繰り返すが、わが家の王都の屋敷では機工人形がたくさん働いている。
彼ら/彼女らは単純労働ができる程度の知性とそこそこ強靭な金属の身体を持っている。
うん、球体関節人形じみた細い身体のわりには、パワーがあるんだよね。
うちにあるのが最新鋭のものだからかもしれないけど、それにしたって華奢な体躯で桶一杯に入った水を軽々と持ち運ぶ程度には。
身長は、だいたい百五十センチくらい。
体重はわりと重くて、八十キログラムくらいだろうか。
この世界にも独自の長さや重さの単位があるけど、以後も基本的にはメートル法を使っていく。
だって……この世界の単位、ヤードポンド法に似たやつでしかも国によってどころか組織によって微妙に基準が違ったりするし……。
機工人形みたいな精密な魔道具をつくるには、曖昧な基準は敵だ。
父上に頼んで設計図を見せてもらったけど、寸法誤差も含めて、とても緻密に描かれていた。
うん? でもこれ、こことここが微妙に……。
と設計図の不可解な点をじっと眺めていたところ……。
「よく気づいたな。そこは現場で修正が入った。どうもその部分だけは、腕のいい職人がカンで削り出すしかないようでな……」
後ろから覗き込んできた父上の言葉に、なるほどと手を打つ。
そうかー、当然ながら特別に優秀な職人さんを抱えているわけだなあ。
わかるよ、本当にベテランのカンというか一部の職人の技巧は、おいそれと真似できないものなのである。
問題なのは、その職人さんがやめちゃった後に同じ削り出しを誰もできなくてね……。
取引先が困っちゃったりしてね……。
あげくには怒り出しちゃって……うう、頭が。
いや前世の話は、いまはいいんだ。
今世のわが家においても優秀な職人の技術で補っている部分が多々ある、ということを知ることができたのは僥倖である。
この手の技術で補わなきゃいけないやつって、そもそも設計図の段階でちょっと無理があったりするんだよな……。
これの場合は、たぶんこっちの部品をふたつに分割して、こういうのとこういうのに……うん、たぶんこれで。
「そのメモ、ちょっと見せなさい」
父上がまたこっちの手もとを覗き込んでくるので、羊皮紙を渡す。
適当に書いたものだから、あとで清書してからよく考えようと思ってたんだけど……?
父上が、なんか顔を青くしている。
あーもしかしてこれ父上の設計ですか?
おれ、もしかして父上の顔に泥を塗るようなことを?
「わたしの設計図のミスを指摘することは、なにも悪いことじゃない。むしろ、これからもどんどんやれ。それより、この図面は……」
「こことここを組み合わせると、以前のこっちよりも噛み合わせがよくなるかな、と思ったのです」
この手の入れ子構造、前世でよくやってたからね。
このくらい簡単な図面ならいまでも覚えている。
「あの、おれ、余計なことを?」
「い、いいんだ。それよりも、この構造について詳しく教えてほしい。どこで知った?」
前世の部下の仕事です。
とは言えないので、適当に、「どこかから借りた古い本にヒントが」とか答えておく。
「古王朝時代の本か?」
「そう……かもしれません。たぶん写本ですけど」
おれたちの国が栄える前にも、この地には文明があった。
神民と呼ばれる、いまは消えてしまった人々がつくった国々は、現在の大陸よりも高度な魔法文明を築いていたという。
その時代の本には、いまは失われた技術がさらっと載っていたりする。
もっとも、そういう本は写本の魔法でたくさん写本がつくられるので、たいていの知識はそうして発掘された端から広まるものなのだが……。
本の持ち主が、それを貴重な技術だと気づかないことも、ままあるものだ。
写本された後、死蔵されている本も少なくない。
「ふうむ……たしかにおまえは、あちこちから本を借りて読んでいたからな……。他にも気づいたことがあれば、なんでも言ってくれ」
「あ、いえ、他は特に……素晴らしい設計だと思います、父上」
実際、機工人形の図面には無駄がほとんどなくて、その洗練ぶりには感心させられる。
几帳面な父らしい図面だ。
「そういえば、おまえはこの間、うちの機工人形をバラバラにした後、元に戻していたな」
「あれ、バレてました?」
「機工人形の中枢部分にはセキュリティがかかっている。異常を感知したらわたしのもとに報告が来るのだ」
げぇ、そんなものが。
たぶん魔法的なセキュリティなのだろう。
そうか……この世界だと、そういう方法もあるのか……。
今度から気をつけないといけないなあ。
「セキュリティの外し方を教えてやる。次からはバレないようにやれ」
「いいんですか」
「元に戻した後の機工人形を部下が点検した。関節の間の埃まできれいに掃除されていた、と感心していたぞ」
「少し動きに違和感があったので、ゴミを取りたかったのです」
本当は、ただ趣味でバラしたかっただけなんだけど。
いちおう、バレたときの言い訳も用意していた。
でも父上の態度からすると、別に問題なかったかな。
「誰だって、一度は機工人形をバラしたくなるものだ」
あ、本音がバレてーら。
「わたしも子どもの頃、屋敷の機工人形を勝手にバラバラにして父上に叱られたものだ」
「やったんですか、父上も」
「うむ」
おれと父上は、どちらからともなく握手していた。
これまでになく強い絆を感じる。
「おまえの兄は、そういうやんちゃはしないからな。わたしも少し、不安だったよ。自分が特別に阿呆だったのではないかと……」
いまおれのこと阿呆と言った?
