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王都に帰還する前に、おれは城塞都市の機工人形の工房に顔を出した。
これでも一応は人形狂いの次男であるからして、先の戦いで得られた機工人形に関するデータを、ことのついでに王都に持ち帰ろうと思ったのである。
戦いからまだ数日しか経っていないため、工房の中では損傷した機工人形があちこちに転がり、その修理で大半の人員がてんやわんやである。
なんでも五百体投入した機工人形のうち、戻ってきたのは三百体足らずであり……。
その無事だった機工人形の大半も、ぼろぼろの状態であったとのこと。
実に激しい戦いであったのだ。
その機工人形たちの献身の甲斐あって、騎士たちの損耗は最小限に抑えられたのである。
わが家としても誇り高いというものであった。
とはいえ、こうして機工人形たちが転がっている様子は、ひどく痛ましい。
わが家の機工人形だけでなく、他家のものも半分くらいはあるとはいえ、だ。
あんまり機工人形に感情移入するのもよくない、とわかってはいるんだけどね。
魔素オイルまみれで転がる機工人形を見ていると、どうしても、ついつい先代の『相棒』のことを思い出してしまうのだ。
「坊ちゃん、どうしましたか」
なんてことを考えながら。
工房の隅で預かった書類を整理していると、案内役の副工房長が声をかけてきた。
「ああ、気にしないでください。このデータは、必ず王都に持ち帰ります」
「よろしくお願いいたします。後方に浸透した魔物たちも、まだ南の街道のあちこちをうろついているようですから……どうか、お気をつけて」
羊皮紙の束を正式な手続きで受け取り、おれは工房を後にする。
琥珀の姫君が、建物の外で待っていた。
「暗い顔をしておりますわ」
「壊れた機工人形をたくさん見たからかな」
「前の『相棒』のことを思い出したのですね」
「きみに隠し事はできないな」
「参りましょう。殿下の護衛たちが打ち合わせを、と」
少女が差し出してきた手を握る。
おれたちは、手を繋いで宿舎に戻った。
互いの口数は少なかったが、不思議と心は穏やかだった。
※
かくしておれたちは城塞都市を後にし、南の王都へ続く道を、『相棒』の背に乗って進んだ。
おれたちの周囲を、殿下の護衛だった五人の男女が囲んでいる。
道中、
特に問題なく王都にたどり着ける、と思ったのだが……。
街道沿いのとある町に立ち寄った際、ひとつの噂を耳にした。
「この先に、正体不明の集団が道を塞いでいる。隊商も不穏な空気を感じて引き返してきたらしい。他国の軍勢かもしれん」
そんな、ひどく不穏な話であった。
「どうか、ここでお待ちください。偵察して参ります」
殿下の護衛たちは、素早く決断を下した。
おれたちを待機させると、五人揃って街道沿いに南下していった。
彼らに任せれば、少なくとも情報は取って来てくれるだろう。
おれと琥珀の姫君は、町で一番高い宿をとった。
ついでに、ここでも機工人形の工房に足を向けることにする。
機工人形の工房は、主要な街道沿いであれば、たいていの町に存在するのだ。
ちいさな町でも、たいていの領主はステータスとして数機の機工人形を買い入れているものだからね。
それがうちの機工人形とは限らないけど。
というか、うちのやつは高級品である。
こういう比較的安全な町では、他家の廉価版を仕入れている場合の方が多いらしい。
この町の工房も、その人員は他家の人々であった。
でもね……おれが人形狂いの次男坊だと名乗ると、下にも置かない扱いをしてくれるのである。
揉み手で、おやおや坊ちゃん坊ちゃん、
こうして増長しちゃう親族もいるんだろうな。
そう思わせるくらいに、他家の機工人形関係者はうちの家に媚びへつらってくるのだ。
機工人形関係の基礎技術はうちが確立して、枯れた技術から順番に他家に流しているわけだからね。
他家にも独自技術はあるんだけど。
やっぱりうちの家が圧倒的にそのへんの分野で優位に立っているわけでして……。
父によれば、だから「本来は、おまえたち子どもは、学院を卒業するまで、他家の工房に足を踏み入れることまかりならんと言うところだ」とのことである。
ただ、おれに対しては続いて「まあ、おまえは好きにしろ」と許可が出ていたりする。
「だっておまえ、人から媚びへつらわれても全然嬉しそうにしないじゃないか。増長とも無縁などころか、どちらかといえば自分に厳しすぎるしなあ」
まあ、そりゃおれは、当然ながらいまのおれに全然満足できていないから……。
まだまだ知らないことだらけだし、現場の人たちが共有している技術とか、とても興味あるから……。
それは、さておき。
ここでも話題は、南の街道に居座る不審な者たちのことだった。
「ご領主さまの手の者が向かったのですが、切り捨てられたとのことです。ご領主さまは激怒され、うちの工房に預けていた機工人形をすべて戦闘可能な状態で待機させるようにと……」
という情報が入ってきた。
実は、軍事情報がよく集まるんだよね、工房って。
この町の戦力は、領主の魔力量が準伯爵級で、騎士が五人、旧世代型の機工人形が四体。
これですべてとのことである。
街道沿いの町で、普通ならこの程度でも充分なのだ。
ちょっと北には北方辺境伯の軍事都市があるわけだし。
敵性戦力の浸透なんて想定していない。
せいぜい、平民の中の魔力持ちが暴れても対処できる程度の人員があればいい。
空鮫がこのへんまで来ていたら大変なことになっていた、というのも、各都市のそんな事情がある故である。
「なにかお手伝いできることがあれば、おれたちが滞在している宿に連絡してください」
と言って宿に戻る。
もちろん、この情報が領主に伝わることを願ってのことである。
はたして。
その日のうちに、領主の使いと名乗る者がやってきた。
領主が、すぐにでも会いたい、と言っているとのことだ。
当然、承諾。
琥珀の姫君とふたりで、急いで領主の館に向かった。
当代の領主は、まだ若く三十代くらい。
顔色がひどく悪く、なんかふらふらしていて頼りない感じであった。
彼は、まだ学院の生徒である半人前のおれたちを相手に、土下座しかねない勢いで助力を求めてくる。
こちらとしても、最初からそのつもりであった。
快い返事を返すと、跳びあがらんばかりに喜んでくれた。
挙句……。
「現場の指揮権は、きみたちに預けるよ」
とか言い出す始末である。
さすがにそれは騎士たちが困るんじゃないの? と領主の隣にいた老年の執事さんに聞いてみたのだが……。
彼もまた問題ないとばかりに首を横に振る。
「旦那さまは実戦の経験が少なく、これまでも野盗の討伐に出たくらいがせいぜいでございます。わが家の恥を晒すようで申し訳ございませんが、もともと戦いに向いた気性の方ではございませんので……」
率直過ぎない?
