さて、指揮権を貰ったところで、勝てるかどうかは別の問題である。
街道を占拠する者たちは騎士級以上の魔力量が五十人で、こちらは……。
殿下の護衛たちのうち殿下の同級生である男性ふたりは、それぞれ男爵級と子爵級の魔力量だ。
昔から仕えている女性三人は騎士級である。
よって騎士級以上が九人と機工人形が四体、あとはおれたちの『相棒』か。
「正面から戦って勝てるとは思いませんが」
殿下の護衛たちが口々にそんなことを言う。
「準侯爵級の魔力量を持つあなた方おふたりが、一人前の戦力になるのであれば、話は別です。しかし、背伸びしていらっしゃるなら、我々としてもあなた方を止めさせていただきます」
「おれたちが貴族の心得としては失格もいいところなのは承知しているし、別に功を焦るつもりもないよ」
貴族の心得とは、もちろん戦いの技術ということである。
おれと琥珀の姫君は、そちら方面の技量を伸ばすことなんてハナから断念しているのだ。
「でも『相棒』がいる。ちょっと試してみたい戦術があるんだ」
「嫌な予感がいたします。殿下がいたら、きっとあなた方の頭をポコポコと叩くのでしょうね」
「殿下がいたら、殿下ひとりで全員片づけちゃうでしょ」
王族級の魔力量というのは、そういうものである。
騎士級では何人いても、足もとにも及ばないのだ。
初陣前の、経験不足の殿下であれば話は別だったかもしれないけどね。
大型の魔物を何体も狩ったいまの彼女は、もうすでに、辺境伯閣下も認めるほどの勇士であった。
「……よく考えたら、街道を占拠している連中って、殿下と妖精が空を飛んで王都に戻ったときに見つけられなかったわけですよね」
「時系列的に、そうなります。殿下が発見していたら、間違いなく手を出していたでしょう」
うん、そうなるよね。
将来の義姉となるあの人は、義務感が強い。
街道を封鎖している賊なんて見つけたら、速攻で介入するに違いなく……。
ましてや相手が他国の騎士なら、なおさら容赦なくやるだろう。
「つまり、連中が街道沿いに現れたのは、殿下がこの一帯を通過した後、か。おそらく、それまでは森の中とかを通っていたわけだ」
このあたり、人里から少し離れたら森だらけなんだよね。
王都の近隣はともかく、少し離れたらこの国にはまだまだ、人の手が入らない土地が山ほどあるのだ。
人の手が入らない理由の大半は、そこが土地として使いづらいからなんだけど。
頑張って開拓するより他国のものだった土地を奪った方がよほど楽ができる、と歴代の権力者が考えた結果、王国は広大な領土を持つに至ったわけである。
それが、王族や貴族が支配する、魔法中心の文明の成果だ。
はたしてこの世界から魔素が急速に失われていくと知ったら……彼らはどんな反応をするのだろうか。
正直、ヒステリックな反応が返って来そうなんだよなあ。
たとえば、
うん、やっぱり、このあたりの情報の取り扱いには細心の注意を払う必要があるだろう。
「連中の目的はともかく、まずは連中を追い払うことを主目的にしましょう。試してみたい作戦があります」
さて、せっかくだから、ね。
『相棒』を使った連携をひとつ試してみようか。
※
二日後の、曙光が昇るころ。
街道沿いで五十人からなる騎士たちが占拠したその場所を、おれと琥珀の姫君、そして四足歩行の対魔物戦闘用のボディに身を包んだ『相棒』が遠くの丘から観察している。
街道のど真ん中を簡易な木の柵で覆った陣地。
そこで、我が物顔でその場所の主人として振る舞う彼らは、全員が黒い鎧を着てキビキビと動いていた。
見張りが交代するその時間、一瞬、気が緩む隙を突いて――。
「『相棒』、撃て」
空鮫相手に絶大な威力を発揮した二門の魔道砲が、朝焼けの空に轟音を奏でる。
弧を描いて敵陣に飛来した二発の砲弾は、惜しくもその手前に着弾、激しい爆発を起こした。
