、王族であるというだけではなれないということくらい、わたしは知っている。

 

 武芸でもトップクラスの成績を収めていて、学院でも数少ない、空中戦(ドッグファイト)の皆伝持ちですよね。

 そもそも飛行魔法は才能が必要で、だから王族でも希少な才能、って話を聞いたことがありますよ。

 

 そんなお姉さまが、凡人?

 だったらわたしはなんなんですか。

 

「うん、あまり謙遜のつもりはないんだけどね。これはわたしの本心でもあるんだ」

 

「そう、なんですか」

 

「なにせわたしは、陛下じきじきにあのふたりのお目付け役を任されていてね……」

 

「あ、それは本当にお疲れさまです」

 

 本心から、頭を下げた。

 あのふたり……よくできた下兄さまはともかくあの女のお目付け役とか、しかも陛下からのご命令とか、素直に同情する。

 

 下兄さまはともかく。

 重ねて、下兄さまはともかく。

 

「見えているはずのものから目をそらしてはいけないよ」

 

 上兄さまが苦笑いしながらそんなことを言う。

 いったい、なんのことだろう。

 

「ところで、おまえは同級生と上手くやっているのかい?」

 

「はい! 以前パーティでお会いした方の他にも、たくさんお友達ができました! 勝利です!」

 

「それはよかった。その人たちを大切にね。学院での繋がりは、卒業した後もずっと続くのだから」

 

 上兄さまとお姉さまのおっしゃる通りだ。

 わたしは、わたしのできることをするしかない。

 

 たとえば、学院に通う同級生たちとの交流。

 学院の外では得られない、家の垣根を越えた繋がり。

 

 それは得難いものであると、お父さまやお母さまもおっしゃっていた。

 そういった普通のものを得ることが、とても大切なのであると。

 

 だから、わたしはわたしにできる少しずつ勝利するのだ。

 ひとつひとつの普通を手に入れて、それを積み重ねるのだ。

 

 わたしは下兄さまにはなれないし、あの女の真似もできないのだから。

 

 

        ※

 

 

「安心したよ」

 

 半年近く経ったある日。

 たまたま寮のロビーで出会ったお姉さまに、そう言われた。

 

「きみが、プレッシャーに押しつぶされないか心配だったんだ。なにせきみがいままで見ていたのは、あのできすぎた兄ふたりだったのだから」

 

「ありがとうございます。でも、わたしは……わたしですから」

 

 わたしは上兄さまにはなれないし、ましてや下兄さまになんてなれやしない。

 でも、この学院の中では、特別なんて必要ない。

 

 わたしはわたしとして少しずつ背伸びをする。

 それが、わたしの勝利だ。

 

「そんなきみに、わたしの留守を任せたい。寮の管理人代理だ。頼めるかい?」

 

「……え?」

 

「問題児ふたりの引率をしなくちゃいけなくてね……。なに、マニュアルはある。上手くやってくれたまえ」

 

「ちょっと待ってください、わたし一年生なんですけど!?」

 

「できるさ。きみは、この寮のだいたいの人たちと仲良くできている。わからないところは、わが婚約者に聞いて欲しい」

 

「あ、上兄さまは残られるんですね……って、お姉さまや下兄さまは、いったいどこへ行かれるのですか?」

 

「ちょっと北へ」

 

「北?」

 

「うん。北方山脈のそばまで」

 

「魔物の最前線じゃないですか!?」

 




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