聖教は、たくさんの神々を崇める宗教である。
神々の中にはヒトから神になった存在もいくつかいて、これを昇神と言うらしい。
果ては、機械の身体になって神となった者もいるとか。
で、おれたちは知らなかったんだけど、その機械の身体の神っていわゆるケンタウロス型……つまりいまの『相棒』に似た姿なんだそうな。
そんな、『相棒』を伴ったおれたちを見て、なんか寺院の見張りたちが驚いた様子で中に駆け込み……。
しばらく中でばたばたした後、老いた僧数人がおれたちのもとに現れて。
へへー、と平伏し始めたのである。
「託宣通りのお姿で、機工神の化身を伴い現れたのです。これこそ、わが寺院の運命でありましょう」
うーん、今回ばかりは嘘であって欲しかったなあ。
だいたい機工神ってなんなんだよ……。
※
その寺院は、険しい岩山の中腹に建てられた石造りの建物だった。
中の者たちは質素な生活をしているようだ。
昨今の聖国内の情勢に伴い、いくらかの避難民は受け入れているものの……。
そもそもが自給自足を旨としているため、避難民たちに与えられる仕事も厳しいものばかり。
一度はこの寺院に避難した民も、その多くはまた去って行ってしまうのだという。
ただ、歩けない老人とか幼い子どもとか、あと病人とかに対しては、ある程度の温情措置があるらしい。
清貧と寛容、慈悲と質実剛健をいい感じのバランスで煮詰めた感じだ。
もちろん、すべてを救うなんてことはできない以上、取りこぼしてしまうものもあるんだろうけど……。
肥え太ったわが国の教会の奴らに彼らの姿を見せてやりたいよ、とこぼす義姉上。
どうやら、寺院の人たちの素朴なありようを彼女は気に入ったらしい。
おれも事前情報はあまりなかったため、彼らがどういう集団かよくわかっていなかった。
前世であてはめるとお釈迦さま的な宗教なのか、と実物を見てようやく得心した次第である。
石を削り出してつくった神々の偶像を飾ってあったりするから、大乗なんだろうか。
いやおれ、よくそのへん知らないんだが……。
初夏である。
外はだいぶ暑かったが、寺院の中はひんやりとしていた。
一階部分の天井の高さが四メートルくらいで、身の丈三メートルはある神々の石像が左右に立ち並んでいる。
騎馬状態の『相棒』が悠々と通れる横幅があり……。
石畳は綺麗に加工され、日々の掃除も怠りないのか苔ひとつ生えていない。
そんな通路の奥、本堂とおぼしき広い、ドーム状の空間に出た。
中央に、キャンプファイヤーに使うような井桁があり、無数の薪がくべられて炎が赤々と燃えている。
上半身裸で剃髪の男たち十人ほどが、井桁を囲むようにあぐらをかいて座り、朗々と祈りの言葉を唄い上げていた。
やがて、祈りの言葉が途切れる。
炎が勢いを増し、竜巻のように立ち昇った。
ドームが静まり返る中、男たちが一斉に倒れる。
気を失っているようだった。
それも、祈りの言葉を唄っていた全員が。
「託宣が下りたようです」
案内をしてくれた老僧が告げる。
おれはかたわらの『相棒』を見上げた。
「魔素濃度の急激な上昇を感知しました。また、特殊なコードの入出力を認識しております」
「わかった。記録を続けてくれ」
特になにも言われていないので、『相棒』はこの儀式を記録し続けている。
老僧が気絶した男たちのもとへ赴き、ひとりの背に活を入れて起こすと、なにか訊ねた。
男がゆっくりと、気だるそうに口を動かす。
老僧はうなずき、ドームのはずれに立つおれたちのところに戻ってきた。
「旅人をもてなし、可能な限りの助力をせよ、とのことです」
「わたしたちに?」
「今日、この寺院を訪れたのはあなた方だけです」
それは、わざわざ託宣を下ろすようなことなのだろうか。
あるいは彼らの神にとって、おれたちの存在がそれほど重要だとでも?
いや……これは……。
そういう……こと、なのか?
