兵士タイプの機工人形をバラしてわかったことが、ひとつ。
こいつが戦っていた相手は、青か緑か、そんな感じの血を流すヤツだった、ということである。
関節部に溜まっていたそれを丁寧にこそぎ落としながら、父上に訊ねる。
このような血を流す相手はなんなのか、と。
「よく気づいたものだな。この機体は北部戦線に投入されていた。相手は魔物が主だ」
「魔物、ですか」
「邪神のちからに取りつかれた生き物のことだ。その目は赤黒く爛々と輝き、その血は青く濁る。魔力量が大幅に増え、個体によっては魔法を操る。狂暴にして邪悪な、王国の敵……いや、ヒトすべての敵だ」
なるほど、邪神のちからに取りつかれると魔物になる……。
そうすると血の色まで変わってしまう、と。
ファンタジーな設定だなあ。
いや、そもそも父上の言っていることが本当かどうかもわからないんだけど。
この手の話が王国のプロパガンダ、という可能性は充分に考慮しておく必要がある。
まあ、表向きは父上の話をそのまま信じたことにするけどね。
そもそも、邪神とはなんなんだろう。
それは、この国で一般的に信仰されている八柱神とどこが違うのだろうか。
教養のひとつとして。
八柱神信仰について、おれはひととおりのことを学んでいる。
教会では八柱の神をまとめて八柱神と呼び、それらを崇め奉っているのだ。
このあたり長くなる故に詳細は省くが……。
王国のなりたちとも密接に結びついた信仰だ。
いやまあ初代王の前に神さまが現れて、「わが子よこの地の統治を託して云々かんぬん」という、よくある王権神授説なんだけどね。
いちおう、この国においてはそれが本当にあった出来事であると信じられている。
それとは別に、神民たちの古代国家があって……。
わが国はその精神的な後継者であり、長い伝統があるのだ云々といった歴史も語られている。
このへんどう整合性をつけているつもりなんだろう……。
いくつかの書物を読み込んで、家庭教師にも訊ねて、それでもいまいち納得できる答えは得られていない。
このへん、あまり表立って深掘りするのも危険そうだしなあ。
それはさておき、だ。
魔物。
九歳のおれは、このとき初めて、その存在を強く意識した。
それまではヒトの語る話の中だけの存在だった。
あるいは書物の中でしか知らなかった。
そんな、どこかぼんやりした存在を、この世界において実在するモノとして認識したのである。
「この鎧についた深い爪痕も、魔物のものなのですか、父上」
「そうだ、おそらくは剣骸狼の魔爪であろう」
知らない単語が連続して出てきたな。
詳しく聞けば、剣骸狼とは大型の熊ほどの体長を持つ狼の魔物らしい。
魔力を帯びた爪が鋭く伸びて剣のようになり、獲物の肉を引き裂くのだとか。
熊の体躯と狼の機敏さ。
そして鋭く伸張する魔力の爪か……。
その魔力量は、ヒトでいえば一人前の騎士のそれに匹敵する。
全身を魔法で強化して、稲妻のように大地を駆ける。
実際に相対したことのある父上によれば、青く輝きながら目にも留まらぬ速度で接近してきて、気づいたら近くの兵士の首が離れていたらしい。
怖い。
この世界の戦士たちは、そんなものを相手にしているのか。
貴族の余った子女が戦闘訓練をほどこされて各地に出兵していく、みたいな話を以前聞いた。
そのときは正直、なんて血の気の多い国なんだと思ったけど……。
そりゃ、魔物がこんな奴らばっかりならなあ。
魔力を持たない平民の兵士なんて飾りにしかならないわな……。
いや、そうか、だからか。
わが家が王国において特別な地位にある理由が、いま心から理解できてしまった。
このような魔物を相手にするのに、生身の兵では、いくらいても足りない。
故にこそ、より優れた機工人形を国は欲するのだ。
それは文字通り身を盾にして人命の損耗を防ぐモノなのだ。
