転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第34話

 ひとまず手持ちの工具で作れるものを、ということで地面まで覆う魔樹皮製の簡易テントで黒い球体を覆った。

 この魔樹皮テントと呼ばれるもの、主に野外緊急手術の際に用いられるもので、空気や魔素の出入りすら阻害する素材で製造されているのである。

 

 ただ、あくまでも緊急用なこのテント、腐食が早い。

 野外だと、三日も雨に打たれていればたちまち腐り落ちてしまう。

 

 いまの時期のこの地方だと雨が降るから、保って十日といったところだろうか。

 その前に、この場所に戻って再度、本格的な囲いをつくらなければならないだろう。

 

 そんなことを、妖精と殿下にさっくり説明した。

 このテント自体がけっこうお高いことも。

 

「費用についてはこの際だ、どうでもいいんだが……。こんなもので?」

 

「こんなもの、ってなんですか、殿下。研究棟の叡智の結晶ですよ、このテント」

 

「それはわかっているんだが……。さっきの話だと、世界が滅ぶかどうかの瀬戸際、みたいな感じじゃなかったかい?」

 

「滅ぶのは、せいぜい魔法に頼った現在の文明くらいですね。それも二百年後です。殿下にとっては他人事じゃないと思いますが」

 

「そうだね、わたしがお婆ちゃんになる頃だね! でもいま話しているのはそういうことじゃなくて!」

 

「まあまあ、落ち着きたまえ。どうやら彼らは、以前からこの滅びがいつか訪れることを悟っていた様子だ」

 

 妖精が殿下の服の端を掴んだ。

 たぶん本当は肩を叩きたかったのだろうが、身長的にそれができなかったようだ。

 

「そうだよ、そうだ。きみたち、これがなくても二千年後に滅ぶ、ってどういうことだい?」

 

「どうもこうも、観測データから考えるに、年々バックグラウンド魔素が減っているんです。各地で観測されたデータで共通ですから、あとはまあ計算で終わりの時期が導き出せます。それが二千年後なんですよね」

 

 研究棟でも一部の人々は知っている話なのだ。

 ただ、さっきも言ったがあまりにも世間に与える影響が多いため、大々的に公表されていない。

 

 このあたりを止めているのがヌシの教授である。

 あの人、あれでも研究棟の中では政治ができるってことで、そのあたりの判断を全部押しつけられている可哀想な人なのだ。

 

 それはそれとして、あの人自身もたいがい非常識なことばかりするんだけど……。

 社会人としての常識がないのかね、常識が!

 

 それは、さておき。

 

「どうせいまの王族が生きているうちは問題にならない程度の魔素減少量なんですよ。いちおう、陛下には奏上したと聞いています。その陛下がなにもおっしゃらない以上、この話はいまの世代でやっても仕方がないよね、ってことに」

 

 研究データを継続的に集めることに対しては、多少の資金がついたと聞く。

 でもそれは、このいずれ訪れるであろう滅びから逃げるための方策を模索するにはあまりにも心もとない程度のものであるとも。

 

 観測だけに留めておけ、ということなのだ。

 いずれ技術の発展に伴って、なんらかの解決策が出てくるかもしれないと、そう淡い期待を抱いて。

 

「実際に、世界がどうこうなんて王国の手に余る問題ですからね」

 

「それは、たしかにその通りなんだけど……。でもきみたちの国がそういう態度だと、我々としては困るんだよね」

 

 妖精が渋面になる。

 我々、か。

 

 あ、そうか、この人たちは……。

 

「確認したいんですけど」

 

 おれは訊ねた。

 

「あなた方は、どれくらい生きるんですか? あと失礼でなければ、あなたの年齢もお聞きしていいでしょうか」

 

「あたしたちの儀礼の中に、年齢を訊ねることが禁忌であったことはないよ。ただ、あまり正確に年を数える習慣がなくてね。あたしは種族の中ではだいぶ若いんだが、だいたい五百歳くらいのはずだ」

 

 五百歳、か。

 それでも若手なのか……。

 

「寿命という概念は、我々には存在しない。あるいは我々という種が誕生してから一度もそこに到達していない、と言うべきかな」

 

 種の誕生?

 ああ、つまり、そういう……。

 

「あなた方の祖先は誰かにつくられたということですか。神民……でしょうか」

 

「……二歩も三歩も先を読んで口を挟まれると、やり辛いね」

 

 ごめんなさい。

 

「噂のひとつが本当だったというだけでも、ここまで来た甲斐があったというものですわ」

 

 琥珀の姫君が口を挟む。

 

「あまり人と交流しない方々と伺っていたのですが、あなたは気さくなお方なのですね」

 

「過去、きみたちとの迂闊な接触で、国がいくつか滅びたことがあってね。以後、あたしたち全体でなんとなく自重するようになったと聞く。あたしが生まれた前後のことなんだけどね」

 

 五百年くらい前の話か……。

 

「殿下、そういう話、知ってます?」

 

「王家の伝承にも残っていないねえ。うちの国ができるずっと昔の話だから、無理もないんだけど」

 

 うちの王国ができたの、三百年くらい前だからね。

 

「うん、きみたちはそうして、ちょっと前のことも忘れてしまう。用心は正解だったと言える」

 

 ぐうの音も出ない正論であった。

 まったくもって、おっしゃる通りである。

 

 

        ※

 

 

