転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第40話

 かつて偉大な文明を誇った神民たちは、自分たちだけの神をつくろうとした。

 神の定義は、無限の演算能力を持ち、無限の行使能力を保持する存在である。

 

 全知にして全能、ってことだね。

 その試みを、創神と言う。

 

 創神の過程でつくられたさまざまなものが、現在、神民の遺跡で発掘されていたり、この世界に欠片として残っていたりする。

 機工人形の原型となるものも、そのひとつだ。

 

 彼女たち妖精も、そうしてつくられた、神を目指す試みにおけるアプローチのひとつである。

 そんなことを、呼煙公(こえんこう)は語った。

 

 おれたちの研究室のテーブルを囲み、お茶を飲みながら。

 なお妖精は背が低いため椅子に座ると足が床につかず、両脚をぶらぶらさせている。

 

「あたしは別に、あんたたちの行動を王さまに告げ口しようっていうんじゃない。ただ興味があったのさ。だから、必要な仕事が終わった後もここに残っている」

 

「半年ほど姿を見なかったのは、お仕事をされていたからなんですね」

 

「王さまのお使いとして、いくつかの国をまわったんだよ。あたしの存在が蝕廊(しょくろう)の実在の証明として手っ取り早い、ってね」

 

 なるほど、それはたしかに。

 伝説の妖精が説明することなら、より信憑性が出てくるというものである。

 

 なにせ、ことは現在の文明の基礎が崩壊するか否か、という話だからね……。

 ただえさえ南方では揉め事が加速度的に増しているというのに。

 

「わたくしたちが高性能の演算装置をつくろうと考えたのはたしかですわ。ですが、神をつくろうなどと思いあがってはおりませんでした」

 

 琥珀の姫君が『相棒』のメイドボディの肩を叩きながらそう語る。

 『相棒』はその言葉にうなずいた。

 

「マスターがたが仰る通り、わたしの演算能力は有限です。マスターがたは限界を拡張する方策を考えておられますが、それでも限界が存在することに変わりはありません。また、現在のわたしの魔力量は伯爵級で、半年前から増減しておりません」

 

「ふむ……きみたちは、それで満足しているのかい?」

 

「おれたちの技術で可能なことと、不可能なことがあるということですよ。これでも、突き詰めるだけ突き詰めてみたんですから。今後も多少の拡張は視野に入っていますが……」

 

 おれは研究室の隅で座る八体の旧式機工人形に合図を送った。

 機工人形たちが『相棒』のもとにやってきて、その身を取り囲む。

 

 『相棒』から伸びたコードが、八体の機工人形に繋がれる。

 

「この状態で同期させると、演算能力が一割ほど増しました。旧式機だから演算能力が低いというのはあるんですが、すべてを最新の高性能機に置き換えても二割がせいぜいでしょう」

 

「並列演算、そんな方法を思いつくとはね……。創神は、ただひとつの万能の存在を生み出す試みだった。きみたちは逆のアプローチをしているように見える」

 

「現状、それにふさわしい魂が用意できません。『相棒』は唯一無二です」

 

「それでも研究を続けている、と。きみたちはその演算能力を使って何をしたいんだい?」

 

「あなたに会うまでは、この世界から魔素が失われるまでにかかる年数を計算し、それに対処する方策を計算させるつもりでした」

 

「なるほど、その必要はなくなってしまった、と。あたしはきみたちに悪いことしてしまったかい?」

 

「研究に先行者がいるなんてこと、よくあることです。充分に先行研究を調査できなかったおれたちが悪い。……いまは、ひとまず各国の魔素の変化量から地図上で蝕廊(しょくろう)の位置を探すことができないかと、大量にデータを飲ませているところです」

 

蝕廊(しょくろう)の位置を……地図で探す? できるのかい、そんなことが」

 

「理論上は」

 

 各地の魔素量を過去に遡って調査することで、その変化量の大きさから異常を探し出すことは可能なはずだ。

 問題は、計測データがきちんと存在しているか、それが正しいデータなのか、ということである。

 

 これがね、本当にひどいんだ。

 わが国のものはまだマシなんだけど、学院に相当する研究機関がない他国のデータは本当にね……。

 

 この世界全体で見ると、一見役に立たないように見える研究にも金を出してくれるうちの国が特殊、というのはわかるんだけどね。

 本音を言わせてもらうなら、何年かかけて大陸中をまわり、各地のデータをこの手で取りたいくらいである。

 

 おれたちを国外に出すなんて、絶対に許可されないけど。

 両家の許可も出ないだろうし、なにより王家がそれを許さないのは火を見るより明らかであった。

 

 陛下が、わざわざ目の前の妖精をおれたちのお目付け役にしたのも、その方針のひとつだろう。

 在学中の研究の自由は保証するかわりに、余計な動きはするな、というわけである。

 

 なお、結局あれからもいろいろあって、呼煙公(こえんこう)の家には行けていない。

 というかこの半年、王都の外に出られていない。

 

 そのせいで、データ集めもはかどらない。

 こういうのはやっぱり、自分の足で集めてこそだからね……といったことを、彼女に説明してみた。

 

「なるほど。王都の外に出たい、と。わかった、王さまに聞いてみるとしよう。正直、難しいと思うが……」

 

「あまり期待はしていませんよ」

 

