学院の五年生、春の終わり。
おれたちの、南への旅が始まった。
メンバーはたったの四人と一体。
つまりおれ、琥珀の姫君、義姉上、
本当は、護衛が用意されるはずだったんだけどね。
下手に人数を増やす方が危険、とおれが反対したのである。
目的地は、
まずは六か国同盟の土地を通って、その先にある聖国を通過して、更に南へ……。
問題は、その地域がいまどこも爆発しまくっていることなんだけどね。
六か国同盟に至っては、貴族と平民と聖国派遣軍と王国派遣軍が四つ巴で争っているんだけどね……。
さぞや大変な道行きになるだろう、と想定していた。
ところが実際のところ、六か国同盟の土地に入ってすぐは、なにひとつ困難もなく、するすると進むことができた。
いや、だって、ねえ。
この土地でいちばん厄介なのは平民が敵意を剥き出しにして来ること、らしいんだけど……。
おれと琥珀の姫君が『相棒』の背に前後で乗って、その前と後ろを義姉上と
風のように。
はい、これがいちばん早いと思います。
なにせ荒れた道を時速百キロメートルくらいで爆走しているわけで。
猪の魔物がひたすらに駆けていくようなものである。
道路が封鎖されていても、柵ごとぶち壊していく。
邪魔するものはすべて破壊すればいいのだ。
その精神で、ひたすらに街道を突き進む。
六か国同盟の土地は、戦前、わりと整備されていたらしい。
それがたったの二年で、街道にはボコボコ穴が開き、雑草は生え放題、場所によっては大岩が転がっていたりもする。
だがおれたちには関係がない。
先頭を駆ける義姉上が岩だろうが柵だろうが破壊する。
後から走る四足歩行の『相棒』戦闘用ボディは、多少の凹凸などものともしないのだ。
しかも巧緻な演算によりサスペンションを働かせ、座席に座るおれと琥珀の姫君には快適な乗り心地を提供――。
嘘、そこまで快適じゃなかった。
せいぜい酔わない程度で街道を駆け抜ける。
そして最後尾の
飛行魔法で低空をホバリングしながら移動するのって結構繊細な技術が要求されるらしいんだけど、さすがだなあ。
彼女は魔法により索敵しながら油断なく周囲を見張っては、時折、おれたちに警告の声をかけてくれた。
だいたいの場合、道の脇で待ち伏せするような相手は、彼らが反応する前に通りすぎちゃうんだけど。
そんなこんなで。
最初の目的地である、六か国同盟内部でわが国が建設した簡易砦に、王国の国境の城塞からたったの半日でたどり着いた。
小高い丘の上から周囲を睥睨する、簡易な柵で囲まれただけの集落である。
想定される相手が、銃を持った平民だからね。
見晴らしがいいこういう土地が、いちばん使い勝手がいいのだ。
砦の見張りは、ふたりの騎士と二体の機工人形だった。
おれたちの姿を見て、騎士たちは一瞬、『相棒』の異様さに身構えるも――。
「ああ、人形狂いのおもちゃか」
そんな声と共に、彼らは警戒を解く。
それで警戒を解かれちゃうって、いったいどういうことなんだろうね?
その後で義姉上の顔を見て、慌てた様子で敬礼する貴族たち。
うん、義姉上の顔を知っているってことは、わりと王族との接触があった高位貴族なわけで……。
彼らのような者たちが、砦の中でぐったりしているのだ。
この地における戦いの凄惨さもわかろうというものである。
砦の中には血と汗と糞尿の臭いが充満していた。
負傷した騎士たちは天幕の中で休んでいるのだろうが、それでも砦全体が腐臭に沈んでいるように見える。
北方の城塞でも実戦は経験したが、これほどのものは初めてだ。
とはいえ、おれも琥珀の姫君も、意地と根性で平然とした態度を保っていた。
お互いの手をぎゅっと握りながら。
義姉上がそんなおれたちの方をちらりと見てから、指揮官用の大きな天幕から出てくる男の方に視線を向ける。
「正直に申し上げてですね、ここは、子どもの来るような場所ではないのですよ。……陛下からの指示書を持ってきて頂いたことは感謝いたします」
おれと琥珀の姫君を見て、苦々しい様子でそんなことを告げる砦の隊長は、伯爵級の魔力量を持った壮年の男だった。
いい人だな、と正直にそう思う。
そう、陛下から押しつけられた仕事のひとつが、ここを始めとした各地の駐屯地に書簡を届けることであったのである。
定期的に連絡の者が行き来しているらしいが……。
それはそれとして、信頼できる連絡員がいるなら、安心して重要な指示を出せるというものであった。
義姉上と砦の隊長が儀礼的な挨拶を交わした後、隊長は受け取った書簡を流し読みする。
ひとつ、大きく鼻を鳴らした。
「殿下、書簡の内容についてはご存じですか」
「なにも知らない。あとわたしは降嫁した身だよ」
「王国へ撤退を命じられました。他の砦とタイミングを合わせて動け、とのことです」
ああ、陛下的には、さすがにここで損切りなのか。
まあそりゃそうだよなー、こんな土地を切り取っても意味はないし。
聖国が崩壊した以上、向こうの派遣軍も撤退するだろう。
もはや意地の張り合いをする必要もないのだ。
「わたしたちが、他の砦にも陛下からの書簡をお届けいたします。言伝があれば、お聞きします」
「いったん、この砦で各地の負傷者を収容、先に後送いたします。その旨をお伝えください」
「承りました」
「今日は、ここにお泊りください。もしかして、国境からここまで一気に?」
「ええ。そこの魂狂いと人形狂いがつくった機工人形、たいしたものでしょう?」
隊長は『相棒』をちらりと見て、肩をすくめた。