敵の陣地が、にわかに騒がしくなる。
「情報を僚機と共有いたします」
「かなり離れているが、いけるか」
「現在のところ僚機とのリンクに問題はありません」
「よし、撃たせろ!」
おれの合図とほぼ同時に。
八百メートルほど離れた、別の丘の上に配置された十二機の旧式機工人形が一斉に魔道砲を放つ。
砲弾は、初撃にもかかわらず八割ほどが陣地の内側に着弾し、テントがいくつか、派手に吹き飛んだ。
『相棒』からのデータリンクで、これらの機工人形に初撃の情報が送られていたが故の命中精度である。
以前、琥珀の姫君がつくった視野共有魔法の応用だ。
おおむね一キロメートル以内であれば、データを送信できる。
ただ、これ自体は現在のところ一方的なものである。
しかも非常に演算の負荷が高いため、実質的に『相棒』専用の魔法になっていた。
他に演算特化の機工人形が開発されれば、話は変わるんだけどね。
なお現時点での『相棒』は、十六体の機工人形に対して、同時にデータを送信することが可能であった。
付近の町から借りてきた旧世代の機工人形とも上手くリンクできたようで、本当によかったよ。
おれと琥珀の姫君は、顔を見合わせ、うなずき合う。
さすがに十二個の砲弾が叩き込まれれば、多少なりとも損害を与えられただろう。
この作戦、初手が肝心で、失敗したらすぐ撤退、とは全員によく言い含めてある。
敵は奇襲にすぐ対応し、五人ほどの部隊がふたつ、陣地から飛び出した。
片方がおれたちの方に、もう片方が別動隊の方へ向かっていく。
その間に、『相棒』と旧式機工人形部隊がそれぞれもう一度ずつ一斉砲撃。
正確な着弾で、敵陣に籠った敵の被害を拡大していく。
これで三割くらい無力化できればいいんだけど……。
実際のところ、おれも戦争なんてしたことがないからなあ。
さて、身体強化魔法で一気に距離を詰めてくる敵を、まともに相手にしても仕方がない。
「退くぞ」
「了解いたしました」
おれと琥珀の姫君は、『相棒』の背に跳び乗る。
『相棒』は迅速に丘を敵陣とは逆方向に駆け下り、追っ手から距離をとった。
激しく揺れる椅子の上で、向こう側の丘の者たちも打ち合わせ通りに動いていることを祈る。
さて、そろそろ敵の攻撃部隊が丘の上にたどり着くころだが……。
背後を振り仰ぐと、ちょうど、おれたちが捨てた丘の上で派手な爆発が起こるところだった。
仕掛けた魔法地雷が、うまく作動してくれたようである。
これを設置したのはおれたちではなく、殿下の護衛の、年配の人たちだ。
彼女たちも、若いころは戦場に立っていたとのことで、魔道具を用いた戦術のいくつかを披露してくれたのである。
「全滅は……しないよな」
「追っ手の数が減少。三人です」
『相棒』が告げた。
四本の足で駆けながら、探知魔法で相手の様子を探っていたのだ。
「来ます」
爆発の黒煙の中から、三つの影が躍り出る。
敵の騎士たちは、丘の一本道を一気に駆け下りておれたちに迫った。
が――あと少しでおれたちに追いつく、というところで。
「いまだ!」
左右の茂みから突如として槍が突き出て、敵の騎士たちの無防備な脇腹に突き刺さる。
姿を現したのは、殿下の護衛のうち、殿下の同級生であった若手の男性ふたりであった。
不意を衝かれた敵の騎士たちは、共にただの一撃で口から血を吐いて地面に倒れ伏す。
残ったひとりが、慌てた様子で立ち止まり……。
「反転いたします」
相棒が急ブレーキをかけて反転する。
おれと琥珀の姫君は、激しい衝撃を耐えながら『相棒』に魔力を注ぎ込み――。
おれは、後部座席の少女に手を伸ばす。
少女が、おれの手をかたく握った。
いまからおれたちは、この手で、この魔力でヒトを殺す。
「撃て!」
『相棒』が、今回は脇腹に抱えた二門の小型魔道砲を放つ。
