転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第42話

 学院に入学してから四度目の秋がきた。

 各地に散った魔素測定員たちから送られてくるデータがある程度の量になったため、片っ端から『相棒』に食べさせる。

 

 そして、地図上のどのあたりに蝕廊(しょくろう)が設置されているのか推測させてみることにした。

 現在、判明している蝕廊(しょくろう)のうち、対処ができたのは、おれたちが発見したわが国の北方にあるひとつと、わが国の友好国に存在したものふたつだけ。

 

 妖精たちのネットワークで場所がわかっているものの対処ができないものが四つ。

 合わせて、七個である。

 

 呼煙公(こえんこう)によれば、蝕廊(しょくろう)は全部で十七個らしいから……。

 あと十個は場所が未判明か、あるいはまだ使用されていないことになる。

 

 蝕廊(しょくろう)をつくる技術が失われているなら、この十七個すべてを阻止してしまえば、反神民派のたくらみは潰えるということだ。

 なお、この大陸の外に蝕廊(しょくろう)が設置されていた場合、航海技術に乏しい現行文明では対処が難しいのだが……。

 

 呼煙公(こえんこう)は「その可能性は考慮しなくていいよ」と言ってのけた。

 

「理由を聞いてもいいか」

 

「きみたちに説明してはいけないことがいろいろあるんだ。理由を話すと、きみはきっと、その情報だけでいろいろ察してしまうだろう」

 

「ぼくよくわかんないからだいじょーぶだいじょーぶ」

 

 呆けてみたところ、後ろから琥珀の姫君がおれの頭を軽く叩いた。

 

「とにかく、駄目。でもね、反神民派に航海技術があったとしても、せいぜい近海に見えるくらいの島まで行けるくらいだから、そこはあたしたちを信じて欲しい」

 

 そういうやりとりがあった。

 故に、おれたちは現在判明している情報を食わせに食わせまくった『相棒』の情報処理能力を期待したわけだが……。

 

「処理能力が不足しています。現在の処理能力では、これだけの情報を処理するだけでも十年近くかかります」

 

 『相棒』は、数日、演算に専念した後、演算を中断してそう指摘した。

 おかげで計画はいったん暗礁に乗り上げることとなる。

 

「機工人形を繋げて並列処理させるにしても、現行の機工人形と『相棒』じゃ処理能力の差が大きすぎて、焼け石に水なんだよな……」

 

「なんとかならないのかい? あたしとしても、きみたちには期待しているんだ。あたしにできることならなんでもするからさ」

 

 ん? いまなんでもって言った?

 

「ないことは、ございません」

 

 おれより先に、琥珀の姫君がそれを口に出した。

 

「『相棒』の魂に用いられている虹色のコア結晶、これをいくつもつくることができれば、問題は解決いたします」

 

「駄目! ダメダメダメ、それは駄目ーっ!」

 

 なんでも、と言った舌の根が乾かぬうちに、妖精は駄目出しをしてきた。

 

「それって、神民の遺跡から魔素を根こそぎ奪ってつくったやつでしょ! あたしたちの目的は魔素の保全なんだから、それをつくるために魔素を大量に消費するんじゃ本末転倒だって、それがわからないきみたちでもないだろう?」

 

「なんでも、とおっしゃるので……」

 

 琥珀の姫君が可愛らしく小首をかしげてみせる。

 

「ものには限度というものがあるんだよ! きみたち、わかっていて言ってるよね!」

 

 まあ、わかっていたからこれまで口に出さなかったわけで。

 たぶん妖精なら神民の遺跡の情報とかもたくさん持っているんだろうなとは思っていたわけでさ。

 

 でもそうか、駄目かー。

 そうなると後は……既存のなにかで処理能力を代用するしかないんだが……。

 

 おれはしばし考えた後、呼煙公(こえんこう)に訊ねてみることにした。

 

「神民の創神計画について聞きたいんだが」

 

「駄目」

 

「全知と全能を別々のアプローチから達成しようというのが神民の考えた創神計画、とおれは解釈したんだが……それは合っているか?」

 

「だから駄目だって。きみ、人の言うこと聞かないってよく言われるよね?」

 

「機工人形は、全知と全能のどちら側からのアプローチだったんだろう」

 

「……どこまでわかっているの? またあてずっぽう? ――なんでそんな確信を持っているのさ」

 

「現におれたちはいま、『相棒』で処理能力の問題に苦しんでいるわけだが……最終的に計画はひとつになるとして、機工人形の原型がこの問題に直面しなかったとも思えない。機工人形はあくまで全能側だったんじゃないか。そうなると、全知側のアプローチって……」

 

 これは以前、彼女自身が言っていたことだ。

 消去法で、全知側のアプローチの途上で生み出されたものこそ、妖精となる。

 

 はたして呼煙公(こえんこう)は、おおきく息を吐いて肩を落とす。

 

「そうだよ。妖精は無限の処理能力に至るためのアプローチの途上で生み出された存在だ。……本当に油断がならないよね」

 

「幼くして理崩(ことわりくず)しのふたつ名を得ただけのことはあるのです」

 

 なぜか琥珀の姫君が、ふんすと鼻息荒く胸を張る。

 

「義姉上が、以前、言っていたんだ。呼煙公(こえんこう)、きみは彼女とゲームをしていても、すぐ強くなりすぎてしまって勝負にならなくなるって。思えば寮のマニュアルも一瞥しただけですべて理解していたし、おれたちの話に苦もなくついてきている」

 

 普通に、頭がよくまわるのは妖精だから、と思考停止していた。

 だけど最初から、妖精とはなんなのかという点を突き詰めれば……

 

