おれはてっきり、妖精の棲み処が北方山脈のどこかにあって、おれたちはそこに行くのだと思っていた。
しかし王国に戻ってきた
「南の先の、深い森の中」
と、そう説明した。
詳しい説明ができないのはわかる。
これまで彼女たちが隠れ棲んでいたということは、ヒトにその所在を伝えたくないということなのだから。
仮にいま、両者が良好な関係であったとしても、妖精の尺度では百年すら「たったの百年」なのだから。
義姉上によると実際に、宰相なんかは油断のならない相手らしいしね……。
陛下も、それが王国の利になると判断すれば容赦しないとのことだしね……。
いまはただ、情勢も含めたすべてが、王国と妖精との良好な関係を欲しているだけなのだ。
そう理解しておかなければ足を掬われる、とは他ならぬ義姉上からの助言であった。
ここで、重大な問題が発生する。
「王国の南には六か国同盟を含めた小国が乱立する地域があって、その南には聖国がある」
おれは大陸の概略が描かれた布製の地図を研究室の壁に張り、
他にこの場にいるのは、琥珀の姫君と義姉上だけである。
いや、壁際に立っている『相棒』を含めるならこいつも、だが……。
ちなみにこの地図、あちこちから入手した各地域の地図を『相棒』に食わせて、こいつ自身に刺繍させたものである。
補助腕を含めた六本の腕を自在に使ってものすごい勢いで布に糸を通すさまは、まさに圧巻と言う他なかった。
これだけでも金が取れる見世物だな……とちょっと思ったものである。
「そうだね」
おれの説明に対して、
「森というのは、このあたりですか」
「いや、もっと南だよ。ずーっと南」
「つまり、聖国の更に南、ですね」
「そうなるね」
「六か国同盟のあたりが現在、戦乱でひどいことになってることはご存じですね」
「もちろん」
「つい先日、聖国で反乱があって、あの国もひどいことになっているのはご存じですか?」
「ちょうど通ってきたところだからね。空の上からだけでも、あちこちで煙が立ち昇っていたよ」
「……そこを通って、南に行け、と」
「そうじゃないと駄目なんだ」
おれは肩を落とした。
ならばきっと、これは必要なことなのだろう。
それが、どれほど困難で危険な道であったとしても、である。
「わかった、その前提で旅の日程を考えよう。周辺の国を迂回して……なんとかなればいいんだが……」
「東まわりで行くと、こっち側もだいぶ危険だ。たしか、こことここも先日……」
義姉上が地図上のいくつかの国を指し示す。
うわあ、このへんにも戦火が飛び散っちゃったかー。
いまや、大陸のあちこちで平民と騎士、貴族が相争っている。
どこもかしこも火薬庫に火をつけたような騒ぎなのである。
いや、平民は銃を使っているから、あながち間違いではないんだけどね。
火薬の原料は、前世とはちょっと違うんだけど……。
まあ、そのあたりはさておき。
「西まわり……いっそこのジャングルを通っていけば、国境とか気にしなくてもいい……か?」
思いつきを口に出してみた。
「あたしは構わないが……ジャングルを旅する生活に、きみたち脆弱な存在は耐えられるのかい?」
「わたくしたちはともかく、『相棒』の整備に不安が残りますわ。野外狩猟実習で、機工人形がさまざまな困難に直面したこと、未だによく覚えております」
琥珀の姫君の指摘に、おれと義姉上は腕組みして唸った。
そうなんだよね……。
よく考えなくても、ジャングルって湿気に高温、沼地に無数の蟲。
精密機械の敵ばかりなんだ。
『相棒』を一度、ジャングルに連れていって各種テストをする予定もあったのである。
ちょっと国際情勢含めたあれこれがそのタイミングじゃないってことで、ずっと延び延びになっていたのだが……。
だから真正面からその点を指摘されると、ぐうの音も出ない。
琥珀の姫君の言葉はまったく正しい。
そもそも、おれたちより『相棒』を無事に向こうに届けることが今回のミッションの肝なわけで……。
「そうだな、『相棒』が無事に済まないんじゃ本末転倒だ。ジャングル踏破は断念しよう。そうなると……