事実だから仕方がないが……。
「そこ、気にするところですかね」
たしかに兄上は、そういうことしないだろうなあ。
あの人は、本当に生真面目だから。
兄上のそのへんって父上に似たものだと思っていたんだけど。
どうやら父上の若いころは、もうちょっと悪ガキだったようである。
◇ ◇ ◇
この世界では、魂の実在が証明されている。
ヒトにもそれ以外の生き物にも魂があり、そして機工人形にも魂がある。
というか、できあがった機械の身体に魂を入れることで機工人形が完成する、と言うべきだろうか。
もっとも機工人形の魂はあまり知性が高くないため、単純作業に従事させる程度のことしかできない、とされている。
では機工人形に入れる魂とは、どうやってつくられるのか。
基本的には、原型となる魂をつくって、それを魔法でコピーアンドペーストすることで魂の量産が可能なのだ。
基本的には、というのはヒトで同じことをやっても上手くいかないからである。
しかし犬や猫では成功したとか、いろいろな実験のレポートがあったりする。
この方面の研究自体、倫理的にだいぶ教会の禁忌に触れかねないとのことで、現在はごく一部を除いた魂の研究は進んでいない。
そのごく一部の許された研究というのが機工人形に搭載する魂というわけである。
このあたりも厳密には、「使い魔に搭載する魂の研究」なんだけどね。
使い魔というのは鳩や犬、蛇といった生き物の魂をいじって、魔術師に忠実な下僕をつくる技術のことだ。
その応用として、機工人形に搭載する魂の開発が進んだというわけである。
この技術、各国でさかんに研究されているものの、部外秘の部分が多くて技術の共有はさっぱり進んでいないという分野であったりする。
理由は簡単。
軍事利用が容易なためだ。
むしろ軍事利用が主ともいえる。
人のかわりに戦ってくれて死んでくれる機械なんて、そりゃどんな世界でも人類の夢だよね……。
もちろん、おれの生まれ育った魔爵家でも、機工人形の軍事利用の研究は進んでいる。
というか、軍事的な価値がたいへんに高いからこそ、わが家が王家に囲い込まれているといっても過言ではない。
「そろそろ、おまえにも兵士型機工人形を見せてやろう」
そう言って、父上は一体の機工人形を屋敷に運び込んだ。
わざわざ、おれのために。
ぱっと見た印象は、鎧の騎士だった。
いままでよく見てきた華奢なメイド型機工人形とは違い、四肢はがっちりとした装甲に覆われているからだ。
顔面も武骨な兜に覆われていて、その奥で緑色の目が鈍く輝いている。
本来は武器と盾を持っているらしいが、いまはその太い両腕は無手のままであった。
うん、なるほど、これが戦闘用の機工人形……。
関節部の摩耗から考えて、何度か実戦に投入されているはずの機体か。
「わたしが子どものころに一般的だったタイプだが、いまも前線の砦に配置されているのはこの型だ。わが国を代表する機工人形と言えるだろう」
「なるほど、ジェガン……」
「うん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
いけない、いけない。
迂闊に前世の単語を思い浮かべるものじゃない。
たしかにこの機工人形は興味深いが、正直な話。
おれは戦争とか兵器とかには、あまり興味がない。
元日本人、というのもあるかもしれないが……。
戦争というものに忌避感のようなものを抱いているな、と自己分析している。
とはいえ、これが家業であるならば。
将来的にはこういった機工人形を扱うことになるだろう。
そこは、割り切っていくつもりだ。
そのために必要な知識を詰め込んでいくことにも異存はない。
「あまり楽しそうではないな」
はたして、父上のその言葉に、おれはどきっとした。
うーん、親は子のことをよく見ているものだなあ。
「戦に使う道具は好かないか」
「好き嫌い以前に……うまく想像ができません」
「まだ十になる前のわたしも、そうだった。だが、いずれおまえにも前線の様子を見てもらうことになる」
「はい」
「剣の鍛錬は怠っておらぬと聞く」
「はい、もちろんです」
この世界が前世の日本ほど治安がよくないことは、とうに承知していた。
おれが住んでいる屋敷の中においてはともかく、王都でも貴族の屋敷があるあたりから少し離れれば、人さらいが横行するほどである。
王都の繁栄は、常に他所から集まってくる人々の献身のもとで成り立っているのだ。
故に、己の身は己で守る程度のことができなくては貴族の子弟とは言えないのであると……。
「父上、この機工人形をバラして調べたいのです。よろしいですか」
「やってみるがいい」
わーい、やったー。
うん、とりあえず、相手を理解するところから始めようか。
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