学院の四年生、季節が秋から冬に移り変わる頃。
兄上と義姉上が北での仕事を終え、王都に戻ってきた。
実家の屋敷で、さっそく義姉上の話を聞く。
うん、義姉上によれば、やっぱり
数度、ドーム工事中に傭兵とおぼしき不審な者たちの襲撃を受け、警備を強化する必要があったくらいであると。
傭兵たちを捕まえ取り調べたが、ただの金で雇われたごろつき同然のものたちであり……。
残念ながら、その背後関係までは辿れなかったらしい。
向こうとしても、駄目で元々の仕掛けだったのだろう。
「反神民派の仕業なのは間違いない。様子見をしているんだね。わたしたちが本気だと知れば、別のアプローチを試すだろうさ」
「別のアプローチ、ってなにがあるんですか」
「それを考えるのは、現場と陛下の仕事だよ」
それも、そうだ。
上層部は相応に対策を講じてくれるだろうし、そのあたりの有能さを疑っているわけではない。
なお、
どうやら閉じ込め戦法は、思った以上に上手くいくようである。
「ただ、周囲の魔素が増えるということは魔物が戻ってくるかもしれないということだ。将来的に、また高濃度の魔素地帯になってしまえば……ドームを守り切るのは大変な事業になるだろうね」
それを聞いていた
彼女も今回、わが家に招かれていたのだ。
妖精ということも、父上と母上、それから妹や弟には話してある。
帽子を取って、ぴこぴこ動く触角を見た皆のおどろいた顔といったらなかったよ。
「あの地の魔素は、二度と高濃度にならないよ。一度、平均化されたらそれまでなんだ」
「なにかを知っているわけだね、妖精は。話せないことかな?」
「あたしひとりの判断で言っていいことじゃないんだ、すまないね」
「いいさ。きみたちの善意は、わたしも王国も信じているからね」
義姉上が意味深におれの方を見た。
おれに、理由を考えろってことか?
いやしかしなあ……。
別におれだって、毎回、前世の創作物からネタを拾えるわけじゃないんだぞ。
こういう場合、たとえば……。
「近くに神民の遺跡とか妖精たちの拠点があって、魔素はそこから漏れ出していたとか? でもそれはもう対策しちゃったから、これ以上は漏れ出さない、と? そういえば、家に案内するとか以前、言ってましたよね。ということは、妖精の住処って……」
「……あたしはなにも言ってないからね」
「アッハイ」
ちょっと本気で
義姉上が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いまのはわたしが命令したんだ、あまり義弟をいじめないでくれたまえ」
「くれぐれも、あたしたちの協力関係が揺らぐような行動は慎んで欲しいなあ!」
「もちろんだ。ちゃんと一線はわきまえておくさ。それはそれとして、コレは役に立つクソガキだろう?」
「彼の発想力はいったいどこから出てくるんだろうねえ。いまも、ちょっとろくでもないプロジェクトが進行中さ。胃薬の準備をしておきたまえよ」
「ははは、異なことを言う。いまのわたしはただの人妻なんだ。ガキのお守り役はきみに受け渡したじゃないか」
「その余裕、いつまで持つかな?」
義姉上が、殿下の頃の顔になっておれを睨んできた。
おれは無言で視線を外した。
「とても知りたくないんだが……本当に興味はまったくないんだが……明日、学院のきみたちの研究室を訪問させて貰おうか」
「義姉上、部外者は立ち入り禁止です」
「北方の魔素の計測データ、きみが派遣した観測員たちから預かってきているんだよ」
くっ、データを人質にするとは。
席を外していた兄上が戻ってきて、悔しがるおれと高笑いする義姉上を呆れた様子で眺めていた。
「おまえは本当に、昔から変わらないなあ」
※
『相棒』と妖精を魔法でリンクさせて妖精の処理能力を利用する計画は、順調に進んでいる。
主に琥珀の姫君が魔法改良の担当だから、あまりそっち方面でおれの仕事はないんだけどね。
その過程で、わかったことがある。
