転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第38話

 わたしが妖精の呼煙公(こえんこう)を連れて王都に帰還してから、二日が経った。

 陛下とは一度、父と娘ではなく王と臣下として言葉を交わし、その時に最低限のことは伝えてある。

 

「改めて時間を取り、詳しい話を聞かせて貰う。しばし休め」

 

 そう言われて、王宮の一室を与えられ、誰にも連絡できずただ待機する二日間であった。

 

「すまないね、呼煙公(こえんこう)。王都を案内することもできなくて」

 

「仕方がないさ。あたしはこうして帽子をかぶっていればきみたちとあまり見かけが変わらない。とはいえ、万一ということもあるだろう。大事を取ることも理解はできる」

 

 待機の間、わたしたちふたりは、王宮で流行っている盤戯をしながら時間を潰した。

 卓の上に並べられた木製の駒を交互に動かし、相手の王を倒した方が勝ちというルールだ。

 

 わたしはこのゲームの経験者だったが、呼煙公(こえんこう)は当然、素人のはずだ。

 

 しかし彼女はたちまちこのゲームに習熟し、いまでは互角の戦いを演じている。

 これ、明日には勝てなくなっているかもなあ……。

 

 と思ったあたりで、陛下からの使者がやってきた。

 案内されたのは、王宮の奥、滅多に使われることがない、狭い部屋だ。

 

 窓がひとつもなく、天井から白い魔法照明が部屋中を明るく照らし出している。

 王が、臣下や密使と秘密の話をする時にだけ使う、特別な部屋だった。

 

 机がひとつ。

 椅子が四つ。

 

 あらゆる盗聴対策がほどこされ、部屋の内部では魔法を使うこともできない。

 部屋の中に待っていたのは、わたしの父である陛下と、陛下の右腕である宰相であった。

 

 陛下が今年で103歳になられるが未だ若々しい外見を保っているのに対して、陛下の同級生であったという宰相は腰の曲がった老人である。

 これが王族と、それ以外というものだ。

 

 宰相だって、103歳でまだ毎日、王宮に出仕しているのだから、たいしたものではあるのだが……。

 

 きっとこれは、わたしと、わが伴侶となる者との未来でもあるのだろう。

 いや、宰相の魔力量は侯爵級と聞くから、準侯爵級のあいつはきっと、もっと早く……。

 

 妖精と共に部屋に入って、外に立つ近衛兵が扉を閉じ鍵をかける、その音で我に返る。

 四つしかない席がすべて埋まった後、まず口を開いたのは宰相だった。

 

呼煙公(こえんこう)殿、この度は古の氾神盟約に従いわが国を訪れてくれたこと、まことに感謝いたします」

 

 氾神盟約?

 いきなり知らない単語が出てきたね?

 

 というか、これあれだね……。

 やっぱり水面下で王家は昔の王朝からの申し送りとかいろいろあったんだ……。

 

 いずれ降嫁することになっていたわたしがそれを知らなくても当然、といったところか。

 そのあたりは割り切るしかないところだ。

 

 宰相と呼煙公(こえんこう)は、なにやら古語での儀式めいたやりとりをした。

 その後、現状のまとめに入る。

 

 どうやら諸侯軍が破れた原因は、六か国同盟の新兵器のせいであるらしい。

 っていうかこれ、『相棒』に積まれていた魔道砲を小型化したような感じだな……。

 

 銃、というらしい。

 魔道具の一種で、魔力を持たない平民でも使うことができ、身体強化魔法を突き破るだけのちからを持った武器。

 

 それを平民に大量に持たせて、数で貴族たちを封殺したわけか。

 あいつはたぶん、機工人形を使って、魔物を相手に似たようなことを目論んでいたはずなんだけど。

 

 六か国同盟は、それを平民にやらせたわけだ。

 当然、平民の被害は凄まじいことになるだろうが、自国の騎士や貴族に被害が及ぶよりはいい、と。

 

 もしや魔道砲の情報をあいつらが流したのか?

 そう、一瞬考えて……。

 

 それはないなと考え直した。

 理崩(ことわりくず)しと琥珀の姫君、あのふたりは、平民をこんな風に使い潰すことを好まないだろう、と思ったのだ。

 

 二年以上もつきあっていれば、それくらいはわかる。

 そもそも、人形狂いという家からして、機工人形の発展によりヒトの犠牲を減らすことを目論んでいるわけだしね。

 

「どうした。おまえの意見があれば、遠慮なく言え。ここは公の場ではない」

 

「はい、父上。六か国同盟に、この魔道砲もどきの技術を流した者がいるのではないか、と考えておりました」

 

 あえてこの場では陛下ではなく父上と呼ぶ。

 はたして、わが父は相好を崩し、うんうんとしきりにうなずいてみせた。

 

 親馬鹿め。

 たまにこういう顔を見せて来るから、この男の腹黒い政治を見てきたわたしも、あなたを信頼してしまうんだ。

 

「それが、わが国の者であると?」

 

「詳しい性能は存じませんが……わが国から技術が渡ったのであれば、憂慮するべきことかと」

 

「ちょっといいかな。その実物はあるのかい?」

 

 妖精が口を挟んできた。

 宰相が、心得たとばかりに実物の細長い魔道具を取り出す。

 