駄目でもともとと、訊ねてみた。
やはり、妖精は首を横に振る。
「道なんて、いらないでしょ。だってあたしたちは、空を飛べばいいんだよ」
無敵の言葉を放つ妖精。
そりゃあ、そうだよね……。
この世界、真の強者は空を飛ぶからね……。
地上がどれほど混乱していても、彼女たちにとっては関係がないのだ。
上空、なんなら雲の上を飛んでいく奴らに、国境なんてものはないのだから。
いや、いちおう王族とかが他国の空を飛ぶのは、暗黙の了解でよろしくないこととされているんだけどね。
探知魔法とかも届かない上空に対して文句を言うことは現実的ではない、というのが実情であったりする。
「『相棒』に飛行モードを搭載することは、技術的な問題で不可能と判断している」
「そう気軽に機工人形に空を飛ばれたら、わたしたちが困るよ」
義姉上のご指摘。
もっともである。
いや、計画上は、ないこともなかったんだけどね……。
そもそも『相棒』だけが空を飛んだところで、荷物を載せることもできなければ他の魔法を使う余裕もないことが計算上判明してね……。
なにもかも『相棒』の本体でやる必要はない。
偵察だけなら、それ専用の機工人形をつくった方が楽である。
あるいは『相棒』に同期したそういう機工人形を使って、ドローンみたいな運用を、という構想は存在するのだ。
いまは、開発の優先度的にそのへんの計画、全部ストップしちゃってるんだけどね……。
それはさておき、だ。
「六か国同盟の土地と聖国の領土を踏破か……。やれ、というなら仕方がないからやろう。ちなみに、期限とかは?」
「あたしたちとしては、きみたちが寿命を迎える前にたどり着いてくれれば、というところかな」
「できればもうちょっと早くたどり着きたいよ!」
クソ、長命種特有の感覚で語りやがって。
こっちは学院を卒業するまで、あと一年半と少しなんだぞ。
「仕方がない」
義姉上が、深い深いため息をついた。
「わたしも同行できるよう、陛下にお願いしてみるとしよう」
「義姉上、そりゃさすがに無茶でしょう! 紛争国を王族が通るのは、どう考えても……」
「わたしはいま、臣籍降下したきみの義姉にすぎないんだよ、立場上は」
「そりゃそうなんですが!」
王族の移動に対しては、各国が目を光らせている。
そりゃあ、この世界における王族ってつまり暴の権化だからね。
特にわが国の王家は、他国に比べだいぶ神民の血が濃い方らしい。
つまりそれだけの暴力を保持しているということで……。
そんな暴の化身が、自分の国を好き勝手に歩いていたら……ねえ。
しかも紛争国を通るというなら、なおさらである。
「かといって、きみたちだって魔爵家の者だということを忘れて貰っては困る。本来なら、きみたちが他国に赴くことも許されるはずがないんだ」
「義姉上のおっしゃる通りではあるんですが……」
おれたちだって、
というか本来は、北方山脈に赴くつもりで準備していたんだけどな……。
たしかに、どこへ、という話はこれまでなかったけどさ……。
と愚痴ったところ、
「たしかに、これはあたしの落ち度かもしれない。あたしたちにとっては当然のことを、ヒトが理解していないとは思っていなくてね……」
「うわあ、上位存在仕草ですよ、見ました奥さん」
「たしかにわたしは奥さんだが……いったいなにを言っているんだ、義弟よ」
ごめんなさい、ネタに走らないとやっていられない気分で。
「義姉上が同行してくれるなら、そりゃあ心強いですが……兄上にも悪いですし、陛下の裁可も必要ですし、うーん」
「もちろん夫には悪いと思うが、ことはもはやそういう段階ではないからね。とにかく、一度、陛下に訊ねてみるよ」
そういうことになった。
結果から言うと。
陛下の許可は下りた。
義姉上は旅に同行してくれることになる。
そのかわり、陛下からいくつか仕事を押しつけられてしまったのだが……。
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