「このあたりの平民には、機工人形はひどく憎まれています。現地の掃討では機工人形が集団投入され、たいそう活躍いたしました。――どうか、お気をつけて」
たいそう活躍、か。
言葉を濁さず言い直せば、機工人形の群れが逃げる平民たちを虐殺したということだ。
つくづく、いい人だなあ、この人。
おれたちは、心から頭を下げた。
※
数日かけて各地の駐屯地をまわり、陛下からの書簡を届けてまわった。
そのついでに、御用聞きの役目をこなす。
平民からの襲撃は一度も受けなかった。
夜は駐屯地で休んだし、昼は常に爆走していたからね……。
そりゃ、平民が襲う隙なんてないよね……。
といった感じである。
そのかわり、死体はたくさん見た。
平民も騎士も貴族も、あちこちにその死体が転がっていた。
焼けて無人となった村を見た。
廃墟となった町を見た。
流民となって移動する人々に対しては、さすがに道を譲った。
向こうはひどく警戒していたけど、まあ、無理もない。
疲労困憊し、足を引きずって歩いている人々に対して、おれたちがしてやれることはなにもなかった。
『相棒』の背に積まれた物資も、これはおれたちが南へ赴くためのものだ、ここで彼らに流すわけにはいかない。
平民たちはおれたちに対してなにも言わず、おれたちも彼らに対して無言であった。
ただ、おれと琥珀の姫君は手を繋いだままだった。
互いの手を、痛いくらいにぎゅっと握った。
そうこうするうち、おれたちは六か国同盟の土地を抜け――。
ついに、聖国に入った。
※
聖国は、聖教と呼ばれる宗教の教えに従う宗教国家だ。
これにはいろいろな歴史的理由があって、複雑な利害関係がからんで聖王家の権威が確立していたのだが……。
現在、この聖王家は、ほぼ全滅しているらしい。
その結果、どうなったか。
各地で豪族が名乗りをあげ、戦国時代が到来していた。
聖教は権威を失い、各地の聖教寺院は略奪に遭っているという。
あるいは寺院自体が武装し、場合によっては戦僧たちが支配する寺院保護区のようなものができているとか。
平民たちは銃を手に蜂起したものの、他国ほどの戦果は挙げられていないようだ。
これは聖国が代々、聖教の教えに忠実な寺院に貴族の血を分け与え、騎士級の魔力量を持つ者が非常に多いためであろうと考えられている。
銃を手にした平民が騎士を殺せるとはいえ、騎士ひとりと銃を手にした平民が一対一で戦えば、当然ながら騎士が勝つのだ。
そんなわけで、この地では未だ銃の優位性はあまり高くなく……。
かわりに、多くの騎士を抱えた豪族たちが覇を争っているというわけであった。
そんな地で、おれたちが陛下から受けた任務というのは、ただひとつ。
交渉の窓口となる豪族か寺院を探せという、ただそれだけの……。
しかし、これがなかなか困難なミッションであった。
「無理はしなくていいが、できれば頼む、程度の話なんだけどね」
義姉上はそう言って、肩をすくめてみせる。
「わたしたちとしても、聖国を通る際、どこかの勢力の保護はあった方がいい。陛下からの書簡は、だからちょうどいい武器なんだ」
その理屈はまあわかる。
降嫁した元王族である義姉上がその任務につくのは、外交プロトコル的にギリギリのところであるというのも理解できなくもない。
ただこの国だと、機工人形そのものが少ないから……。
他よりいっそう、『相棒』が目立つんだよね……。
というわけで、聖国に入ってから一時間くらい。
二度ほど豪族の先兵に襲われた。
そう、たった一時間で二回の襲撃である。
こちらが警告しても構わず突撃してくるから、仕方なく適当に蹴散らし、これ以上絡まれないよう全力でその豪族の領地から逃げ出す。
それを繰り返して、結局……。
一日のうちに七つの豪族の領地に立ち入り、七度、撤退した。
これ……ちょっとやっぱり他の国に移動して、大まわりした方がよくない?
と、夜。
森の中で、焚き火を囲んで話をする。
周囲には、
おかげでおれたちは遠慮なく火を焚き、安心して眠ることができる。
別に人避けの機能はないから、偶然、森に迷い込んで来るような相手はどうしようもないんだけどね。
そこは『相棒』の索敵魔法で対処する手筈であった。
「もう一日、頑張ってみて、駄目なら強行突破してこの国を抜けてしまおうか」
そう言う義姉上も、だいぶ疲れた様子である。
今日だけで、何人の騎士を切り捨てたかわからないからなあ。
知恵を捨てて突撃してくる薩摩な感じの奴らばかりなのだから、本当にどうしようもない。
というか、ね。
仮にもヒトなら、ちゃんと会話してから殴ってきて欲しいものである。
いきなり、キエーッ! じゃないんだよもう……。
マジでこいつら、チェストとは知恵捨てであるの民なんだろうか。
「あるいは、聖教の寺院に行ってみるとかどうだい?」
義姉上が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「わたし、教会は嫌いなんだよ」
「でも寺院は違うかもしれないよ」
そうかな? と首をひねる義姉上。
でもなあ、豪族たちが初手で知恵を捨てて来てるからなあ。
「まあ、一回くらい、試しに訪ねてみてもいいんじゃないですかね、義姉上」
「以前、空を飛んだときに、あっちの山に寺院があったのを見つけていてね。あそこに行ってみようじゃないか」
翌日。
そういう次第で聖教の寺院を訪れたところ、なんか知らないが大歓迎された。
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