殿下がジト目で睨んでこなくても、『相棒』に使われている技術が汎用化された場合の影響については、おれもある程度は理解しているつもりだ。
そもそもの話として、戦闘用の機工人形というものが、騎士や貴族の消耗を抑えるために生み出されたシロモノなのだ。
この城塞都市でも、現在北側の門の前で五百体以上の完全武装の機工人形が、門が開き魔物たちに向かって突撃する時をいまかいまかと待ち構えている。
機工人形は、騎士のかわりにもっとも消耗が激しい場所に投入され、傷つき倒れるのが存在意義なのだ。
それによって、王国は貴重な戦力を温存できるわけだが……。
一方で、貴族が貴族たり得るのはその血を流して民のために戦うからだ、というのがこの世界における一般的な貴種のありようだ。
では、こうも考えられる。
機工人形とは、貴族を代替するものではないか。
貴族が貴族たり得るものを奪っているのではないか、と――。
そう声高に叫ぶ者たちもいるのである。
まあ、王国の機工人形の発展を苦々しい思いで見つめている、他国の人たちとかね。
あとはわが国の騎士とかでも、困窮していたりするところからは、そういう声があると聞く。
もちろん他国でも機工人形は使われているんだけど……。
わが国の機工人形が、大陸でも頭ひとつ抜けて優れていることは、赤子でも知っていることなのである。
故に過去には、それを妬んだ他国の貴族が教会を抱き込んで政治的にわが家を攻撃してきたことも、一度や二度ではなかったりする。
そのたびに、尻馬に乗って非難してくる王国内の他勢力とかもいてね……。
最終的には王家がかばってくれて、あと他の取引がある貴族家も味方になってくれたりして、これまではなんとかなっていたんだけど。
だからまあ、うちの家はわりと教会が嫌いだったりする人が多いらしい、という話を少し聞いたりもしていた。
そんな不安定な状況は、父が若い頃まで続き……。
この二十年と少しは、いろいろあってわが家への風当たりも弱くなったとのことである。
結局のところ、そういった露骨な足の引っ張り合いを除けば……。
現在の機工人形では、騎士や貴族の役目を完全に代替することは不可能だというのが、戦場に立つ者たちの一般的な認識である。
たとえば、いまだ城壁の上から魔法で地上の魔物を攻撃している騎士たちがいる。
彼らは互いによく連係して、飛び道具を持つ魔物から始末したり、壁を登ろうとする魔物を順番に片づけたりしている。
対して機工人形は、地上の門の前で待機し、万一に備えている。
機工人形は戦術的な思考ができないし、互いに連携することも苦手なのだ。
加えて、機工人形は魔法も使えなければ弓矢の扱いも苦手である。
結局、不器用な機工人形たちは、魔物との近接戦闘により、血――ではなく魔素オイルを流すしかないのであるから。
『相棒』は、違う。
現状、一品ものとはいえ、騎士や貴族の領分を明確に侵している。
※
城塞都市を囲む結界が解けてから、数分後。
都市の北門が、重くきしむ音をたてながらゆっくりと開いていく。
五百体からなる機工人形の部隊が、魔物の群れに突撃を開始した。
城壁の上にいた北方辺境騎士団の大半は、すでに地上に降りて、あちこちで魔物と交戦している。
その騎士たちが、さっと左右に分かれ――そうしてできた空間に、機工人形たちが楔を打ち込む。
小型の魔物の軍勢は、勢いのある機工人形たちの突撃により、挽き潰されていった。
この隙に、騎士団の者たちは中型、大型の魔物に向かう。
結界が解けたいま、大型の魔物たちが都市を囲む壁に取りつく前に撃破する必要があるからだ。
城塞都市のまわりに集まった魔物の数は、全長十メートル以上の大型が四体、五メートル前後の中型が三十体で、あとは人間サイズの小型がだいぶ削られて残り千体ほど。
このうち、特に注意が必要なのが大型の四体である。
炎吹猛猪は、その名の通り口から紅蓮の炎を吐き出す巨大な黒猪で、こいつの全力での体当たりは全長十五メートル以上ある分厚い城壁にヒビを入れるほどだ。
これが二体もいて、さらに残り二体の大型も、油断のならぬ輩ばかり。
いまの殿下なら、万全の状態なら大型と一対一で戦うこともできるだろう。
だが
無理もない、ただでさえ実戦での
しかも、厳しい戦力差に神経をすり減らすような戦いを強いられたのだろうから。
「わたしとしては、きみたちが進む道の先をどこまでも見てみたいよ」
おれたちのそばにへたり込み、息を整えながら殿下は言う。
「とはいえ、一足飛びに時代を先に進められても困る者が出るというのは、理解して貰いたいね」
「いまのところ、『相棒』は量産ができません。虹色のコア結晶については、以前にご説明した通りです」
虹色のコア結晶について殿下におそるおそる説明したのが、二年生の終わりごろだ。
殿下は「まあ、なにか秘密があるとは思っていたけどね。次からはもっとわたしを信用しなさい。陛下にはしばらく黙っていてあげるから」と苦笑いした後、おれと琥珀の姫君の頭に一発ずつ拳骨を落とした。
とても痛かった。
ふたりして頭を抱え、うずくまって涙目になった。
横暴な牢番め!
