北方の守りの要であるこの城塞都市は、現在人口二千人あまり。
その二割である四百人強が戦闘員である。
特徴的なのは、この戦闘員全員が騎士級以上の魔力量を持っているということだ。
まさに戦いのための都市、王国が北方山脈に群れる魔物との戦いのために用意した決戦都市なのである。
そんな決戦都市であっても、
純粋に飛行魔法の難度が高いのだ。
加えて、空では事故の危険も高い。
そのため
故に、あちこちからかき集めて、なんとか十二人。
それが、殿下を守るために用意された兵のすべてであった。
都市を囲む魔術師たちの結界が解ける、その三十分ほど前。
ギリギリまで準備を整え、その十二人を従えた殿下が、
魔物の外皮を使った鎧が殿下の魔力を帯びて青白く輝き、夕暮れの空に白い飛行機雲のような軌跡を残す。
上空に待ち受けるは、空鮫を始めとした魔物たちのおそるべき空中艦隊。
螺旋を描いて上昇していく殿下たちに対して、二体の大鷲を中心とした中型から小型の迎撃部隊が上空から接近してきた。
おれと琥珀の姫君は、都市で一番高い見張り塔の屋根の上、大柄な対魔物戦闘用ボディに身を包んだ『相棒』のかたわらで、殿下たちと魔物の空中部隊が切り結ぶ様子を固唾を呑んで見守る。
殿下は左手を頭上に掲げ、傘のような結界を展開して、魔物たちが弾幕のように撃ち出してくる攻撃魔法から身を守る。
殿下の下方では、他の十二人も同様に結界で身を守りながら上昇する。
全長五メートルの大鷲が殿下とすれ違う、その一瞬。
殿下の右手に握られた剣が煌めく。
大鷲の絶叫が響き渡る。
この魔物は翼を切り裂かれ、失速して地面に落下していった。
一般的に空の魔物は外皮が薄い。
あまり重量があっては空に浮くことができないからだ、と言われている。
実際のところ、空鮫なんていう全長十メートル以上、場合によっては二十メートルにもなるような化け物がふわふわ浮いている時点でそれ関係あるの? と言いたくなるんだが……。
事実として、空鮫を含めた空の魔物は、地上の魔物ほど強固な守りを持っていない。
それでも騎士級の魔力程度では、空鮫の外皮を貫くことが難しい。
いま殿下に鎧袖一触された大鷲だって、騎士級の渾身の一撃でようやく攻撃が通るかどうか、といったところなのだ。
だからこそ、殿下の持つ王族としての桁違いの魔力は、この局面において切り札となり得るものであり……。
しかし、そんな殿下をどう生かすかが、この空の戦いにおいては難しいのであった。
殿下はそのまま上昇を続け――。
空を飛ぶ魔物たちが、それを阻止しようと角度を変える。
十二人の騎士たちが殿下のそばで魔物たちと切り結び、これを懸命に阻止した。
彼らは殿下と比べると、その飛行魔法の精度も、魔物たちと打ち合う手際も、明らかに心許ない。
空では騎士個人の技量よりも純粋な出力の差がより結果に出ると言われていた。
それでも騎士たちは、殿下を守るため、その身を盾として魔物たちの前に立ちはだかる。
彼らに守られて、殿下は急上昇を続けた。
殿下の狙いは、敵空中艦隊の中核である二体の空鮫だ。
ひとたび空鮫が都市内部に着陸してしまえば、口の中から溢れ出てくる小型の魔物で後方を攪乱されてしまう。
それは前線での戦いに甚大な影響を及ぼすものと考えられた。
いま大半の騎士たちは、都市を取り囲む地上の魔物の群れを、結界に守られ安全な城壁の上から迎撃している。
彼らの健闘に報いるためには、なんとしてもここで禍根を断つ必要があるのだ。
故に――おれたちも、ここに参戦する。
「『相棒』、砲撃用意、チャージ開始」
「かしこまりました、マスター」
「データリンク開始。殿下のタグ石は確認できているか?」
「問題ありません、マスター」
現在、『相棒』のメイドボディは、身の丈230センチメートルもある対魔物戦闘用のボディに搭乗している。
後方に二本の補助脚を持ち、背中に重い箱を背負い、肩には二本の大筒を載せた砲戦用装備だ。
さながら四足歩行の馬のようであった。
前世を知るおれからすると、アニメなどで見た多脚戦車が一番のイメージ元なのだが……。
さらに、それぞれの大筒には、大型の魔道弾が込められている。
この世界、飛び道具としても使われる攻撃魔法が発達しているものの、火薬に関する技術も多少は存在するのだ。
主に、魔法を使えない民が魔物から身を守るために用いられるものである。
正直、魔法が使えるならその方が楽だし、重い火器を集団運用するノウハウも充分に確立されているとは言えない。
しかし、機工人形に関しては話が異なる。
機工人形は魔法が使えないが、その並外れた膂力とタフな装甲は、魔物と戦い得るに充分なものであった。
