翌日の朝。
城塞都市の北門の前に集まったおれたちは、偵察隊の隊長であるという壮年の男から、追加の同行者がいることを告げられた。
殿下である。
普段、使っている軽装鎧は大型の魔物たちとの戦いで無残に焼け焦げてしまったため、より身軽な私服に身を包んでの登場だった。
「わたしはきみたちの保護者だからね。王族としての義務と同時に、生意気なガキの引率もしなきゃいけない。たっぷりと同情したまえ」
「いやほんとに忙しいんでしょうから、わざわざ生意気なガキに同行しなくても……。どうせ、ちょっとした散歩みたいなものですよ」
「そんな風に周囲をだまくらかして、いままでどれだけの無茶をしてくれたか、わたしが忘れるとでも思ったかい?」
だまくらかすなんて、とんでもない。
ただちょっと黙っていたことが多いだけです。
「その顔……本当に、もう。それにね、ちょっと気になる情報があって、確証を取る必要が出てきた」
「確証、ですか?」
殿下がおれと琥珀の姫君を呼び寄せた。
なんだなんだと顔を近づけると、まわりの偵察隊の者たちには聞こえない程度の声で話を始める。
「一日経っても王都からの空の応援が来なかった理由さ。ここだけの話にして欲しいんだが……深夜、飛竜便が来てね。六か国同盟が動いた。南から砦を落として王都に進撃中だ」
六か国同盟。
王国の南にある小国の集まりで、正直、大国間の緩衝国というイメージしかないんだが……。
「このタイミングで、ですか」
「ああ。陛下から、北で起きたこの騒動が陽動かどうか確認しろ、とのご命令だ」
なるほど、それは殿下自らが赴くのも当然の案件だ。
なんなら北方山脈の状況を、空を飛んで王都に伝えることだってできるのだから。
この世界の王族、本当に無茶苦茶な戦力なんだよな……。
「そういうことでしたら、わたくしたちの引率をお願いいたしますわ、素敵な素敵なお姉さま」
「同じく、お
「そうそう、それでいいんだよ。さあ、出発しようじゃないか」
殿下は笑って、隊長の方に歩いて行って、その背をばんばん叩く。
隊長、やりにくそうな顔をしているなあ。
無理もない、彼は魔力量的に騎士級だろう。
これまで高位貴族と会話した経験がどれだけあるだろうか。
辺境伯閣下に直接、報告したことすらないかもしれないような、そんな下っ端である。
対して殿下は、間もなく降嫁するとはいえ王族のひとりで、いまはまだ王位継承権すら持っている。
彼からすれば、雲の上の人物だ。
ちなみに学院に通えるのは男爵級以上の魔力量を持つ貴族だけである。
身分以上に、魔力量というヒトとしての格の違いが歴然として存在した。
前世で考えるなら、大柄な熊にじゃれつかれているような恐怖かもしれない。
「殿下、王都じゃないんですから、そういう接し方をすると相手が困っちゃいますよ」
ちなみにおれは、こういう騎士級の魔力持ちとか平民とかと話すのに慣れていたりする。
幼少のころから、実家の工房とかに出入りしていたからね……。
「おっと、そういうものかい。失礼した。わたしはあくまでおまけだ。隊長、あなたの指示に従うから、なるべく気負わずに頼む。敬語も結構だ」
「は、はあ……」
「わたしの立場は、そこの馬鹿の兄嫁ちゃんくらいに思ってくれたまえよ。……駄目かな」
「鋭意、努力いたします」
あーもー、本当にやりにくそうだなあ。
※
前世では六月にあたるいまの時期、北方山脈は深い森に覆われている。
少し歩けば汗が噴き出てくるような、そんな気温だが……南西のジャングルを経験していると、あれほどの湿度がないのは楽だなあと感じる。
そんな高低差が激しい森の中を、四人組の偵察隊とおれたちが進む。
おれと琥珀の姫君は『相棒』の背の椅子に前後で座っていた。
席はおれが前で、彼女が後ろだ。
殿下は、おれたちの横をのんびりと歩いている。
いやね、殿下を歩かせておれたちが椅子の上、というのはどうかと思ったんだけど……。
「平民じゃないんだから、椅子に座っている方が上、なんて価値観は王族にはないよ」
と殿下じきじきに一蹴されてしまっている。
そうなんだよね、この世界、前世とはいろいろ価値観が違うのだ。