そして、いま。
「その、虹色のコア結晶なんだけどね。精製方法を知っているのは、本当にわたしときみたちだけなのかい。情報がどこかに流れたという可能性は?」
おれと琥珀の姫君は、顔を見合わせた。
しばし見つめ合った後、互いに首を横に振る。
「ですが、殿下、これもまた既存技術の組み合わせにすぎないんです」
「わたしからも手札を切ろう。
初耳だった。
まっさきに思い浮かべたのは、周囲の魔力を吸収する魔素吸収器である。
あれの技術は公開されているし、周囲の魔物を滅ぼした後にあれで魔力を吸収することで、魔物たちの棲息域は減少し、ヒトは領土を広げることができる。
だが、もしまだ魔物がいるというのにあれを用いて周囲の魔力量を減少させたとしたら……。
「まさか、この
「きみたちの意見を聞きたい」
「殿下のご懸念の通りでしたら、その可能性はあるかもしれません」
少し考えた末、琥珀の姫君が口を開く。
「つまり、わたくしたちの真似をして、虹色のコア結晶をてっとり早く手に入れようとした輩がいたと、殿下はそうおっしゃいたいのですか?」
「可能性があるとは思わないのかい?」
「北方山脈の魔力はいくら濃度が高いといっても、理論上、虹色のコア結晶の精製が可能なほどではありません」
去年、南西のジャングルの地下で発見した、呼吸すら困難なほどの高濃度の魔力。
あれほどの土地は、少なくともヒトが観測できる地上には存在しない。
いや、本当に魔物の棲息域の奥の奥とかならわからないが……。
基本的には、魔力が濃厚に凝縮されるのは、長年、放置されていた神民の地下遺跡だというのが現在の定説である。
だが、もしも。
おれたちが正式なレポートをあげておらず、虹色のコア結晶について秘匿しているという情報が中途半端に漏れたとすれば……。
「半端な情報をもとに動いた勢力がある、と殿下はおっしゃりたいのですね?」
「あくまでも、可能性さ。別の可能性も、もちろんある。むしろそっちだった方が問題でね」
「別の可能性……」
おれは呟く。
「妖精が動いたとか?」
妖精とは、魔物たちが棲むような魔素の濃い領域に住むと言われる、人語を話す存在の総称だ。
前世で言えばエルフとかドワーフとか、そういう感じの亜人たちである。
おとぎ話ではない。
彼らの実在は確認されているのだ。
ただ、妖精たちは非常に数が少なく、魔物たちの領域の奥深くに暮らしているようで……。
しかも人類に対しては非協力的で、場合によっては敵対的ですらあるという。
魔物を飼い慣らしている妖精もいる、とものの本にはあった。
いやこのへん、本当かどうかはさっぱりわからないんだけどね。
神民と関係している、という話もある。
保有している魔力量が非常に高く、いまは失われた高度な魔法を操るというから、それが神民を連想するのだろうか。
何千年と生きて、魔法と神秘のすべてを知る存在、とか言われることもある。
なお、教会は公式には妖精の存在を認めておらず、ヒトの姿を騙る魔物がいる、とだけ言っていたりするんだが……。
教会がいろいろ疑わしい、うさんくさい、とおれが思っている理由のひとつなんだよなあ、このへん。
それは、さておき。
「北方山脈で妖精を見たという噂は、たしかにあるんだけどね」
殿下は肩をすくめてみせる。
「そういう、ふわふわした話じゃないんだ。もっと生々しい話さ」
どういう意味か理解した様子の琥珀の姫君が、顔をしかめてみせる。
「つまり、他国の攻撃ですか?」
おれが、彼女のかわりに、その懸念を言葉にした。
「この城塞都市で魔物を食い止められなければ、王国は多大な被害を受ける。王都は迎撃で手一杯になる」
「周辺諸国の動向までは、わたしもわからないからね。そっちの方は他の王族の専門分野なんだ。でもね。この要塞都市ができてから百年以上経つけど、ここまで大規模な
それは北方山脈にいくつもの
逆にいえば、その剪定が機能していたにもかかわらず、今回、これほどの魔物が山を下りて平野部を襲ったというのは……。
なんらかの異常が北方山脈に起きた、ということだ。
そんな原因なんか、どうせ後で専門家が調べるだろう、ということでこれまで気にしてもいなかったのだが……。
たしかに、魔力の減少は
「魔物を政治の道具にしますか。そこまでする国があるんですかね?」
「わが国は、わりと周辺諸国に嫌われているからね。つい二年前も、王都騒乱の責任を求めて外征したばかりだ。その是非については置いておくとして……」
「普通に他国から見れば、うちの国って傲慢で横柄で好き勝手する蛮族ですよね」
「そこまでは言ってないんだけどなあ」
殿下が呆れているけど、まあそういうことだ。
他国がちょっかいをかけてくる理由が多すぎる程度には、王国には敵が多い。
遠交近攻の原則に従って、王国の婚姻外交も基本的には隣接国じゃなくて隣接国の敵国と結ぶことが多いらしいしね。
もちろん、領土を接していて、かつ友好国もあるにはあるんだけど。
まあそのあたり、複雑に利害が絡み合っていろいろたいへんだったりするらしいのだ。
おれはそのあたりに詳しくないし、通り一遍の知識しかないんだけどね。
「さて、きみたちの機工人形は、もう休んでいてもいいんだが……。さっきから換装作業を続けているところを見ると、まだやる気なのかい」
「もちろんです」
おれと琥珀の姫君は、同時に殿下にうなずいた。
「このままでも城塞都市は守れると思いますが、相応に犠牲は出るでしょう。『相棒』が出撃することで、それを少しでも抑えることができるなら」
「そうか。そういうことなら、わたしと共に、もうひと働きしようか」
感想、ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。