一般的に、騎士から伯爵の間で広く使われている攻撃魔法は、火弾や炎舞、雷槍、神雷と呼ばれる、分類としては現象発生系とされるものだ。
魔力によって火の玉や雷の槍を生み出し、これを撃ち出す。
一方、殿下が使っているのは、魔力放出系に分類される、魔力そのものを撃ち出す魔法で、魔刃とか衝雷とか言われている。
ひとつの魔法を表す言葉がひとつじゃないのは、さまざまな流派がさまざまな名前をつけているからである。
おれの前世で言えば剣術の流派みたいなものが、魔法を用いた戦闘技術、武芸の流派として存在するのである。
王家の中でも、それぞれ好き勝手に気に入った武芸を学んでいるので、武芸の流行り廃りといったものも激しかったりする。
おれや琥珀の姫君は、どの流派も学んでないんだけどね。
基礎の段階で躓いた、立派な武芸音痴である。
とはいえ『相棒』に武芸を学ばせる際、さまざまな流派について勉強した。
結局、武芸は兄上に学んで貰ったから、いまの『相棒』のベースは兄上の流派である。
で、だ。
兄上の流派では、雷の矢を飛ばす魔法、雷矢が一般的な攻撃魔法として広く使われている。
去年の終わりあたりから、殿下と兄上には『相棒』の秘密をいくつか開示し、『相棒』に同調してこのへんの魔法を使って貰った。
でも結局、『相棒』はその巨体故に兄上ほど機敏に狙いをつけることができなくて……。
最終的には、魔道砲を積んで、これを触媒兼魔法発動の起点にし、『相棒』の演算でクソエイムを補うということになった。
それでも、動き続ける目標に対しての命中率は非常に悪い。
だから空鮫を相手にするときは、こちらが完全に静止した状態で、かつ空鮫にタグをつけてもらったのである。
過去の膨大な射撃データを用いた演算から答えを導き出すのは、むしろ『相棒』の得意な分野だ。
地上戦では、また事情が異なっていた。
地面を走り続けなければ敵に捕捉されるし、その状態ではろくに狙いもつけられない。
それでも、身の丈150センチから250センチくらいの小型の魔物であれば、雷矢の連射で面制圧を行うことで対応できる。
乱戦になったら、フレンドリーファイアの危険性が高くなっちゃうんだけどね……。
なので、どちらかというと乱戦に巻き込まれないコース取りが重要になる。
おれと琥珀の姫君のどちらかが搭乗することになったのは、戦場の様相を確認し、『相棒』のコース取りを指示するためであった。
なぜかおれたち両方、搭乗しているんですけど。
少女のお尻がおれの股の間にあるんですけど。
「蝶を飛ばします。わたくしの身体を支えて」
「はいはい、お姫さま」
おれは右腕で『相棒』の背に設置した握りを取りつつ、左腕で少女を背中から抱きしめた。
琥珀の姫君は、それを確認した後、黄金色の蝶を宙に舞わせる。
蝶は戦場全体を俯瞰してから、ふたたび少女のもとに戻った。
「右手、あちらの方向に」
「了解」
『相棒』の背の握りに、魔力を流す。
戦場の喧噪の中でも指示が通るように、こうして簡易の通信ができるようにしておいたのだ。
『相棒』が速度を維持したまま向きを変える。
敵の群れが少なくなっていく。
かわりに、大型の魔物たちが見えてきた。
小型と大型が分断されているのは、大型を足止めしている者たちがいるからで、いまのところその分断は上手くいっている様子だ。
大型の魔物は、全部で四体。
そのうちもっとも厄介なのが二体の炎吹猛猪である。
炎吹猛猪のうち一体は殿下が相手をしている。
二年前とはまったく違う動きで、巨大な魔物を翻弄していた。
あれが、王族。
ヒトの最高峰たる者たち。
魔物に対する人類の守り手だ。
そしてもう一体の炎吹猛猪とは、辺境伯閣下とその配下が懸命に戦っていた。
残り二体も、おそらくは北方辺境騎士団の精鋭たちが数十人がかりで動きを抑えている。
騎士団だけではいかにもちから不足で、荒野に倒れ動かない者の姿もいくつか見えた。
この状況でどこに介入するべきか。
まあ……最初の予定通り、殿下の援護だろう。
「目標、殿下と交戦中の炎吹猛猪」
「わかりましたわ」
おれが指示を出し、少女が魔素吸入孔に手を添える。
膨大な魔力が『相棒』に流れ込む。
「撃て!」
『相棒』の二門の砲塔が火を噴き、雷の矢が連続して投射される。
しかし、全身から炎を吹き出す全長十メートル以上の魔猪は、雷の矢を受けてもみじろぎすらしなかった。
それでも、鼻を鳴らして煙を吹き出し、不快そうにこちらを向く。
口を大きく開けて、紅蓮の炎を吐き出した。
炎吹猛猪の周囲の地面は、ドロドロの溶岩のように溶解している。
あの炎の息を浴びれば、ヒトなど骨まで溶けてしまうだろう。
炎は左右に大きく広がりおれたちに迫るも――。
『相棒』はさらに加速し、かろうじて炎から逃げきった。
見当違いの方向に炎を吐いたことで、炎吹猛猪は大きな隙を晒す。
これを逃す殿下ではなく、剣を手に地面を蹴った彼女は、大きく跳び、魔猪の片目を深く抉ってみせる。
炎吹猛猪は、耳を聾する咆吼をあげた。
もだえ苦しむように身をひねり、足を踏みならす。
地面が大きく揺れ、『相棒』の上の椅子に座るおれたちの身体が激しい震動に振りまわされた。
と――悲鳴をあげて、琥珀の姫君が宙を舞う。
少女と、視線が交わった。
その唇が動き、おれの名を呼ぶ。
ああもう、だからふたり乗りは無茶なんだって!
