転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第35話

 たっぷりとデータを取って、おれたちがほくほく顔で前進基地(アウトポスト)の跡地に戻ったときにはもう日が暮れていた。

 このあたりにはもう魔物がいないとわかっていたし、たとえいたとしても『相棒』の探知魔法で奇襲には対処できるとわかっていたから、気楽なものだった。

 

 前進基地(アウトポスト)で待機していた偵察隊の面々にはいろいろ聞かれたけど、ひとまず「王家が前面に出て対処する案件になりました」と告げて具体的な言及を避けておく。

 正直なところどう説明していいかわからないんだよね……。

 

 殿下とかなら、王家の一員としての知識もあるから前提をいろいろ把握しているわけだけど。

 たぶん偵察隊の人々は、そこまで大局的なものの見方を習得していない。

 

 彼らにとっては北方辺境伯に仕えて魔物に対処することだけが人生なのだ。

 こんな、世界がどうこうなんて問題を聞かされても、なんの実感も得られないだろう。

 

 おれと琥珀の姫君だって、事前にいろいろ勉強していたから、あの程度の説明で理解できたわけで。

 みたいな話を彼女としたところ……。

 

「正直に申し上げまして、あなたの一足飛びの結論にはいくつか疑念を呈したいところがございます。ですが、あの妖精が否定しなかったということは……そういうことなのでございましょうね」

 

 と言われてしまった。

 

「もともと、二千年後に魔法に由来する現在の文明が失われる、というデータについてはわたくしたちの間で共有されておりました」

 

 夜遅く。

 焚き火のそば、寝袋にくるまったおれたちは、小声で話をする。

 

「それに対処するために試作いたしましたものが、わたくしたちの『相棒』です」

 

「そうだね。まずは正確な予測ができる演算装置が必要だった。『相棒』には、これまでも必要なデータを叩き込んできた」

 

 学院に入って、彼女に再会して。

 おれたちふたりは、まず研究棟の論文を読み漁り、現在の文明の頂点について確認した。

 

 その過程で理解してしまったのが……。

 魔素に依る文明の終焉だ。

 

 それは高い確率でやってくる未来でありながら、誰もが目を背けるものでもあった。

 二千年後のことなど、他人事なのだ。

 

 誰もが、後の世代がなにかするだろうと考えていた。

 しかもこの衰退は徐々にやってきて、じわじわと文明の根幹を蝕んでいく。

 

 誰もが気づくときには、もう取り返しがつかないものになっているだろう。

 簡単なシミュレーションの結果、そのことが明らかになったとき。

 

 目の前の少女が、こう言った。

 

「根本的な対処は不可能でも、いつかの誰かがことを為すための基礎を築くことはできましょう。これは、やりがいのある挑戦ですわ」

 

 目をきらきら輝かせて、彼女は宣言した。

 

「わたくしとあなたなら、世界に永遠の名を刻むこの偉業、成し遂げられるとは思いませんか」

 

 それはきっと、幼いが故の全能感で。

 途方もない無謀で。

 

 そして無限に溢れ出るちからの源泉となるものであった。

 今世の、この身を捧げるに値するだけの無責任な野望である。

 

 そして、いま。

 妖精の言葉によれば、この文明の終わりはもっとずっと早く訪れるであろうことが示唆されてしまった。

 

 少なくとも、昨日までの段階で。

 おれたちが住むこの国で、現在の段階でこの問題に対して意識を割いていた者は、おれたちだけだったに違いない。

 

 しかし、これからは多くの者たちが、この難題に挑むことだろう。

 ならばおれたちが、これからできることなど……。

 

「なんなら、いままで集めたデータを共有して、この方向の研究については終わりにしてもいいわけだ」

 

「そう、ですわね。皆が同じ方向を向くのでしたら、わたくしたちだけがやるよりも、よりよいデータが集まるはずです」

 

「やめる?」

 

「……やめたく、ありません」

 

 少女が、焚き火に照らされたおれの顔をじっと覗き込んでくる。

 

「わかった、じゃあ、とことんまでやろうか」

 

「ええ」

 

「おれたちは、まだいっしょにいられる」

 

「はい」

 

 少女がおれの方に手を伸ばしてくる。

 おれはその手を、ぎゅっと握った。

 

 

        ※

 

 

 翌朝、前進基地(アウトポスト)の跡地に簡易の結界を張った。

 これで弱い魔物なら近づくこともできないだろう。

 

 その後、偵察隊はもう少しこのあたりの調査を行うとのことなので……。

 彼らには悪いが、おれたちだけで城塞都市に戻る。

 

 都市ではすでに、戦争の報告が都市全体に共有されていた。

 南から進軍してくる六か国同盟の軍勢に対して周辺諸侯が差し向けた部隊は善戦するも、一時撤退。

 

 敵国の軍勢は、現在ちゃくちゃくと王都に迫りつつあるとのことである。

 北の果てであるこの地においては、わりと遠い出来事の話なのか、騎士たちにも都市の住民たちにも動揺はあまりない。

 

 まあ、いままでも王国の内外で頻繁に戦争が起きていたしね。

 この都市は北の魔物たちに関する守りの要だから、騎士たちが引き抜かれるようなことは一切なかった。

 

 これからは違うかもしれない、とか普通の人には理解できないわけで。

 とはいえ、魔物たちが一斉に消えた今回の大暴走(スタンピード)の影響は、この都市にも徐々に出てくることになるだろう。

 