小型の砲といっても、これは魔物を相手にするためつくられた兵器だ。
残されたひとりの身体が、粉々に吹き飛んだ。
※
敵が五十人といっても、そのすべてを倒す必要はない。
相手にはなんらかの戦略があって、それが不可能になったら撤退するはずである。
こういった、戦争に関する基礎的な知識は学院の必修科目だ。
おれと琥珀の姫君も講義に参加し、最低限のことは理解しているつもりであった。
ただ、それを実戦に適用できるかというとなにかと難しいわけで……。
おれたちが語る『相棒』の機能を、殿下の護衛たちが頭を抱えながらなんとか作戦レベルに落とし込んでくれたわけである。
というか五人とも、おれたちが語るにつれてジト目になるのはなんでさ。
たしかに、機工人形とのリンク機能とかはセキュリティをきちんとしないとまずいかなーと思っているけども。
そういうわけで。
おれたちがやるべきことは、シンプルだった。
遠距離攻撃で、敵の陣地を叩く。
出てきた敵は罠に嵌めて始末し、敵の数を削る。
いまごろ、もう片方の部隊も、搦め手を使って敵の騎士たちと交戦しているはずだ。
で、それでも敵が陣を引き払わないときは、再度、別の丘から遠距離砲撃をする手筈となっていた。
結果。
作戦は、思った以上に上手くいった。
別動隊も上手く結果を出し、騎士をひとり捕獲したとのこと。
で、残った敵部隊は陣地を引き払い、森の中に撤退したとのことである。
おれたちは意気揚々と、町に帰還した。
領主が自ら出てきて、涙を流さんばかりに感謝してくれる。
「捕獲した騎士の証言によりますと、やはり彼らは六か国同盟の部隊だったようです。この地で、協力者と合流する手筈だった、と語っております」
捕虜を尋問した結果、そんな情報が得られた。
具体的に、協力者とは誰なのかとかについては、ほとんど情報を得られなかったが……。
「左目に眼帯をした男が来たら通すように、と上から命令されていたとのことです」
「眼帯の男、ねえ」
治療魔法が発達しても、重度の身体欠損は完全な治療が難しい場合がある。
戦場で腕や脚が吹き飛ぶことはままあるし、部位を回収できなければ再生魔法を使うことになるが……。
それで再生できるかは、本人の魔力量次第だったりする。
王族なんかは頭部と最低限の臓器さえ残っていれば復活してくるらしい。
騎士級くらいの魔力量しかない場合でも、一年以上かければ四肢や目、耳を再生することができる。
おれくらいの魔力なら、これが一か月程度で済むんだけどね……。
つまり、眼帯の男ということは、わざと再生していないのでないのなら、騎士級の魔力もないということだ。
その協力者と合流、という言葉に、領主の館にいた者たちが騒然となる。
当然だ、この地のどこかに裏切り者がいる、ということなのだから。
尋問に立ち合った領主が「わたしじゃない、わたしじゃないよ」と焦った様子で言っているけど……いや誰もあなたが裏切り者だなんて思ってませんって。
だいたい、あなたは交渉に向かわせた部下を失った側じゃないですか。
「どう思う?」
琥珀の姫君に訊ねた。
「裏切り者、とは限らないのではありませんか」
「その心は?」
「妖精が語っていた、
なるほど、たしかに。
でもこの場の人たちにそれを説明するわけにはいかないなあ。
「ここでの出来事を含めて、殿下に報告しましょう」
結局、殿下の護衛たちをそう説得することになった。
彼らの優先順位的にも、それが一番、納得しやすいと思うしね。
とはいえ、他の町からも機工人形を借りた以上、それを修理したり返したりで更に時間がかかって……。
結局、おれたちが王都に帰還したのは、この戦争が終わってからのことだった。
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