旅の道行きで座っているのは身体強化魔法もできない軟弱な平民か、子どもと老人。
貴族ならば自分の足で歩いてこそ、というのが基本的な思想なのである。
なんなら、辺境の危機に際しては、王族がひとりで走っていく。
それが一番、速いし確実なのだという……。
うん、実際にそれで助かる辺境があるわけだから仕方がないのだけども。
それが記録にも残っているし、王族が走るためにみっちり街道整備がされていたりするのである。
もっとも、現在のわが国においては、飛竜便が整備されている。
王族が走るよりも、飛竜の背に乗る方が速くなった。
飛竜とは、爬虫類のような外見を持ちながら大きな翼で空を飛ぶ、この世界独特の生き物だ。
翼を広げた全長は六、七メートルに及び、ヒトをひとり乗せて宙を舞うことができる。
魔物ではないが、限定的な魔法を用いることができ、空を飛ぶ補助として魔法を使っているらしい。
一説によると、神民が既存の生き物を品種改良してつくりあげた生き物であるとか。
もっとも、この飛竜という生き物、飼育が難しく騎手の育成も大変で、ひどく大喰らいなため王国でもそんなに数を用意できていないのである。
そのため戦闘能力としてではなく、主として通信に使う用途で各都市に少数ずつ配備されていた。
技術の革新が、魔力量の暴威を上まわることだって、ないことではない。
しかし未だ王族の優位はたいして揺るいでいない、といったところか。
「やっぱり、魔素濃度が過去のデータと全然違うな」
「これほど魔素が薄いのでしたら、魔物たちが山を下りるのも納得ですわ」
『相棒』の上で計測機器の数値を羊皮紙にプロットしながら、おれと琥珀の姫君はそんなことを語り合う。
「何故、魔素が減ったのか。きみたちはわかるかい?」
「いまの状態では、なんとも。でもこれだけ減っているとなると……。下手したらこれ、麓のバックグラウンド魔素以下ですよ」
魔素がない、と言われる人類圏においても、実際は薄く魔素が分布している。
だからこそヒトは魔法を使えるわけだ。
でも、いまおれたちが歩いているこの山は、違う。
その最低限の魔素すら、ほとんど消え失せている。
「それは、きみたちの知識で、自然にあり得ることなのかい?」
「難しい問題ですね。たとえば非常に大きな儀式魔法を行使した直後、周辺の魔素が根こそぎ奪われたという観測データは存在します。ですが……あ、これ長くなりますよ」
「続けて」
「そもそも、魔素は偏在いたしませんわ。これは均衡の原則と申しまして……」
おれたちは、かわるがわる殿下に説明した。
説明は三十分くらい続いただろうか、殿下は笑顔でおれたちの話に聞き入った結果、こう結論づけた。
「うん、よくわからないということがよくわかった!」
「えらい、さすが殿下! 己の無知を理解するのは学問の第一歩ですよ!」
「うんうん、きみはあとでお仕置きね」
そんなひどい。
「で、実際のところ、どうなんだい。きみたちも、この状況をよくわかっていないんじゃないかな」
「その通りです、いまの段階で即答できることはありません」
「懸念についてはどうだろう」
「懸念? ……ああ、さっきの話ですか……」
陽動として、人工的に
周囲の魔素を根こそぎ奪う、魔素吸収器。
それが多数、この山脈に設置されれば、人工的な
「まだ断定できませんが、可能性としては残っています」
「あまりそうは思っていない口ぶりだね」
「こんな広い山脈全体から魔素を根こそぎ奪うなら、いったい何個設置すればいいのやら……。そんな大規模な作戦を展開していて、辺境伯の騎士団が兆候に気づかないはずがないですから」
おれは前を歩く隊長に、そのような兆候があったかどうか訊ねた。
隊長は少し考えた後、首を横に振る。
「我々も、この広い土地のすべてをカバーできていたわけではありません。
その
とはいえ、
「なるほど。その線はいったん、捨て置いた方がよさそうだね」
「ええ、あくまでも既知の技術では、という但し書きがつきますが……」
「他国が画期的な技術で根こそぎ魔素を奪い取っていった可能性がある、と?」
「どうなんですかね。おれは他国の事情について詳しいわけじゃありません」
