北方山脈、豊かな森の中にあった魔物の獣道を、おれたち偵察隊は進む。
時刻は午後二時くらい。
先行していた男たちが、慌てた様子で戻ってきた。
なんでも、
その人影は、かなり離れていた彼らに気づいた様子で、すぐに姿を隠してしまったとのことである。
「
「どうしてそう考えた」
隊長の問いに、男はちらりとおれたちの方を見た。
え、なに? おれたちがなにか?
「申し訳ございません、あなた方に含むところは、なにも。ただ……その人影は、まるで子どものような背丈だったような気がしまして……」
遠くから見た故、詳しいことはわからないらしい。
だが、背丈が子どもくらい、か……。
おれと琥珀の姫君は、共に今年で十四歳になる。
貴族にとって学院を卒業するまでは半人前扱いだが、子ども、と言われるほどではない。
平民であれば、十四歳はもう充分に仕事をしている年齢だしね。
では、報告に戻ってきたこの騎士が見た、「子どものような背丈」とは……?
「もしかして、ですが」
報告は正確に、端的にと説教を始めた隊長を遮り、おれは言う。
「子どものような体型、だったんですかね。つまり身体に比して頭が大きめな感じで……」
おれが琥珀の姫君に視線で促すと、少女は手持ちの羊皮紙に、さらさらと大人と子どものデフォルメ絵を描いた。
うんうん、こういう感じで、ヒトは成長に応じて等身のバランスが変化するから。
「は、はい! 言われてみれば! ……絵がお上手ですね」
「おれより彼女の方が、手先が器用なんです。それで、念のために確認しますが、
「ありえません。この山は、そんな気楽な場所ではありませんよ」
断固として否定する隊長。
うん、ですよねー。
「まあ、とにかく。行ってみましょう。現地に行けば、少しは手がかりが残っているかもしれません」
※
おれたちも、殿下も、そして偵察隊の面々も。
少し離れた丘の上から、呆然とその残骸を眺めていた。
隣の丘にあったはずの、
中に駐留していた騎士は、おおむね五人から十人といったところ。
高さ五メートルほどの石壁に囲まれていて、小型の魔物くらいなら寄せつけない堅牢なつくりであったはずなのだ。
当然ながら中型以上の襲撃は想定されておらず、実際に北方山脈でもこのあたりに中型以上の出没情報はこれまでなかった。
北方辺境騎士団は、この
そういった大切な役目を果たすはずの場所は、いま。
ただ瓦礫が転がるだけの、無残なありさまとなっていた。
石壁は微塵に破壊され、建物は踏みつぶされている。
なにもかも粉々に破壊されていて、死体すら残っていない。
滞在していた者たちが上手く逃げられたなら、きっと麓に逃げるだろうから……そうではなかったということは、彼らの生存は絶望的だ。
理屈ではそうわかっていても、実際にその光景を目の当たりにすると衝撃が大きい。
「周囲の魔素濃度、これまで以上に標準値を下まわっています」
ただひとり、琥珀の姫君だけが、淡々と羊皮紙にデータをプロットしている。
いや、そばにいるおれには、ペンを握る彼女の手が震えているのがわかっているんだけど。
それよりも聞き捨てならないことがある。
「データ見せて」
「どうぞ」
「……やっぱり、どんどん濃度が落ちている」
「ええ、予想のひとつではありました」
おれと少女がふたりだけでうなずき合っていると、殿下がそばに寄ってきた。
「どういうことか、凡人のわたしたちにも説明して貰えるかな」
「山脈の奥に行くほど魔素濃度が低下しているということです。本来、山脈の奥ほど魔素濃度が高くなければならないのに」
「どうしてそうなっていると、きみたちは考える?」
殿下の問いに対して、おれたちは顔を見合わせた。
少女が、ゆっくりと首を横に振る。
「いまも魔素を吸い取る何かが、山脈の奥にあるんじゃないかと」
魔素を吸い込むなにかが止まれば、魔素はやがて他の土地のバックグラウンドに近い数値で落ち着くはずである。
ところが、この土地の魔素は麓のバックグラウンド以下なのだ。
これは現在進行形で魔素を吸い取るなにかが活動していることを意味している。
そんなことを、簡単に説明した。
「そのようなものが、あり得るのでしょうか」
隊長が訊ねてきた。
もしそれが装置のようなものなら、
彼の疑問は当然のものである。
「少なくとも、おれの知る技術の中には、そんな魔道具は存在しませんね。無論、おれは見ての通りまだ若く、既知の技術をすべて理解しているとは言えませんが……」
ここはさすがに、慎重な言いまわしになる。
でもなあ、さすがにこれだけ広い山脈から、いまも魔素を奪い続けているとなると……。
少なくとも、現行人類の技術ではないと思うんだよねえ。
「これはきみの私見でいいし、なんなら根拠もなくていいんだが」
殿下が言った。
「そういったものが存在するとしたら、それはなんだと思う?」