われらの使命は、これをより洗練させることで戦場に赴く貴族の子女たちの命を繋ぐことなのであると。
そう――おれは、理解した。
「わかったようだな、さすがに、おまえは賢い。よくぞ、これだけのことからそこまで看破するに至った」
「父上が充分にヒントをくれておりました。わざわざ分解させたのも、そういうことでありましょう」
「どう見た」
「腕部、脚部の消耗が激しい。この機体はよく踏ん張り、よく耐え、そしてよくこの腕を振るったのですね。そして戦場をよく駆けた。この消耗のひとつひとつが、わが国の兵の命を肩代わりした」
「そうだ。こいつは戦場でもっとも危険なところに送られ、兵のかわりに斃れるのが仕事。そんな中でも、激戦に耐え戦い抜いた。しかし、もはや四肢の消耗激しく、これ以上は使用に耐えないと判断された。騎士たちはこの個体に特別な名をつけ、そしてわたしたちの下に送り返してきた」
「この機工人形に、名前、ですか」
「その名は――『相棒』」
「『相棒』」
「うむ。戦場に生きる者たちにとって、精一杯の誉れであるのだろう。わたしは彼らの気持ちを酌み、この機工人形に屋敷の門の守りを任せようと思う」
「良い考えだと思います、父上」
相棒、か。
父上の顔を見る。
いつもおれの前ではことさら自信に溢れた表情を崩さない父上であったが……。
秋の終わりの太陽を浴びて、その顔はいつもよりいっそう、誇らしげに輝いて見えた。
この機工人形は、父上が子どもの頃から使われているタイプ、と聞いた。
ということは父上が設計したものではないのだろう。
おそらくは、先代。
おれが生まれた頃にはもう亡くなっていた祖父の作品か。
それを褒められて、父上は我がことのように喜んでいる。
あまり話題に出ない先代に対する、それは父上の気持ちをなによりも示しているように思えた。
「父上、ひとつお願いがあります」
「言ってみろ」
「この機工人形が門番になるのでしたら、傷だらけの鎧ではまずいでしょう。僭越ながら、このおれに新しい鎧を設計させていただけませんか」
「もとより、そのつもりであった。やってくれるか」
「はい。この機工人形にふさわしいものを」
いま屋敷の門を守っているのはヒトの門番である。
騎士の中でもえりすぐりの者たちが、交互にふたりずつ、歩哨に立っている。
彼らと共に並び立っても違和感のない鎧にしなければならない。
あとできれば機工人形とはバレないように全身を覆って……。
兜も目深にかぶって、でも周囲を見まわすのに不都合がないように。
うん、たぶんいける。
かくしておれは、この年の秋から冬にかけて、この人生において初めて引く図面に夢中になり……。
図面を工房に送った後も、家のそばのこの工房に日参しては職人たちに迷惑がられた末、母上にひどく叱られた。
そうして完成した鎧をまとった『相棒』は、以後も、動作停止する一年後のそのときまで、わが屋敷の門を守ることになる。
そう、一年後の冬の夜……。
おれたちの住む屋敷は、暴徒に襲われ多くの被害を出すことになった。
彼ら屋敷を守る者たちの奮戦のおかげで、おれたち子どもは抜け道を通り屋敷の外に脱出、王宮からの救助部隊に保護されることとなる。
なお父上と母上は、たまたま領地の視察に赴いていたため無事であった。
その激しい戦いのさなか、『相棒』は仲間の騎士たちと共に門の前に踏みとどまり、最後の最後まで戦い抜いた後……。
暴徒の無数の屍を前にして。
冷たい冬の、朝日を浴びて。
ぼろぼろの鎧をまとい立ち尽くしたまま。
魔素オイルを全身から垂れ流し。
身体のあらゆる隙間から蒸気を出して。
『相棒』は、機能停止していた。
暴徒たちは、『相棒』の奮闘に恐れをなし、これが動かなくなった後も遠巻きにして、ついに近づくことができなかったという。
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