「義弟がなにか考え始めたね」
「こうなったときの彼は、放っておいた方がよろしいですわ」
「とりあえず部屋まで案内して貰おうか。ほら、ついてきなさい。それとも運んであげようか?」
「大丈夫です。わたくしが手を引けば、勝手について参ります」
皆がまわりでなにか話しているが、おれはひたすらに沈思黙考した。
深く、深く……。
沈んでいく。
※
はっと我に返ると、知らない部屋の隅で椅子に座っていた。
いや、たぶん皆がおれを運んでくれたんだろうけど……。
部屋には旅の仲間が、『相棒』も含めて全員いる。
窓の外は真っ暗で、どうやらいつの間にか夜になっていたようだ。
部屋の中央、天井に照明の魔道具がぶら下がっていて、橙色の光で照らし出している。
お腹が空いたな、と思ったら琥珀の姫君が横から粥の入った椀を差し出してくれた。
「まずは、お腹を満たしてください。話はそれからです」
「悪い、そうさせて貰う」
貪るように粥を腹に入れるまで、誰も話をせず、じっとおれを見ていた。
さて、と。
食べ終えた椀をテーブルに置いて、まずはおれと反対側の壁にうずくまる機工人形に視線をやる。
「『相棒』、儀式の通信プロトコルはどうだった?」
「部分的には解析できました」
次に、琥珀の姫君の方を見る。
少女はちいさくうなずき、おれたちふたりで決めた専門用語で手短かに説明してくれた。
当然、義姉上と
そこで、ざっくりと状況を説明することにする。
「演算処理のため、『相棒』と妖精の間で特殊な信号を送り合う魔法についてはご存じですね、義姉上」
「あ、ああ。きみたちがそれを使って、複数の妖精をリンクさせ、大規模な計算を行おうとしていることも、まあ概略くらいは理解しているつもりだ」
「先ほどの託宣の儀式ですが、それに近い魔法的な信号が送受信されていました。託宣を行っていた男たちと、どこからか流れてくる信号、それを『相棒』は記録していたんです」
義姉上が目を大きく見開く。
「まさか、そんな。だって聖教の予言については、神々から送られてくるものであって……」
「なにもおかしいことはありません。神々と呼ばれる存在が、ヒトに対して特定の信号を送る。これはただそれだけの事実を示しています」
「きみ、自分が言っていることの意味をわかっているのかい?」
「宗教は神秘のヴェールに包まれていなければならないとか、そういうのはとりあえず置いておきましょう。いまさらです」
おれは肩をすくめてみせた。
「聖教の高僧だけが託宣を理解できるというのは、つまりそういう魔法によって信号が変換されている、と考えるべきでしょう」
「すごく、すごく、とっても言いたいことがあるんだが……まあ、ここは流そう。それで?」
「
「あたしはただ、ちょっとした思いつきを提案しただけさ」
なにも含むところがない、とでも?
いや、さすがにそれは通らないだろ……。
こいつ、他人の嘘がわかるとは言っているが、自分が嘘をつかないとは言ってないもんなあ。
まあ、いい。
彼女は、つまりおれたちになにかを解析させたがっていた、ということで……。
琥珀の姫君に向き直る。
「とても洗練された、美しい魔法でしたわ。わたくしの方でも、これを基にいっそう工夫を施せると思います」
「そっちは任せた。
「なにに対する感謝か知らないけど、きみたちの気持ちは受け取っておくよ」
しらばっくれやがって。
とはいえ彼女にも言えないこと、やれないことがいろいろとあるのは理解している。
その制限の中で、最大限の支援をしてくれているということも。
「聖教の神々とはなんなのか。ある程度、思いついたことはあります。でも義姉上、たぶんそれ聞きたくないですよね」
「うん、話さなくていいよ。ロクでもないことなんだろう?」
いや、そうロクでもなくはないかな。
ただおそらく、聖教における神々というのは創神計画の一部だったもので……。
機工人形や妖精と同列のナニカが未だに動いていて、聖教の寺院ではそれにアクセスできるというだけのことなのだろう。
通信プロトコルが似ていたのも、きっと同じ理由だ。
だからこそ、
おれがそこまでの結論に至れることを期待して。
加えて、琥珀の姫君の通信魔法がいっそう改良されることを望んで。
彼女は味方で、精一杯のことをしてくれている。
あ、琥珀の姫君がおれの服の端をちょいちょいと引っ張っている。
きみにはあとで話すから、いまは待ってくれと目で制した。
「数日、ここに滞在しましょう。もう少しきっちり記録を取って、これを解析できれば……おれたちの『相棒』は、もっとアップグレードできるはずです」
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