 ほら、別のものが見えてくる。

 

「でもね、あらかじめ言っておくと、あたしたちは論理的な思考を深める、といった方向には行けなかったんだよ。きみたちが妖精と呼ぶ存在は、神民の失敗作と言ってもいい。自己を発展させるために致命的ななにかが足りなかった。故にこのアプローチは失敗した」

 

「創神計画そのものも?」

 

「そこはノーコメント」

 

「わかった、本題じゃないから、そこは聞かないでおこう。本題は、きみたち妖精を『相棒』の処理能力に後付けとして装着できないか、ってことなんだ」

 

「……とんでもないことを考えるね」

 

 そうだろうか。

 おれとしては、もともとコンピュータというものがあって、『相棒』の頭脳をあくまでその代替として利用しているにすぎないわけで。

 

 妖精が全知方面のアプローチから生まれた存在であるなら、その潜在的な処理能力は『相棒』すら上まわるのではないだろうか。

 そもそも、目の前の人物は自らの処理能力を存分に生かしてはいないのではないだろうか。

 

 そんなことを、滔々と述べてみた。

 あ、しまった、呼煙公(こえんこう)の目がぐるぐるしてる。

 

「すまない、理解が追いつかなかったか」

 

「いや、理解はするよ。するんだけど……いままで誰も、そんな発想をしたことなかったはずだからね。ちょっと、うん、戸惑っている」

 

 ごめんよ、おれも別にきみを困らせたいわけじゃないんだ。

 ただちょっと、この方法ならブレイクスルーを生み出せないかなーと欲が出ただけで。

 

「駄目なら駄目でいいんだ。遠慮なく言ってくれ」

 

「いや……駄目、じゃない、かもしれないな。でもインプットとアウトプットはどうすればいい?」

 

「そこは専用の魔法を開発する。もともと、『相棒』から他の機工人形にデータを送受信するための魔法は開発の途上だった。それを少し改良してブラッシュアップすれば……」

 

 いけるか? と琥珀の姫君に訊ねる。

 少女は、もちろん、とちから強くうなずいた。

 

「それは、わたくしの領分ですわ」

 

「わかった、やってみようじゃないか。……魔法については、あたしもちょっとは詳しい。手伝わせてくれたまえよ」

 

 そういうわけで。

 おれたちの、新しいアプローチが始まった。

 

 

        ※

 

 

 学院の本校舎から少し離れた木陰のそばで、おれの妹が、泣いている同級生とおぼしき少女を慰めていた。

 その場面に出くわしたのは、秋の初めのことである。

 

 気まずそうな様子だったので、その場は立ち去り……。

 寮に帰ってから、妹とふたりきりになったところで訊ねてみた。

 

「あの子のお兄さまは、六カ国同盟への懲罰のための派兵に加わり、武運拙く亡くなりました」

 

 子爵家の次男で、学院では成績優秀、将来有望な若者であったらしい。

 しかし、油断して身体強化魔法を使っていなかったタイミングで現地民の銃弾を浴び、致命傷を負った。

 

 亡骸は、さんざんに弄ばれて、かろうじて頭部だけ持ち帰ることができたような有様であったという。

 なお該当地域の平民は、怒り狂ったわが国の部隊によって皆殺しにされたとのことである。

 

「うちの機工人形を横に並べて、平民が逃げ込んだ山に送り込んだって。最後のひとりまで、草の根分けて探し出して殺させたって……」

 

 まあ、そういう役目は機工人形が最適だよなあ。

 淡々と、誰彼構わず殺し尽くすなら高度な判断の必要もない。

 

「こんなの、勝利じゃないわ。平民を殺して憂さを晴らすなんてこと、なんの意味もないのに」

 

「たぶん、現地に行った騎士たちも怖かったんだ。誰がいつ、銃を持って襲ってくるかわからないから」

 

 そういう例は、前世でもいっぱいあったからなあ。

 特に銃が普及してからは、民間人と軍人の区別がつかなくなって疑心暗鬼になった兵士が民間人もまとめて……とか。

 

 この世界でも、早くもそれに似た状況になっているのか……。

 どうやら、周辺国の情勢は悪化の一途を辿っているようだった。

 

 反神民派の奴ら、最初からここまで狙っていたのだろうか。

 いや、どうだろうな……あいつらが騎士や貴族を殺したがっているのはそうなんだろうけども。

 

 そのせいで平民がここまで殺されることを許容しているのか、どうか。

 どっちみち、既存の支配体系が崩れれば、ちからの弱い者から順番に死んでいくわけではあるけども。

 

「下兄さま、この戦争、いつまで続くのでしょうか」

 

「王国が手を引くまで、かなあ。名誉とか教会の都合とか聖国との緩衝国を維持するとか、そのへんを考えなければ手を出す価値もないあたりだし」

 

「それは、貴族の命より重要なことなのでしょうか。無論、名誉のために死ぬこともあるのがわたしたちだと理解してはいますが……」

 

 あの地方にそんな価値はない、と言ってしまえば、これまで投入したものはすべて無駄になってしまう。

 死んだ者たちの価値すらも失われてしまう。

 

 だから、そうは言えない。

 理屈としてはわかるんだけどね……。

 

「これからも、同じような報告が南から届くのでしょうか」

 

「それは間違いなく、増えるだろうなあ」

 

 被害は増えることこそあれ、減ることはあるまい。

 反神民派があちこちに銃をばらまき続けているせいで、ことは南だけでは収まらなくなってきている。

 

「わたしは……親や兄弟を失った方々に、なにをしてあげられるのでしょうか」

 

 憔悴している妹を、おれは黙って抱きしめた。

 嗚咽を受け止める。

 




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