騎士や貴族たち四百人と、機工人形五百体。
この決戦都市が擁するほぼ全戦力が、壁の外に展開する魔物の群れに対して近接戦闘を挑んでいる。
これまで壁の上から攻撃魔法や弓矢で少しずつ削っていたのは、都市を囲む結界があったからだ。
都市の壁は高いといっても十五メートルと少しで、大型の魔物が本気で攻撃してくれば、そう長くは保たない。
よって、中型、大型が壁にとりつく前に、これを潰す。
都市を守る方法は、それしかない。
犠牲が出るとわかっていても北方騎士団が近接戦闘を挑むのは、そういう理由であった。
無論、近接といっても魔物の群れに正面から全軍が突撃するのではない。
現在、機工人形たちが小型の大軍を担当し、騎士たちは小型の密度が薄いところを突破しながら中型を削り、大型の足止めを行っていた。
何度も魔物との戦いを経験した結果、それがもっとも効率のいい戦い方であると、この北方ではそう理解されているのだ。
なにせ機工人形たち、緻密な作戦を理解する頭もなければ精密な動きで戦場をコントロールするといったこともできないからね。
あくまでも数合わせの兵士にすぎない。
とはいえその数合わせの兵士はたいへん頑丈で、真正面から魔物たちとぶつかることができる。
不器用ながらも恐れ知らずで、命令に忠実に従う。
かつての『相棒』も、こういった大規模な戦場で何度も戦い、生き残ってきたのだろう。
そう思うと、感慨深いものがある。
そして、いま『相棒』の名を与えられたおれたちの機工人形が――。
戦場に躍り出る。
「よいしょ……っと」
おれと琥珀の姫君、そして殿下の三人で、『相棒』を抱えて見張り塔の屋上から飛び降りる。
三十メートル以上の落下だ。
皆が身体強化魔法を使い、落下のエネルギーを下方に放った衝撃魔法で吸収した。
それでも、重い衝撃と共に派手な土煙があがる。
魔物たちが、なにごとかと城壁前に落下したおれたちに注目した。
そうして隙を晒した魔物は、機工人形や騎士たちが即座に狩っていくのだが……。
それでも何体か、新手であるおれたちに接近してくる魔物がある。
いずれも小型で、身の丈は150センチから250センチ。
前脚がカマキリの鎌になった蟻のような魔物、鎌蟻。
耳が触手のようにしなっている兎の魔物、鞭兎。
それらが束になって距離を詰めてくるも……。
「さっさと準備をしたまえよ」
殿下が、雑に剣をなぎ払う。
剣先から飛び出した見えない刃が、魔物たちをまとめて切り裂いた。
魔物たちは体液をまき散らしながらその場に倒れる。
見えない刃を飛ばす、殿下が得意とする攻撃魔法だ。
「『相棒』、着地の衝撃で、どこか異常はないか」
「問題ありません、マスターがた」
『相棒』の返事。
よし。
「なら――いくぞ」
おれは、『相棒』の背中に設置した簡易な椅子に飛び乗る。
いろいろ考えた末、現段階で『相棒』が単独で戦場で動きまわるのは、かえって騎士たちの邪魔になると判断したのだ。
故に、おれが適宜、『相棒』に命令を下し、場合によっては周囲の騎士と声をかけあう。
加えてこれなら、おれの魔力で『相棒』をアシストできる。
琥珀の姫君には後方でのサポートをして貰う。
これで完璧――のはずだったのだが。
「はい、よいしょ、っと」
なぜか彼女、『相棒』の身体をよじ登り、おれの股の間に腰を下ろす。
少し甘い汗の臭いがした。
「おい」
「この子をサポートするなら、ひとりよりふたりの方がよろしいでしょう? さあ、参りましょうか」
「――わかった。振り落とされるなよ」
おれたちの方に振り返った殿下が、苦笑いと共に肩をすくめてみせた。
「戦場でいちゃつくのは、さすがにどうかと思うよ」
「わたくしは真面目ですわ」
対魔物戦闘用のボディの『相棒』が、四本の脚で荒野を駆け出す。
身体強化魔法で己を強化して次第に加速し、たちまち馬が駆ける速度を超える。
椅子に座るおれたちは激しい揺れに耐えながら、『相棒』の背中に設置した魔力吸引孔にふたりで手を添えた。
おれたちふたりの魔力を『相棒』に注ぐ。
「砲撃用意――撃て!」
「発射いたします、マスター」
空鮫との戦いを終えた大筒の代わりに装備された、肩の二門の小型魔道砲が火を噴く。
閃光が煌めき、次の瞬間。
近づいてきた鎌蟻の群れが、まとめて吹き飛んだ。
『相棒』が覚えた攻撃魔法のひとつである。
この小型魔道砲は、あくまで触媒の役目を負いつつ魔法の狙いをつけるための補助具だ。
中に弾は込められておらず、魔力の塊を撃ち出している。
ただこれ、伯爵級の魔力量しか持たない『相棒』が使うにはいささか魔力を食い過ぎるという欠点があってね……。
なので、準侯爵級の魔力を持つおれか琥珀の姫君が魔力を注いで、『相棒』が狙いをつけて射撃する、という形を取らざるを得なかった。