ただ、接近戦ならばともかく、騎士たちが攻撃魔法で遠距離戦をしている時に、そのままではなにもできないという欠点があった。
弓を使わせる、という試みもされていたが……。
機工人形の無器用さは、いくら人形狂いといえどもある程度しか改善させられなかった。
せいぜい弩を用いるくらいで、しかも自分では弩の装填ができなかったりして。
故に、機工人形が運用する分には、火薬を一部用いた火器を携帯兵器として用いることも有用である。
そんな理解が、王国にもわが人形狂いの家にも存在した。
学院の研究棟でもこれに関する研究が進み、いくつかの携帯火器が対魔物戦に投入されている。
おれたちが今回、『相棒』に持たせた大筒もそのひとつで、長いチャージ時間と引き換えではあるが大型の魔物を殲滅することに特化したものであった。
いやまあうちの『相棒』は学習により非常に器用で、いろいろ武器を使い分けられるし、攻撃魔法もいくつか覚えさせているのだが……。
純粋に打撃力だけを考えるなら、研究棟が開発した兵器は有用なのだ。
計算上、命中さえすれば、大型の空鮫であっても一撃で仕留められるはずなのである。
あいつら空を飛ぶためにだいぶ装甲を犠牲にしているからね……。
そもそもとして、上空の目標に当てるのが非常に難しいんだが。
ここで一計を案じる。
いま殿下には、研究棟では一般にタグ石と呼ばれている魔道具を持って貰っていた。
周囲に位置情報を発信する魔道具である。
研究棟では、主にずぼらな研究者たちが大切な実験器具に取りつけて、無くさないために試験的に導入されているものであった。
これ、前世を知るおれにとってはもっと有効活用できる場があるだろと思うのだが……。
現在のところ位置情報を受信する魔道具は高価で、しかも伯爵級以上の魔術師しか使えないため、研究棟の外ではあまり需要がないらしく……。
もう少し技術が発展すればねえ、という話をヌシの教授としていたりはする。
そのタグ石を、少量だが今回、おれたちは持参していた。
実験装備に取りつけて、輸送中に盗まれたりどこかに落としたりしないようにって保険だったんだけど。
タグ石の位置情報を受信する魔道具は、『相棒』の対魔物戦闘用のボディが背負っているランドセルのような箱だ。
殿下がタグ石を空鮫に取りつけ、それを『相棒』が受信。
射撃データを補正して大筒を発射する、というのが今回の作戦であった。
殿下はこの話を聞いたとき「城攻めでもするつもりかね」とたいそう呆れていたのだが……。
実際に、空鮫は空の要塞と言ってもいいだろう。
はたして――。
殿下は魔物たちの妨害をかいくぐり、一度敵の上空に抜けて高度を取った。
向きを変えて落下する。
位置エネルギーを運動エネルギーに変え、魔物たちの隙を突いて急接近。
すれ違いざま、タグ石を空鮫の一体の胴体に貼りつける。
直後、直衛の魔物たちから集中攻撃を受け、慌てて離脱。
幸いにして、彼女に怪我はなさそうだ。
しかし、敵に追いまわされている彼女には、とうてい空鮫を攻撃できるほどの余裕はない。
やはりここは、『相棒』がやるしかないだろう。
「照準補正及びチャージ完了しました。いつでもいけます、マスター」
「撃て!」
「連装魔道砲、発射します」
耳を聾する轟音が響き、『相棒』が四本の脚で踏ん張る。
足場である塔の天井が揺れる。
大筒から放たれた二発の魔道弾は、弧を描いて上昇した。
魔道弾自身が加速し、タグ石に向かって軌道を修正、夕焼けの空に白い尾を延ばして舞い上がる。
『相棒』の精巧な狙いでもって発射された二発の砲弾は、空鮫の胴体に吸い込まれ――。
上空で、大きな爆発が起こった。
空鮫の全長十メートルの巨体が大きく傾き、灰色の煙をあげながら地上に落下していく。
地上には中型から小型の魔物の群れがいて――。
空鮫は、その場の魔物たちを巻き込んで地面に衝突する。
大地が、大きく揺れた。
おれたちのいる塔も、みしみしときしむ。
琥珀の姫君が押し殺した悲鳴をあげて床に這いつくばる。
「ちょっ、ちょっとこれ、落ち、落ち――っ」
「大丈夫だ」
おれは少女の手を取ると、両足を踏ん張った。
懸命にバランスを取りながら、上空を睨む。
「殿下は無事なのか」
「無事です、マスター。もうひとつのタグ石が、残る空鮫に向かっています」
おれのそばで平然と立ちながら、『相棒』が告げる。
ずっと、殿下の握るふたつ目のタグ石の行方をトレースしていたのだ。
「わかった。大筒に損傷はないか」
「問題ありません。砲身の過熱につき、弾込めの際はご注意を」
「わかっているさ」
おれは手袋をしてから、魔道弾を『相棒』の肩の大筒に込め直す。
あちっ、あちちっ。
「申し訳ございません、取り乱しました。お手伝いいたしますわ」