「いまぱっと思いついたのは、三つですかね」
「教えてくれたまえ」
「ひとつめは、神民の技術。現在は発見されていない、神民の残した装置を誰かが発見して起動した、とかです」
「なるほど、ありそうな話だ。どこかの演劇にありそうだね」
神民の謎の技術で右往左往する人々、というのは演劇でよくある演目のひとつだったりする。
誰だってドラえもんの秘密道具は大好きなのだ。
「ふたつめ。超すごい魔物が生まれて、それが周囲の魔素を奪い続けている。魔物は存在の維持に魔素を消費し続けます。理論上、超すごい魔物が魔素を吸い取り続ければ、世界中から魔素が失われるはずです」
「机上の空論だね」
「はい、あくまでも思考実験ですね。これは自分で言っておいてなんですが、まあありえないでしょう」
そもそも、そんなに燃費の悪い魔物なら、遠からず魔素不足で勝手に死ぬはずである。
「三つめは?」
「どこかに魔素が流れていっているという仮説です。穴が開いていて、その穴の向こう側に魔素が雪崩込んでいるという……」
「ちょっとイメージできないな……。どういうものを想定しているんだい?」
ブラックホールだけど。
さすがに、そう直接的に言ってもわからないよなあ。
「自然現象で、魔素吸引器のような空間が生まれた、みたいな感じですかね」
「そんな自然現象があり得るのだろうか」
「我々ヒトが初めて遭遇する現象に対面しているというのが、現在の状況です。あり得るかどうかはあまり考慮しませんでした」
「なるほど、発想は飛躍しすぎだが、きみの言いたいことはわかったつもりだ。下手な予断はするな、と」
うん、自分でも発想が飛躍しすぎたと思っている。
「あくまで、思いついたことをそのまま口にしただけです。実際は、もっとずっとつまらないものを発見してしまうかもしれません」
「ありがとう。さて……そういうわけだが、隊長、これからどうする?」
「我々の任務はあくまで状況の確認とデータの計測です。予定通り
「わかった、では引き続き、わたしもきみたちに従う。部下のひとりとして扱って貰って構わない」
隊長やりにくそうな表情をしながらも、殿下にうなずいてみせた。
本当に申し訳ないが……これもすべて、心配性な殿下が悪いのだよ。
※
生存者の捜索の方は絶望的ながら、それ以外についてはおおむね上手くまわっていった。
そもそも
王国に生まれた者なら誰もがおそろしい場所だと教えられるこの北方山脈だが、いまばかりは平和そのものであった。
このあたりまでなら、そう険しい道でもないから……なんなら、ハイキングに持ってこいである。
この世界、ハイキングなんて文化はないけどね。
町の外を子どもだけで歩いていたら、そんなの人攫いにさらってくれと言っているようなものである程度の治安なのである。
というわけで、この日は
夜、焚き火のそばで琥珀の姫君と共に、今日得られたデータを整理しながら温かいスープを飲んでいると。
おれたちを除く全員がすぐさま戦闘態勢に入る。
隊長が、誰何の声をあげた。
「あ、大丈夫だと思いますよ。通してあげてください」
おれはデータを記した羊皮紙から顔をあげ、隊長にそう告げる。
彼のぎょっとした様子が、気配で伝わってきた。
「本当に大丈夫だと思うんです。もし危害を加える気があるなら、さっさと襲ってきたでしょうし。夕方くらいから、ずっと見張られていましたから」
これは本当のことだ。
だって『相棒』の探知魔法にずっと反応していたし。
おそらくは魔物ではなく、他国の密偵か、あるいは……。
といった相手である。
でもなあ、普通に考えて、他国の密偵だったらもうちょっと上手くやるよなあ。
だからたぶん、相手はわりと世間知らずだと思うのである。
今回も、瓦礫をわざと踏んで音を立てたのは、おれたちに接近を伝えるために違いない。
はたして……。
暗闇から現れたのは、毛皮のフードを深くかぶった、十歳かそこらの子どもに見える人物だった。
この人物こそ、先行していた者たちが見た人影の正体であろう。
相手が、フードを取る。
そこにあった顔を見て、皆が「あっ」と声をあげた。
「妖精……」
誰かの呟きが、まさにおれたちの心の中の声そのものであった。
おとぎ話の妖精そのままの顔つきをしていたのである。
特徴的な、鋭くとがった耳。
子どものような顔つき。
なによりも、頭の上でぴょこぴょこ動く、まるで蟲の二本の触角のようななにか。
「今日一日、観察させてもらったが、どうやらきみたちは
妖精はおれたちの言葉をしゃべった。
少しかん高いものの、落ち着いた女性の声だった。
「少し話がしたいが、構わないかな」
うーん、これはちょっと予想外。
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