正直、こんなものを貴族が使う用に量産しても意味はないんだよね。
普通の戦場に出る騎士や貴族なら、自分で狙いをつけて魔法を放った方がずっと楽なのだから。
でもおれたちは違う。
クソエイムと運動音痴が合わさったおれや琥珀の姫君にとっては、非常に強力な補助具になり得る。
いやまあ、別にこんなことをメインにして開発したわけじゃないんだが……。
それでもこの重要な場面で、準侯爵級の魔力量を持つ者が参戦することには意味がある。
おれたちが次々と注ぐ魔力を使い、『相棒』は戦場を駆けながら攻撃魔法を連発、小型の魔物を次々始末していく。
馬の疾走に近い速度なのに、殿下がおれたちのそばで涼しい顔をしながら併走して、その様子を感心したように眺めていた。
「うん、これならわたしの援護は必要ないかな」
「はい、問題ありません。殿下はこれから――」
「大型を叩くよ」
「お供します」
「大丈夫なのかい?」
「援護くらいなら、まあ」
「では頼んだよ。正直、わたしもあまり余裕はないんだ」
でしょうねえ、さっきあれだけ戦った後なんだから。
たぶん戦場の誰もが、殿下には休んで欲しいと思っているだろうけど。
でも、いまの戦況で最強の魔力量を持つ彼女を遊ばせている余裕なんてない。
なにせ、部隊の先頭に立って大型の魔物に突撃している壮年の男性、あれってたぶん辺境伯閣下なんだぜ……。
大型相手だと、騎士級の魔力量じゃ傷ひとつつけられない。
魔力量が大きな貴族が結界を張る方にまわっちゃったから、他に戦場を駆けている人たちは皆、伯爵級以下だろう。
ちなみに、北方辺境伯閣下の魔力量は、たしか侯爵級だったはず。
そんな状況で、王族が参戦することの意味は大きい。
おれたちと『相棒』がわりと勝手を許されているのも、準侯爵級の魔力量の持ち主がこの場ではひどく貴重だからだ。
まあ、そうでもないと、だっておれたちまだ学院の三年生ですからね。
今年でやっと十四歳のガキが戦場に立つことを、皆が苦い顔をしながら見ているのはわかっているのだ。
それでも、おれたちは戦うことを選んだ。
少しでも、騎士団と機工人形の損失を抑えるために。
あとはまあ『相棒』の各種データを得るために……。
「わたしは先に行く。きみたちは、きみたちのペースで」
「はい、ご武運を」
次の瞬間。
殿下は風となって、おれたちのそばからかき消えた。
ソニックブームが『相棒』を襲い、横倒しになりそうなところを慌てて逆側に攻撃魔法を放ち、カウンターを入れてこらえてみせる。
おれの腕の中で、琥珀の姫君が押し殺した悲鳴をあげた。
いやだからね、この椅子にふたりで座るのは無理があるんだって。
とはいえ、まわりが魔物だらけのここで彼女を降ろすわけにはいかないんだけど……。
「わたくしとあなたで、この子を守るのです。そうでございましょう?」
「お腹が少しぷにぷにしてきた? この都市で殿下と食べ歩きしてたよね」
「蹴り落としますわよ」
「いまの発言は少々、配慮に欠けると思われます」
うわ、『相棒』にまでダメだしされた。
去年少しの間、殿下に預けて寮の下働きをさせていたら、いつの間にか皮肉とか言うようになったんだよなあ。
一応、おれたちといるとき以外は余計なことは言わないように、と命令しているんだけど。
その反動なのか、おれたちだけのときは割と軽口を叩いて来るのだ。
今回も殿下がいなくなったから、口が軽いモードになったのだろう。
「『相棒』はいい子ですわね。あなただけがわたくしの味方ですわ」
「重量オーバーを我慢しているのですよ。ふたりとも、もう少しおとなしくしてください」
琥珀の姫君は、やりこめられてぐっと押し黙った。
「ところで、おふたりの体重の増減について私見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
「戦場で話すことじゃないだろ……」
「図書館で借りた演劇の脚本によれば、厳しい戦場でこそ軽口を叩くのが歴戦の騎士です」
「おれたちは実質、初陣なんだ。もう少し緊張した方がいい」
それはたしかに、と『相棒』は口を閉じた。
なお、この会話の間にも何度か攻撃魔法を放ち、周囲に群がる魔物たちを十数体、始末している。
走りまわっているおかげで大半の魔物は追いつけず、遠距離からの攻撃もおれたちのはるか後方を叩くのみ。
さて、このまま一気に、大型との距離を詰めたいところなんだが……。
前方で派手な爆発が起こった。
見れば、炎吹猛猪の一体が放つ紅蓮の炎を殿下の剣が切り裂くところだった。
全長十メートルオーバーの巨体に対して、華奢な少女が肉薄する。
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