 当初の予定を変更して、呼煙公(こえんこう)と名乗る妖精のお宅にお邪魔するのは断念し、一度城塞都市に戻ることとなった。

 いやこれ、状況をさっさと国に伝えないといけないからね……。

 

 断腸の思いである。

 とはいえ、さすがに魔法世界の命運と天秤にかければ、そこまで無責任に振る舞うこともできなかった。

 

「きみたちなら、いつでも歓迎するんだがねえ。いやあ、思いがけず、面白いヒトに出会ったものだよ」

 

 と呼煙公(こえんこう)は言ってくれたのだが……実に残念無念である。

 なお、彼女は普通におれたちについて来ると宣言した。

 

「きみたちの上の方に話を通すとき、あたしがいた方がいいだろうと思ってね。ことは速度を重視した方がいいだろう」

 

「まったくもっておっしゃる通りだが、本当に構わないのかい?」

 

「他にも、我々が発見した蝕廊(しょくろう)はいくつかあるんだ。いままで手のつけようがなくて、放置されていたものがね。恥を晒すようで申し訳ないが、我々には高度な建築技術や魔道具を用いる技術がない。そういう風にはつくられなかったからね」

 

 神民につくられた妖精という種族が、彼らにどんな役割を与えられていたのか。

 そもそも神民が滅びてもいまなお生きる妖精たちが、どういう暮らしをしているのか。

 

 正直、気になって仕方がないのだが……まあそのあたりはおいおい聞くとしよう。

 

「その、他の蝕廊(しょくろう)だが……場所はわかっているのかい? いまのわたしたちに対応できるのは、わたしたちの国の中だけになってしまう」

 

「そこが問題だね。きみたちの国がどれほど大きいかは知らないが、判明している蝕廊(しょくろう)の場所は、大陸のあちこちに散らばっている」

 

 うーん、ドームの建設なりなんなりで魔素の消失を防ぐとしても、その後、常時監視する人員を配置する必要があるだろうしなあ。

 他国にそんな人員を派遣するのは、政治的にも費用的にも人材的にも現実的ではない。

 

 かといって国際的な枠組みをつくって……なんてことをしていたら、二百年なんてあっという間に経ってしまうだろう。

 それくらい、現在の国際情勢は混沌としているのだから。

 

「いちおう、この蝕廊(しょくろう)という存在は百年くらい魔素を吸い続ければ消えるんだけどね。だから、一部とはいえそれを阻止することには意味がある。それでも、奴らは蝕廊(しょくろう)を増やし続けている以上、いつか終わりの時が来るわけだが……」

 

「その奴ら、っていうのも聞かないといけないね。きみを質問責めにして悪いが、陛下に直接、そのあたりを説明して貰うことになると思うよ」

 

「構わないさ。もともと、あたしはそのために選ばれ、訓練されてきたのだから」

 

 選ばれ、訓練されてきた、か。

 彼女は妖精の中でも交渉に最適な人員として育てられ、そしていま、おれたちの前に姿を現したわけだ。

 

「殿下」

 

 だからおれは、この場で告げた。

 

「その方を連れて、ふたりで行ってください。殿下ひとりが、たぶん一番早いですから」

 

「きみたちを置いて、かい?」

 

「どうせ、このあたりに魔物は出ません。ゆっくりと帰りますよ」

 

「余計なことはしないと誓ってくれるかな?」

 

「……はい」

 

「そこで言い淀まなければ、わたしはもっと安心できたんだけどなあ!」

 

 ごめんなさい、自分の心に素直に訊ねた結果、絶対とは言えなかったんです……。

 琥珀の姫君が、馬鹿め、という表情でおれを睨む。

 

「まあ、いい。いまはきみたちを信じよう。くれぐれも、くれぐれも! わたしの顔に泥を塗ってくれるなよ?」

 

「もちろんです、義姉(あね)上!」

 

 殿下が、大きく息を吐き肩を落とす。

 それから首を横に振り、苦笑いしている妖精に向き直った。

 

「それじゃ、呼煙公(こえんこう)、きみはわたしの背に乗って貰って……」

 

「いや、わたしはあなたに合わせて走るよ」

 

 おっと、妖精が王族の全力疾走についていけると?

 いけるかもしれないなあ。

 

「それとも、空を飛んだ方がいいかい? 先日、空の魔物を倒したのはきみだよね」

 

 あ、大暴走(スタンピード)の様子も観察していたのか。

 まあそうか、そのあたりも含めて、おれたちはずっと妖精たちに試されていたのだろう。

 

 その結果、いまがある。

 

「空鮫を倒したのは、彼らの『相棒』なんだけどね。手助けはした。見ていたなら話は早い。ついてこられる、というわけだね?」

 

「問題ないよ。きみのペースに合わせる」

 

「わかった、じゃあ行こう」

 

 ここでは未だ、魔素が薄い。

 だがそんな状況でも、殿下と妖精は苦も無く宙に舞い上がり、そしてあっという間に南の空へ消えた。

 

 うーん、妖精って、王族並に空を飛べるんだなあ。

 というか魔力量も王族並なのか?

 

「さて……お守りがいなくなったわけだが、どうしようか」

 

「もう少しだけ、データを取っていきましょう。いくつか共有したいお話がございますわ」

 

 琥珀の姫君が微笑む。

 ああ、まあ、そうだなあ。

 

 せっかく、こんな魔素が少ないという、絶好のシチュエーションなのだ。

 ほんの少しだけ、『相棒』に搭載した機能を試してみよう。

 




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