妖精は、魔法を使うこと自体は得意なようだが、魔法の改良はひどく苦手だということ。
そもそも彼女たちは神民の時代の技術をいまも持っているが、その技術を応用するという思考に欠けている。
これは根本的に、妖精という種が生まれたときからの性質であるらしいから……。
神民がつけたセーフティかなにか、なんだろうか。
あるいは創神に至る過程でそぎ落とされてしまったなにか、という可能性もある。
そんなことをおれと琥珀の姫君で議論していたところ、横で話を聞いていた
「そりゃあ、あたしの目の前で、あたしの欠点について滔々と語られているんだ。きみたちにその気がなくても、あまりいい気分はしないよ」
「欠点は改良すればよろしい……と考えること自体が、あなた方にはできないということですわね?」
琥珀の姫君が、妖精に訊ねる。
妖精は、触角をピコピコ揺らして考え込んだ。
「そう……なるのかな? ふむ、自分でも不思議な気分だ。なにか不自然な、頭の中にもやがかかったような感覚があるね」
「やっぱり、セーフティの可能性が高いんじゃないか」
「もし、それを外すことができれば、妖精の方々が飛躍的に自由に動けるようになりますわね。その結果までは責任を取れませんが……」
「いいじゃないか、そこは無責任に行こう」
わが人生のひとことを放ったところ、琥珀の姫君と、それから
「あたしたちの種、全体に関わることを無責任に言われても困るなあ」
「あなたのそういうところ、ひどく不安になりますわ」
ふたりして、フルボッコである。
かくしてこの件については、ひとまず自重することになった。
それは、さておき。
話は戻って、情報処理についてである。
兄上たちが帰還した翌日。
おれと琥珀の姫君は、義姉上を研究室に呼び、現在までの成果を見せることとなった。
まだ不完全ながらも、最低限のリンクはできるようになった『相棒』と
メイド状態の『相棒』が発動した魔法によって、
その触角が、小刻みに動く。
目をつぶったままの妖精の身体が硬直した。
十秒ほど、そのままになった後。
『相棒』もベッドから起き上がり、そばのテーブルに置かれた地図の一点を指さした。
「マスター、計算が完了しました。この地方の
それは密林の一部で、未だ捜索の手が入っていない、広い地域であった。
何十年も前に起きた
「なるほど、わたしが持ってきた情報の密度が高く観測精度もいい場所を起点として、ある程度の絞り込みができるようになった、と。しかし、これだけ広大な範囲で密林を捜索するとなると……」
「現在の能力でこれ以上の絞り込みを行うのでしたら、
「そうだねえ。あたしひとりがちからを貸したところで、この程度なんだよ」
「行き詰まっているのかい。いや、これだって充分にたいした絞り込みではあるんだが……」
「魔法の改良でデータロスを少なくすることは可能ですわ。現在はその方面からアプローチをしております」
琥珀の姫君が告げる。
「ですがこの方向では、総合的に見ても一割、二割程度の性能向上しか……」
「だろうねえ」
そう、
『相棒』の性能が一気に倍近くになった、と言えばそのすごさがわかろうと言うものである。
でもね、所詮は倍なのだ。
大陸中を精査するには、推定で数十倍の処理能力でもってしても数ヶ月という時間が必要になる。
「それは、たとえばわたしの頭を使えるものなのかい? 王族じゃなくても、公爵級、侯爵級なら……」
「いろいろ理由はあるんですが、義姉上、ざっくり割愛して結論だけ話しますと、機工人形か妖精じゃないとダメです」
「そうか……いや、わたしとしても機工人形の処理の一部になるというのはいささか抵抗があるんだが」
「気持ちだけの問題なら、おれたちが真っ先にやってますよ」
「それはそうだね。きみたちがそんなところでためらうと思えないし」
いまちょっと馬鹿にされた?
まったくの事実だから仕方ないけど。
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