 おれたちにとっては、あまり関係のないことである。

 魔物もまったくいなくなったわけじゃないし、北方山脈といっても広いから、いずれ他の地域の魔物が浸透してくるだろうしね。

 

 殿下と妖精は、王都に赴く前に一度、この都市に立ち寄り、北方辺境伯閣下に最低限の情報の共有をしたようだ。

 おかげでおれと琥珀の姫君は、都市に到着するなり閣下に呼び出され、詳しい補足説明をする羽目になった。

 

 いやまあこればかりは仕方がないんだけどね。

 殿下以外で詳しい情報を持っているのっておれたちだけなわけだし。

 

 で、さすがに北方辺境伯ともなれば、その視線は騎士たちよりずっと遠くを見ている。

 おれたちの話で、非常にマズい状況が発生していることは理解してくれた。

 

「つまりは、妖精の言う()()というのに好き勝手をさせると、わが国は遠からず滅ぶというわけだ」

 

 壮年の偉丈夫が、おれたちの前で豊かな髭をしごいている。

 

「しかもそれを防ぐ手段が、現状はほとんどないときている。……六か国同盟の暴走も、その奴らというのの策のひとつなのか?」

 

「そこはわかりませんが、北で騒ぎが起きる、と情報を流して南を騒がせれば、わが国だってさすがに手一杯になりますよね」

 

「手一杯にさせて、なにが狙いだと思う? 殿下から、わからないことがあればおまえに聞けと言われている」

 

 なんで?

 おれだって別に戦略眼があったりするわけじゃないんだよ?

 

「妖精が言う蝕廊(しょくろう)ですが、これはおそらく、そうポンポン設置できるものではないはずです。敵……あえてもうそう言いますが、敵が無限にこれを配置できるなら、魔素はとうに世界中から失われているでしょう」

 

「道理だな」

 

「ですからたぶん、蝕廊(しょくろう)は連中の切り札なんです。ひょっとしたら、数個しかない程度の。……あるいはとてもコストがかかるような」

 

「コストってぇのは、具体的になんだ?」

 

「さあ、そこまではさすがに。とても高価なものを使うとか、ですかね」

 

 あるいは生贄とか。

 邪悪な悪の組織っぽい話になってきたな。

 

「わかった。それで、具体的にこれからなにが起こると、おまえは考えるんだ」

 

「その前に、公式発表では諸侯軍が善戦しているっぽいこと言ってましたけど……」

 

「ああ、ボロ負けして王都に逃げ帰ってきたとよ」

 

 やっぱりそうなんだ。

 そうじゃないかと思ってたんだけど。

 

 文面の大本営発表っぽさがすごかったからね……。

 

「はっ、次は王族を中心として、本気を出すだろうさ。そうすりゃ、南の蛮族どもなんて一蹴だ」

 

 そうなんだよね。

 六か国同盟に、わが国の全力を相手できるちからなんてない。

 

 逆に攻め込まれて、さんざんな目に遭うことは間違いないのだ。

 北で軍の一部が足止めされている程度でなんとかなるような戦力差ではないのである。

 

 マジでなんで攻めてきたのかよくわからないんだよね……。

 まあ、なにごとも合理だけで動くものではない、というのは前世で日本人だったおれはよく知っているけどさ。

 

 もちろん他国がどう動くかわからない。

 結構な隣接国から嫌われているしね。

 

 数年前も、王都でのテロの報復ということで、確たる証拠もなくいきなり小国を蹂躙したし。

 あれも、王家が確信を持って動いたのか、とりあえず貴族たちの不満の矛先をそらしたのか、殿下でもわからないって言ってたんだよねえ。

 

 そういうわけで。

 王家が本気を出せば、六か国同盟なんてなんとでもなるというのがわが国における一般認識であり、おれも普通に考えてそうなんだろうなと納得しているんだけど……。

 

 じゃあ、蝕廊(しょくろう)なんて大がかりなものを使ったのはなんでか、という話になる。

 おれたちで、あっさりと対策できちゃったものなのだから。

 

 これは別におれたちじゃなくても、ちょっと頭のまわるヤツならいずれなんとかしたはずのモノなのだ。

 妖精たちは、なんか生き方の概念がそもそも違うのか、どうしようもなかったっぽいんだけど……。

 

 ヒトには知識と知恵がある。

 それは、敵もわかっているはずだ。

 

「まあ、わかった。おまえさんの意見を聞けてよかったよ。おまえたち、これからどうするんだ」

 

「王都に帰ります。あまり遊んでいると学院から警告が来るらしいですから……」

 

「たまにいるんだよ、外出許可を出したらいつまでも外をふらふらする若造がさ。おれの代にも、一年くらいあちこち旅していた阿呆がいたな。留年させられていたぜ」

 

 ああ、当然ながら辺境伯閣下だって学院に通っていた時代があったわけだよなあ。

 少し遠い目をしているのは、当時の友人たちを思い出しているからか。

 

「いまは、事態が事態だ。六か国同盟の偵察隊の浸透がどこまで及んでいるかもわからん。戦が終わるまでくらいここで大人しくしていても、学院には文句を言わせんぞ」

 

「それもそうなんですけどね。手に入れたデータを整理するためにも、学院の方が都合がいいんです」

 

「護衛を出すか?」

 

「殿下が連れてきた人たちがいますから、その方々と帰ります」

 

 うん、殿下が連れてきた、殿下の護衛の五人って、いまこの都市にいるんだよね。

 肝心の殿下は空を飛んで王都に戻っちゃったから……。

 

「わかった。必要なものがあれば、騎士団の方に言え。話は通しておく」

 




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