琥珀の姫君が、青い顔をしながら立ち上がると、おれの補助をしてくれた。
おかげで、なんとか弾込めが終わる。
いまのおれたちにできるのは、これくらいしかないのだ。
殿下たちが命をすり減らすような戦いをしているというのに。
いやまあ、普通に戦うことすら苦手なのに、
そういうのは、やはり専門家の仕事なのである。
そしておれたちの専門は、これだ。
『相棒』の背中を軽く叩く。
「頼んだぞ」
「お任せください、マスター。チャージ完了。タグ石の追跡、問題ありません」
あとは、殿下がタグ石をもう一体の空鮫に貼りつけてくれることを祈るしかないんだが……。
空の魔物たちも必死に殿下を追いまわし、どうにもその機会が得られない様子であった。
歯がゆい時間が過ぎていく。
間もなく結界が解ける。
障害がなくなった魔物たちは、本格的に城塞都市への攻撃を開始するだろう。
飛行型の魔物も、降下してくる。
空と陸から同時に攻められてはたまらない。
故に、ここでなんとしても空鮫を落とす必要があるのだ。
ひとりの勇敢な飛行騎士が、殿下の高度まで上昇する。
殿下とすれ違いざま、なにか言葉を交わし……。
「タグ石の持ち主が変化しました」
『相棒』が告げる。
「あちらの騎士が、現在のタグ石の持ち主です」
リレーのバトンのように、殿下はその騎士にタグ石を託したのだ。
はたして、空の魔物たちは殿下を追うことに躍起になっていた。
今度は殿下が、囮の役目になる。
派手な攻撃魔法を連発し、空の魔物たちを引きつけた。
その間に、タグ石を受け取った騎士がノーマークで空鮫に近づき――。
「タグ石、空鮫に貼りつきました」
『相棒』がそう報告すると同時に。
その騎士の身体が揺れ、失速する。
空鮫と共生する小型の魔物が、勇敢な騎士の身体に噛みついたのだ。
騎士の身体は落下していく。
彼を助けることは、誰にもできず――騎士の姿は、地面に群がる魔物の群れの中に消えた。
「『相棒』、砲撃準備」
奥歯をきつく噛みしめ、おれは告げる。
「軌道補正完了。マスター」
「撃て!」
大筒が火を噴いた。
騎士が命を賭してつけた目印めがけ、二発の魔道弾が弧を描いて飛んでいく。
そのうち一発は、ちょうどその場を横切った大鷲の翼に衝突して、この大鷲を撃破するだけに終わった。
しかし残る一発は、見事、空鮫の口の中に飛び込み――。
盛大な爆発が起こる。
空鮫は空中で爆発四散し、五体の肉片がばらばらと地上に落下する。
「皆、聞いてくれ! 空の脅威は消えた!」
殿下が、城塞都市全体に響くような大声で士気を鼓舞する。
「あとは地上だけだ!」
繰り返し、繰り返し、戦果を伝える。
ほぼ同時に、都市を守る結界が解けた。
陸の魔物たちが城壁に殺到する。
どこからともなく、歌が聞こえてきた。
戦の歌だ。
戦場のあちこちで、騎士たちは歌いながら魔物たちに矢や攻撃魔法を撃ち込んでいた。
あるいは城壁を登り切った魔物を相手に、果敢にも白兵戦を挑んでいた。
歌声は次第に大きくなり、それと共に戦場は凄惨さを増していく。
見張り塔の屋根の上で、おれと琥珀の姫君は、その様子を見ながら……。
大慌てで『相棒』の装備の換装を始めた。
「急ごう、今度は地上戦用だ!」
「砲の交換は任せました。わたくしは下半身の調整を――」
そんなおれたちのもとに、殿下が降りて来る。
いくらか怪我を負っているようだが、幸いにして命に支障はなさそうで、しかし疲れ切った顔をしていた。
「悪いが、ここでサボらせて貰うよ。少し休んだら、もう一度行くから」
「殿下はもう充分、働いたでしょう」
「そうはいかないさ。王族が命を張らないで、どうして兵が戦ってくれる。それよりも……」
と殿下が、『相棒』から取り外したばかりの二門の大筒とランドセルを眺める。
「よくもまあ、こんな大火力の武器を。本当に、機工人形が大型を退治してしまった」
「殿下の誘導があって、しかも相手が外皮の薄い空鮫だったからです。それにこれ自体は、研究棟でつくられたものですよ。おれたちは『相棒』用に少し改造しただけです」
「タグ石をトレースする魔法と組み合わせて命中精度を上げるなんて話、向こうから上がってきたことはないよ」
うん、普通にやったら命中率が悪くて使いものにならなかったからね。
チャージ中に動けないし。
高度や大気の状態から軌道計算できる『相棒』が、正確に目標をトレースして、ようやく実用的と言えるラインにまで仕上げることができたのだ。
「普通の機工人形じゃ無理です。『相棒』だからです」
殿下と目を合わせず、『相棒』の換装作業をしながらそう返事をする。
「ただの、既存技術の組み合わせですよ」
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