「わたしだって、たいして詳しくはないよ。技術の分野は、研究棟の人たちの方が詳しいんじゃないかなあ」
殿下がそう言うなら、そうなのかな。
ヌシの教授なんかは、たまに国際交流みたいなこともしているって言っていた気がする。
でもなあ、どの国だって、自国の核心技術は秘匿するものだ。
当然、うちの国もそうだ。
魂狂いや人形狂いの秘奥なんて、その最たるものである。
なので魔爵家は、基本的に他国の血を入れないし、他国に嫁をやらない……。
どころかおれたち、陛下の許可がなければ国を出ることすらできなかったりするんだよなあ。
残念でもないし当然というヤツではあるんだけど。
でもわが国、海に面していないから、おれにはこの世界の大洋を見てみたいなあという気持ちもあったりする。
魚を始めとした新鮮な海の幸を食べたいな、とかもね。
魚の鮮度については、魔法で凍結して遠方に運ぶことができるわけだけども。
でもやっぱり、すごくお高くなって……とうてい、気軽に食べられる料理というわけではないのである。
そんなことは、さておき。
いまは魔素濃度の話だ。
「常識的な話ですが、魔物は魔素の濃度が高い土地に棲息しています。教会の教えによれば邪神の魔素を呼吸した生き物が魔物になる、とのことですが、これは研究棟において疑問視される考え方であるという点に留意してください」
「教会批判についてはいまさらだから置いておこうか」
さっすが殿下、話がわかる!
「魔物がどうやって生まれたかはともかくとして、魔物たちがその生存にヒトより多くの魔素を必要とすることは実験によって明らかになっています」
研究棟で行われた実験のひとつに、魔物を捕獲し、さまざまな環境で飼育したものがある。
魔物の生存日数は魔素の濃度と相関関係があり、完全に魔素のない隔離した場所で飼育した場合、わずか数日で死に至った。
それまでにめちゃくちゃ暴れて、死人まで出てるんだけどね。
というかこの研究、危険すぎて追試ができなかったりするので完全に信用できるかどうかは疑問符がつけられていたりする。
ただまあ……魔物はヒトと違い、高濃度の魔素がない土地では長く生きられない。
これが現在の定説であることは、学問の領域では広く知られていた。
なお、この実験はあくまで小型の魔物で行なったものだ。
中型以上の魔物は捕獲も飼育も困難であり、大型に至っては生態のほとんどが知られていない。
「魔物の棲息する土地が魔素不足になった場合、魔物たちは魔素を求めて生息域の外に活路を見出します。これが
「うん、そうだね。だからこそ、この山脈において魔素の変化があったのではないか、とわたしは考えた。いまきみたちが観測しているデータによれば、実際にそのようだ」
「ヒトが魔素吸収器を設置したり、大きな儀式魔法を発動したりする以外で土地の魔素が大幅に減少することがあるんですかね」
「わたしは寡聞にして知らないねえ。きみはなにを言いたいんだい?」
「各国の
「思ったより少ないね。いや、他国においては観測手段が少ないことも考えれば……むしろ多いのかな?」
「怪しい人影がその土地をうろついていた、くらいのものは省いていますから、まあ、多いんじゃないですかね。……で、問題は原因不明なものの怪しい人影がうろついていた率なんですが。これが、残りのほとんどのケースで見受けられるんですよね」
「そりゃあ、なにかしら怪しいヤツがなにかやらかした、って結論づけたいものじゃないかい? 他国の関与、は現場責任者が責任を逃れるにはちょうどいい言い訳だ」
「もちろん、責任逃れの言い訳の可能性は高いと思います。でも、ほとんど全部というのは一考に値すると思いませんか」
「きみはなにが言いたいんだい?」
「まだわかりません。でも、たとえば、ですよ。他国の関与ではなく、我々が知らない勢力が密かに暗躍して各地で
「きみ、それはどこまで自分で信じているんだい?」
「正直、この目で見るまではなんとも」
おれは後ろを仰ぐ。
琥珀の姫君は、すました顔で計器と観測データを交互に見つめていた。
感想、ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。