 小柄な少女に見えながら五百年を生きるという人物は、宰相が渡してきたそれを両腕で抱えるように受け取ってしげしげと眺めた後……。

 ふむ、と声をあげて宰相に返した。

 

()()が渡したんだろう。機構に見覚えがある」

 

呼煙公(こえんこう)殿、あなたが伝えてくれた、蝕廊(しょくろう)というものをつくった者たちですか」

 

「そうだよ。名前がないと不便というなら……そうだね、反神民派とでも呼ぶといい」

 

 反神民派、か。

 わたしたち王族や貴族は、皆が神民の血を引いている……あいつはそう言っていた。

 

 ならばその名は、魔素を消し去ろうとする一派にとってふさわしい名前なのだろう。

 

「その反神民派が、こたびの六か国同盟の背後にいると、あなたはおっしゃるのですね?」

 

「あたしが言えるのは、この道具は反神民派のつくったものか、その複製だ、ということだけさ。蝕廊(しょくろう)についても、反神民派がずっと昔から保管していたものだ。この国の北と南で同時に、反神民派に関わる動きが発生した。――後のことを考えるのはきみたちの仕事だろう?」

 

 まったくもってその通りではあった。

 妖精は政治に関わらない、と言っているのだ。

 

 宰相がひとつうなずき、おそらくは六か国同盟に潜らせていたのであろう密偵からの情報をいくつか開示する。

 それによれば、今回の出兵は六か国同盟の極秘会議で決定されたもので……。

 

 かの国々の臣下にとっては、なんの前触れもない、唐突なものであったとか。

 そのせいで兵站に混乱をきたしており、わが国を相手に一勝して士気は上がったものの、王都まで進軍することもできず立ち往生してしまっているらしい。

 

 この銃という長細い魔道具についても、どこからともなく何千個も調達されたとのことであり……。

 不可解なことが多々あるため、更なる他国の関与も充分に考えられる、とのことであった。

 

「それらが本当であるなら、反神民派というのが六か国同盟の盟主たちを扇動し、貴族に勝てる武器としてこの道具を渡したということになります」

 

 わたしは宰相の言葉をまとめた。

 

「加えて、より六か国同盟が動きやすいよう、北で蝕廊(しょくろう)を使い、大暴走(スタンピード)を起こしてみせた。もっとも、反神民派からすれば、主目的は蝕廊(しょくろう)によってこの世界全体から魔素を奪うことの方なのでしょうが……」

 

「本来は、北での出来事の処理にもっと手間取るはずであったのだろう」

 

 父上が語る。

 

「おまえのおかげで、大暴走(スタンピード)は最速で収束した。加えて蝕廊(しょくろう)を発見し、仮とはいえ対策を為した。われらの敵にとっては、あまりにも想定外の事態であろうな」

 

 本当にね……。

 その功績のうちけっこうな割合が、あの悪ガキふたりに帰すんだけどね……。

 

 そのあたりをどこまで父上に伝えるべきか、悩むところである。

 一応、あのふたりの手伝いがあってのこと、とは報告書に書いたんだけども。

 

呼煙公(こえんこう)殿、あなたはこの状況で、反神民派がどう動くとお考えか」

 

 父上の問いに、妖精は腕組みして難しい顔になる。

 

「あいつらは基本的に、一度失敗したらすぐ逃げて隠れるんだ。きっと今回もそうするんじゃないかな」

 

「つまり、これ以上、この戦に関して反神民派の干渉は考えなくていい、と?」

 

「そうだと思うよ。事前の仕込みがまだあったら、話は別だけどね。でも、蝕廊(しょくろう)はあいつらの切り札なんだ。そう何度も使える手じゃないはずだし……」

 

「そうなのかね?」

 

「あたしが生まれた時点で、残り十七個、とかだったはず」

 

 五百年前で、残り十七個、か。

 

「あの頃はまだ、蝕廊(しょくろう)を閉じる方法がヒトに残っていたんだよね。だからあいつらも、警戒してあまり動かなかった。いまはその技術が失われているみたいだから……」

 

「なるほど、故に近年、動き出した、と」

 

「この百年くらいでね」

 

 この百年、が近年か。

 そういう時間感覚で動いている組織ということか……。

 

「わかった、この戦については、ひとまず置いておこう。現在、すでに配置されている蝕廊(しょくろう)について、あなたの知る限りの場所を教えて欲しい。他国とも共有し、ことに当たりたいのだ」

 

 父上の言葉に、妖精は「そう来なくっちゃ」とうなずいた。

 宰相が大陸の大雑把な地図を取り出す。

 

 

        ※

 

 

 ひととおり、話が済んだ後。

 退室しようとするわたしを呼び止めて、父上が問うた。

 

「あの子らについて、おまえはどう考える」

 

 わたしが監視役を務めている、あのふたりの悪ガキのことだ。

 

「手に負えないほどではありませんが、ちょくちょくやらかします。ふたり揃ったときの爆発力は、時々、理解できない領域に及びます」

 

 言葉を切って、目を伏せる。

 すぐに顔をあげ、父上と目を合わせた。

 

「ふたりは、自分たちが王家にとって有用な存在であろうとしています。わたしはふたりの()()を信じたいと思います」

 

 ここでいう良心とは、つまりふたりがお互いの感情よりも家のことを優先するということだ。

 父上は……いや、陛下は「そうか」とちいさくうなずいた。

 

「監視を続けよ」

 

「かしこまりました」

 




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