思わず琥珀の姫君と顔を見合わせてしまった。
彼も学院を卒業してはいるのだろうに……。
いや、そうか、野外狩猟実習は自主参加だし、あれも結局は魔物が相手で、ヒトと殺し合いをするのはまた話が別か。
それを言ったらおれたちも、ヒト相手の殺し合いは未経験なんだよなあ。
「人形の司と魂の司の星宿しを前に言葉を飾っても、いたしかたありませんので。わたくしどもも、学生のあなた方を矢面に立たせるのは本意ではないのです。ですが……」
「それだけ危機感を持っている、と?」
執事さんが、うなずく。
この人はたぶん、けっこう戦場に出たことがあるっぽいな……という貫禄があった。
「先日は初陣も済まされたとのこと。おふたりのご活躍は、この町にも届いております」
「であればご存じと思いますが、おれも彼女も、戦うのはひどく苦手なんですよ」
「ご謙遜を。空鮫を撃破し、地上の大型も殿下と共に狩ったその手腕、さっそく吟遊詩人たちが歌にしたと申すではありませんか」
なにそれ怖い。
そもそも『相棒』のことが全然伝わってないなこれ。
まだ実際に肩を並べて戦った騎士たちは城塞都市に籠っているから、たぶん早馬や商家の人たちが伝えた情報なんだろうなあ。
彼らはおそらく、決戦のとき、城塞の中央近くで引きこもって震えていたに違いないのだから……まあ、仕方がないっちゃ仕方がないのか。
ま、いいか。
殿下の護衛たちが戻ってきたら、あの人たちに全部投げればいいや。
ということでひとまず指揮権についても受諾。
あとは殿下の護衛たちの帰還を待つことにした。
彼らは深夜になって宿に帰還した。
幸いにして、全員が無傷である。
交戦どころか接近すらせず、遠くの丘から、観察に徹底したとのことである。
さすがは殿下の護衛たち、プロフェッショナルだ。
ちなみにこの護衛たちって、そのうちふたりが男性で、殿下の学友で生徒会のメンバーだった者たち……つまり兄上の顔見知りである。
旅の間も、けっこう兄上の話題で盛り上がった。
残り三人は女性で、だいぶ年上。
彼女たち三人は、殿下が子どもの頃から護衛していたという者たちだ。
その年配の女性のうちのひとりが、一行のリーダーとしておれたちに偵察で得た情報を教えてくれた。
「街道を占拠しているのは、六か国同盟の軍勢です。おおむね五十人ほどで、全員が騎士級以上の魔力持ちですね」
その言葉を聞いて、おれたちは顔をしかめた。
騎士以上が五十人って、たいした戦力だぞ?
「なんで、こんな王都の北側に?」
「それは分かりかねます。兵站の破壊にしても、一ヶ所に留まる意味がありません。いったいなにを考えているのやら……」
戦場の後方をかく乱するなら、常に移動して王都から部隊を差し向けられたときは逃げ去っている、くらいでなくてはならない。
それくらいの軍事の常識は、おれにもある。
学院では、そういう関係の講義が必修だからね。
おれも琥珀の姫君も、この講義からは逃れられなかったくらいである。
これ、貴族全員がある程度の戦略眼を持っていないと、有事の際、マジで余計なことして被害が拡大するらしいのだ。
過去の教訓の結果、必修になったというのだから……。
うん、こればかりは仕方がない。
有事の無能は敵よりも害悪である。
おれと琥珀の姫君は領主から部隊の指揮権を貰った旨を語り……。
殿下の護衛である彼女たちにそれをパスする件について伝えた。
彼女たちが苦笑いする。
「殿下のおっしゃる通りですね。放っておくと勝手にものごとを進めてしまう。いつの間にか選択権が奪われている。遠慮なんて微塵もない」
「そんなに褒めないでください。照れるじゃないですか」
あ、ジト目で睨まれた。
ごめんなさい、ハイ。
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