「あたしもこの半年、あちこちまわって、ヒトのことは学んだつもりだ。きみたちはまだ幼体で、外での暮らしに耐えられるとは思えない」

 

 今年で十五歳になるおれたちも、目の前の妖精にとっては幼体扱いなのか……。

 琥珀の姫君が、少しむっとした様子で口を開いた。

 

「わたくしたち、サバイバルの訓練くらい受けておりますわ」

 

「そういう話じゃないんだ。外は荒れている。きみたちが思っている以上に、ね」

 

 おれと少女は黙って顔を見合わせた。

 各地の情報には、なるべく耳を傾けてきたつもりだ。

 

 そんなおれたちの想像以上に、事態は悪化しているということなのだろうか。

 

「そのかわり、必要なデータについて、あたしに教えてくれたまえよ。ああ当然、データを集める手段についても、詳しくね」

 

「おれたちのかわりに集めてきてくれると?」

 

「あたしが何故、きみたちと接触したか。忘れているとは言わせないよ。きみたちは蝕廊(しょくろう)の位置を探ろうとしている。当然、封じるつもりなんだろう。なら、あたしの本来の目的とも合致する。融通は利かせてみせるさ。これは王さまにも、はっきり言っていることでね」

 

 ああ、そうか。

 少し勘違いしていた。

 

 彼女はお目付け役であるが、それだけではない。

 そもそも妖精の中でも彼女に与えられた役割があって、その目的遂行のために動いている。

 

 そして、おれたちのそばにいることがもっとも役目を成し遂げるための近道だと考えている。

 故に、陛下の言葉を聞き入れ、お目付け役になったのだろう。

 

「あなた、いい方ですわね」

 

「なんだい急に。わっ、なにをするんだい」

 

 琥珀の姫君が立ち上がり、妖精の背後にまわると……。

 ぎゅっと、呼煙公(こえんこう)の身体を抱きしめた。

 

 妖精はじたばた暴れるが……。

 まあ、身体強化魔法を使っていないから本気で嫌がっているわけではないのだろう。

 

「ヒトは感謝を伝えるとき、こうするのです」

 

「あたしは王宮でそんなことをしているヤツを見たことがないぞ」

 

「嘘は、わかるのでしょう」

 

「――うん」

 

 あ、これ、わかるって言ってもそう万能じゃないタイプかな。

 いまの琥珀の姫君の言葉は嘘ではないが、そう汎用的な愛情表現でもない。

 

「あそこでは、皆がかしこまっておりますから」

 

 よしいけ、わが相方。

 そのまま彼女を懐柔するのだ!

 

 とテーブルの反対側から応援していたところ、その様子をずっと見ていた『相棒』が「これが寝取られ性癖というものですね」とうんうんうなずいていた。

 激しく違うし、誰だこいつにそんな言葉を教えたのは。

 

 

        ※

 

 

 数日後。

 呼煙公(こえんこう)は、陛下から借りたという二十人ほどの若い平民を連れてきた。

 

 平民といっても、多少の魔力を持っている者たちだ。

 騎士になれるほどではないが、魔道具に魔力を流すことができる、そういう者たちの多くが貴族家で雇用されている。

 

 機工人形の技師なんかも、そういう人々が多いのだ。

 彼らは身分こそ平民だが、その技能でもって貴族に奉仕し、比較的豊かな暮らしをしている。

 

 そういった者たちの子息から有望そうな者をピックアップし、おれたちが指示するデータを収集するための要員を育成せよ、というのが陛下からのご命令であった。

 呼煙公(こえんこう)は、たったの数日でそこまで話をまとめて来たのである。

 

 前からわかっていたことだけど、妖精はヒトと大きく価値観が違うし生き方のありようも違う。

 だが、その頭脳についてはヒトと同じか……どちらかというと、かなり上澄みに入るのだろう。

 

 神民が、彼女たちをつくる際に、頭のよさを重視したのかもしれない。

 あるいはその賢明さが故に、彼女たちはこれまでほとんど人前に姿を現わさなかったのだろうか。

 

「彼らに、観測者としての心得をきっちりと叩き込みたまえよ」

 

 呼煙公(こえんこう)はそう言って、にやりとした。

 まあ、せっかくだ。

 

 前々から試してみたかったことをやってみるか、と琥珀の姫君とうなずきあう。

 集まった21人の、おれたちと同じくらいの年ごろの男女に対して、『相棒』を見せる。

 

「では、これからみなさんの教師は、この機工人形です」

 

「よろしくお願いいたします、みなさん。わたしは『相棒』、みなさんの教師をさせていただきます」

 

 ぺこりと頭を下げる、メイド状態の『相棒』の姿に、これからなにをさせられるか戦々恐々としていた若者たちは口をあんぐり開けて驚いていた。

 

「え……冗談、ですか?」

 

 若者のひとりが、おれたちの方を向く。

 おれと琥珀の姫君は、にっこりしてみせた。

 

「ちょうど、他人に教授する訓練をさせたかったんですよ」

 

「是非ともみなさんの感想をお聞かせくださいね」

 

「は、はあ……」

 

 こりゃあ、とんでもないところに来ちゃったぞ、といった様子で、若者たちは互いに顔を見合わせる。

 かくして、おそらくは世界初の、機工人形による講義が始まり……。

 

 試行錯誤しながら、『相棒』はヒトにものを教えるということを学んでいった。

 

 




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