おれはとっさに身を乗り出すと彼女に手を伸ばす。
まだだ。
まだおれたちは、なにも為しちゃいない。
おれたちが、いま分かたれていいはずがない。
一瞬が永遠に思える時間が過ぎた。
おれの手が、少女の手を掴む。
ぐいと引き寄せた。
少女を抱きしめたまま、椅子の背に叩きつけられる。
「大丈夫ですか、マスター」
「こちらは問題ない。速度は落とすな」
「了解です、マスター」
おれは、腕の中に抱えた少女の様子を見る。
琥珀の姫君は恐怖に震え、青い顔をしておれを見上げた。
「あとで、椅子をふたつにしよう。シートベルトも絶対必要だな」
このままじゃ、命がいくつあっても足りない。
改善点はよくわかったが、さて、この後はどうするか……。
「少しだけ、抱きしめてくださるかしら」
「ああ」
言われるまま、おれは少女の華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。
その震えが、おれに伝わってくる。
少しずつ震えがなくなっていくのも。
十秒ほども、そうしていただろうか。
「もう、大丈夫。……わたくしは、ここで降りますわ」
「危険だ」
「このまま、ふたりでいる方が危険です。外皮が薄かった空鮫と違い、地上の大型の魔物に対しては、『相棒』は未だちから不足とわかりました」
「である以上、機動力で勝負するしかない、か」
言いたいことはわかる。
だが、ダメだ、絶対にダメだ。
おれは彼女を抱きしめる腕にちからを込めた。
「痛い、ですわ」
「逆に考えよう。この場で改良する」
「工具は……たしかにございますが……」
「安全ベルトだ。おれが支えるから、おれたちの身体を繋ぐベルトをつくってくれ」
「この揺れる中で、ですか」
「細かい作業はきみの方が得意だろう? 『相棒』、少しだけ速度を落としてくれ」
少女はぶつくさ言いながらも、ロープと工具を取り出して魔法で溶接を開始する。
腰のあたりがちょっと熱いが、声を押し殺して我慢した。
そうこうする間にも、戦いは続いている。
殿下は片目を失った炎吹猛猪にラッシュをかけているが、相手の体力もたいしたものでなかなか沈まない。
他の三体の大型は、次第に騎士団側が押されるようになり、倒れる者の数が増えていっている。
このままでは、多大な犠牲が出るだろう。
「溶接、終わりましたわ。少し、あなたの服が焦げてしまいましたが……」
「どうせ、後で新品に交換する。『相棒』、全力で飛ばしてくれ。まずは再度、殿下の援護をする」
「承りました、マスター。どうか、今度こそ振り落とされないよう」
ふたたび、四足歩行の機工人形が加速した。
殿下と炎吹猛猪の戦う灼熱の戦場がみるみる迫る。
地面がますますどろどろに溶けていて、もはや近寄るのも難しい状況だった。
これが大型の魔物との戦いなのだ。
殿下は暴れ狂う炎吹猛猪に手を焼いている様子で、時間をかければ勝てるのだろうが……。
その時間が、いまは惜しい。
「あいつの動きを止めよう」
「わたくしたちの攻撃魔法では、びくともしませんでしたわ」
「あのどろどろになった地面に穴を掘って、踏ん張れなくするというのはどうだ」
「なるほど、穴掘り……。爆槍を使うのですわね」
話が早い。
椅子の後ろにある箱から身の丈五十センチほどの小槍を取り出し、円筒形の魔道弾頭を装填する。
背中の二門の砲塔に、槍をそれぞれセット。
あとはこれを撃ち出せるように、ふたりして大急ぎでセッティングを調整する。
「殿下、いきます!」
魔法で声を飛ばした。
殿下が一度、暴れる炎吹猛猪のそばから離脱。
直後、『相棒』から発射された二本の槍が、炎吹猛猪の目の前の地面に着弾した。
激しい爆発と共に、地面が深くえぐられる。
暴れていた炎吹猛猪は、突然沈んだ地面に驚いた様子で身をよじった。
しかしこらえきれず、崩落した地面にその前脚が呑み込まれていく。
怒号のような咆吼をあげながら、炎吹猛猪は横倒しになった。
地面が激しく揺れる。
「よくやった、きみたち!」
殿下が、上空から勢いよく炎吹猛猪に襲いかかる。
それから。
彼女がこの大型の魔物を仕留めるまでに、一分もかからなかった。
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